第零話『 情愛の契約 』
( 視点:ローレック )

 
 ―― (現代時間軸にて) 八月二十日 ――





 それは驚くべき事実だった・・・

 完全な者が不完全の者に負けたのだからな。

 私が受ける衝撃は当然のものであろう。



 完全な(強化型の)ビデオガール、『神尾まい』

 不完全な欠陥品であるはずの、『天野あい』



 ふっ。だが・・・。

 それでもまだ愛を認めたわけでない。

 ・・・・。

 だが、その勝利が愛・・・

 『愛情』によるものであるならば・・・



 私は愛を良く知る必要があるのかもしれない。







 ここは『次元の狭間』

 人によって見える情景が異なる空間。

 現実世界とはまた異なる時間軸に支配された世界。

 およそ普通の人間には独力で到達できない場所だ。



『 ・・・・ 』



 今、私の目の前に浮遊する人物に語りかける。



『 あいよ・・・目覚めるのだ! 』



 まいに勝利した後、意識を失ったあいはここに浮遊していた。

「 ・・・ん・・・ 」

 私の呼びかけに対して、かすかな反応が洩れる。

 不完全な欠陥品であろうとも・・・

 彼女らの創造主である私の言葉が届かないはずはない。



「 こ、ここは! オレ、回収されちゃったのぉ!? 」



 ふっ。

 その覚醒と同時に驚愕する態度のギャップに思わず苦笑が漏れた。



『 とりあえず、まいに勝ったことは評価している 』



 私にとっては不本意な結果ではあったが、

 それだけに素直に賞賛しておかなければならない。



『 お前は面白い研究素材だ 』

「 え? 」

『 今はまだ消すつもりはない。安心しろ 』

「 冗談じゃねぇ! 」



 あいが私の言葉を突っぱねる。

 これまでの経緯を鑑みれば、無理もないか。



「 オレを利用して、何しよーってんだ!? 」

『 口を慎め。ここでお前を消してもいいのだぞ? 』

「 あんたに利用されるくらいなら、消えてやるぜぇ! 」

『 ふ・・・強がるでない 』



 私は続けざま、彼女の要望を言い当てる。



『 今すぐにでも弄内洋太のもとに帰りたいのだろう? 』



 『弄内洋太』は彼女の借主・・・

 そして久しく『GOKURAKU』の会員ともなった人物だ。

 確か・・・三人目だったな。

 壊れかけたデッキでの再生。それに伴う、不完全な欠陥品ともなってしまった天野あいは、本来の『ビデオガール』に持ちえるはずもない、『愛情』を借主、弄内洋太に抱いている。





『 望みどおりにしてやろうというのに・・・ 』

「 え? 」

『 ただし、ただで帰すわけにはいかん 』



 あくまでこれは愛を知る研究の一環だからな。



『 条件をつける 』

「 なんだよ。言ってみろよ・・・ 」



『 一人の男性と愛を結んでみせろ 』



 その条件があいにとって余程の予想外であったのか。

 彼女は意外な表情を浮かべる。



「 ほ、本当に・・・それが条件なのか? 」



 私は告げた。

 あいに残された時間は、もはや私にも解からない。

 その上で一人の男性の心を奪ってみせろ、と。

 残された時間内に達成できない場合・・・

 その時は『天野あい』が完全に消滅する時である。

 その時がくれば私は躊躇いなく、彼女を消し去るだろう。



 が、結ばれたその時には・・・

 一人の男性ためだけに存在する『ビデオガール』など私には必要ない。

 その時は・・・

『 人間になるがいい。人間にしてやる 』



 それが弄内洋太のもとに返した、彼女との・・・

 『天野あい』との契約である。



 一つ付け加えると・・・

 契約には一つだけルールを設けている。

 それは、この契約条項を口外してしまった場合である。

 その時は契約を無効として、

 即座にあいを回収させることで決まったのだった。





 そして・・・研究材料は、何も彼女だけに留まらない。

 私が愛を知るためには、もっと研究対象が必要であった。







 ―― 八月二十三日 ――





「う・・・う・・・」

 吉祥寺の路地で咽び泣く美少女がいた。



 彼女の名前は、『早川もえみ』

 人間にしては端麗な顔立ちをしており、男にとって理想的なほどに華奢な身体でありながら、ノースリーブのワンピースには何とも言えない色香を漂わせてもいよう。

 天野あい、弄内洋太とも関わり深い人物である。



( この娘にするか・・・ )

 研究素材としては、これ以上にない人選ではあろう。



 私の直感が告げている。

 この数日間に限っては、彼女を中心として・・・



 少年少女らの人間関係が大きく変化していくのだからな。


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