(I) 競売


客たちの視線が一人の女に集まる。
女は後ろ手に縛られていて、そのロープを握る男が広間の中央に進み出るよう促す。
女は裸だ。
肩までのブロンドの髪以外、描写するものがない。
身体を隠すことも逃げ出すこともできず、羞恥に耐えかねてその場にしゃがみ込んだ。途端、客たちがざわめき、はやす声が上がる。ここに連れて来られた者には珍しくない反応なので、野次というより歓声に近い。男も慣れていて、淡々と女を立たせる。女は悔しそうに男を振り返るが黙殺され、覚悟を決めた。
唇を噛み締め、観客に言い放つ。
「セーレ=ルティック18歳。B86-W54-H83」
歓声が一際強まった。セーレはそこを横切り中央の舞台へと進む。半径3〜4メートルの円い舞台を囲んで、広間にはテーブルが所狭しと並んでいる。宴会に来る者、見物に来る者、買い物に来る者がそれぞれのテーブルで食事をしながらショーを見守る。本来は競売の前のデモンストレーションであるが、実質、ディナーショーと化している。
セーレが階段に足をかけた。4段目が舞台だ。事前の指示どおり舞台の中心へ進む。目立つ所に立ち高まる羞恥を、彼女の気位が押し留めた。堂々と、モデルを演じればいい。
そう聞いていた。
ところが、次の瞬間。ロープを引いていた男が後ろから手を回し、セーレの身体を押さえつけた。
急な出来事に彼女が戸惑ううちに、男はもう片方の手に持ったスポイトを股に寄せ、ヴァギナに突き立てた。
「っ?!」
そしてすぐスポイトを握り、中身を絞り出した。女の震えた身体が強張り、みるみる紅潮していく。その間に男は2本目のスポイトを取り出し、再度ヴァギナに挿した。
「ひぅっ!」
女の膝が笑い出した。2本目も絞って引き抜いた男が手を放すと、すとんと腰が落ちた。立っていられないのだ。
彼女に注入されたのは、ある生物の毒を水に溶いたものだ。男の役目はここで終わり、最後に拘束のロープを切って舞台を降りる。
突如興奮する身体に動揺し、脚をぎゅっと閉じるセーレ。その舞台の周り4か所から、店員が“毒の持ち主”を解き放つ。
それらは女の体液を感知するや一斉に彼女に向かって動き始めた。

そのとき、階段を駆け下り広間に女が入ってきた。彼女の名はケセラ。係の者に空いている席へ案内され、サラダを注文した。
「(滑り込みセーフ…かな)」
見ると舞台では女が「魔物」に包囲されていた。「魔物」の姿にケセラは息を呑んだ。
―――双頭の魔物の姿に。

 ヲル。“人喰い”。
 集団で人を襲い毒牙で強制的に体液を分泌させ、貪り尽くす。
 半透明の軟体はクラゲを連想させるが、形状は円柱型だ。
 体長約15センチ、直径約4センチの魔物の表面には口らしきものがあるばかり。

「(あれバケモノの限界超えてるよ…)」
口のある場所を頭と呼ぶなら、舞台のヲルは体の前後に頭を持っていることになる。いや、前後という概念をもはや失くしているかもしれない。
固い音が鳴った。
ヲルを放った店員たちがそれぞれ同形の瓶を舞台に立てた音。
うち一人が決まりの台詞を言う。
「説明する。4本の酒のうち1つがそいつらの嫌いなファージ入りだ。助かりたければ、急げ」
セーレは周囲を見回した。四方に置かれたボトル。迫る奇怪な生物。
彼女はヲルについて知らなかったが、姿そのものが気味の悪い恐怖を与える。動きは遅いので、完全に包囲される前にと勢いよく腰を上げた。
それが失敗だった。
股から全身に痺れが走り、尻もちをついて倒れた。余韻で仰向けのまま力が入らないうちに一気に距離をつめられた。
「んっ!」
左足の裏に柔らかい感触がして、セーレは反射的に膝を曲げて引き寄せた。
その直後、右のふくらはぎを噛まれた。
次の瞬間には牙から入った毒が圧倒的な力で全身を支配していた。その威力はスポイトの「水割り」の比ではない。

じわっと火照っていく感触に怯える間に、新たな2匹が両脇腹から上ってきた。嫌悪感と同時に危機感を覚えて両手それぞれに握ろうとするが、ヲルらは滑らかに擦り抜ける。払い落とそうとしても駄目で、慌てて両手で胸を隠した。ところで彼女が胸元に気を取られるうちに、一番に左足に触れたヲルは股座に到達していた。それはゆっくり長い舌を伸ばし、ヘアから下にかけて舐め回した。
「きゃあッ!!…ひっ!ふあぁ!」
極度に敏感になった所を執拗に舐められ、吐息が漏れる。すると今度は緩んでいく腕のすき間から、胸を狙っていたヲルがそれぞれ侵入した。
しまった、と思ったが遅い。2匹は悠々胸を上りきって、乳首に吸い付いた。
「あううッ!!」

