■1-1


 わたしが「オメガ」のことを知ったのは、実際に彼女に会う前日でした。
 その日、数ブロック先で起こった爆破テロのせいで、わたしの勤める病院は、まるで野戦病院の様相を呈していました。手足や、頭から出血した怪我人が次々とやってきます。従軍経験があり、看護兵の資格を持っていたわたしは、一介の看護婦である立場を越えて立ち働いていました。重傷患者の姿が見られないのは、きっと、まだ瓦礫に埋もれているか、この病まで辿り着けずにいるのでしょう。
「君、ちょっと……」
 主任が声を掛けてきたのは、負傷患者の治療が一段落した時です。
「これ、お願い。今日はもう上がって、明日から別館行って……」
 傍目にはカルテにしか見えない書類を、押しつけるように渡されます。クランケの欄には「オメガ」とだけ書かれています。その他には、20代後半の女性であることや、現在の健康状態しか解りません。いつものことです。
 知りすぎると良くないんだ……。軽く自分を納得させると、いまだに続いている喧騒の中を隠れるように、医療器具や薬品のストックされた準備室に入りました。そこで緊急医療パックや簡単な手術道具、その他に必要と思われる機材や薬品を大きめの医療鞄に詰め込みます。医療鞄の中を確認して部屋を出るとき、思いなおして緊急医療用の治療パックを置いてきました。どうせ「死んでしまう」相手に使うより、治療に使って欲しいと思ったからです。
 わたしはモルグ(死体置場)のある地下に降りると、搬入口から外へ出ました。爆破テロのせいで、いつもは閑散としてるそこも、今日に限って人の出入りが激しかったのですが、見咎められることもなく、なんとか病院の外に出ることが出来ました。
 その日は、そのまままっすぐにアパートに帰り、停電の暗闇の中で、簡単な食事をして眠りにつきました。

 翌日、大きな医療鞄を抱えて街路を行くわたしを、顔見知りの兵が乗る政府のパトロール車が見つけて乗せてくれました。
「よう、大変だな。また医療別館?」
「うん、そうなんだ。まただよ……」
 ひさしぶりに会えても、あまり嬉しそうではないわたしに、彼も無口にハンドルを握ります。
「別館」と言われる建物は、数年前の空爆で破壊され、復興もままならないゴーストタウンのような一画にありました。以前は都市の中枢として賑わっていた廃墟は、政府のパトロールが強固であるためスラム化こそしていませんが、人の気配がまったく感じられず、かえって凄惨な印象を感じさせます。
 かつて大病院だった別館の正面玄関で車を降りると、わたしはかつての戦友の乗る車が行ってしまうまでそこで待ちました。車が見えなくなると医療鞄を抱えなおして玄関脇の搬入口に下ります。人の気配はありませんが、重い鉄のドアを開け閉めする残響音が消えると無数の監視カメラが作動する軽いモーター音が、暗闇のそこかしこで聞こえました。
 暗い廊下を進んでいくと、ブロードウェイと呼ばれている広い通路に出ます。かつて大病院だったころに、簡単な商店や売店などが入っていた商店街だった場所です。わたしが呼ばれていたのは、かつての理容室跡でした。そこでわたしは「オメガ」と会ったのです。

