【兄妹】


昭和58年夏。山間にあるニュータウン「嫦娥町(じょうがまち)」に引っ越してから、僕「九澄博士(くずみひろし)」の環境は大きく変わった。
目立たず、何の取り柄も無い僕の事を、皆がすごく優しく親切に接してくれる。
そんな日々はとても楽しく、嬉しかったけれど…得体の知れない戸惑いと、少し、異様さも感じていた。
戸惑いの日々。それは高校のクラスメートだけじゃなかった。
…マナ。そう、僕の、かわいい妹。
小学6年生になるマナは、両足が不自由で車椅子を使っている。
勝気で学校生活も家事も健気にがんばっていて、僕なんかよりよっぽど、しっかり者だ。
出かける時は僕が付き添うようにしていたが、マナはうっとおしがった。
自立心が強く、家族に、兄に迷惑を掛けたくないのだろう。
そんなマナを僕は、愛おしいと思っていた。
もちろん、兄として。妹に対して、自然な気持ちだと…思っていた。
……あの夜までは。
小説家の父が取材で数日は戻らない。
家には僕とマナの二人きりだった。
その日のマナは様子がおかしい。体調を崩し、まだ病み上がりだからだろうか?
けれど…けれど…あの夜のマナは…

…朝。マナの事を考えて考えて想い続けて…一睡もできなかった。
少し、気だるい…裏腹に、頭は冴えてしまっている。
その日。病み上がりのマナを想い、僕はずっと、家から離れなかった。
「お兄ちゃん…今日はあたしと、ずっとずっと一緒だよね…」
「マナ……あ、ああ、わかったよ…」 
潤んだ瞳。少しだけ、甘えた声。僕の腕を掴んで離そうとしない、小さな掌。
マナは変わってしまったのだろうか。いや、僕も、変化したというのか?
初日の夜。僕等兄妹は、かろうじて一線を踏み留まれた。
でも…父さんが帰ってくるまで、あと数日。
それまで僕は妹に対し、毅然とした態度で臨む事が出来るんだろうか…。
僕とマナは一日一緒に過ごした。家事は全部僕がやるつもりだったけれど、マナは無理を言って手伝いたがった。
身体が弱くても足手纏いになりたくないのかな?強いな、マナは。

「…ハァ…ハァ、あのね、お兄ちゃん…」
「…マナ?疲れたんじゃ?やっぱりまだ少し熱が…」 
しまった、気丈に振る舞ってはいるが、マナは身体が丈夫じゃない。
「…ウン、あたしは…平気、だもん…むしろ元気が有り余るくらいかも」
微笑むマナ。機嫌は上々に見えるが…やはり心配だ。
「疲れてるんじゃ?少し眠った方がいいよ」
「…まだ眠くないよ。お兄ちゃん…お願いがあるの…」
「…な、なに?」
「ねえ、一緒にお風呂に入ろ?」
…!昨日と同じだ。昨日は冗談だと思ったし、結局入らなかったけれど…。
「またからかってるだろ…だ、だめに決まって…」
マナは身体の事もあるので2年くらい前までは僕や父さんが一緒に入ったりもしてたけど、さすがに6年生になった今、一人の入浴を通してきた。
「……からかってなんか、ないもん!」 
突然、ご機嫌ななめ。目に少し、涙が浮かんでいて、僕は慌てた。
「マナ…!ごめん…でも、は…はずかしくないの?その…」
「…ウウン。はずかしく…ないもん。だって、お兄ちゃん…だから…」
くっ…かわいいっ。車椅子から僕を見上げる、潤んだ瞳。
マナは…体調が万全じゃなくて、一人で入浴はキツイよな。
「…わかったよ。一緒に入ろうな、マナ」 
僕は…僕は兄として、兄として…妹に付き添わなければ。
うん、決して、よこしまな感情では…な、ないぞ。
意を決した僕は、一気に脱いだ。ちょっと前まで、一緒に入ってたんだ、べ、別に今更、恥ずかしくはないぞ!
「…ちゃん?お兄ちゃんってば!」
マナが僕の袖を引っ張る。
「ん?な、なに?」
「…服を脱ぐの、手伝って」
「って…?ええ!?で、でも…今は、一人で出来るだろう?」
マナは足が不自由だけど、可能な限り自分で出来る事は自分でやる子なのに。
「いいじゃない、昔はそうしてもらってたし…久しぶりに…ね?」
…ゴクン。思わず唾を飲み込んでしまい、その音を聞かれたらと怯える僕。
…ダメだ、ここで動揺しては!むしろ、兄として、毅然とした態度を示すべきだ。
「…し、しょうがないなあ、マナは…」
努めて平静を装い僕は…マナの着衣を脱がせにかかった。
清潔感のある、白いワンピース。下着ごと指を掛けて…目を瞑りながら、僕は一気に引っ張りあげる。
「んっ、髪に引っ掛かってるよ…もうっ、お兄ちゃんったら…もっと優しくしてよ」
「あっ、ご、ごめん…」 
マナの抗議に、目をあける僕。マナは自分も脱ぐためにバンザイをしながら身体を動かして…思わす下を覗いた僕は、その白い肌に、鼓動が昂ぶってしまう。
すぐに意識を上に戻す。純白の服が黒髪をすべるように抜けていく。
マナの腰まで伸ばした綺麗な長髪がふわりと舞い、少しいい香りがした。
髪を払う。僕の目の前に、上半身裸の妹がいた…。
眼鏡を外した僕にも、幼い胸の膨らみがわかってしまうほど、近くに。
「もう…お兄ちゃんったら…これじゃあ、自分で脱いだ方が早かったかも」
「だったら、自分でやれよな、まったく…」 
心なしか悪戯っぽく微笑むマナに僕の声は…すこし、かすれていた。
「ん、次は…下も…お兄ちゃん…」
「う、うん…マナ、立たせるぞ?ちゃんとつかまってろよ?」
コクンと頷く、マナ。僕は前屈みになって、マナは僕に抱きつくように肩を掴む。
そのまま、車椅子から少しずつ、その小さな身体を浮かせながら…スカートを、パンツを、そっと脱がしていく。
…僕に寄りかかるマナの甘い息づかいが伝わってくる。
「よ、よし…じゃあ、風呂行こうか」
「…ウン」
僕はマナを担ぐように抱き、風呂に向かう。素肌に、直に伝わる、マナの温もり。
鼓動が、昂ぶる。風呂の蓋を開けると、熱湯から湯気が立ち昇り、裸の僕とマナを包んだ。

「……お兄ちゃん…あたし…」
「マナ……?」
「…また、お兄ちゃんといっしょにお風呂入れて…うれしいな」
「え…ああ…」
「…お兄ちゃん…いっしょに、体洗いっこしよ♪」
「…え?ええ!?」
くっ……なにも、考えるな。僕は兄として、妹に付き添ってるだけなんだ!


【嫦娥かぞえ唄】
ふたつ♪湯浴みの兄妹は〜♪
泡泡スベスベ洗いっこ〜♪
兄〜の♪理性も♪垢といっしょに、流れけり〜♪    

【予告】
この町に来てから、マナの様子がおかしい。
昨晩の事も、香織さんの忠告の事も…今の僕には、わからない。
いや!僕とマナは、普通の兄妹なんだ。ただ、兄として、妹の身体を洗ってやるだけなんだ。
…次回、入浴。


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