エピローグ


 「おら!さっさと席に着け!!」
 早紀香は大声を出して朝礼に入ることを告げる。明日香に死後、色々と思い悩んだ彼女であったが、結局幼い頃からの夢、教師の道を選ぶことにした。幸い彼女の夢を後押ししてくれる、通称『足長おじさん』が彼女をサポートしてくれたお陰でその夢を実現させることができた。今、早紀香は自分の道を一歩、一歩踏みしめていた。
 「言いたい事があったらはっきりと言う!それでも金玉付いてるのか!」
 歯に絹を着せない物言いは生徒達に人気を博した。そして、言うべきことは校長であってもはっきりと言うその態度も生徒達に頼りにされた。。歳若いこともあって生徒達に”姉御”などと渾名される人気先生となったと言う。早紀香は己の道を歩みだす。明日香も修二も捨てて・・・



 「それじゃ、また明日!」
 お尻が見えそうなほど短いスカートを翻して美紗香は走り出す。高校生になった彼女の目標は弁護士。一人でも多くの不幸な人を救いたい、母や姉のような不幸な人を救いたい、その想いからこの道を選んだ。美紗香が選んだ道はまだ先が長い。その彼女を早紀香と『足長おじさん』は支えていた。
 「ううっ、早く帰ってご飯の支度しなくちゃ、また早紀姉ちゃん、へそ曲げちゃうよ」
 明日香、沙耶子亡き後、湊家の家事は美紗香が全権を握っていた。もちろん早紀香が家事の全てができなかったからである。そのくせ大喰らいの姉に美紗香は思わず『自分でご飯の仕度くらい出来るようになってよ』とぼやきながら急ぎ足で家路につく。今の彼女には暗い過去などどこにもない。あるのは明るい未来だけであった。



 「歌は風巻マリアさんでした〜」
 歌い終わったマリアを司会の女性が紹介する。額に心地いい汗を浮べたマリアは、にっこりと笑って司会者のそばへと駆け寄って行く。彼女のそばに、アリアの姿はない。数年前にデュオを解散し、マリアは歌手の道を、アリアは女優の道を歩んでいる。そんな二人も報道の番組を持ち、積極的にこなしている。それまで報道できなかったような汚職にまで突っ込んでレポートする彼女たちの姿は一般市民から受け入れられ、人気を博していた。
 「いい歌ですね〜。今回も作詞、作曲は自分で?」
 「はい。少し時間は掛かりましたけど、いい曲に仕上がった自身はあります」
 「そういえば先日もレポーターとして○×食品の偽装表示を暴いたとか・・・」
 「ええ。だって許せないじゃないですか。そう言う悪どい事をしている連中って」
 司会の言葉にマリアはニコニコ笑いながら答える。今の彼女たちはまさに芸能界、報道世界にまで食い込むほどの力を持っていた。彼女たちに目をつけられた企業、政治家、官僚は残らずその悪事を暴かれ、世間から抹殺されていった。そのため各企業はこぞって彼女のバックに廻り、彼女たちを支援する代わりに彼女たちに擦り寄り、彼女たちの目をごまかそうと躍起になっていた。一方のアリアは・・・

 「わたしを裏切ると・・・不幸になりますよ?」
 流し目で相手を見つめるアリアの姿に共演者もスタッフも思わずどきりとしてしまう。アリア主演のこのドラマもすでに10数回を数え、やるごとにその人気は高まっている。その艶かしい美しさに加えて、はきはきとしたイメージがお茶の間でも人気であった。しかし、彼女の台詞どおり、自分の元にいる間は一度でも目をつけられれば、それは身の破滅、まさに不幸の始まりであった。
 「はい、カーット!!!」
 「お疲れ様でした!!」
 監督から終了の合図が出ると同時にアリアの表情はそれまでの艶かしいものから、普段の顔に戻る。役を演じる必要性がなくなったからだ。ドラマでは役を演じるアリアもそれ以外では演じることをやめる。素顔に戻ったアリアは自分の信念にかなわないものを許さなかった。マリアとともにそいつらを追い続け、真実を光の下にさらけ出す。それを可能にしていたのは彼女たちを慕う業界のもの達であった。彼らの力を借りたアリアが逃がした獲物はこれまで一体としてない。ゆえに皆、アリアたちの元に集う。わが身を守るために・・・

