プロローグ


 どうも皆さん初めましてっ!自分は飯塚いろは。ポニーテールがチャームポイントの元気娘!
 ごくフツーの家庭に生まれて、ごくフツーの生活を送っている、ごくフツーの高校生。
 元気なところ以外は別段、取り立てて他の人に優れているところを見つけにくい女の子だけど、偉いプロレスラーだって言ってるじゃないですか、「元気があれば何でもできる」って。
 つまるところ、自分は無敵?みたいな?
 ま〜、欠点らしい欠点といえば、胸の発育の悪さ?
 うるさい!胸で人間の価値なんて決まるものか!
 確かに16になろうというお年頃にあって、まだ彼氏ができた験しがないけれども!!
 それだって、自分の周りの男に見る目がないだけで、思えばあれは中二の一学期…
 いや、自分の男性遍歴はいい。一先ず置いとく。
 いつか話すってわけじゃないよ?
 さておき、この度自分は、桜桃華学園なる、まあ所謂お金持ちが通うような名門私立の高校に通うことになりまして。
 これも元気の賜物なんですかね?
 都会の中に、開発から取り残されたような小さな山の上に建つ、自然豊かな学園。
でもそんな立地に有りながら、結構過ごしにくい。
 金持ちだってことで威張っている人間のなんと多いこと。
 そんな中で、ある人からは嫌悪を、或いは喝采を、ゴシップを追う単なるパパラッチか、反体制の旗印か、悪名高きは新聞部。
 その新聞部に自分は所属してるまして。
 将来マスコミ関係で仕事がしたいな〜、なんて最初は軽い気持ちで入ったんだけど、部の悪評のせいか、周りの視線が入学当初より厳しくなった気がする…
 そんなおまけが洩れなくついてくるなら、入部を辞退したんだけどね?
 何で誰も事前に教えてくれなかったんだろ。友達甲斐のない人達だよね。
 自分のことはこのぐらいにして、同じ新聞部部員の紹介。
 「あ、いろはさん、こんにちは」
 新聞部の部室がある、半ば隔離されたような旧校舎へ続く渡り廊下の途中で自分に声を掛ける、気弱そうな女子生徒。
 彼女は戸高茜。声は見た目通り、儚そうな小さな声をしている。敬語で話してくれるし私はタメ語だけど、実のところ学年は一つ上。
 歳が上だけに、胸も自分に比べて大きめ。
 比べて?
 比べてなら、かなり大きいと表現すべきか?
 いやしかし、これは年齢の差によって生じるものであって、決して個体差ではないと思うのだよ、自分は。
 ……
 いや、ごめん。自分は小さくて、茜ちゃんは大きいです、はい…
さらっとした綺麗な黒髪で、伸ばせば随分美しいことだろうと思うのだが、短めのおかっぱ頭にしている。
 その髪型ってのは、片思い中の男の人が好みのようだから、だそうだ。
 う〜む、恋する乙女ってのは、こういうものか…
 いや、まあ自分だって多少、経験がないでもないんですがね?
 思えばあれは中三の二学期…
 いやいや、それは置いておいて。
 そんな茜ちゃん、一年前まではいじめられっ子で、随分酷い目に遭わされてたみたい。
そして茜ちゃんを救ったのが、今の新聞部の副部長さん。それは白馬に乗った王子様のように、颯爽と現れたそうだ。
今まで自分を酷い目に遭わせていた人間たちを、千切っては投げ、千切っては投げ…と倒して行ったかどうかは別として、そのときのお礼がしたくて、今年から新入部員として新聞部の門を叩いたそうだ。
そして何を隠そう、その副部長というのが、茜ちゃんの片思い中の相手。
「そのことは絶対内緒だよ!」
気弱な茜ちゃんがこのときばかりは力強く私に念を押したが、副部長を前にすると好き好きオーラ全開で、気がつかない方がどうかしている。
副部長も当然…と言いたいところだが、気付いてなさそうなのが怖いところ。
「おっはよーございまーす!飯塚いろは、今日も元気に参上いたしましたー!!」
ガラガラと、ほとんど物置として使われている旧校舎の中で、唯一人の気配のする一階、一番奥の部屋、新聞分のドアを開けて元気よく挨拶。
ところで、こういう時って時間に限らず「おはようございます」なのはなんでなんでしょう?
