第1章 閃光
私は生粋の理系人だ。もっとも、文系・理系という区分は日本特有のもので、これを一体化して幅広く基礎教養を得るべきだという考えが浸透しつつあるが、何でもかんでもグローバル化すればいいというものではないだろう。文学者に数学的素養があったところでどうなるというのだ。ただでさえゆとり教育が侵食しているのに、専門外の勉強に割く時間があるのか?…しかし今は文理の分離について論じていられる状況ではない。なぜなら。
私は捕えられた。
サークル帰りの夜道、一瞬の出来事だった。すれ違う自転車に乗った男からラリアットを食らい、潜んでいた仲間に袋叩きにされ、車でここへ運ばれたようだ。
誘拐のセンもあるが、相手が男の四人組である事を考慮すると、これから乱暴される危険性が大きい。もちろん乱暴というのは、広義における“乱暴”である。
「カワイコちゃんじゃないか」
口髭の男が呟いた。後ろ手に縛られ左足をバーベルに繋がれた私を見下ろしている…ようだ。サングラスをかけているから断言はできない。ヒゲ男(お)だけでなく男たちは皆サングラスだ。夜も遅いのにそろってサングラスの理由となると、純粋にファッションなのか顔を隠したいか。
普通に考えれば後者だ。そして顔を隠す理由は、少なくとも殺意がない事のあらわれ…。希望的観測に過ぎないがな。なにせ相手は理の通らぬ暴徒だ。
「何から始めます、先輩?」
ヒゲ男が先輩と呼んだ男はスキンヘッドで、そのせいかサングラスが似合う。というか、あとの三人が似合っていないのだ。
「お、俺は女とか、あんまり興味ないから」
「この期に及んで何カッコつけてんですか!今からでも降りますか?」
「いや、だって俺がいないと皆困るだろ」
先輩は見た目の割に照れ屋らしい。一言怒鳴ってやりたいところだが、布を口にかまされていて発言できない。声を出せたとしても、襲われた場所から移動しているようで助けを呼べるかはわからない。ここは…駐車スペースといったところだろうか。木々に囲まれていて、月明かりの他は街灯がわずかに届くばかりだ。
「そうだ、とりあえず写真を」
ヒゲ男が車のトランクを探り出した。「この写真をネットでばらまかれたくなければ」と次々イヤらしい要求をしてくるアレだろうか。
「じゃ先輩撮って下さい。フラッシュは焚いてありますから」
「え?そうしたら俺が写れないだろ」
「だって先輩、興味ないんでしょ?」
「そうだが…写真を撮られるのは好きなんだ」
「仕方ないなあ。大将、やれるか?」
「ええっ、ボク?!」
私が一番驚いているのは、どう見ても子どもである“大将”の存在である。小学校の中学年、下手をすると低学年だ。犯罪の低年齢化という話は聞くが、主犯でないならここまで幼いのか?
「イヤだよ。この人が撮ればいいじゃないか」
「だよなあ。ひとまず手の拘束は解かざるを得んな」
??
ヒゲ男は私の手の縄を切りデジタルカメラを渡してきた。
「女、お前が撮れ。オレが『チーズ』って言ったらここを押すんだ」
ええっ?何故に?
男たちは1か所に集まって各々無難なポーズを決めた。自由になった手で立ち上がり、カメラを構える。
「チーズっ」
合図に合わせシャッターを押していると、光が散った。
……。
「なあ、女が写ってなきゃ意味なくないか?」
そうだよ!
「…本当ですね。うーん、ここは子どもに花を持たせますか」
「やったー」
少年が私の横に駆けてきた。ゴキゲンでステップを踏んでいる。カメラを取り戻したヒゲ男が構えた。
「いくぞー。おい、女。目だけでもいいから笑えよ」
お前ふざけるな畜生―!
「女。笑わないなら尻に指が入った瞬間の写真にするぞ」
…それは嫌だ。だが目だけ笑うのは難しい。
「んーもう一つだな。目だけ笑うのって難しいのかも知れん」
それはもう私が言った!
「これでは指を入れるしかないぞ…ハナちゃん、頼む」
「!!――――ッ!ンー!!」
「お前なあ、これから色々入れるんだからこの程度で嫌がるなよ」
…サラッとヒドい事言ってる。やっぱり入れる気みたいだ。
残りのくわえタバコがハナちゃんらしい。小柄のハナちゃんはてきぱきと私の手を背中で縛り直した。
「お姉さん、リラックスして」
立ち上がらされると、少年が隣から励ましてきた。目元が見えないので何とも言えないが、全体的に人なつっこそうな印象を与える少年だ。
「そうだお姉さん携帯の機種は?ボクのクラスではvodaが多めだよー。でもやっぱり花形はテレビ電話だと思わない?ボクもずっとお母さんにお願いしてるんだけど…」
「んぐッ!!」
シャッター音と共に閃光が走った。
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