〜DEEP CRY〜

いつからだろう。
この街が魔都と呼ばれるようになったのは――

多発する怪事件。
妖しげな儀式の跡。
突然豹変する人たち。
街角に潜む人ならざるものの気配。

それは影から歴史を動かしてきた巨大秘密組織の仕業であるとも、密かに地球侵略を開始した宇宙人の仕業であるとも、古代より蘇った悪魔や邪神の類の仕業であるとも噂される。
また、政府はその情報を掴んでいるが、何らかの理由により公表できないのだという話もある。
だが、結局のところ、真相は一切知られていないのが現状だ。
いつでもどこかで何かが起こっているという日常。
やがて、人々がそれに慣れていく中で社会は秩序を失い、いつしかこの街は完全な混沌の世界と化していた――


         ▽         ▽         ▽


「ほらッ!もっと股を広げろと言ってるんだ!!」

ビル街の外れにある大きな公園。
本来、人々の憩いの場として存在するこの施設も、魔都においてはその意義が違う。
子供でも用意に飛び越せる小さな鉄の柵に囲まれたこの場所は、夜になると人目の届きにくい広大な隔離空間となる。
すると、そこには自然に日の光を嫌う闇の住人たちが集まってくるのだ。
ここは邪なる法の支配する世界。

――ビシッ!バシッ!!
「あッ・・がぅッ・・・!」
「さっさとしないか、このグズが!まだ、殴られたいか!それともお前、マゾっていうやつか!?」
芝生の上に倒れこんだ制服姿の女学生に馬乗りになり、男は怒鳴りちらしながら平手を打つ。
すぐ横には、その男のものらしきズボンとトランクスが脱ぎ捨ててあった。
男が息を乱しながら大きく上半身を揺り動かすたびに、キッチリとまとめてあったやや白髪交じりの髪は乱れ、黒ぶちの眼鏡はずり落ち、ピンで留めてあったネクタイが背広の中からずり落ちる。
小じわの目立つ脂ぎった顔を邪に歪め、暴力の限りを尽くしているこの男は、オフィス街でなら普通に見かけるような外見をしている。
実際、彼の昼間の姿は、とある大会社の万年課長であった。

「いたッ!・・・や、やめて下さい・・痛くしないで・・言う事、聞きますから・・・」
「ふん、最初からそうやって従順にしていればいいんだ。この世は全て縦社会なんだからな。お前が社会に出る前に、俺が予習させてやる」
「うぅ・・・・」
対して、女学生の方は本編の主人公だ。
名を真壁魔里亞(まかべまりあ)といい、近くの私立高校に通う普通の女子高生だ。
しっとりと下ろした黒の長髪が美しい少女だが、臆病で芯が弱く、暴力に対抗する術など何一つ持ち合わせてはいない。
涙でグシャグシャになった顔を俯かせると、仰向けに倒されたまま膝を立てた両足をするすると開いていく。
制服のミニスカートの下に本来あるべき下着の姿はなく、曝け出された女泉からは赤い液体が何本か糸を引いて落ちている。

「よし、いくぞ!2時限目の講習だ!!」
「くっぅ・・・ぁぁぁぁぁ・・・・!!」
言うや否や、男は若い牝の肉体へと挑みかかる。
腰を持ち上げられて乱暴に男根を突きこまれ、魔里亞は苦痛に歪む視線を空へと流した。
美しい星座たちを瞬かせる夜空の姿は、いつでも支配者然としている。
いかなる者にも等しく恩絵を与える天空の支配者は、時に酷く冷酷に見える事もある。
どんな状況に陥っている者であろうが、『彼』は励ましこそすれ、決して助けてくれはしない。
例え、そこに悲惨な最期が訪れようと、ただただ静かに見守るだけだ。
そして、もっと近くから見下ろすビルの照明たちも、更に冷たい輝きでしか魔里亞を照らしてはくれない。
こんなに広い空間だというのに、そこは暗く冷たい密室のようですらあった。

