エピローグ インフェルノ・シティ・・・

 静音・ブルックスはサンクチュアリ3Fの廊下をエレベーターに向けて歩いている。
 身に着けているのは妊婦服のようなダボダボのワンピースで、アゲットに適当に買ってこさせた物だ。
 センスも何もない服ではあるが、改造され、異常に肥大化した静音のバストをなるべく目立たせずに着こなすには、この手の物が都合が良いのだった。



 クリスが死んだ後、静音も恵麻里同様このサンクチュアリに住み続けてはいたが、その心理状態は大きく波打ち、乱れ続けていた。



 クリスの死亡、そして新世界準備会の潰滅を恵麻里から告げられても、静音は囚人生活から開放された喜びなどを毫も感じなかった。ただ、これからどうしたら良いのだろうという不安だけがあった。



 それも無理はない。
 彼女は性奴隷としての運命を受け入れ、淫らな奉仕を生業とするマーメイドとして暮らしていくことを決意していたからだ。
 凄惨な陵辱、調教を経て、ようやく新しい生き方に開眼したというのに、また全てが無に帰してしまった・・・・そんな奇妙な絶望感が、彼女を苛んでいたのである。



 激しく動揺した静音は、自室(監禁されていた部屋のことだが・・・)に閉じ籠もり、滅多に外には出なくなった。
 食事や身の回りの物はアゲットが用意をしてくれるから不自由はないし、恵麻里と顔を合わせたり、口をきいたりする心境にはとてもなれなかったからだ。



 そしてそれは、静音の中に、恵麻里に対する負い目や怖れがあったからでもある。



 やむを得ない事情があったとは言え、静音は恵麻里の反目に回るような物言いをしたし、嫌がる彼女に焼き印を入れた張本人でもある。
 元々気性の激しい恵麻里が、そのことで静音に怒りを覚えたり恨んだりしていても不思議はない。だからこそ、彼女に面と向かうことは恐ろしかったのだ。



 今、静音は、ある決意を胸に秘めている。久々に部屋から外へ出たのは、その決意が固まったからだ。
 (こうするしかないんだわ。私は私のいるべき場所へ行くしかない。絶対そうよ・・・・)
 自らを奮い立たせるように心中で独りごちながら、静音はエレベーター前に辿り着き、下りの呼び出しボタンを押した。



 「あッ・・・」
 エレベーターのドアはすぐに開いたが、中へ乗り込もうとする間もなく、静音はその場にギョッと固まってしまった。
 ニットのサマーセーターにフレアのミニスカを着けた肉感的な美少女が、行く手を阻むように、目の前のボックス内で腕組みをしていたのだ。
 「え、恵麻里さん・・・」
 怯えたかすれ声が漏れる。
 そう、そこに立っていたのは、サンクチュアリの現在の主、早坂恵麻里だったのである。



 「あ、あの・・・」
 無言のままでエレベーターを降り、向かい合って立った恵麻里に、静音はオロオロと戸惑った視線を送り、
 「私、あの・・・スミマセンでした!恵麻里さんに、ヒドイことをして・・・」
 後じさりをしながら、我知らずに詫びの言葉が口をつく。
 こんなタイミングで謝ることが適当なのか、そもそも恵麻里が自分に腹を立てているのかどうかさえ、静音には良く分からない。しかしとにかく何かを言って、その場を取り繕わなければ居たたまれなかったのだ。



 「もっと早くお詫びをしようと思ったんですけど、なかなか気持ちの整理が付かなくて、それで・・・」
 「そんなことはもうイイじゃない」
 へどもどと言葉を継ぐ静音を手で制し、恵麻里は言った。
 「今度の事件では、私たちはお互い被害者同士だもの。あなたは私のことを裏切ったかもしれないけど、私はあなたのことを守ってあげられなかったんだし、おあいこってことで水に流しましょ?ね?」
 「はあ・・・」
 意外に穏やかな恵麻里の物腰に、静音がややホッとしかけた時、
 「それよりもあなた、ここから出ていくつもりなんでしょう?」
 という恵麻里の問いかけで、その場の空気が再びピンと張り詰める。その言葉通り、静音は今日を限りに、サンクチュアリでの生活を終える心づもりだったからだ。



