どくん
一瞬、眩暈がして
……身体が、動かせない?
どくん どくん
まさか、これが 金縛りというやつだろうか
そう思ったとき
「約束の、ちゃんと持ってきてあげたよ」
自分の口から さっき薫に言おうとした言葉がするりと出た……私の意によらずに
口を手で抑えようと……したのに、手は勝手に膝の上に乗せたバッグの中をごそごそと
これって、夢?……それとも、何かの冗談なの?
目も感覚もこんなにはっきりしてるのに、私の意思だけが身体から切り離されてるみたいに
瞬き一つ自由にならない
「あ あった はい、これ」
だめっ それは――臙脂色の包装紙に、金のリボンを掛けた――触らないで 私の
コトッ
「一応、手作りなんだよ」
恥ずかしそうな声が、気持ち悪い 誰なのと叫びたくても
「明日美、チョコなんて作れたんだ」
嬉しそうな薫の声 でも俯いているから、伸ばされた大きな手しか見えない
違うの それは私じゃないの
こんなに近くにいるのに、届かない
「ひどいー そんなこと言うなら、あげない」
吐きそうになるくらい甘いやり取り
でも、きっとそうなるだろうなって……本当に楽しみにしてたのに
ああ……感情って、本当に身体で表してたんだ
奥歯を噛み締めることもできない 涙を浮かべることも 爪が突き刺さるくらい手を握り締めることも
口元が緩む 目が落ち着かなくテーブルの上をうろうろ 汗の浮いた掌を、スカートに擦り付けてる
……自分が、曖昧な存在になった気がした
カサカサ ビリ
大雑把な薫らしく、テープを破ったりしながら
「それ、トリュフチョコなんだ」
「え? そういうのって、自分で作れるんだ」
旨そうだな 食べてもいい?
こくん
頷いた 一瞬――
ニタリ
『私』の口元に、私なら絶対に浮かべないはずの笑みが浮かんだ
どくん
冷水を浴びせられたみたいに……信じられない 信じたくない
『私』は、期待に満ちた眼差しで、薫の指を見つめている
その指が、チョコを抓んだ瞬間――
……あうっ!
身体が、両側から 太い何かで、押しつぶされそうになった
メリ
あがっ……食い込む……
二重写しのように、重なる感覚 強すぎて
あ……きゃぁっ!
すうっと、宙に浮き上がる もう間違いない 今の私は、薫の指に抓まれた、トリュフチョコなんだ……
じわり
……ひいぃっ
自分が溶ける感覚なんて、知りたくなかった
『私』が目を逸らさないから
「じゃあ、いただきまーす」
私は、自分が薫の口に飲み込まれる所を、最後まで見せ付けられた
ぬらぁ ぐぢゅ
生暖かくぬめる薫の舌で転がされて
ゆっくりと、溶かされていく
……きっと、私はもう狂っているんだろう
だから
ぐぢゅ
噛み潰されても ぐぢゃっ ぬぢゅ これだけは 言っておかなくちゃ
……ばいばい 薫……だいすき……
「どう? おいしい?」
「うん 凄く旨いよ」
「ほんと? よかったぁ! まぁ、当然よね だって――」
……だって、それ……あなたの大切な、明日美ちゃんなんだから……
……クスクス
Fin
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