「フゥ・・フゥ・・ったく、最近のガキどもは頭は悪いくせに、ドイツもコイツもいいカラダをしている。さぞ、いいもの食べて育ってるんだろうな」
「うッ・・うぅぅぐ・・・」
――ぐじゅっ・ぐじゅっ・ぐじゅっ・・
「それともなんだ?高い金を払ってエステにでも通っているのか、親の金で?いいご身分だな、オイ!」
――ぐじゅっ・ぐじゅっ・ぐじゅっ・・
「俺たちがガキの頃は皆貧しかった。贅沢をする余裕なんかなく、皆厳しく育てられたんだ。その俺たちが作った豊かさの上を、お前らが我が物顔で歩く資格なんかないんだよ!」
「あ・・・あぐ・・ひぐぅ・・・」
――ぐじゅっ・ぐじゅっ・ぐじゅっ・・
「貴様!この期に及んで知らん振りを決め込むのか!?オイ!何とか言ったらどうなんだ!!」
言い方をもう少し考えれば、理にかなった文句ではある。
だが、男は口元をサディスティックに歪め、その文句を罵りに使う。
彼は日頃のストレスを発散するために見知らぬ少女を犯しているのだ。
それは実に不条理な暴力であった。

「んぐッ・・・す・・・すみ・・ません・・・」
魔里亞の口から出た言葉はそれだった。
『謝れば早く終わってくれるのなら、土下座でもする』
今、魔里亞の頭にあるのは、そんな考えだ。
先程裂かれたばかりの内股を更に掻き回され、もう何がなんだかわかってすらいない。
激痛に生気を奪われた両の瞳からは大粒の涙が止め処なく零れ落ちる。
抵抗する気力など既にないというのに、男の思うがままに揺り動かされる細やかな肢体は、相変わらず肉欲の踊りを踊らされている。

――バシッ!
「・・んがッ!」
「お前らはすぐにそれだ!立場が悪くなると、すぐに心にもない謝罪の言葉で許しを乞おうとする!お前らは何をするにも、心がこもってないんだよ!」
「あんっ・・ぶたないで・・・・ごめんなさい・・ごめん・・なさい・・・・っ」
――バシッ!バシッ!
「謝るならもっと心を込めろ!誠意が感じられないんだよッ!!」
「はぐ・・・ひぐぅっ・・・ごめん・・・なさいぃぃ・・・・」
――バシッ!
「・・んぎひぃぃ・・ッ!」
不条理極まりない『教育』がしばらく続き、やがて、場にしばしの静寂が訪れていた。
しばし、ピストン運動を中断して腕を振るい続けていた中年男は、途中で落ちた眼鏡を拾ってかけ直すと、上半身を起こして息を整えている。
そこにあるのは子供に説教をする大人の威厳などではなく、年齢に関係ない純粋な欲望の嘲笑だ。

「・・・ん・・・・っ」
一方、魔里亞の姿は無残の一言に尽きた。
髪は乱れ、服は土に汚れ、ビンタをガードした腕とモロに受けた頬は赤く腫れ上がっている。
口内を切り、唇にも血が滲んでいる。
元から貧しい体力と気力など、とうの昔に限界を迎えているが、魔里亞の悪夢はそれでもまだ続いていた。
「・・んぅぅ・・・っ」
魔里亞は仰向けに倒された重い肉体をひっくり返す。
先程、散々背中を土に汚された魔里亞に、今度は胸元と膝を汚せと男が命令したのだ。

「ほら!さっさとするんだ!犬みたいに四つんばいになるんだよ!お前の謝罪に込めた誠意はその程度なのか!!」
「す・・すみません・・すぐ・・します・・・・・」
「チッ・・もっとケツを上げて足を開くんだ!お前らはこういう知識だけは一人前のはずだろう――ああぁぁ〜ッ!ッたく!」
男は1つ吼えると、待ちきれないとばかりに自ら腰を上げる。
なんとか指示に従おうとする魔里亞の後ろから背中を押さえつけると、内側から強引に膝を開かせてのしかかってゆく。
汚らしい分厚い毛に覆われた大きな尻が、張りのある白く小さな尻に何度も挑みかかる。
それは醜く力強い牡が、可憐でか弱い牝を犯す光景。
なんとも凶暴で野性的で官能的だ。