 (コッソリ出ていこうとしたのに、どうしてバレたのだろう?・・・いいえ、カンの良い恵麻里さんは、ずっと前から気が付いていたのかも・・・・)
 まるで心の内までを全て見透かされているようで、静音はショックを受けたが、しかしズバリと言い当てられたことで、逆に不思議と肝が据わったような気分にもなった。
 自分で決めたことには、誰にも干渉されたくない。そんな図太さと積極性が、今の静音には育っていたのだ。
 「ハイ、私はここを出ます」
 キッとまなじりを決して、静音は答えた。
 「行かなければならない所があるからです。私のいるべき場所、生きる場所はそこしかないんです」


 
 「ふうん、ずいぶんと大層ぶって言うじゃない」
 恵麻里は皮肉な口調で言った。
 「決意はご立派だけど、友だちをシカトしたままサヨナラなんて、あまりに素っ気なくない?長い間一緒にやってきたパートナーなのに」
 「ご挨拶は、また改めてしようと思ってたんです。アゲット博士から定期的にバイオチップの不活性剤をもらわないとイケナイから、ここには今後も通う予定ですし・・・」
 「へえ、それじゃ永遠にお別れってつもりじゃないのね?」
 「勿論です。だけどいきなり出ていくって言ったら、恵麻里さんはきっと反対すると思ったんです。それで・・・」
 「反対だなんて、そんな野暮なことしないわよ」
 恵麻里はカラカラと笑い、大袈裟にかぶりを振って見せたが、不意に身をひるがえし、静音の頬に平手を思い切り打ち付けた!


 
 パンッ!!
 「きゃあッ!」
 不意打ちに悲鳴を上げ、静音はひとたまりもなく廊下にへたり込む。
 恵麻里はその眼前に仁王立ちになると、
 「反対なんかしないわ。ただ許さないだけよ」
 酷薄な調子でそう言い放ち、静音の腕をねじり上げて、廊下をエレベーターとは逆の方向へ連行し始めた。
 「い、痛いです!放してください、恵麻里さん!」
 静音は泣き声を上げて抗うが、合気の有段者である恵麻里に腕を固められてはどうしようもない。
 たちまち元いた部屋に連れ戻された彼女は、床に乱暴に転がされ、後ろ手に手錠をかけられてしまった。



 「ひ、ひどい!何をするんですかッ?」
 「あなたに『恥』というモノを教えてあげようと思ってね、静音」
 冷然と見下ろしながら、恵麻里は言った。
 「色ボケが過ぎて、そんなことまで頭が回らなくなってるみたいだから」
 「ど、どういう意味ですか?」
 「アラ、オトボケはナシにしましょうよ」
 恵麻里は薄く笑って、
 「あなた、ここを出てあの男の所へ行くつもりなんでしょう?比良坂とかいう、薄汚いゴロツキの所へ」
 「!・・・・」
 図星を指されて、静音はハッと全身を強張らせた。
 まさに言われた通りで、彼女は比良坂に逢いたいがためだけに、このサンクチュアリを出奔することにしたのである。



 ・・・とは言え、それがバレたところで、今の静音にはひるまなければならない理由はない。
 どうせ自分も恵麻里も、散々にヒビの入った身体ではないか。失うモノなどもう何も無いのだし、この先どこまで堕ちていこうと、人からとやかく言われたくはなかった。