ヲルが獲物を捕らえ場内がヒートアップする頃、ケセラのテーブルにサラダが届いた。運んできたのは、このような場に似合わない清潔そうな青年だった。
「(新入りかな。…それよりあの女だ、舞台の真ん中で捕まるバカも珍しい)」
真ん中で捕まったバカは胸のヲルを引き離そうと手に掴んだ。感触が気味悪く泣きたくなるが、魔物の狼藉を放っておく訳にいかない。
だがその魔物もまた、握られることを許さない。手のひらに合わせて体をうねらせながら、くわえた乳首を柔らかく揉み込んだ。
「はあああぁぁ…」
長時間正座した後の足のような麻痺感が襲い、力がうまく入らない。
ヲルは毒を注入するための小さな牙以外歯を持っておらず、その口内は外皮同様弾力性に富む。セーレは左の乳首をチクッと刺されるのを感じた。直後、目の眩む感覚に声を上げた。
「アア―――――ッ!!」
直接噛まれにわかに腫れ上がる実を、ヲルの口がなだめるように揉みほぐす。
「ひぃああ!!うくっ、ひいいっ!!」
すると仰け反った喉に、胸のものと同じ感触が来た。ふくらはぎを噛んだヲルが喉元まで来ていたのだ。それは首から上りあごを越えて、唇で止まった。
連中の一番の好物は、唾液だ。
唇の間に潜り込まれまいとセーレは頭を振った。堅く口を結んで声を押し殺すが、たまらず身体の方が悲鳴を上げ出した。どこか柔道の選手が寝技を解こうともがく姿に似ていた。
秘所に陣取ったヲルは終始ねっとりとひだを舐めながら時折舌先を入れていたが、蜜が溢れ出してからはそれをすすっている。
魔物に唇を奪われ、舌の進攻を食い止めていたセーレ。やがてそれも破られた。
運悪く、左右ほぼ同時に乳首を噛まれたのだ。
「っああああ!!あはッッ!!」
口元のヲルは楽々舌を入れ、そのまま頭ごと滑り込んだ。
「あむっ!んっ!んーっ!」
セーレはパニックになり髪を振り乱した。頭を横に打ちつけたとき、端にぽつんと置いてある瓶が目に入った。
―――4つのうち1つは当たり
「(どれか1つ…)」
そこにかすかな希望を見出した。振り絞った力で胸元の両手を床につき、身体を起こそうとする。
だがそれを阻止するように、遊んでいたヲルがヴァギナに潜り込んだ。
「んウッ―――――!!」
会心の一撃にセーレは脚を痙攣させた。慌てて引き抜こうとするも軟体はあっさり手を通り抜けた。深く進むたびスポイトから入れられたヲルの毒がていねいに擦り込まれる。
「はひっ!!」
彼女の身体が2度、3度跳ねた。今垣間見た希望だけを頼りに理性を保つ。
「(腰…上がらない)」
それで寝返りをうった。顔を上げると正面に瓶が見えた。向きを変えるのも大変なのでそれに賭けることにする。
彼女は前方に手を伸ばし、ぐっと身を引き寄せた。床との間に挟んだヲルを引きずりながら這って進み始めた。
場内の喧騒が声援に変わる。
しかし半分も進まないうちに、体内のヲルも舌を這わせ出した。
「んん―――――!!」
甲高い声を上げて背を反らすセーレを容赦なく舌が責めたてる。ヲルにとってはお菓子の家にいるようなものなのだ。
「(も、もう許して…)」
責めが一段落するのを待ってセーレは再び進み出した。双頭の、後ろの方が頭一つヴァギナからはみ出したことになどまるで気付かなかった。
当たりはずれに拘らず、彼女が瓶を手にするときが結末だろう。皆が思った。
「(届いてえっ…)」
セーレが左手を伸ばす。淡い意識の中、手のひらが巻き込むように瓶を鷲掴みにした。
それに一瞬遅れて、頭を出していたヲルがクリトリスに舌を絡ませた。
「い゛ッッ!!」
ぐっと歯を食いしばったが、口のヲルは噛み切れずくびれた。ヴァギナの方のヲルはさらにクリトリスにしゃぶりつき、セーレは狂ったようにのたうち回った。
「あがッ!!あアアッ!!いぃ!あああああぁぁ―――――!!」
転げ回るうち、ついに舞台から落ちた。乗り出すように客が立ち上がる。
床に全身を打ちつけた衝撃でセーレは我に返った。瓶は抱きかかえたままだ。
すぐに開栓し、胸に張り付いていたヲルに浴びせる。2匹はすぐに乳首から口を離し視覚を失ったように逃げ惑った。
「(やった!)」
セーレは急いで股のヲルにもかけようとしたが、間に合わなかった。
「ひイっ……!!」
その前にクリトリスを噛まれ渇いた声を立てると、やがて悶絶した。横たわると同時に、取り落とした瓶が割れて砕け散った。

