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■プロローグ＞彼女になにが起こったか？
「コレが我が国の開発した新型バーサーカーシステム＜アマゾネス＞だよ！」
小山のごとき機械の塊を前に、ネオホンコン首相ウォン・ユンファは、両腕を天に大きく拡げ、さも誇らしげに自慢した。急ごしらえのシステムなのは明らかで、室内のいたるところに外付けの拡張ユニットや、サブオペレーティング卓が乱雑に置かれ、さながら蛇の巣のように、あふれた配線がトグロを巻いている。
「ネオスウェーデンのホルベイン博士が、なかなか非協力的でね。完成には苦労させられたよ」
そのホルベイン博士が、頑丈な拘束椅子から解放され、運ばれてきたストレッチャーに横たえられていた。衣服のあちこちが裂け、焦げて、そして血で汚れている。呼びつけられた医師が、あわてて脈を取り、ペンライトで瞳孔を覗き込んでいると、ホルベイン博士の身体が突然、大きく跳ねて目を覚ました。
「やめろぉ！ もうやめてくれぇっ！」
叫び声を上げながら、暴れるホルベイン博士の首筋に、鎮静剤を満たした無痛注射器があてがわれる。ドンと大きな音を立てて、ホルベイン博士はストレッチャーの上にふたたび倒れこんだ。
「まだ、彼には役に立ってもらわないといけないからね。ちゃんと治療を施すように」
連れて行けと、アゴで示しながら、ウォンは医師に「殺すな」と念を押す。
「さてと……。ネオスウェーデンのバーサーカーシステムは手に入った」
ウォン・ユンファ首相は、お気に入りのプチチョコレートを口にほうり込み、苦みと甘さのハーモニーをゆっくりと楽しむ。
「しかし、このままでは＜アマゾネス＞は完成したとは言えない……。ネオジャパンの、もう一つが手に入らなければ……」
実際、ウォンの言うように＜アマゾネス＞は未完成だった。ウォンの望むシステムにはほど遠い。現状ではネオスウェーデンのバーサーカーシステムの、単なる改良型に過ぎないのである。
「次は、彼女に、その椅子に座ってもらおうかな」
ウォンの手招きで、ネオホンコンの兵士に連れてこられたのは、つい先日までネオジャパンクルーの新任サポーターだったアキノ曹長だった。
「なんですか！ この扱いはっ！」
怒りをあらわに、引き立てられてくると、先ほどまでネオスウェーデンのホルベイン博士が拘束されていた椅子に、強引に引き据えられてしまう。血脂の痕も生々しい座面から、カシャリカシャリと金属の手枷や足枷が飛び出して、アキノ曹長の細い手脚を椅子に固定してしまった。
「わ、わたしは協力すると申し出たはずですっ！」
アキノ曹長はウォン・ユンファ首相を睨みつけた。ウォンは綴じられた書類をパラパラと眺め、空中に展開させたホログラフを縦横にスクロールさせる。
「あなたから提供された資料の件については信頼しましょう。私がすでに入手しているものと細部まで一致する」
ホログラフにGF13-017NJ�供Ε乾奪疋�ンダムの構造図が示される。腕部タンク内に蓄えられた流体金属は、指先から加熱放出され無敵のゴッドフィンガーを形成、万物を粉砕する。脚部の内蔵スラスターの加速と機動性は、分身攻撃ゴッドシャドウを可能ならしめる。……しかし縮尺を変え、角度を変え、あらゆるエネルギー＆コントロールバイパスをたどっても、胸部マルチプルプライヤーはブラックボックスとして表示されない。
「この部分が解らなければ！ その他のゴッドガンダムの秘密になど、まったく価値はないのだよ！」
激するウォンに気圧され、アキノ曹長はつい言い訳めいた物言いをしてしまう。
「そ、そのマルチプルプライヤーは私も詳しく知らされていなくて……」
「ふん、……なにを取引材料にしたかったのやら」
ウォンの指示で、ゴンゴンと唸りを立てて、両腕で一抱えもあるような脳波プローブが、アキノ曹長の真上に吊り降ろされてくる。無数のケーブルやチューブで天井からぶら下がる銀色の球体は、まるで機械のタコのようだった。
「女性の苦しむ姿は、あまり見たくないのだが、残念だよ」
脳波プローブが、さらに降下し、真下にポッカリと口を開けた開口部に、アキノ曹長の頭はスッポリと飲み込まれてしまった。
「ご、拷問されても知らないモノは、はっ、話しようがないわっ！」
脳波プローブ内の暗闇のなかで、アキノ曹長は叫びを上げた。