 「比良坂様のことを悪く言うのは止めて下さい」
 プイとふて腐れたような渋面を作って、静音は言った。
 「私にとっては大切な方なんです。それに・・・あッ!」
 言いかけた静音の頬に、再び恵麻里の張り手が飛んだ。たまらずに床に突っ伏す静音の髪を掴んで引き起こし、恵麻里は怒気鋭い調子で、
 「大した淫売ぶりね。だから恥知らずだって言うのよ。セックスで散々飼い慣らされて、魂まで売って、みっともないとは思わないの?」
 「え、恵麻里さんには分からないんですよ!」
 涙を一杯に溜めた目で負けじと睨み返しながら、静音は叫ぶように言った。
 「私と比良坂様が、どれだけ互いを必要としていたか!求め合っていたか!・・・あの方はゴロツキなんかじゃない!本当はとても孤独な、救いを求めている方なんです!私が側にいてお慰めしないと・・・だから行かせて下さい!」
 必死の形相で懇願する静音には、以前のような、ボンヤリと自己主張の少なかった少女の面影はまるで残っていない。
 今の彼女は、たとえそれが異常な関係であっても、1人の男性をひたすら恋い慕う、炎のように情熱的な女であった。



 「フン・・・」
 対照的に、氷のように冷たい表情で、恵麻里は鼻を鳴らした。
 「付ける薬がないわね。でも、あなたがあの男の所へ行ったってムダよ」
 「比良坂様に奥様やお子さんがいるのは知ってます。だけど私は・・・・」
 「そうじゃないわ。そういうことを言ってるんじゃないのよ」
 恵麻里はせせら笑うと、腕に付けたデジタルコミュニケーターのスイッチを入れ、静音の眼前にかざした。
 イメージキューブが空中に現れ、その中に画像や文字が浮かぶ。どうやらネット配信のニュース記事らしい。



 「セックス漬けでマヒしたオツムでも、ニュースくらいは目を通しておくものよ。良くご覧なさい」
 そう促されて、静音は不審そうにイメージキューブを覗き込み、すぐにハッと表情を強張らせた。
 「なッ!・・・」
 そこには、他でもない比良坂功の立体画像と共に、信じられないようなニュース記事が映し出されていたからだ。



 「私の言った意味が分かったでしょう?」
 恵麻里は勝ち誇ったように言った。
 「あの男の所へ行くのはムダだわ。と言うより、あの男の所へは行こうったって行けない。不様に殺されちゃって、もうこの世にはいないんだものね」
 「そんな・・・そ、そんな・・・・」
 静音の身体が細かく震え始め、やがてそれはガクガクと瘧(おこり)のような激しさになった。
 「亡くなった?・・・比良坂様が?・・・・」



 確かにそのニュース記事は、PPO管区長の比良坂が死亡したことを報じていた。
 メガトキオ西部の安ホテルで、口から血を吐いて倒れているところを従業員に発見されたと書いてある。
 死因は未だ調査中だが、病死ではなく、殺害されたとの観測もあるらしい。
 仮にこれが殺人事件なのだとすれば、普段から護衛を付けずに行動していた比良坂氏の剛胆さが裏目に出たのではないかとも書かれていた。



 「比良坂様が心配されていた通りだわ。きっと暗殺者が・・・・」
 震える声で言いかけた静音は、不意にハッと何かに気が付いた表情になり、側に立つ恵麻里を振り仰いだ。
 「どうして恵麻里さんは、比良坂様が殺されたと断言なさったんですか?ま、まさか・・・・」
 恵麻里は超然とした態度で静音を見下ろしている。
 その瞳からは何の感情も読み取れないが、少なくとも、自分に向けられた疑念にたじろぐ様子はない。
 やがて彼女は静かに言った。
 「そう、その男を殺したのは私なの」
 瞬間、室内の空気が凍り付く。静音は愕然とした顔付きになり、言葉を失った。



