(II) 人為的事故
その団体はもともと武器商人の集まりだった。薬物や人身を扱い始めてから規模を広げ、クーデターの際政府側につき鎮圧に貢献したことで多少の政治的権限を獲得、全国に拠点をもつ総合商社にまで成長した。
ケセラが属するのは大陸東部の雛罌粟(ひなげし)ブローカ支局で、同子爵領がそのまま管区となっている。入手したヲルは毒を抽出して販売・売春の援助に用いるほか、生物的な解析にかけられるはずだ。
彼女は駅のホームに立っていた。領主、ブローカ子爵は鉄道網の整備に積極的で、雛罌粟もその恩恵を受けている。
追跡を避けるため、仲間との合流地点までは電車のひとり旅となる。
列車に乗り込むと、左右の2人掛けシートは半分ほど埋まっていた。ケセラは密度の低いところを選んで腰掛けた。窓に寄り、魔物入りの木箱を膝の上に置いた。彼女の装備は小刀1本と麻酔針1本。自衛力としてはこれで十分だ。
もっともゲマインシャフトは子爵しか眼中にないので、比較的緊張は弱い。危険の少ない仕事といっていいだろう。
それより彼女には、他に引っかかっていることがあった。
あの女―――新型のヲルの餌食となった女を、以前どこかで見た気がする。
あり得る話ではある。彼らは拉致してきた若者を舞台に立たせるので、偶然街で見かけたとも考えられる。
「(そうじゃない、あれは…)」
縦に3分割された窓の外を田園風景が流れる。人家が少ないため、夜は淋しいほど静かな眺めだ。
不意に、呼びかける声がした。
「すみません」
振り向くと、上品そうな老婦人がいた。わずかにケセラの目つきが変わる。
「何か?」
「あの…猫が逃げてしまったのですが、お見かけになりませんでした?」
…が、拍子抜けして苦笑した。
「いえ。そんなに隠れるところもないですから、すぐ見つかりますよ」
「そうね。失礼しましたわ」
老婦人はそう言って車両の後方を探しにいった。
「(電車に猫を持ち込むなよ。まあ…言えた義理じゃないけど)」
そのとき急に思い当たった。あるパーティーの席に、猫を同伴した娘がいた。名は…
「(アリシアだ…!ずっと見てないけど――――
…っ!)」
内股に針を刺すような痛みがした。何かと思い木箱を横へやると、そこにある現実にさっと血の気が引いた。
スカートの真ん中に、穴が空いている。
―――普通のヲルにそれほどの力はない。だいいち、箱には鍵までしてある。
だが他に犯人の心当たりがない。ケセラはスカートの上から両脚の間へそっと左手を置いてみた。
弾力のある軟体が、そこにいた。
とっさにそれを押さえつけ、右手で箱の錠を解きフタを開く。4匹の魔物は1匹にまで減っていた。さらにその理由を説明する穴が、箱の前方に穿たれていた。
「(あり得ない…)」
初めから空いていたはずがない。ではこの厚みを自力で破ったのか?信じ難いが、スカートは貫通している。それに今原因究明は後回しだ。
ケセラは冷静さを保つ。
「(3匹はすぐ箱に戻す。噛まれて動けなくなるから…その前に応援の要請っ)」
適当な紙をちぎり、署名と電車の号番を走り書く。懐に入れていたツバメの足にその紙をくくりつけ、窓から放した。
飛びゆく伝令を悠長に見届けている暇は彼女にはない。未知の疼きは確実に全身を蝕んでいた。
さてスカートは膝まであるので、どうあれたくし上げねばヲルを拾えない。
「(露出狂デビューかあ…)」
羞恥とか以前に魔物を公衆にさらすのはNGだ。周りの乗客の視界に入らないかケセラは前後を確認する。真横が空席だったのは幸運だった。
ためらわずスカートをたくし上げるとたむろする魔物が3匹、1点を向いて放射状に並んでいた。最初の毒が溢れさせた蜜のありかを教えているのだ。
格好悪いがとりあえず左手で股を守り、右手でヲルをつかんだ。
「(うぅ…気味悪っ)」
だが握ろうとしても擦り抜ける。そんなことはついさっきも見てわかっているけれど。