 風巻アリア、風巻マリア。双子の美女はまったく違う角度から人々の目を奪い、同じ角度から心を奪っていった。そして、彼女たちの存在は芸能、報道の世界を完全に掌握しきっていた。そんな彼女たちにはまるで浮いたうわさはなかった。数多くの男達が言い寄る事はあったが,その全てが玉砕していた。ただ、彼女たちには心に決めた男がいる、その男以外とはまともな付き合いをしない、そう言われていた。その正体を突き止めようとするものは誰もいなかった。たとえいたとしても、その姿は数日後には完全にこの世から消え去っていた。ゆえに誰もそのことには触れようとはしなかった。




 「このくらいの傷、何だって言うんですか!頑張ってください!!」
 診察相手の傷を診た瞳はにっこりと笑ってゴーサインを出す。新体操の世界で金メダル確実とまで言われた彼女も高校に入学すると同時に引退した。怪我とも、病気とも噂され、様々な憶測が飛び交う中、彼女はスポーツドクターの道を選ぶ。その後、猛勉強を重ね、見事その道へと進むことができた。
 「ありがとうございました、先生!これでまたプレイを続けられます!」
 「治るんだというあなたの信念が生んだ結果です。胸を張って頑張ってきてください!」
 「はい!」
 男の背中をぽんと叩いて瞳は彼を送り出す。これから先、この男は一流の世界でまた頑張ってゆくことになるだろう。それが瞳には嬉しくてたまらなかった。アリア、マリアの紹介で手を広げてゆき、今では彼女に掛かればどんな怪我も完治する、とまで言われるほどの腕前を持つに到っている。逆に彼女に見放されることは、スポーツの世界で生きてゆくことができないことを意味していた。その彼女の腕前に多くのスポーツ選手が信奉し、崇拝していた。ゆえに医学の世界で彼女の名前は高名であった。彩崎瞳の名前はもはや不動のものである。その彼女が信奉するものはこの世でただ独りしかいなかった。



 「ふむ・・・そう来ますか・・・では、遠慮なく・・・」
 コンピューターを前に亜美はメガネのずれを直す。画面には様々なデータが映し出され、亜美の指の動きにあわせて刻々と変わってゆく。卒業後、株式関係の仕事についた亜美はそこで仕入れた知識を基に新会社を設立、わずか数年でいくつもの企業を買収している。最近では海外の企業もいくつかその支配下においている。
 「社長!米国のA社株の件で!」 
 「社長!B社株が下がってきています!どうしましょう!?」
 「A社は買い付け!B社はしばらく様子見よ。まだ下がるようならてこ入れしなさい!」
 亜美に指示を仰ぐ社員に亜美は的確な指示を与えてゆく。今や亜美の上げる利益は莫大なものとなっている。ときには繊細に、ときには大胆に仕事をこなす彼女のもとには多くの投資家が集まり、多くの仲間が集まっていた。その実績は世界でも指折りのものとなっていた。それでも亜美はそれを誇らず、黙々と仕事をこなしてゆく。そんな亜美に言いよる男は数知れなかった。そんな男達をすべて亜美は袖にしていた。いかなる男にも靡かない柚木亜美であったが、そんな彼女が週末になるとどこかに出かけることは誰も知らなかった。