 「殺るのは意外と簡単だったわよ」
 打って変わって朗らかな口調で、恵麻里は話し始めた。
 「クリスが死んで、新世界準備会が召喚犯罪から手を引くってことは、業界に通じているあの男も当然知っている。だけど、クリスを殺したのが私だって事までは知らない。表向きは病死ってことになってるからね。で、アゲットに言ってあの男に連絡を付けさせ、殺害場所のホテルに呼び出したの。私が会いたがっているという口実でね」
 「・・・・・・」
 「新世界準備会が廃業したら、私とあなたは自由の身になるわけでしょ?だけどもう一度S・Tに復帰するのは気が引けるから、今後の身の振り方について、あの男に相談に乗ってもらいたいと持ちかけたのよ。・・・アイツ、怪しみもせずに、ホテルまでノコノコやって来たわ。で、こう言ってやったの。もうまともな世界に戻る気はしない。私と静音を、私的にマーメイドとして養ってくれないかって」
 「・・・・・・」
 「アイツ、ヘラヘラ笑って大ハシャギだったわ。そりゃそうよね、超高価なマーメイドを、タダ同然で二匹も手に入れられるチャンスなんだから。分かるでしょ?あの男はあなたが言うような『孤独な人』なんかじゃない、タダの薄汚いゲス野郎なのよ!」
 「そ、そんな・・・」
 「だってそれが証拠に、アイツ、手付けとして私の身体を『味見』したいと言いだしたのよ。もっとも、それはコッチの目論み通りだったんだけど。ホント、ああいう手合いには、安い色仕掛けが一番手っ取り早いわね」
 恵麻里はクスクス笑って、
 「まあ私としても、あなたをそれだけ狂わせたあの男の身体には興味があったし、せっかくだからそのままホテルで事に及んだわ。なるほど、『持ち物』もテクニックも大したモノだったわよ」


 「え、恵麻里さん・・・」
 静音の口元から、呆気に取られたような声が漏れ出した。
 このサンクチュアリで受けた調教により、静音の肉体と人格は大きく変質させられてしまったが、それは恵麻里もまた同様であったことに、今さらながらハッキリと気付かされたのだ。
 モラールなど全く省みない今の恵麻里は、潔癖性で正義感の強かった以前の彼女とは別人のようだ。



 「で、一通り楽しんだ後、アイツを殺してやったの。三枝の叔父を殺ったのと同じ方法でね」
 自慢げに胸を反らせて、恵麻里は続ける。
 「ボタン型の爆弾をキスのドサクサで呑み込ませて、腹の中で破裂させてやった。散々苦しんで死んでいったわよ。見ていてあんなにスカッとしたことって無いわ」
 「ど、どうして?・・・どうして殺したりしなきゃいけなかったんです?恵麻里さんは、比良坂様に恨みを抱く理由なんか無いでしょう?」
 静音が泣きながら言い募ると、
 「どうしてですって?報いを与えてやるために決まってるでしょう!」
 再び憤怒に満ちた表情になり、恵麻里は声を荒げた。
 「私とあなたを陥れ、散々に弄び、這いつくばらせたヤツらを許しておけるワケがないじゃない!この陰謀に連座した連中は、1人残らず地獄へ送ってやるわ!アゲットも、今はまだ利用価値があるから生かしてあるけど、いずれは同じ目に遭わせてやる!楽に往生なんかさせてやるもんですか!せいぜい惨たらしく、嬲り殺しにしてやるわよ!」


 
 まくし立てる恵麻里を、静音はもはや声もなく見つめるよりなかった。
 いささか狂気じみてさえ見える、恵麻里の酷薄な物言いは、まるで生前のクリス・宮崎が乗り移ったかのようだ。
 ・・・サンクチュアリに囚われてからの、あまりに苛酷な運命、そしてサキュバスによる凄惨な拷問が、恵麻里の中の、人としての何かを、徹底的に壊してしまったのかもしれなかった。



 「分かったかしら?あなたはここを出ていく理由が無くなったのよ」
 ややあって、少し興奮が収まったらしい恵麻里は、静音の間近にしゃがみ込んで言った。
 「あなたの飼い主だった男は死んじゃったんだから。でも、その代わりに・・・」
 恵麻里の腕が不意に静音の胸元へ伸び、その服を力任せに引きちぎった!
 「きゃあッ!」
 仰天し、静音は必死に身をかわそうとするが、後ろ手に手錠をかけられた不自由な身体では如何ともし難い。
 たちまち丸裸に剥かれた彼女の首に、ガシャリと鎖付きの首輪が巻き付けられた。それは、静音がここに監禁されていた間、終始装着させられていたアイテムだ。



