第1章 伝説の森の悪魔-3 

 アイーシャたちが住む「エルフの里」は、この森と同一の場所に、次元を異にして存在している。そこへは森の中の神域を通って、エルフだけが行くことが出来る。
 つまりこの森は、この世界とエルフの世界との端境にあり、鎮守の役割を果たしているのだ。


 はるかなる昔、人間たちの迫害によって、エルフ達は滅ぼされる寸前にまで追いつめられた。
 そして生き残ったわずかなエルフがこの地にたどり着いたとき、光の神イヴァンが天空より手のひらを地面につき、エルフの里へと続く道を押し開けてくれた。
 エルフ達が異世界へと逃げ込んだ後にそこが森となり、血に飢えた人間達が、エルフの世界を再び侵すことを阻んだのだという。
 いにしえより言い伝えられるこの説話が真実なのかどうかはわからないが、エルフ達は今でもイヴァン神を崇めたたえ、アイーシャたち神官はイヴァンの使徒として神術を行使して、エルフの里を守り支えているのだ。


しかし最近、永年磐石を誇ったエルフの里の守護体制に、わずかなほころびがあらわれた。


 この森は、二つの世界をつなぎ、また隔てる鎮守として、決してその管理をおろそかには出来ない。
 したがって神官たちの中でも選りすぐりの者たちが代々その任に当たってきた。それが神官長の警護も兼ねる「光の盾」であり、東西南北四つの礎と呼ばれるエリート集団なのだ。
 

 これらはすべてイヴァン神に忠誠を誓った女性神官によって構成されていて、各々のメンバーは皆、生まれ落ちる以前より神に仕えることを運命づけられた汚れなき乙女達である。そして神術の使い手としては、いずれ劣らぬ猛者ぞろいであった。
 ところがある日「南の礎」の神官が一人、森を監視する任務の途中で行方がわからなくなった。翌日に、またもや一人。そしてあるまいことか、自ら捜索に出動した「南の礎」の長、マグダレナまでもが帰らなかったのである!
 

 「光の盾」は騒然となった。
 いったい何事が起きたのだ。人間にさらわれたのか?ありえないことでもない。その昔人間は、エルフ達を奴隷として虐待したのだから。
 しかし非力な一般のエルフならともかく、強力な神術を行使する「光の盾」の神官が、人間の襲撃から自分の身を守れないわけがない。
 とりわけ「南の礎」を束ね率いるマグダレナは、18歳と若輩ではあるが、四代も続く優秀な神官の家系に生まれ、未来の神官長候補としてその将来を嘱望されていた実力者なのだ。


 何か強力な未知の敵に遭遇したのであろうか。ならば「光の盾」の総力をもって撃って出るべきか、それとも防備を固めるべきなのか?・・・・・
 正体不明の脅威にどう対応するのか、永い平和に慣れきったエルフ達の議論はなかなか決着しなかった。
 アイーシャは、それを尻目に一人でこの事件の真相を探るべく、この世界へ、この森へとやって来たのだ。


 (私が一人でこの事件を解決すれば、お姉さまだって私の実力を認めざるを得ないわ。・・・いいえ、うまくすると、今は空席になっている「南の礎」の長に、私を推挙してもらえるかもしれない・・・)
 勝ち気なアイーシャの、したたかな計算がそこにあった。


 円満な性格で人望も厚い姉、モニカ。アイーシャはその姉を愛してはいたが、同時に軽い羨望の念を、幼い頃よりずっと抱き続けていたのだ。
 その思いを払拭するためにも、姉に勝る実績をここで挙げておきたい。アイーシャなりにそう思い詰めた末での、今回の独走であった。
 「見ていて、お姉さま・・・」
 そうつぶやいて彼女は、再び決意を新たにするかのように、綺麗なアーモンド型の目をしばたたいた。


→4を読む

→2へ戻る

→最低書庫のトップへ