そこへタイミング悪く、乗務員が車両に入ってきた。ケセラは収拾を急ぐが、急いでどうにかなるものでもない。
前方から現れた乗務員は順次乗車券を確認していく。彼女の席は8列目、どのあたりからヲルが視界に入るかわからず、やむなく守りの左手を離した。一時中断だ。
両脚をきつく閉じ合わせスカートを元通りにし、木箱を乗せてスカートの穴を隠す。しゃんと構えケセラも乗車券を用意するが、腿とシートの間から1匹目のヲルがヴァギナに達するほうが早かった。
「ん―――――!!」
弱いところに頭をぐいぐい押しつけられ、たちまち上気するケセラ。濡れた下着は肌に貼りつき、中のようすをうっすら透かす。
「(早く…早くっ!)」
スカートを突破されている以上、下着を破られるのも時間の問題だ。身体に潜り込まれたら手も足も出せなくなる。しかし今脚を閉じるほかに抵抗する術はなく、ヲルの舌は難なく下着越しにヴァギナを抉った。
「くぁぁ!」
慌てて手で口を塞ぐ。気まずそうに車内の様子を窺い、怪しまれていないか確認した。乗務員はもうそばにいた。
「…ごめんなさい。ここにしまったはずなのに」
さっきのネコ婦人の声だ。乗車券を探しているらしい。
ゆっくり探しているらしい。
「(ああもう何やってんのおばあちゃん!)」
そのうち2匹目が並び、伸ばす舌で下着をつつき始めた。シートにできた染みはケセラの見えないところで急速に広がっている。
「少しお待ちになって」
「構いませんよ」
抵抗も空しく、2匹の連係プレイにより最終防衛ラインはあっさり破られた。
下着の裂け目から1匹がちょんと頭を突っこんだ。
「ぁぁぁ!!」
乗務員が振り向き、ケセラは必死で平静を装う。表情を崩さないが脚の震えは抑えきれない。
「…これだわ」
婦人が券を見つけ、いったん乗務員の視線から解放されたものの、乱れた息を整える間もなく彼は前に立った。
「乗車券を拝見します」
無言で差し出した券が彼女の手から乗務員に渡るわずかな瞬間、狙いすましたようにもう1匹のヲルの口がクリトリスに吸い付いた。
「ッうう!!」
ケセラは思わず券を落としうずくまった。ヲルの口内で揉みくちゃにされ、閉じた口から悲鳴がこぼれる。乗務員は不審に思いながらもかがんで券を拾い上げた。
「大丈夫ですか」
「…はい」
顔を上げ、一世一代の大丈夫な表情をした。息は、できない。
「……」
彼が納得して後方へ進むと、ケセラはすぐ手首に噛みついた。そしてぶつけるように壁に身体を預けた。涙が溜まったのか、目もかすんできた。
「(バケモノめ…)」
ヲルは一向に責めを緩めず、体をくねらせながらヴァギナを貫いた。
「っぐ!!…ぅぅ」
ケセラは飛び跳ねて手首に歯形を刻む。すると一つ大きく息を吸って、懐の小刀を迷わず右肩に突き刺した。
―――――!
柄を握りしめるうち、鋭利な痛みが消えかかった理性を呼び覚ます。
「(自力じゃとても抜き取れない…。誰かに見つかる前に――――
…窓から飛び降りよう)」
このまま気絶すれば病院経由絞首台行きもあり得る。窓のすぐ下も線路だから、タイミングさえしくじらなければ着地点は保証されている。窓を横切る2本の枠の下の方を切り落とせば通り抜けられるだろう。
ケセラの判断と実行は迅速かつ適切になされるが、勝負はずっと前からついていたのかもしれない。
ヲルがとうとう、クリトリスに直接牙を立てた。
「ぃッ!!ンン゛――――!!うウウっ!」
身体が意志を振り切って泣き叫ぶ。弾けそうに膨らんだ粒の感触を楽しむようにヲルの口が圧縮した。
「いはッッ!あ…あぁぁ!!っ―――――!!」
さすがに音を立てすぎたか、左前のネコ婦人が通路に身を乗り出して覗いた。ケセラはさっと肩の小刀を隠す。
婦人がゆっくり腰を上げた。
「(――――どうする?!)」
小刀を揺さぶってケセラは痛みに集中する。もしバレたら、針で眠らせるか。だが他の乗客に気づかれないよう処理できるか?