 「その代わりに、あなたはこの私が飼ってあげる。今日からは私があなたの飼い主よ」
 「な、何を言ってるんですか?この首輪外してください、恵麻里さん!」
 泣き声を上げて抗議する静音を、恵麻里は首輪の鎖で引き据えて、
 「言ったでしょ?あなたは私が飼うのよ。私のペットなの。ペットを鎖で繋ぐのは当然でしょ?外せなんてバカ言わないで!」
 「ぎゃッ!」
 肩を乱暴に蹴りつけられ、たまらずに床に伏せた静音を、恵麻里はさらに足蹴にし、ゴロリと仰向けに寝転がす。
 バイオチップによって肥大化させられた、異様なボリュームのバストが、ブルブルと震えながら恵麻里の眼下に現れた。



 「フン、まるでアドバルーンでもブラ下げてるみたいね。そんなみっともない身体で表を出歩こうだなんて気に、よくなれたもんだわ」
 口汚く揶揄しながら、恵麻里は静音の上に馬乗りになり、
 「さあ、恥知らずのペットにお仕置きよッ!」
 叫ぶように言って、両の乳房へ猛然とスパンキングを加え始めた!



 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!



 肉の打ちすえられる痛々しい音が響き渡り、静音の乳房はたちまち真っ赤に腫れ上がってゆく。
 「痛ッ!痛いですッ!お願いやめて下さいッ!」
 激痛に堪えかね、必死に身をよじりながら、静音は金切り声に近い悲鳴を絞り出す。
 「ウソばっかり。ホントは叩かれて興奮してるんじゃないの?イジメられるのが大好きなヘンタイ女だもんね、静音は」
 恵麻里は打つ手を止めて、今度は静音の両乳首をジワリとひねり上げた。
 そこは熱い血流ですでに固くしこっており、恵麻里が指に力を加えると、さらにビクビクと脈を打つように震え始める。



 クリスが死んでからは、恵麻里も静音もアゲットからバイオチップの不活性化剤を処方してもらっているのだが、それでも常人のそれよりははるかに強烈な性感を有している。
 まして、今の静音にとって最大の急所とも言える部位を責められては、湧き起こる官能を理性で押さえ付けようもない。
 静音の全身にはみるみる汗が浮き、泣き声には切なそうな甘い響きが混じり始めた。


 「あ、ああ・・・」
 「ほうらね、イヤらしい声出しちゃって」
 恵麻里はあざけり笑うと、服のポケットを探って何かを取り出し、静音の目の前にかざした。
 「そ、それは・・・」
 「そう、クリスの遺品よ。次はコレを使ってあげるわね」
 その銀色の機械は、イヤと言うほどに見慣れた媚薬注入器だった。
 恵麻里の言葉通り、クリスが毎日のように使っていた物で、静音の身体にも散々に媚薬を打ち込んできたアイテムである。
 「ただでさえイヤらしいその身体に、さらにこの薬を打ってあげたらどうなるかしら?」
 アンプルを注入器に差し込みながら、恵麻里は楽しげに言った。
 アンプル内の薬液は不透明な紫色をしている。ゾニアンではなく、乳腺刺激薬だ。



 「や、やめて下さいッ!」
 おびえた悲鳴を上げ、静音は注入器から少しでも遠ざかろうと、不自由な身体を必死によじり始めた。
 「アラどうして?あなたはエッチなお薬が大好きなヘンタイじゃない。比良坂にも散々薬を打ってもらって喜んでたんでしょ?」
 「で、でもそれは・・・その薬は・・・・」
 涙声になり、静音はイヤイヤと首を振る。



