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「ちくしょう! やられた──っ!」
巨漢のうめきは腹の底からの屈辱と怒りにまみれていた。部下達との顔合わせを兼ねた取引の現場を押さえられたのだ。狭い集会所には逃げ場はない。出入り口から覗く数人の警官の姿に、男たちは狼狽を露わにしていた。
「あの女──っ! オレたちをハメやがった!」
男たちの焦りと怒りのこもった視線の先には、スーツ姿に身を包んだ若い女の姿がある。短い髪にその均整のとれたシルエットは間違えることなどあろうはずもない。さんざん組織に煮え湯を飲ませてきたあの女刑事だ。
「ジョンソン・カーツ! 非合法薬剤取引の現行犯を認め、投降せよ」
ギリリとたくましい奥歯が音をたてる。この集会所に誘導されていたのだ。警官自らが麻薬密売組織幹部を一杯くわせたのだ。
──卑怯者の犬どもが──。
巨漢カーツの怒りに燃える視線にも、長身の女は動じない。
「投降の意志なしと確認。無力化弾、発射」
淡々とした女の声。その手があげられると数本の白煙が男たちめがけて進んでくる。叩き落す暇もなく、破裂音とともに閃光と轟音、そして人間の行動の自由を奪うガスがバラまかれていく。
無力化弾のガスとショックに叫び、うめきながら倒れていく中、巨漢はおどろくほどのスピードで警官隊に突進していく。
「うわあっ」
まさか巨漢がこのような行動に出ると思っていなかった警官達の反応は遅れた。タイミングを失った銃声が響くが、狭い通路では行動できるものは限られている。一発が命中したが、彼が常に身につけている装備を貫通できない。
「うおおおっ!」
怒り狂い、雄たけびをあげて突進する巨漢を女は冷たい目で見据え、低く身構えた。
「バカめ! このオレと組み合って──」
言い終わらぬうちに視界の上下が反転した。いかに強靭な体力を誇る巨漢といえども、無力化弾の影響を無視することはできなかったのだ。反応の鈍ったところに足を払われ、腕の関節をとられたまま引き倒されていた。
──バカな! こんなちっぽけな相手に、投げられただと──っ!
組織でも有数の挌闘家を自負するカーツにとっては目もくらむような屈辱だったが、それも一瞬のことだった。無表情な女の手にするスタンガンが身体に押し付けられ、常人なら即死するほどの衝撃をうけながらカーツは意識を失った。
脳裏に焼き付くのは、あの女、エミリー・ジャファル捜査官の短めに切りそろえられたつややかな黒髪。切れ長の目。黒髪とあまりに対照的に白い肌。──そして、その鮮やかに紅い、かすかに微笑んでいる唇。
ジョンソン・カーツは意識を失う瞬間も、女から目を離さなかったのだ。
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