――パンッパンッパンッパンッ!
「ンンン・・・アアァァ・・・ッ!た・・たまらん締め付けだ・・・ッ!」
「いッ・・・ん・・・んん・・・っっ」
「んぅぅ・・・バックからだと、また違うものだな・・・ああ、なるほど・・それともあれだろう?」
言うと、分厚い皮に覆われた男の両の親指が魔里亞の尻肉を掻き分ける。
「お前も犬みたいな格好で、ケツの穴まで見られながら愛される方がが好みって事だな?」
「あ・・・・・ち・・ちが・・っ」
体内の最も汚いものを排泄するその器官は、ともすれば性器以上に恥ずかしい部分だ。
既に死んだと思われていた羞恥心が蘇り、魔里亞の頬は一気にカァッと紅潮する。
そして、その部分に男の指が達するや、肉体はギュゥッと収縮して虚しい防衛反応を示す。

「うぉっ・・く!またきつくなったぞ・・もう、我慢ならん!!」
――パンッパンッパンッパンッ!
「ほぅらっ・・そろそろ、中に出してやるぞ!社会人からの教育だと思って・・っ、有難く受け取るんだっ!」
「あんっ・・・やっ・・・あう・・あぅぅっ・・・!」
「ほら、どうした?返事はっ!?」
「むっ・・・は・・・はぃぃ・・・」
「フゥ・・ンフゥゥ・・・オラ・・ッ・・感謝する時に・・言う言葉は・・ッ、『はい』じゃ・ないだろ・・・・アッ、ほらッ!・・ダメだ・・・もう・・出る―――――!!」
女の尊厳を嘲笑いながら踏みにじる、それは文字通りの『欲望の"受"業』だった。
男は魔里亞の子宮に存分に精液を撒き散らすと同時に、彼女に『その言葉』を強要する。

「やっ・・・・あンっ・・あ、有難う・・御座います――――――――――!!」


         ▽         ▽         ▽


ここは広い夜の密室。
意地悪な街灯の灯りがスポットライトとばかりに、その少女の惨たらしい姿を映し出していた。
全身、土や草や色々な体液に汚れ、ブラウスはずり落ちたスカートからはみ出し、前のボタンは幾つも飛ばされている。
男が去ったあと、やっと身を起こすことを許された魔里亞は、どこか人形然とした動きで立ち上がる。

(やっと・・終わった・・・やっと・・帰れる・・・・)

全てを砕かれた虚無感こそ、確かにある。
だが、今まで大人しく無難な人生を心がけてきた臆病な彼女からすれば、今は若干ながらそれよりも解放された安堵の方が強かった。
少なくとも、これで乱暴に叩かれ、罵られ、犯され続ける脅威は去ったのだから。

(帰ったら何をしよう・・?シャワー・・かな。うん、シャワーを浴びよう・・)

だが、魔里亞がふと腕のデジタル時計を見ると、そこには午前2時45分とあった。
魔里亞は思わず空を見上げる。
考えてみれば散々な1日だった。
学校帰り、友達にあちこち引っ張りまわされた挙句、別れたあとは見知らぬ中年男に襲われ、乱暴に純潔を奪われた。
そして、更にはもう家に帰るための電車すらないと来ている。

「あは・・・あははははは・・・・」

漏れ出すのは、そんな乾いた笑いだけ。
自暴自棄に陥るしかないが、そうするだけの気力すら残っていない。
だからだろうか。
その後の展開も割とスムーズだった。

――カシャカシャッ!