 確かに恵麻里の言うとおり、静音は比良坂によって完全に調教されて以降、大量の媚薬を抵抗無く受け入れるようになった。
 セックスに興を添えるため、ゾニアンなどはむしろ嬉々として投与をされていたほどだ。
 しかしそんな静音でも、乳腺刺激剤だけは未だに大の苦手としていた。
 官能と呼ぶにはあまりにも凄まじすぎる感覚と、使用後の消耗の大きさのため、どうしても完全に慣れるということが出来なかったのだ。



 「ゆ、許して下さい。その薬だけはイヤです・・・」
 「フーン、そう。せっかくアゲットに言って用意させたんだけど、そんなに嫌がるなら・・・」
 恵麻里は不満そうに鼻を鳴らし、おびえる静音から注入器を遠ざけたが、一瞬後に素早くその手をひるがえし、静音の左乳房へ刺激剤を打ち込んだ!
 「ああーッ!」
 悲愴な泣き声を上げ、裸身を弓なりにする静音を、恵麻里は冷ややかに見下ろして、
 「バーカねェ、許してなんかあげるワケないでしょう?二度とここから逃げ出そうなんて気を起こさないよう、徹底的に罰を与えてあげるわよ」
 「そ、そんな・・・うッ!・・・」
 左の乳房だけがみるみるうちにふくれ上がり始め、ただでさえ異様なそのボリュームをさらに増していく。
 やがて、バストの内部で官能が激しく渦を巻き、出口を求めて暴れ狂っているような感覚が、歯を食いしばって堪える少女の裸身をガクガクと痙攣させ始めるのだった。



 「ひッ、うッ、やッ・・・・」
 「ウフフフフ、話には聞いていたけど、なるほどこれは見物ねェ。薬とバイオチップの相互作用で、オッパイがこんなスゴイことになっちゃうなんて」
 嘲笑いながら、恵麻里は、太めのソーセージ様に肥大化した静音の左乳首をつまみ上げた。
 「何だかグロテスクね。まるでホンモノの牛の乳首みたい」
 「さ、触らないで下さいッ!あうッ!」
 赤黒く充血し、プツプツと毛穴の盛り上がった乳首を指で弄ばれ、静音が苦しそうに身をもがく。
 やがてその部位にはみるみる脂肪が浮いて、テラテラと下卑た輝きを増していき、そして・・・



 ブビュブブブブゥゥ〜ッッ!!



 「あーッ!!」
 静音の金切り声と共に、乳首は大量の粘い母乳を噴出し、恵麻里の顔面を激しく打った。


 「すっごい・・・大噴火ね」
 感嘆の声を上げ、恵麻里は乳首をつまんだままの指をさらにクリクリと蠢かす。
 「まるで男のアレがイッた時みたい。もっと出したいって言ってるみたいにヒクヒクしてるわ」
 「い、イヤ・・・ゆふして下さい・・・どうか・・もう・・・」
 狂気じみたオルガの激しさに朦朧としながら、静音は必死の哀訴を繰り返す。目のフチ一杯に溜まっていた涙が、ボロボロと堰を切ったようにこぼれ落ち始めた。


 
 「遠慮しなくてもイイのよ。まだまだお代わりは用意してあるんだから。オツムがブッ壊れちゃう寸前まで楽しませてあげるわ」
 無情に言い放つと、恵麻里は注入器を、今度は静音の右乳房に押し当て、スイッチを入れた。
 「ぎゃうッ!」
 目をむき、獣のような唸り声を上げて、静音は後ろ手にされた裸身を再びキツくエビ反らせた。
 その右乳房がたちまち左同様にふくれ上がり、乳頭付近を脂でギラギラとテカらせてゆく。
 「く、苦ひ・・・ゆうひて・・も、逃げたり・・逃げたりひませんから・・・おえがいです・・おえがいィイ・・・・」
 食いしばった口元から泡の混じったヨダレをこぼし、静音はうわごとのように許しを乞い続けるが、すでに体内に入ってしまった薬の効果は押し止めようがない。
 ほどなくして、パンパンに腫れ上がった右の乳房がブルブルッと大きく震え、左同様に驚くべき大量の母乳を噴き出した。
 「ぎゃアアアアア!!」
 断末魔じみた叫喚を上げ、豊かに過ぎる裸身をジタバタとのたうって、静音はこの世のモノとも思えない異常なオルガに翻弄される。
 まるで悪夢を見ているような心境ながら、しかし少女は、もうイヤでも認めざるを得なかった。家畜として繋がれ苛まれる運命に、思いがけない形で、自分が今再び囚われてしまったことを!



