プロローグ 〜かごめの想いと奈落の罠〜



戦国時代。

夜が更けている。とある城の暗い寝所に一人の侍が座っている。

青白い顔をしている。

この城の主を殺し、そこの若殿の姿を奪った妖怪、奈落である。

これまでに集めた四魂のかけらをじっと見ている。

「・・・あの女・・・。」

奈落が呟く。

「かごめ・・・という女。あの女には本当に“心の闇”がないのか・・・。」

奈落の頭の中にはかごめの凛とした表情、そして自分に向けて破魔の矢をかまえるかごめの姿が投影されている。

「あの女・・・放っておくと、せっかく汚してきたこの四魂のかけら全てを浄化し尽くしてしまう・・・危険な女だ・・・。」

奈落は考える。

「あの女・・・かごめの心を壊す事は本当に出来ないのか・・・。」

その時、奈落の心の奥底で何か呟く声が聞こえてくる。

(そう・・・奈落よ・・・。妖怪であるお前の頭ではかごめの心を汚す方法など思いつけないだろうよ・・・。)

「・・・ん??」

奈落は心の奥底に湧いて来る、その思念が囁く言葉に興味をひかれる。

(そうよ。奈落よ・・・。しかし俺ならば・・・お前の中にとり込まれて眠る俺ならば、あの女の心を汚す方法を知っておるぞ・・・。)

「・・・フッ・・・そうか、そういうことか。」

奈落はその湧き起ってくる思念の正体に気付く。

(そう、お前が憎む人間・・・しかしその人間である「鬼蜘蛛」なら、女の心の汚し方など百も承知なのさ・・・。)

「そうだった・・・。お前はかつて桔梗をそうやって汚したがっていたな・・・。なるほど、考えても見なかったな・・・。」

奈落は考えがまとまったかのように、その場に立ちあがる。

「フフフ・・・。かごめよ・・・そして犬夜叉よ。待っているがいい。お前たちに、死んだ方がよいと思えるほどの地獄に・・・そう、絶望の地獄に連れて行ってやろう・・・。」

奈落はもう一度、かごめの凛とした美しい顔を思い出す。そしてその顔が絶望に歪むことを想像し、ほくそ笑むのだった。













「日暮、よく頑張ったな。明日の補習は来なくても大丈夫だぞ。」

テストの後、日暮かごめは担任教師に呼び止められ、そう声をかけられた。

「ええ!本当ですか、先生!!」

かごめは喜びを隠せずに声をあげる。

(これで、予定より早く戦国時代に戻れる!)

「ああ、今回のテスト、随分頑張ったようだからな。この分なら、受験もなんとかなりそうだな。」

かごめは、もう教師の言葉は聞いていなかった。テストが終わった解放感と、予定より早く犬夜叉の顔を見られる嬉しさに心が持っていかれていた。

かごめは鞄をとり、友人たちと別れ、自宅である日暮神社に急いだ。

気持ちがどんどん逸っていく。

いつの頃からであろう、かごめは犬夜叉の事が気になってしょうがなくなっていた。

犬夜叉の事を考えるだけで身体が暖かくなってくるのである。最初はケンカばかりしており、なんて乱暴者と思っていた。しかし、戦国時代で四魂のかけらを一緒に探し出す旅に出かけ、何度も危険な場を共に切り抜けていくうちに、だんだん心が通い合って来ていた。

(犬夜叉・・・早く会いたい・・・。)

かごめはリュックの中に着替え、勉強道具等を詰め込み、戦国時代へとつながる「骨喰いの井戸」に向かう。

「じゃあ、行ってくるからね〜!」

かごめは井戸の中に飛び込む。

井戸の向こうは犬夜叉の待つ戦国時代である。

(待っててね、犬夜叉!でも、予定より1日早く戻ったら、犬夜叉、どんな顔するかなぁ・・・、喜んだ顔してくれるかな・・・フフフ・・・。)

かごめはそこに奈落が卑劣な罠を仕掛けているとも露知らず、犬夜叉に会える幸福感に満ち溢れ、戦国時代に戻っていく。

(犬夜叉・・・待ってて。)













続く


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