 「かなり大きくなったわね、桜・・・」
 「はい、旦那さまの御子ですから、一部の間違いも許されませんけど」
 大きく膨らんだお腹を擦る五上院桜のそばに立ちながら佐々菜奈々子は手元の手帳を見る。そこにはこれからの予定が分刻みで記されていた。佐々菜グループ会長夫人として、そしてグループを纏め上げる女社長としては1分、一秒も無駄にはできなかった。その彼女も今は二児の母。子供の育児は自分の母親に任せ、世界を飛び回っていた。そんな忙しい合間を縫って出産の近い桜の様子を伺いに来たのである。
 「そう言う奈々子様は真くんと明日香ちゃんはどうですか?」
 「元気いっぱいよ。お母様もあきれるくらいに・・・」
 桜の問いに奈々子は困ったような口調で答える。双子の兄妹の元気のよさは本宅の方でも悲鳴を上げるほどであった。そんな二人の将来に奈々子は一抹の不安も抱いていなかった。子供達の進む道を確かなものにするために奈々子は今日まで頑張ってきたのだから。
 また、五上院桜も今は実家の後押しもあって政治家としての道を進んでいた。この道を彼女が選んだことは誰もが驚いたが、それを完璧にこなすこともまた驚きに値した。今では桜は党内でも屈指の発言力を持っている。もちろん、その後ろには五上院家と佐々菜グループが存在していることはいうまでもなかった。それでも桜が近いうちに大臣の地位を受けることは間違いなかった。それだけの力を桜は持っていたから。今、桜は長期入院ということで、出産のときを待ち構えている。男の子であれ、女の子であれ、五上院家の跡取りとなる子供である。誰もがその瞬間を待ち構えていた。そしてその父親のことに触れるものは誰もいなかった。それに触れることはタブーだったから・・・
 「この子達が大きくなる頃には日本はどうなっているのかしらね?」
 「全ては旦那様のみ心のままに・・・」
 奈々子も桜も将来に不安は何もなかった。自分達の旦那様についてゆけば何の問題もなく生きてゆける。子供達も幸せになれる。そう信じて疑わなかった。疑おうとはしなかった。それが彼女たちの全てなのだから・・・
 



 「ここか、ここにあの男が・・・」
 数人の男が湖畔のコテージを睨みつける。苦労に苦労を重ねてようやくにっくき相手の居場所を突き止めたのである。この機を逃せば次はいつそのときが来るか、分かったものではない。皆手にナイフや拳銃を持ち、ゆっくりとコテージに近寄ってゆく。足音を殺して、目的の男を殺すために・・・
 「よし、確実に始末しろよ?」
 「任せておけって!」
 「お兄様に手出しする愚か者は許さない・・・」
 心の奥底まで凍りつくような声が動き出そうとした男達の背後から響いてくる。その声に男達が振り合えると、どこから現れたのか、膝まである長い髪をツインテイルにした少女が男たちを背後から睨みつけていた。自分たちのことを見咎められたことに男たちはしばし動揺したが、見つけたのが少女ひとりであることにほっと胸をなでおろす。
 「こんなところまで出てきた自分を恨みな!」
 「あなた方如きが私やお兄様をどうこうできるとでも思ったのですか?愚かな!」
 少女に銃を向けた男が哀れむような口調で少女に語りかけると、逆に少女は男達をバカに仕切った口調で返答してくる。その口調に男は少し眉を顰めたが、すぐに気を取り直して、少女に銃口を向けて引き金を引こうとする。その瞬間、少女の体は消え、男の手首から先が宙に舞う。いつの間にか少女の手の中に現れた刀が男の手首を切り飛ばしたのである。
 「このガキ・・・」
 「優姫様や旦那様に手を出すことは許さん!」
 思いもかけない反撃に男達が動揺して少女佐々菜優姫に狙いを絞ろうとすると、優姫の後ろから黒服の男たちが次々に姿を現す。その実力は桁違いであった。あっという間に男達を押さえ込み、無力化してしまう。一人残らず押さえ込まれたことを確認すると、優姫は大きな溜息を漏らしながら、刀を腰の鞘に戻す。
 「優姫様、こいつらはどうしましょう?」
 「産まれてきたことを後悔するくらいに痛めつけてあげなさい。殺さなければ何をしてもいいわ」
 「それはどんな道具を使ってもいいと?」
 「爪を剥ごうが、皮を剥ごうがお好きになさい。ただし、背後関係だけはしっかりと洗っておきなさい」
 美しく成長した優姫は黒服の男達にそう命令する。優姫の命令に黒服の男は深々とお辞儀をすると捕まえた男達を連れてその場から消えてゆく。その姿を見送ることなく優姫はコテージへと入ってゆく。ちなみに優姫の命令どおり、男達の背後は翌日には判明し、数日後にはその存在は消えさることとなった。優姫が選んだ道は愛する兄の護衛。兄に仇名すもの全ての抹殺。それが優姫の選んだ道であった。それが修羅の道であることは優姫にも良くわかっていた。それでも兄を守りたい、その願いしかなかった。それが義姉とは違う、兄の愛し方であったから・・・