 「フフッ・・・」
 恵麻里は薄く笑い、静音の母乳でヌルヌルに汚れてしまった服を脱ぎ捨てて全裸になると、向かい合う格好で静音に覆いかぶさった。
 官能の凄まじさで失神寸前となり、目を半ば裏返して悶えている静音の顔を間近に見つめるうち、恵麻里は不意に泣きそうに表情を歪めて、
 「今度の事件で、私は全てを奪われてしまったわ。肉体の純潔も、S・Tとしてのキャリアも、そして信じていた父や叔父への愛情までも・・・・」
 山盛りの肉塊じみた静音の乳房に顔を埋め、そこを淫らに愛撫しながら、吐息のように切なげな声音で語りかける。
 「でも静音、あなただけは誰にも渡さないわ。一生ここで、私だけのペットとして飼ってあげる。2人で思うさま、人魚の快楽を味わって暮らしましょう」
 つい先日自覚したばかりの静音への恋情を、異様に歪んだ形で表明しながら、恵麻里は愛撫に熱を込めてゆく。
 プリプリと固く勃起したままの乳首を口に含むと、そこは再び母乳をほとばしらせ始め、それによって否応なくオルガへと追い込まれていく静音の身悶えとすすり泣きは、ますます強く悲愴味を帯びていくのだった。

 
 ・・・と、
 (?・・・)
 視界のスミに緑の光をチラリと捉え、恵麻里はそちらを振り向いた。



 光は床に置いてあるデジタルコミュニケーターが発していた。
 最前服を脱いだ際、一緒に外してそこに置いたものだ。
 そのときにスイッチが切り替わったらしく、今はニュース記事ではなくて、ついさっきまで恵麻里が自室で眺めていた掲示板サイトが映し出されている。
 表示キューブに並んでいるカキコミ記事は、他でもない、恵麻里に向けて呼びかける内容であった。



 << 恵麻里ちゃん、何処へ行ってしまったんだ? >>
 << 恵麻里ちゃん、連絡してくれ >>
 << S・Tを辞めてしまったのか? >>
 << もう一度だけでもいい、君に会いたい >>



 ・・・記事の主は、黄昏の街で別れたきりの、あの青井慎也であった。
 行方不明になった恵麻里を案じ、方々の掲示板に、手当たり次第呼びかけのカキコミをしているらしい。



 (慎也さん・・・)
 かつて愛した男が、なりふり構わずに自分を捜し求めている・・・・
 恵麻里の心にズキリと痛みが走ったが、しかしそれはほんの一瞬だった。
 どれだけ求められても、再び彼と会うことなど出来るわけがない。それは分かり切っていたからだ。
 肉体はもちろん、魂までもをどす黒く汚されてしまった自分は、もう二度と当たり前の社会には戻れない。ましてやS・T稼業を続けられるわけもないのだ。



 しかし今の恵麻里は、それを不幸せとは思わない。
 自分は1人ではない。この汚れた水の底で、同じ人魚として暮らす、静音という仲間がいるのだ。
 それに、ここから外に出たとして、そこに一体何があるというのか。同じ悪徳と退廃に満ちた世界が広がっているだけではないか。
 ・・・そう、このサンクチュアリだけが煉獄だったのではない。メガトキオそのものが、最初から巨大な煉獄だったのだ。



 「そうよ・・・」
 表示キューブのカキコミを見つめたまま、恵麻里は口元のほくろを押さえ、つぶやくように言った。
 「転職したの・・・」



〈終わり〉


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