「話してくれなくても良い。整備中に垣間見たことや、ふと耳にしたことを君の記憶に「直接」問いかける。君は、……君の脳は思い出してくれれば良いのだよ」
脳波プローブのスイッチが入れられた。
「やめっ、止めなさいっ！ あ、ああっ！ きゃあーっ！」
チカチカとパイロットランプが点滅をはじめ、脳波プローブ全体がブンブンと低い唸りを立て始めると、アキノ曹長の甲高い悲鳴が部屋中に響いた。
外因的に爆発的な「怒りの感情」を誘発させ、ガンダムファイターの潜在能力を120パーセント引き出すバーサーカーは、ネオスェーデンの開発したシステムである。バーサーカーシステムを搭載したネオスェーデン・ノーベルガンダムは、決勝大会において破竹の勢いで連戦連勝を続けていた。
同じく、決勝大会で勝ち進むネオジャパン・ゴッドガンダムもまた、マルチプルプライヤーと呼ばれるシステムを介してガンダムファイターの感情をエネルギー化し、機体のポテンシャル以上のパワー供給を実現すると言われていた。
バーサーカーもマルチプルプライヤーも、現在のところガンダムファイト規定に違反してはいない。実行委員会では、そのようなシステムの使用を想定していなかったためというのが主な理由である。
ネオホンコン首相ウォン・ユンファは、今13回ガンダムファイトに必勝し、そして「世界」を手に入れるために、その二つを手に入れようとしていた。いや、13回大会の必勝だけなら、自国のガンダムファイター、東方不敗・マスターアジアに任せておけば確実であろう。前12回大会の優勝者、東方不敗・マスターアジアの剛椀には、いささかの翳りもない。
ウォンが欲しいのは「世界」だった。それも４年ごとに移ろう短い覇権ではなく、永久に続くネオホンコンの栄誉が欲しかった。この先、永久にネオホンコンが地球圏を統治するのだ。
ウォンが、その考えに取り付かれたのは、東方不敗・マスターアジアによって持ち込まれたＤＧ細胞というテクノロジーを知ってからだった。実在する「最強・無限・永遠」を目の当たりにしたウォンは、その欲望を達成するために動き出したのである。
「あーっ、ああっくっ！ うぐううっ！」
脳波プローブに脳細胞の一つ一つの情報を検索されるアキノ曹長の口元から大量の唾液が溢れ、その襟元をグショグショに濡らしていた。頭の中に無数の針を打ち込まれ、一斉にグリグリとコネ回されているような感覚。針先の感覚が突き動かされる度に、記憶細胞が覚醒され、アキノ曹長の頭の中にフラッシュが閃く。何百、何千もの無数の記憶が再生される。人間の限界を遙かに越える追体験の容量に、つい先ほどまでは、ビクビクと痙攣するように身体をのたうちまわしていたアキノ曹長も、今は完全に硬直してしまっていた。
「やはり、こいつは役に立つ情報を持っていないか」
ビジュアル化されたアキノ曹長の記憶を探りながら、ウォンはこぼす。
「やはり、開発者のミカムラ博士。……もしくはその娘、モビルファイターとガンダムファイター付きのレイン・ミカムラを手に入れるしかない」
ウォンは、脳内スキャンの映像に出たミカムラ博士と、レイン・ミカムラの映像を固定する。そして、固定したはずのレインの映像が、歪み乱れた。
「ふむ、この女が国を売った理由か!?」
ビーッ！
緊急事態を告げるブザーが鳴り、脳波プローブの安全装置が作動した。
先ほど、ホルベイン博士を担当した医師が、ガチャガチャと空のストレッチャーとともに飛んでくる。
「首相、一日に何人の廃人をつくる気ですか！」
アキノ曹長を診察した医師は、患者の容態に思わずウォンに問いただす。そして、言ってから「しまった」と目線をそらした。
「いや、すまんね君」
激昂されることを畏れていた医師に、ウォンはごく普通に声をかけた。
「それと、彼女には治療の必要はない。なにダメージは精神的なものだし、治療ついでに「使える」ようにするからね」
ウォンは、バーサーカー＜アマゾネス＞のコントロール卓を操作し、立ち並ぶガラスチューブの一本を解放した。人ひとりが入ることのできる大きなガラスチューブが音もなくスライドし、鉛色の光沢を放つストレッチャーが、獣の顎のように突き出される。
「彼女をそこへ」
ウォンに指示され、医師は恐る恐るアキノ曹長を開いたガラスチューブへと運び入れた。
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