 「そうか。あの一件のやつらはもう全滅か・・・」
 「はい、お兄様・・・」
 全裸の優姫は月明かりの下、艶かしく喘ぎながら自分を抱く最愛の男に報告をする。その報告を受けた男はつまらなさそうに頷くしかなかった。これで何人目だろうか。何度となく自分の命を狙うように仕向けてきた。そのこと如くが捕まり、二度とその姿を見せることはなかった。
 「まったくせっかく僕の命を奪えるやつらが出たかと思ったのに・・・」
 「お兄様の命は誰にも差し上げません!!」 
 全裸で男に抱かれた優姫は怒った口調で捲くし立てる。これは義姉や他の姉達も同意見だろう。そんなかわいらしい妹の言葉に修二は笑みを浮べる。そんな修二の態度に優姫は少し不満そうな表情を浮べたまま、その体に自分の肢体を預ける。出るところはしっかりと出て締まるところは締まる、そんな均整の整った体つき、無駄な贅肉など一切ない鍛え上げられた肉体、それでいてその肌は陶磁器のように澄み切った白色をしていた。そんな芸術品とも言えるような肢体を披露する妹は修二の左の肩口に残る傷口に沿って手を添える。金城が残していった傷はいまだ癒えず、その心とともに深い傷を残していっていた。
 「僕を狙うものは姫に任せるよ」
 「任せて下さい、お兄様!!」
 鍛え上げられた優姫は今ではその白い肌から『白雪姫』などと呼ばれている。そんな彼女とその配下の者たちに守られている限り、自分を殺せるものなど出てくるはずがない。それでも自分の前まで来ることができる者がいるとすれば、そいつはまさに神に選ばれた者といえよう。その者が現れる瞬間を修二は心待ちにしていた。
 「僕は悪魔に魅入られし者・・・それを見事討ち取れるかい?」
 自分の膝の上で気持ち良さそうにあえぐ優姫を抱きしめた手を離すと、修二は天に手をかざす。悪魔に魂を奪われた自分を倒せるものが現れることを修二は心待ちにしていた。だから方々で恨みを買うことを繰り返し、この別荘にこもってそいつらをおびき寄せているのだ。しかし、一人として自分の元までたどり着いたものなどいなかった。
 「ここに来るのは神に選ばれし者か、同じ悪魔に魅入られし者か・・・」
 修二にはそれはどうでもいいことであった。いつか自分を明日香の元に道いてくれるものが現れる瞬間を待ち焦がれる。それまでは自分を愛し、守ってくれる少女たちとともにあろうと心に決めていた。そんな修二の頭上では月が、星が煌めいていた。そんな星々を見つめたまま修二は両手を広げて願う。心の底から願う。それが叶うときがくることを夢見て・・・

 「星よ、悪魔よ。復讐鬼を裁く復讐鬼を!」



     The End


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