前編
■1
「こらーッ、ヒマワリっ! 授業サボるなーッ!」
張りのある声が比喩ではなく学校中に響きわたる。午後の授業の始まったばかりの静かな校内、講堂裏の花壇で居眠りしていたネコが飛び起きたほどの大音声。オペラ歌手としても通用する喉を誇る学校の名物女教師サヤカの怒声である。
その担任教師の大声に、今まさに校門を乗り越えようとしていた少女も思わずコケ落ちた。
「イテテ〜。サボりじゃないよー」
頭から地面に突っ込みそうになるが、しなやかな身のこなしで身体をさばき、それでも、ドスンと大きな尻餅をついた少女は尻をさすりながらボヤいた。
* *
世界各地の都市部を中心に出没し、多大な人的被害をもたらす異形の怪物どもが存在した。太古の時代から存在する原生動物が、大地や海に蓄積された公害物質により突然変異したものと世間では言われていたが、その正体が、「ここ」とは異なる異次元からの侵略者であることを知る者は少ない。彼ら、触手族の目的はひたすらに喰らい、同化すること。……その手段は主に「消化・吸収」であったが、近年、彼らは同化の手段を進化させた。
「受精」である。
自らの細胞組織を、疑似精子、もしくは疑似卵子に変化させ、地球生物への同化を計っているのである。
* *
その触手族に対抗するために組織された私設戦闘部隊パワーブレイブが、このギガトキオには存在した。そのプリティパワーイエローこと、ヒマワリの正体はごく普通の(?)女子中学生である。つい先ほど、仲間たちに対する出動コールを聞きつけたヒマワリは、矢も楯もたまらず授業をエスケープした。学校にいる間は、AAAクラスの緊急出動命令以外は「出動するべからず」と言い渡されているヒマワリだったが、今回ばかりはまったく聞く耳を持たなかった(もともと周囲の人間の言いつけなど聞く性格でもない……)。なにしろ最近連続している触手族絡みの人間蒸発事件、その被害者は、ヒマワリのスクールメイトたちなのだ。
「黙って見ていちゃ、オンナがすたる!」
鼻息も荒く、ヒマワリは走り出した。
■■2
旧東京湾の60%を埋め尽くすギガトキオの湾岸工業地区。昼でも人影のまばらなオートマチック工場地帯に、その腐った肉塊のごとき怪物は追いつめられていた。大型トラックほどもある巨体を、その大きさからは想像できないような猛スピードで這い進ませている。まるで暴走する猛牛のような勢いとパワーで、その肉塊は路上の無人リフトを次々と跳ね飛ばしていった。
「ひゃあ、早い早い!」
「……」
その怪物を追う2つの人影があった。対触手族私設戦闘部隊パワーブレイブの、ライトニングパワーレッドと、ストロングパワーブラックである。
「……海へ逃げるつもりか!?」
「クロコっ、その前に仕留めるよっ!」
赤い人影が宙へ跳んだ。左右にそびえるオートマチック工場の壁面を交互に蹴りつけながら高度を稼ぎ、大跳躍して怪物の前に躍り出る。
「ライトニング・ブラスターっ!」
レッドは右碗にセットされた武装回路を呼び出し射撃姿勢を取る。
「……ストロング・ブラスター!」
同じくブラックも怪物の背部に右腕をかまえる。
「クロス・ブラスターっ!!」
二人の右腕から、眩い白熱光が放たれ、前後から怪物に喰らいついた。
■■■3
「おうっと、もう始まってるみたい!?」
ヒマワリは、彼方で起こった爆発音と、立ち登る黒雲を素早く見つける。
動物的な勘と視覚、聴覚、嗅覚、そしてネコのような敏捷性と全身のバネがヒマワリの自慢だ。理工学の才に優れる両親から生まれたとは思えないほどの肉体派なのだ。
その爆発音は次々と巻き起こり、立ちのぼる黒煙と共に次第に近づいてくる。
「よぉっし、プリティブレイブパワー!」
ヒマワリは、左手首に巻いたブレスレットの変身機能を起動させる。一見、少しゴツイ男物の多機能ウォッチに見えるソレは、超科学の粋を凝らして造り上げられた代物だ。通信機、アナライザーなどの機能はもちろん、パワーブレイブ専用の強化スーツが圧縮格納されている。
「チェンジ! ……うぎゃ!!」
しかし、ヒマワリは変身機能の呼び出しに失敗した。
「ヒマワリーっ! コラーっ!!」
ハデにポーズを決めたところを、担任教師のサヤカに後ろから抱きすくめられたのである(ちなみに、パワーブレイブへの変身時に一定のポーズを取る必要は「まったく無い」。ヒマワリの個人的な「こだわり」である)。
「逃がさないわよーっ! この、サボり常習犯っ!!」
「うわあっ! サヤカっ!? 放しなよーっ!!」
声もデカいが力も強い。組んず解れずの末に、いつの間にかヒマワリは、担任教師サヤカに卍固めを決められていた。
「あらっ、あらあらあら?」
「おろっ、おろおろおろ〜?」
複雑な形で絡み合うそんなふたりに、四方から投網のようにグチャグチャドロドロとした「触手」が絡みつく。
「なんじゃ、こりゃー!?」×2!!
ふたりの悲鳴がハーモニーで周囲に響きわたった。
To Be Continued!
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