「(女をステージから引きずり下ろすとは…)」
思わず見入っていたケセラは苦笑した。程なく舞台近くの店員が女とガラスの破片を片付ける中、青年が一人舞台へ上がった。彼女が見知っている男だ。
「ご覧いただいたのは今季の最高傑作、500万からの提供です」
アルファン=スカーレ
この店の―――正確には、この店の売り上げを活動資金としている抵抗組織の―――中心人物。亡き兄に代わり若くして総裁となった彼は雑務も積極的にこなしているらしい。
ケセラがわかるのはそんなところだ。
「では500!」
むろんこれは密売となる。それにしては陽気な雰囲気の中、価格がゆっくり上昇を始める。
550、600、650…
「800!」
全国的な団体から自営業まで一堂に会する、紹介があれば一般人でも入れる場所で。
「800。800の上はいらっしゃいますか」
「1200万」
大台に乗る金額に場内が沸き立った。
「…以上、そちらのお嬢様がヲル・リフル4頭、1200万ザックにて落札です!」
店員がお嬢のもとに勘定書を届けた。

  海藻のサラダ   1      800
  ヲル・リフル   4 12000000
       計    Ζ12000800

「(坊やに言われたくないわ)」
ケセラはそれを受け取って立ち去ろうとする。用件は済んだ。
しかし何の気なしに客たちの視線を追うと、裸の男が後ろ手に縛られて舞台へ歩いていくのが見えた。体格はそこそこだが、美形である。
「……」
ケセラはやはり少し保養してから発つことにした。

 ヲルが魔物と称されるのには理由がある。自然界に存在しないからだ。
 突然変異説もあるが、そもそも生殖するのかさえ未解明である。
 わかっているのは種によって喰らう人間の性別が異なること。
 抵抗組織“ゲマインシャフト”が売りさばいていること。
 そして、ファージに弱いということ。

彼女が勘定書を持っていくと別室に案内された。カウンターで支払うには額が大きい。
手続きをしてくれたのは栗色の髪の娘で、これが紛れもなく娘だ。
若い者が続き戸惑うケセラもまだ22だが、彼女はキャリアが違う。
少なくとも本人はそのつもりでいる。
この娘がティミイ=スカーレつまり、総裁であるアルファンの妹であることまでは知らないけれど。
「お支払い方法はどうされます?」
「小切手で」
経費の落ちる買い物は爽快だ。高額ならなおのこと。小切手の振出人は“雛罌粟(ひなげし)”ケセラの所属する団体である。
品物がくるまで室内を見回してみる。地下なので外の光は射さないが、ガス灯が多少強めに照らしている。
取り出すのに手間取っているのか、商品はなかなか届かなかった。
「お茶でも淹れますね」
「あ…すみません」
ティミイが気を利かせるので遠慮しようとして、やめた。相手が雛罌粟となると雑談もしづらいかもしれないと思ったのだ。
お茶の準備に行ったティミイと入れ違いに品物を持ってきたのは、さっきサラダを運んだ青年だった。運んでいる物の額はずいぶん違うが。
彼は机の小切手を確認すると、手にしている木箱を開けてみせた。
箱の中には双頭の魔物が4匹、のっそり這い回っている。表面が濡れているのか4匹は光沢を放っていた。できれば素手でさわるのは遠慮したいとケセラは思った。
やがて女の移り香が散りだしたので焦って閉じようとして、彼は見た。
木箱の内側に、えぐられて荒れた箇所があるのを。ついさっき詰めたばかりの新品の箱だ。
「(ショーシャンクかよ…)」
ヲルの知能は侮れない。自前のトンネルから逃げ出すとまずいので、もっと頑丈な入れ物に移そうと思った。しかし…
「新入りさん?」
「あ…はい。研修中です」
「ははは」
悪魔が囁いた。
彼女の表情、仕種が鼓動を高めていく。まるで挑発されるように。
彼女は神秘の香りがした。
先刻のセーレのイメージが次々と浮かんではケセラに重なるうち、天秤が振れた。
「(不慮の事故…事故さ)」
彼はそのままフタを閉じ、錠をかけてケセラに差し出してしまった。もし雛罌粟を知っていればこんな真似は絶対にできなかったろう。

ティミイが淹れたお茶を頂いてケセラは店を発った。日没後数十分。夜は、始まったばかりだった。


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