自分と茜ちゃんを部室で迎えてくれたのは、部長と副部長さん。
二人は何か話し込んでみたみたいだけど、私の声に反応して「おはよう」と返してくれた。
副部長さんはにこりと笑いかけてくれる。
「あ、はい」
か細い声で、ちょっと上気しながら茜ちゃんが応える。
ああ、好き好きオーラ発揮中…
「さっきの話は後でな」
副部長さんは持っていた扇子で肩をぽんぽんと叩きながら、部長にそう継げた。
なにやら、自分たちには聞かれたくない秘密の相談中でした?
副部長さんは、まさしく中肉中背。これといった特徴を挙げるのが難しい中で、唯一、片時も手放さない扇子のみが印象的。
一部では水泳のときですら扇子を持って授業を受けるとか、野球の授業は、バットではなく扇子でボールを打つとか、実は扇子の方が本体とかいった噂まであるぐらい。
自分は街中で扇子を持たない副部長さんに声を掛けられても、
「え?誰ですか?」
と言ってしまう自信がある。
ああ、そう言えば何もないときは右ひじを左手で押さえる癖があって、その辺でなんとか判別つくかも。
茜ちゃんに片思いされている副部長さん。だけど副部長さんには彼女有り。遠距離恋愛だけど。
度々彼女とのおノロケ話をする副部長さん。入部当初に彼女さんとのツーショット写真を見せられたことがある。
写真には副部長さんと並んだ中学生ぐらいのおかっぱの女の子。
…ってゆーか、副部長さん、ロリコン?
と口を出そうとしたら、思いっきり頬を掴まれた。
そしてにっこり笑われた。
てゆーか、すっごく怖いんですけど、副部長さん?怒ってます?怒ってますよね?
「いやいや、まったく、これっぽっちも」
いやいや、絶対怒ってますよ、副部長さん。それより、爪が食い込んで痛いんですけど。顔は女の命ですよ?
「何か勘違いしているようだから一つ言っておこうと思ってさ」
聞きます。聞きますから、まず手を放しませんか?内出血してる感じですよ?
「琴は中学生じゃない。俺と同い年だ」
とは言え、ロリコンの定義は実年齢以上に、見た目の問題と思うんですが。
ああ、また顔を掴む握力が強まった。
「それに、俺は琴の見た目に惚れたわけじゃない。俺は琴という存在を愛しているんだ。例えば琴が猫の姿に生まれていたら、俺はその猫を愛していたし、もし兎に生まれていたら、俺はその兎を愛していただろう」
どっちも小動物だ。
なんてちょっと難儀な性格の副部長さん。どうもこの人は名前で呼ぶよりも、「副部長さん」と言ったほうが私にはしっくり来る。
もちろん茜ちゃんがおかっぱ頭にしているのは、この琴というロリっ娘を意識してのことだ。
「後でってこともないだろ、垣内。どうせ新聞部の合宿なんだ」
「さんをつけろよ」
「同い年だろ、バカ!」
副部長さんと見事な漫才を繰り広げるのは新聞部部長、金田鉄雄。気の強そうな釣り目をしているが、実のところ長いものには巻かれろ、の事なかれ主義が骨身にしみている人間。
どうもこの新聞部部長というのが、あたかも本社からの出向支社長のような形で生徒会長から送り込まれるのを通例としているようで、金やんも生徒会から送り込まれた部長。
だから生徒会から苦情があれば、一切文句は言わない。
部長会議で、生徒会の提案に対して「はい、異存有りません」と言うのが唯一の仕事。
一言で言えば、使えないやつ。
副部長さんからもよく「使えないな〜、金田」と言われている。
そのせいか、自分も軽い感じで「金やん」と呼ばせてもらっている。
家は結構お金持っているらしいんだけどね、威厳が全くない金やん。
「金やんゆうな、飯塚!」
「さんをつけろよ」
「なんでだ!」
また副部長さんと漫才してる。
「それで、何の話をしていたんですか、部長さん」
茜ちゃん、さんをつけなくていいよ。金やんでいいよ金やんで。
「いいわけあるか、バカ。それより、今度のゴールデンウ…」
「おはようございます」
遅れてやってきたのは、最後の部員、新堂悟。身長が女子の私ぐらいしかない、ちっさい一年の男子。
ってゆうかタイミング悪い。本当新堂は使えない奴だな。
「いきなりなんだよ、飯塚」
