エピローグ インフェルノ・シティ・・・

 窓から差し込む午後の日差しが、ポカポカと心地よい。
 恵麻里は、以前クリスが使っていたオフィスルームで、これもクリスの物だった事務机に座り、腕に着けたデジタルコミュニケーターを操作していた。
 コミュニケーターの表示キューブには、何かのネット掲示板らしい文字列が立体投影されている。その記事の幾つかを読みながら、恵麻里は複雑な表情になっていた。

 
 この部屋の中で、三枝祐太朗とクリスが殺されてから一週間・・・・
 本来の主を失ったここを、恵麻里はその後、自らのオフィスとして使い続けている。と言うより今は、このサンクチュアリ全体が、恵麻里の住居と言っても良い。
 事件が終結して以降、恵麻里は彼女の事務所には戻らず、ここで生活していくことにしたのだった。



 クリスが死んだ、あの日・・・・
 恵麻里は、一旦はアゲットをも手にかけようとしたが、結局は思いとどまり、彼を生かしておくことにした。彼にはまだ利用価値があったからだ。



 まず恵麻里は、アゲットに命じて、三枝祐太朗殺害の証拠を隠滅させた。
 アゲットは死体を腐食液に漬け、完全に溶解して下水に流してしまった。
 祐太朗がここへ来たことを知る者は恵麻里たち以外にいないから、彼が消えた理由が明らかになることは永久にないだろう。



 次に恵麻里は、アゲットを渉外担当者として利用し、「新世界準備会」が召喚犯罪から手を引くことを、他の同業組織に納得させた。


 
 表向き、クリスは突然の病死をしたと説明された。医師であるアゲットがそう言うのだから、特に疑いを抱く者も現れなかった。
 また彼女が死んだことで、「新世界準備会」が召喚犯罪を廃業することも、業界(と言うべきか)にはアッサリと受け入れられた。
 この組織の闇の部分は、クリスの才覚がなければ切り盛りしていくことなど出来なかったからである。



 つまり現在の恵麻里は、「新世界準備会」の「表」の部分だけを残し、その乗っ取りオーナーとして生活しているわけだ。
 見方を変えれば、彼女は社会的には行方不明者のままということになる。少なくとも、S・Tとしての早坂恵麻里は、この世から消滅してしまったと言えるだろう。



 何故このサンクチュアリで暮らしていこうと決意したのか、恵麻里自身にも本当のところは良く分からない。
 だが、散々に地獄の底を覗いた彼女にとって、元のS・Tとしての生活は、何かリアリティのない、遠い夢の中の出来事だったように感じられてならないのだった。
 そもそも、自らがゲーム(獲物)となり、奴隷調教をされるという最悪の失敗を犯した者が、またのうのうとS・T稼業に戻れる道理もないではないか。



 幸いに、と言うのもおかしいが、ここでの生活も、少なくとも物質的には何の不自由もない。
 元々「新世界準備会」は、会員制健康クラブとしての活動だけでも十分すぎる収益を上げており、オーナーとなった恵麻里は存分にそのアガリを使えるのだ。
 健康クラブの仕事はアゲットに任せておけば良いのだから、楽隠居のような身分と言えないこともなかった。



 「!・・・」
 腕のデジタルコミュニケーターに見入っていた恵麻里は、デスクの上の情報端末にチラリと目をやり、ハッと驚く表情になった。
 この情報端末も生前のクリスが使っていた物で、画面は通常、多くの小さなモニターに分割されている。
 それぞれのモニターはサンクチュアリ内のあらゆる場所をリアルタイムで映し出しており、居ながらにして、くまなく様子を知ることが出来る。つまりは全館内用の監視装置なのだ。



 召喚犯罪を生業とする組織だからこそ必要だったその監視モニターは、今、とある光景を映し出している。それは・・・・



 「やっぱりね・・・」
 不愉快そうに眉をひそめてつぶやくと、恵麻里はイスを蹴って立ち上がった。


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