(1)
高村椿が目を覚ましたとき、周囲は真の闇であった。
(?・・・・)
一瞬ワケが分からず、軽く虚が来たような状態で、椿は目の前の闇をボンヤリと見つめ続けた。
何となく理解できたのは、自分が床の上に仰向けに寝かされていること、そして、何か柔らかな布で目隠しをされていることだけだった。
とは言え、その目隠しが、椿の視力を闇に閉ざしている原因の全てではないようだ。
布はごく薄い物らしいのだが、それを通して光が洩れ込んでくる気配が、皆目ないのである。
夜間なのか、それとも光の差さない密室であるのか、いずれにしても、そもそも周囲が極端に暗いのだろう。
(わ、私・・・どうして?・・・)
不意に我に返り、椿は起き上がろうと身をよじった。
自分が何故、目隠しなどをされ、何処とも知れない場所で寝かされていたのか・・・異常な状況に対する疑問がドッと押し寄せ、それが椿の理性を呼び戻したのである。
「あッ!・・・」
全く身動きが出来ないことに初めて気が付き、椿は思わず狼狽えた声を上げた。
両腕は頭上高くで束ね留められ、更に上方へと、きつく引き絞られているらしい。自由になるのは、掌の握り開きだけであった。
脚も大きく拡げられ、しかもピクリとも動かせない。どうやら開脚された状態で、足首を棒か竹竿のような物にくくりつけられているらしかった。
「目が覚めたね?・・・」
唐突に、息がかかるほどの間近から声をかけられて、椿はギョッと身体をすくませた。
「だ、誰ですかッ?」
勘の鈍い方ではないと思っている自分が、闇の中とはいえ、今の今まで、側に人のいる気配を全く感じ取れなかったとは・・・。その不気味さが、椿に怯えた声を上げさせた。
「・・・誰と言われても困っちゃうけど・・・僕は・・・まあ、この『家』の当主ってことになるのかな・・・」
「声」はひどく間延びした、それでいて不意に咳き込むように慌ただしくなる、奇妙な調子のものだった。
舌の回りも悪く、まるで何か物を頬ばりながら喋っているように聞こえる。
こんな異常な状況で聞かされるのでなければ、一種白痴じみたその声は、どこか親しみさえ湧くような滑稽さが感じられたかも知れない。
「い、『家』って何処のことです?あなたが私を、こんな風に縛ったのですか?」
「・・・うんまあ、君を縛り付けたのは僕だけど、でもおかしなことを聞くねえ?・・・君はその、納得ずくでこの『家』に来たんじゃないの?僕のママと一緒にさ・・・」
「ママ・・って・・・」
最近一般家庭でも使われるようになってきたそのモダンな言葉を聞いて、椿はハッと息を呑んだ。
と同時に、自分の身の上に起こった出来事の一切が、まるで津波のように頭の中へ押し寄せ、蘇ってくるのが感じられた。
静かな休日の午後に唐突に訪れた、不可解な、悪夢のような出来事が・・・・。
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