婦人が横へ来た。
「お身体の具合が悪いのなら人を呼びましょうか?」
「いえ、要りません。…ちょっとした、持病です」
婦人の心配した表情が今の彼女には見えない。
「では、辛くなったときは呼んで下さいね」
「すみま、せん。すぐに、治まります…っ!」
せっせと舌を撫でつけていたヴァギナのヲルが体をねじって回り始めた。獲物の体液を搾り尽くす魔物が、その持ち前を発揮するように。
「少し、そっとして…下さいっ」
ケセラは念を押し、婦人にお引き取りいただいて小刀を引き抜いた。上着の上から布きれを巻いて止血、いよいよ窓枠を切り落とす。
そのとき足下に白い塊が映った。
シルエットとさっきの話からして、猫の確率が高い。
引きずるように進むなと思ったら、猫にくっついているものがあった。それが何であるか、手元の木箱が空になっているのを見て確信した。
「(…獣姦か?!)」
捕まえたいが猫に鳴かれると厄介だ。それにつかむこと自体難しい。
手をかえて指に唾液をつけてみることにした。上体をかがめ、ヲルにその指を近づける。ぼやけて頭を判別できないが、幸い両方とも頭だ。
サカナは意外なほど簡単に食いついた。ケセラは猫を刺激しないようそっと手を引きあげた。
「(ちっ、最初からこうするんだった)」
そして釣れたヲルを口の中に放り、窓枠を切りはじめた。一見奇抜な対処だが木箱には抜け穴があるし、生のまま持って飛び降りるのも危ない。躍り食いしないよう注意しながら木枠を削っていて、ケセラはふと思った。
今、木箱を出ようしているのは自分だ。
しかし彼女の脱出は未遂に終わった。切り終える前に呼び止められたのだ。
「何をなさっているのです?!」
振り向いてケセラは苦い顔をした。…またあなたか。
「お医者さまがいらしたからお連れしたの。診ていただいて」
婦人の隣にベージュのコートの男がいた。車内にいる医者を探してきてくれたのだろう。
容体を見て男はあごに手を当てた。
「全身の発作に自傷行為、さらに器物損壊…」
ケセラはやり過ごす手立てを探した。口が塞がっているため強攻に出るしかないが、身体を弄られていて立つこともままならない。
普通にすれば素手でも勝つ自信があるだけに、もどかしく悔しかった。
ところが。
「発汗も見られるな。ん…何かの奇病だといけない。大げさだが万が一のため、皆さんにはこの車両から退避してもらおうか」
男は乗客たちに出て行くよう指示した。団体が少ないせいか、困惑しながらも皆騒がずに前後の車両に移った。
「あなたもです。…あ、乗務員に事情を伝えて下さいますか」
「わかりましたわ。あとを頼みます」
最後に婦人も去り、車両はケセラと医者の2人だけになった。
彼女は起死回生のチャンスに感謝した。1対1なら負けない。
「通路に横になって。…立てるか?」
ただし、一瞬で決着をつけねばならない。立てない身体では。
話せないので首を振った。小刀を置いた右手で袖口に仕込んだ麻酔針を抜き、男に見えぬよう握りしめた。
「それなら肩を貸そう」
男が右肩を寄せた。
そこへ左腕をかけ立ち上がるとき、ケセラはバランスを崩す振りをして男の胸に倒れかかった。右手に針を添えて。
「(悪く思うな)」
残る力を振り絞って体当たりした。
!!
そう体格のよくない男はぐらついた。
針を持った彼女の手首をつかんでいた。
「なっ?!」
ケセラは動揺し、それでもその体勢から左腕で首投げを試みた。だが急に動いたのが致命傷となり刺激が一気に噴き出した。
「っううううッッ!」
男は寄りかかる彼女の体重を支えながら、つかんだ手首を横へ引いた。針は上着を貫いてケセラの腹部へ届いた。
ケセラは急速に事態を理解した。
床に崩れ落ち消えゆく意識で男の顔を捉えようとした。
「(謀ったな…)」
既に弱っていた彼女が眠りに落ちるのに時間はかからなかった。男はそれを見届け、ひとつ吐息をついた。
「おやすみ、ケセラさん」
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