悪態をつく自分を睨みつける飯塚。どうも自分を嫌っているようだ。
まあ私が飯塚を見下しているのだから、逆に好かれようものなら「うわ、お前Mかよ」ってキモい奴になってしまうわけだけど。
新堂は中等部からエスカレーター式に上がってきた口で、一般入試で入ってきた、この学園で「外様」と蔑まれている自分たちを見下している人間。
だから使えないくせに、意味もなく私を見下そうとしている。
そりゃ、実家は私の家より金を持っているんだろうけど、別に名家ってわけでもないらしい。
だからエスカレーター組の総称「生え抜き」のヒエラルキーでは最下層にいるような人間。
金やんと同じく長いものには巻かれる性格ながら、金持ちの金やんと違って、自分よりも長いものが多く有りすぎて、とにかく見るもの全てに巻かれているような状態だ。
本当に使えねえな、新は。
「堂を付けろよ」
「何か言った、し?」
「略しすぎだ。というかそれは悪く言っているのか?」
「あ〜、夫婦漫才はいいから、座れ、新堂」
「誰が夫婦ですか、部長」
全く、使えないどころか、変に仲が良いと勘違いされてしまうとは、本当に迷惑な奴だ、新堂は。
「俺が迷惑してるんだよ」
自分の方が迷惑してるんだよ、s。
「iん堂をつけろよな…」
遂に新堂が呆れた。
よし、勝った。
「何の勝負だったんです?」
そりゃあれよ、茜ちゃん。自分との戦い?
「明らかに悟と争ってただろ」
そーゆー突っ込みはいいです、副部長さん。
さて、以上が新聞部の部員。
唯一二年の茜ちゃんがいるが、それも今年入ったばかり。
つまり、去年は新入部員がいなかったわけだ。
その原因というのが去年の、伝説の副部長さんのせいらしい。
色んな伝説があるらしいが、ともかく、とんでもない人で、その名から「狂想曲の奏」と恐れられていたらしい。
たぶん今でも新聞部へ厳しい目が向けられているのは、その人のせいだと思う。
一旦は廃部の危機へ追い込まれていた新聞部も、自分たちのおかげでその危機を脱し、今に至ると。
新堂は使えないけど。
「じゃあ、みんなが集まったところで、さっき垣内とも話してたんだが…」
「さんを付けろ」
「もうそれはいい」
話の腰を折ろうとする副部長を、金やんは軽くあしらった。
「今度のゴールデンウィークに、新聞部の合宿をやろうと思っててな」
「だから、新聞部が合宿なんてやってどうするんだ、金やん」
「お前まで金やんゆうな」
なんだかブーたれる副部長。あんまり乗り気じゃないみたい。
まあ確かに運動部とかと違って、新聞部が合宿やってどうするのかって意見は自分も同意だ。
ただ、ちょっと楽しそうな感は否めない。
お泊りって、なんかいい響きだよね?
「だいたい、合宿だとか言っても、金田は来ないんだろ?」
「当たり前だ。俺は忙しい身なんでな。ゴールデンウィークは全て予定が埋まってる。だから管理者として、お前は強制参加だ」
ザマーミロとでも言いたげに、金やんは笑う。
本当、自分より下の人間に対しては態度でかいよ、金やん。
「俺だってゴールデンウィークには、琴に会いに行かなきゃいけないんだよ」
暇じゃないんだと告げる副部長。だけど彼女さんの話題に、茜ちゃんの顔色が変わった。
「わかるか?琴は新潟に住んでて、毎日会うってわけにはいかないんだぞ?あぁ〜、春休み以来か〜…」
彼女さんに思いを馳せる副部長さん。
ってゆうか、茜ちゃんの顔色がのっぴきならないものになってるんですけど。空気読んで、副部長さん。
「一月も経ってないだろ」
「金田、お前も恋をしてみろ。その一月がどれだけ長いことか。それにこのゴールデンウィークを逃せば、次ぎ会えるのはきっと夏休みだ。長いなぁ〜」
だから副部長さん、ちょっとは茜ちゃんを見てあげて。空気読んで、お願いだから。
「琴、今頃なにしてるかな?春はさ、琴の近所に夜桜観に行ったんだよ、二人で。田舎だから人もいなくてさ、こう、月明かりで照らされるわけよ、桜と琴が」
空気読んで副部長。
「そのときのことが、かわいくてさ〜。ずっと見つめてると、ちょっと照れるんだよ、琴のやつ」
空気読んでぇ〜〜〜!!
