椅子に乗ったお父さんが、納戸の奥から桐の箱を引っ張り出しては、下で待ってるあたしにハイって渡してくれる。
つんとくる、でもそんなに嫌じゃない匂い 手に埃が少しつく
「はい、お母さん」
すぐ後ろで待ってるお母さんに渡すのが、あたしの仕事
箱の蓋には古い紙が貼ってあって、あたしには読めないけど、筆で中身が書いてある
お母さんには読めるみたい 一つずつ確かめながら床に並べてく
「人形はこれで最後 後は大きい箱だから、由紀香はお母さんの方を手伝ってあげてな」
「はぁい」
「あら? あなた、もう一つない?」
「いや……後はぼんぼりとか、そういうのだけだぞ どれか足りないのか?」
「変ねえ 三人官女がもうひとつあるはずなんだけど……あっ」
「おい、それって確か、修理に出すって言ってたやつじゃないか?」
あっ あたしも思い出した
……去年、しまう時に落っことしちゃったやつだ
「そうだったわ ごめんなさい、すっかり忘れてた どこにやったかしら」
まったくもう どじなんだから
でも、お母さん見てると、まあいいやって思っちゃう
「いいさ とりあえず、ある分を並べてみないか そっちは後で探せばいいさ」
「由紀香ちゃん、ごめんね」
「いいよぉ それより、早く箱から出してあげようよ」
お祖母ちゃんが子供のときからうちにあったお雛さまは、友達の家に飾ってあるのよりずっと素敵で
だから、早く見たい
「ええと、でも……」
じゃあ、あたしが出すから、お母さん手伝ってね
箱を太腿で挟んで押さえながら、蓋をゆっくりと持ち上げる
きゅ……軋むような音がして 中には、薄いしわしわの紙で包まれた人形――まだ、何なのか分からない
壊さないように、そっと取り出す
床に直接置くのがなんだか悪いような気がして、外した蓋の上に
「どれ、最初の一人は誰かな?」
「あたしが見るから、お父さんは待ってて!」
「はいはい」
まったくもう お父さんもお母さんも子供なんだから
かさがさ
「わ お雛さまだぁ」
「よかったわねぇ」
赤と金の着物 髪飾りも、もしかしたらこれ、本物の金なのかも
模様も凄く細かくて、本物そっくり
優しそうな、少しだけ笑ってるみたい
「じゃあ 由紀香、飾ってあげて」
「うん」
お父さんが、台の位置を少し直してくれた
落としたりしないように、丁寧に
「すぐ、お内裏さま連れてくるから、待っててね……あっ お母さん、あたしがするのっ」
「ご苦労さま 由紀香はもう寝たの?」
「ああ あれだけはしゃいでたからな、疲れたんだろう」
何だか、去年よりも子供っぽかったような気がするぞ
……う お父さん、ひどい
「去年はまだ、人形の奇麗さが分かるには子供だったんじゃないかしら」
「そうか あれが由紀香が大きくなった証拠なのか」
ふふっ
「……それで、何が引っかかってるんだ? 結局人形が見つからなかったことか?」
「お義母さまから教わったこと、なんだけど……あなたは聞いてない?」
「いや っていうか、何についてのか分からなければ、答えようがないぞ」
「あのお雛様がっていうわけじゃないんだけど……古い揃いの物は、それが欠けた時には出してはいけないよって」
「初耳だな 母さんは俺にはそんなこと言ってなかったと思うぞ」
「その……わたしがお皿とかよく割っちゃってたから、その時に聞いたの」
……お母さん、どじだもんねぇ……あれ? あたし寝てるはずなのに、どうして聞こえるんだろう
「はぁ まあ、気にすることでもないだろ 縁起が悪いとか言うんだろうけどな」
「それがね 旧いものには魂が宿るから、欠けたものを補おうとするんですって」
「……何だかもっともらしく聞こえるな 明日また探してみよう 応急処置でも直せるなら飾ってやればいいさ」
……うん そうしてあげて やっぱり一人でもいないと、さみしいと思うの
ええ でも、もうだいじょうぶですわ
……え? 今の、だれ?
