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久し振りの街。エミリーは高揚した気分で百貨店をまわって買い物を楽しんでいた。
このところ組織を追うことに集中してろくに街にも出ていなかった。自由時間は情報収集とトレーニング、給料はできるかぎり情報を集めることに費やしているために、それなりの収入であるエミリーの貯金はなかなかたまらない。
それでも使う気になりさえすれば不自由しないエミリーだが、夜をともに過ごす恋人はいない。あの組織と渡り合っていくことを考えると、身軽でいることが一番だったからだ。 時折寂しくおもうこともあるが、だからといって無関係な人間を巻き込むことだけはしたくなかった。警察官としてだけでなく、個人としても犯罪組織を追っている彼女には敵も多かったのだ。
「まっ、特別ボーナス確実だし、これくらいいいわよねっ」
クルマに買い込んだ食糧品やお酒を積み込んだエミリーは自分に言い聞かせるようにして声をあげ、発進させる。若い女性には似合わぬ無骨な外見のクルマだが、安全第一な彼女にとっては大事な相棒だった。交通事故に装った暗殺をうける可能性すら、彼女は考えていたのだ。
──カーツを失った末端は動揺しているはず。早いうちにたたみかければボロが出る。そのためにカーツと一緒に中堅幹部をまとめて捕えたのだもの。彼らを長く抑えておくことはできないけれど、その間に捜査を進められるはず。
気付くと捜査のことを考えている自分がいて、苦笑してしまった。
──せっかく贅沢をして、ゆっくりとすごすつもりだったのに。
自宅にもどったエミリーはさっそく買ってきた料理を温めながら宴会の支度をした。父母の写真をならべ、食器も三人分用意する。父母を失った怒りと憎しみを忘れないための、これが彼女の儀式だった。
支度と言っても、つまみや簡単なサラダを用意する程度だ。クーラーポットやヒータ−類まで食卓にならべてしまい、椅子に深く腰かける。外ではさらすことのない豊満な肌をさらした、布地の少ない部屋着。本当は彼女は窮屈なスーツなどではなく、開放感ある、軽快な服装のほうが好みだった。しかし、異性の視線がわずらわしいこともあり、普段は意識してスクエアな服装を心がけているのだ。
「父さん、母さん──ここまで来たよ。あれからもう何年もたったのよ。今度会いにいくときには、きっといい報告ができると思うから──」
父母に語りかけるときの彼女は、普段の彼女ではない。家族を失って嘆き悲しんででいたあの日にもどってしまう。頬杖ついていたかと思うとテーブルにぺたりと頬をつけ、甘えるように両親の写真に語りかける。
「やっと──やっとあの男に近付くことができたんだよ、私──」
目に涙が浮かぶと、そのあとはもろかった。ボロボロと涙がこぼれ、しゃくりあげる姿は少女のようだ。言葉にならない嗚咽をもらしながら肩を震わせるエミリーの肩がピクリと震えた。呼出音だ。頼んでおいたものが届いたらしい。
受取りゲートには二つ荷物があった。どちらもプレゼント用の包装がされている。サービスだろうか。ゲート内のセンサーでは危険物は感知されていない。
「片方は──やっぱりケーキね。あのお店の──」
幼いころ、父母と一緒に食べた店のケーキ。そしてもう一つは……。
──お誕生日おめでとう──
そう、メッセージがカードに刻まれている。その文字をみた瞬間、エミリーの体から力が抜けた。誕生日おめでとう。ありえない文字だった。彼女は買い物をするときにも個人情報の流出には神経質になっている。同僚達も付き合いの悪い彼女に、職場でならともかく、あえて自宅に誕生日プレゼントをおくるような物好きはいないはずだった。
だが、そこにある文字の形は、筆跡は。ありえないはずの文字。
「──父さん──そんな!」
その小さな箱から父のにおいがするような気がした。エミリーはおどろくほど真剣な表情でその箱を開け、梱包剤をのぞいていく。出てきたのは──。
「時計──?」
精緻な細工の置時計。ガラスの装飾は美しく、柔らかい照明の光の中に幻想的な輝きを演出していた。
「きれい……」
彼女がそれを灯りにかざした瞬間、閃光が走った。一瞬の衝撃音。エミリーの意識はあっさりと消し飛ばされ、暗い闇の中に沈んでいった……。
もちろん、それは父からのプレゼントなどではない。父からのプレゼントなど、来るわけもなかったのだから。
それが麻痺と、内部からのドア解除のリモコン機能を持った誘拐専用の小道具だったと気付いたのは、目が覚めてからのことだった。
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