「やりましょう!合宿!!」
おお、茜ちゃんの大声、初めて聞いたよ。
遂に耐えられなくなったか、茜ちゃん。そりゃまあ、片想いの人の口から彼女の話を聞かされたくはないだろうさ。
茜ちゃんにとってはこの合宿、彼女さんと副部長さんの逢引を阻止できる上に、仲良くなっちゃうきっかけかな?
だったら自分は…協力しちゃうべき?
「ほらほら、戸高は行く気だぞ。副部長」
副部長さんは困ったように机に突っ伏し、たたんだ扇子で背中をカリカリと掻いている。
「泊まるところ、どうなってんだ?」
「もう用意はしてある」
おぉう。手際がいいな、金やんのくせに。
みんな反対だったらどうしたんだって疑問はともかく。
そしてそこまで用立てておいて、なぜに金やんは不参加?
「で、それはお前がわざわざ探してきたわけ?」
「いや、久保山先輩が連絡してきてくれてさ」
金やんはなにやら誇らしげ。だけど副部長さんは頬杖ついて、しぶ〜い顔。
「先輩を立てるためにも、断るわけにもいかないだろ。腹括れ、垣内」
「さんをつけろ。だいたい顔立てるつもりなら、お前も参加しろ」
「久保山先輩じきじきに、お前は忙しいだろうから、無理しなくてもいいって言われてね。戸高も乗り気だし、新堂も飯塚も反対じゃないだろ?」
新堂はともかく、茜ちゃんとお泊りは魅力的だ、実際。今以上に仲良くなっちゃうチャンスだし、何より茜ちゃんと副部長さんをくっつけるっていう楽しみも、無きにしも非ず。
しかし、新堂は邪魔だな、新堂は。死んでくれないかな。
「なんか酷いこと考えてるだろ、飯塚」
新堂が自分の考えていたことを目ざとく察したみたい。
むぅ、察しがいいな、新堂のクセに。
まったく生意気なことこの上ない。死ねばいいのに。通り魔に、こんにゃくを凶器に撲殺されるような間抜けの死に方で死んでくれないかな?
「どんな通り魔だ」
突っ込まれた。どうも部分的に独り言として話していたようだ。
「僕は構いませんよ」
新堂は金やんの提案には反対しない。長いものに巻かれる性格だから仕方がない。
それに金やんが名前を出した久保山先輩ってのは、聞いた話だと結構なお金持ちらしい。
その辺庶民派の自分には良く分からないことだけど、お金持ちにもグレードがあって、久保山先輩はすごいグレードのお金持ちらしい。
ゲーム機で言うと、久保山先輩がPS2で、金やんが、そうだな、X-BOXぐらいにしてあげよう。
で、新堂はピピンアットマーク。
バーチャルボーイですらもったいないよ、新堂なんかにゃ。
ピピンアットマークはPS2に命令されたら、そりゃ断ることなんかできはしないだろうよ。
PS2が、「お、それだったら、FFを移植してやっていいぜ?」なんて言われたら、失禁して喜ぶだろうさ。
まあ、もうハードがないから、どうしようもないけどさ。
「残念だったね、ピピン」
「?」
哀れみを込めて新堂に告げると、不思議そうな顔をした。
「飯塚もいいな?」
「全然大丈夫です!温泉なんかあれば、尚良しです!!」
ビシィ!と親指を立てて、元気よく返事。
なんたって元気印っ娘を自称している自分。元気だけは負けるわけにもいかねぇ!!
そんな私の返事を見て、副部長さんは大きなため息と共に、「恨むよ、大和さん、いや、命さんか…」と呟いていた。


そしてこの合宿のせいで、とんでもない事件に関わることになるとは、私は少しも考えていなかった。


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