 ハサミと櫛の看板が掛かったドアを開けると、ドアの脇に立っていた兵に敬礼されました。自分でもおかしいと思うくらいに、しゃちこ張ってしまっているわたしも、元軍人とは思えないような間抜けな敬礼を返します。
「どうぞ奥へ!」
「あっ。……はい、ごくろうさまです」
 パーテーション代わりのついたてを回り込むと、甘いような酸っぱいような臭いが鼻を突きます。汗の臭いだと解ります。白衣を着た尋問官の男の人が居ました。その人とわたしは頭二つ分はある身長差だったので、彼は覆い被さるように、わたしの顔をのぞき込んできました。いつもの人とは違います。
「……はじめまして。よろしくお願いします」
「君がクランケの世話係か? 実はもう始めてしまっているんだが、よろしく頼むよ。これが「オメガ」ちゃんだ」
 彼が身を引くと、重たそうな理容椅子と、そこに裸で縛り付けられている女性が見えました。まず眼が行ったのは、グラマラスに高く盛り上がった双つの胸と、大きく張った腰でした。自分でも貧相な身体を自覚しているわたしは、ついつい他の女の人の女性的な魅力を意識してしまいがちです。さすがに元軍人ですので、運動能力については並以上の自信はありますが、女性として魅力的な身体というものにはまったく自信がありません。
 わたし自身のことで話が逸れました。「オメガ」は両腕を理容椅子のアームレストに針金で括り付けられ、フットレストを左右にはみ出してガニ股に拡げさせられた脚は、両足首をフットレストの下側で、手錠で連結させられています。
 その突き出された股間の陰毛で、この「オメガ」がブルネットの髪をしていることが解りました。なぜなら、真っ黒な分厚いラバーの全頭マスクで被われているため、髪の毛や顔立ちは見えなかったのです。
 そして全頭マスクは鼻と口の部分が開けられ、顔の下半分が露出していましたが、「オメガ」はステンレスの開口器で口をこじ開けられ、めくれ上がった唇からは歯茎まで剥き出しになっていました。歯を剥いたむごたらしい顔ですが、覗く歯は白く、歯茎はピンク色で、わたしはきれいな歯並びだなあ、という印象を持ちました。
 ぼんやりと「オメガ」をながめるわたしでしたが、その身体が身じろぎし、低いうめき声を発したことで、わたしは我に返りました。汗に濡れた「オメガ」の身体が細かく震え、その汗に酸っぱいアドレナリン臭が混ざっているのは、初めて会う尋問官の彼が、わたしを待たずに「はじめて」いたからです。
「オメガ」の拘束されている理容椅子の足置き台には、カーバッテリーとトランス、コントローラーの組み合わさった機械が置かれ、そこから延びた電気コードが「オメガ」の身体に装着されていたのです。左右の手首に貼り付けられた電極から流される微電流が「オメガ」の身体を責め苛んでいるのです。
「まだ、おどしだよ。ピリピリする程度さ。ああ、眼は二重のマスク、耳には粘土を詰めてあるから、明かりの明暗も解らないし、なにも聞こえない。話しかけるときには骨振動を使う」
 小型のマイクの付いた聴診器のような機械を全頭マスクの「オメガ」の額にあてがい、尋問官の人は「オメガ」に話しかけました。
「医者が着いたからな、本格的に始めるぞ」
 紙巻きタバコほどのサイズの電極棒を2本取りだし、その一本を尋問官の彼は、わたしに差し出します。
「これ、お尻の穴用ね。ちょっと持ってて」
 わたしに赤いコードの付いた電極棒を渡すと、彼は黒いコードの電極棒を持ち、「オメガ」の頭にかがみ込みます。長身の彼は、作業しやすいように理容椅子のペダルを足で操作して、椅子を持ち上げました。
「あばれないでくれよ、っと」
「オメガ」の頭を抱え込むと、彼は電極棒を「オメガ」の右の鼻の孔に差し込みはじめました。
「ほふんっ! ふうっんっ!」
 苦しそうな呻きが上がるごとに、1センチ、もう1センチと、電極棒は鼻孔に押し込まれていきました。5〜6センチはあった電極棒のほとんどが、「オメガ」の鼻孔内に収まっています。表情を歪めることにすら激痛が伴うはずです。
 そのことを思い、涙目になっているわたしを笑うように、尋問官の彼は言いました。
「お尻のほう、手伝って」
「あ、はい……」
 お尻の肉を左右に分けるように言われ、「オメガ」の腰に覆いかぶさるようにして、両側からお尻に手を回した時、「オメガ」の身体がビクンと硬直するのがわかりました。わたしは柔らかいお尻の肉を分けて「オメガ」の肛門をさらけ出します。おびえているのでしょう、肛門が速いペースで呼吸するようにキュキュと収縮を繰り返しています。
「ふごーうっ!」
 尋問官の彼が、わたしから受け取った電極棒をプスリと突き立てて押し込むと、あっさりとそれは赤いコードだけを残して「オメガ」の直腸に飲み込まれていきました。
「出しちゃうといけないから、ちょっと押さえてて」
 尋問官の彼は、わたしの中指を「オメガ」の肛門にあてがうように言うと、コントローラーにかがみこみます。うやむやのうちに作業に参加させられたせいで、ゴム手袋を着用することの出来なかったわたしは、直に「オメガ」の秘部に触っていました。
 熱く火照った左右の尻肉に指を挟まれ、人の体温はこんなにも熱いものなのかと改めて感じます。その中指の腹には、収縮を繰り返す「オメガ」のお尻の孔が感じられます。何回か電極棒を吐き出そうとする動きに、強く肛門を押さえつける必要がありました。「オメガ」のお尻の汗で手がビッショリと濡れてきます。
「一発、ガツンとやれば、自分でくわえ込むから。……さて!」
「きゃ、きゃああ!」
「おぐっ!」
 電極棒に通電されたとき、「オメガ」より、わたしの方が大きな声を上げていました。手首から先が、無数の針で刺されたような感触に襲われ、その感触が肘に這い上がってきます。手を引き抜こうとしても「オメガ」のお尻の肉がすごい力でわたしの手を捕らえていました。
「オメガ」の肛門がムクムクと盛り上がった感触があり、続いて鋭い収縮が起こり、わたしは中指を引き込まれ、喰い千切られるのではないかという、恐怖を感じました。
「うごごごっ! ごうっ!」
 わたしの手をくわえ込んだまま、「オメガ」は身体を弓なりに反らせて痙攣していました。内腿の腱や、腹筋がクッキリと浮かび上がり無意味な収縮を繰り返しています。そして開口器から突き出された舌を見て、わたしは今まで気付かなかったことを知りました。「オメガ」がうなり声しか上げず、言葉をしゃべらないのは我慢強かったからでは無かったのです。突き出された舌は半分ほどしか残っていませんでした。


→進む

OMEGA(オメガ)のトップへ