あの子の代わりに、こんなに可愛らしい仲間が加わってくれますから
「……え? 今の、だれ?」
あ 声、出てる
あたし寝て……
――キリッ
「あうっ いた」
体中から、カッターで切られたみたいな痛みが それで頭がはっきりした
赤い布を敷き詰めた広い……広いの? 遠くが見えないけど、外みたいな広がりは感じない
パジャマのまま、ばんざいをした形で壁に 細い黒い糸が体中に絡み付いてる
さっき痛かったの これだ
ス 目の前に、ぞっとするほど奇麗な女の人
チリリ 髪飾りが、奇麗な音を この人の笑い方……知ってる気がする
「あの……ここ、どこですか? あたしどうして……」
どうしよう……この人がしたんだ
だって、笑ってるよ
その手が やだっ あたしの胸に
「由紀香と言いましたね あなたに、お願いがあるの」
すす 指が上に滑って……ひゃうっ 喉に
触られてるだけなのに……どくん どくん……なに かが、流れ込んでくる
「な、なにをひゅれば……」
舌がもつれて 目の前がぐにゃり歪んだ
縛られて痛いはずなのに……どくん どくん……ぁ……しびれて 頭がぼうっとしてく
「……大事な大事な、私たちの仲間がいなくなってしまったの」
ぽうと 身体が……う……熱いのが集まってく ずるり 体の中を流れて
「あぐっ……むねがぁ……」
パジャマに擦れて じんじんするよぉ
ズクン 股のところが パンツがぬちゃって やだ おしっこでちゃう
「やめ……ひ ああぁ」
どくどくどく
「……ですから、あなたに代わりになって欲しいんです」
やだやあぁっ! もうでちゃう……でる……
……ぁ……溢れる寸前で 無理やり止められちゃった……もの凄く 痛い くるしい
おねがい 出させて
「一言、うんと頷いてくれれば、楽にしてあげますよ」
え でもそれって、あたし……になっちゃうの?
それは、やだ
「しょうがありませんね」
やだやめっ――うあああぁぁっ! どくりどくり もういっぱいなのやめて こわれちゃうあたしっ
たすけておかあさんたすけてっ……ああぁっ……がはっ……あぎいぃっ
――さま、後は私たちが
「あら……そうね あなたたちの列に加わるのですから、それが道理というものだわ」
す と、女の人が向こうに離れた……なのに……はぁはぁっ くるしいよお助けて
両側から、同じ顔をした二人の女のひ――
フニュ
ひいぃっ! さわっちゃだめっ おかしくなちゃあぁっ!
「かわいい……泣かないで 由紀香」
ちゅぷ 耳が舐められて ふうと息が ふあぁっ 本当にだめぇっ
「気持ちよくしてあげる……から」
もう一人が前に屈みこんで――ズルッ――きゃあぁぁっ ズボンと、パンツまで下ろされちゃっ――
ベロリ……クチュ ヌチュリ
「ふぎゃあぁぁっ――むぐぅっ!?……うっ……むぅっ!……」
ヌチュチュプ……ヂュルヌチュ
くるしい息が……甘い匂いが口の中いっぱいに……どろり……流しこまれてのんじゃったぁ……らめぇなんにゃのこれぇ……ヌチュッヂュルル……はわぁっ そこぉ……やぁぁ……あっ……ああっ……
「あらあら、それでは返事ができませんよ」
縛られたまま、あんなに反り返って
「――さま 我らも説得の助けをいたしたく」
ふふ しょうがないわね いいわ
「御意」
うふふ……可愛いわ 由紀香……
「――子供もいないのに、こうして毎年飾るのもどうかと思うけど」
「あら、でも人形たちだって、ずっと閉じ込められてるのは可哀そうよ」
妻のおっとりとした物言いに苦笑を浮かべながら、母の代からの雛人形に目をやる
……そう言えば、三人官女を一つ修理に出していたと思ったが
数は揃っている どうやら、ちゃんと済ませていたんだな
新しい人形はなぜかパジャマ姿で ほかの人形たちの手から伸びる糸を身体中に絡みつかせている……まるで……
「いや、うん 確かにそうだな」
何もおかしくなんてない 猿轡を咬まされてるのも、官女なら当たり前だしな
……うさん……おかあさん……たすけて…………あたし……
「? 今、何か聞こえなかった?」
「いや、気のせいだろ」
……も……だ…め……
……クスクス
Fin
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