突如至近から焚かれるフラッシュと共に、そこに見知らぬ男が現れる。
無駄に肥えた20代前半くらいの男は、俗に言う『オタク』や『アイドルのおっかけ』によくいそうなタイプだ。
全身から、体臭と共に病的な醜悪さが滲み出ている。
唾液に濡れた男の唇が嫌にニタニタとしているのを見て、魔里亞はまだ不幸が終わっていない事を悟る。

「この写真のネガ、欲しいんだろォ?」
「・・・・・・」
「グフフ・・大丈夫、ちゃんと返してあげるよォ・・そこの茂みの中でね・・・♪」
ため息。
だが、もう恐怖などはない。
魔里亞はゆっくりと視線を上げると、静かに一言だけ、こう口にする。


「もう・・好きにして下さい・・」



         □         □         □



《ネェ〜マリア〜》
《マリア〜》

「――魔里亞ってば!」
「・・・えっ?」

何ともいえないアンニュイな気分から不意に現実に引き戻された魔里亞は、一瞬状況がわからず、頬杖をついていた頭を持ち上げると、ババッと辺りを見回す。
整然と並べられた机と椅子。
ブレザー服姿の男女たち。
そこには、見慣れた学校の教室の風景があった。
ここ、聖デラルゴ学園は中等部、高等部合わせて3000人以上もの生徒を抱える、都内最大規模の名門高校。
魔里亞はついこの間、高等部の2年生になったばかりのここの生徒だ。

「今日、映画観て行かない?」

後ろ手を組み、椅子に座る魔里亞の顔を覗き込むようにしてくるのは、彼女のクラスメートの織川響歌(おりかわきょうか)だ。
ヘアピンでまとめたショートカットがよく似合う彼女は、ただただ悪戯な笑みを湛えている。
それは先週、魔里亞の身に起こった事を知らないからこそできる笑みだった。

「え・・いや、いいよ・・」

あの事件は、一応魔里亞の中では最低限の解決をみていた。
中年のサラリーマンに犯された直後、魔里亞は太ったハイエナのような男に近くの茂みへと連れ込まれた。
そこで無抵抗の魔里亞の肉体に滾る悦びを吐き出し尽くした男は、更なる写真を撮り、それをネタに『次』を指定しようとする。
しかし、そこに助けが入った。
突如、無精髭の中年男性が割って入ったかと思うと、あっという間に太った男を伸してしまったのだ。
無精髭の男の指示に従い、すぐ家に帰ったので、魔里亞はそのあとの事は知らない。
だが、それ以降は脅迫状が来るでもなく、警察が来るでもなく、いつもの生活が続いている。
魔里亞は平和な日常をこよなく愛する、大の事なかれ主義だ。
だから無事にそこに戻れた以上、あの事ももう忘れようと心に決めていた。

「・・魔里亞」
「な・・・なに?」
響歌はただでさえ魔里亞に近づけている顔を、ずずいと更に押し付けてくる。
その顔に浮かぶのは、独特の強気で不敵な笑み。
魔里亞は思わず困った顔で視線を逸らす。
これは響歌の必勝パターンを意味するものだった。
「この響歌サンの誘いを、まさか断るつもりじゃないでしょうね〜!?」
言うが早いか、響歌は魔里亞にヘッドロック。
勿論、力一杯締め上げているわけではなく、じゃれ付く程度の行為だ。
「魔里亞サ〜ン・・一緒に観て行かれますわよねぇ〜?」
「うぅ・・」
魔里亞が大人しいのをいい事に、毎度強気な態度に出る響歌。
しかし、いつもそれで話に片がつくのだから仕方がない。

「わ・・・わかった、わかったから・・」


         ▽         ▽         ▽


――ガタンゴトン・・

窓の外をすっかり夜闇の沈んだ風景が流れている。
響歌と映画を観た後、魔里亞は遅い帰途についていた。
幾つもの路線が交差する盲京(もうきょう)駅で響歌と別れたあと、運よく急行をつかまえた魔里亞は、入り口のドアから対極のドアまで、ラッシュの人ごみに押し込まれるようにして運ばれ、そのままそこに陣取っているのだ。
腕時計を見ると午後7時。
いつも午後6時くらいから始まる帰宅ラッシュは午後8時半くらいまでは収まらない。
魔里亞は特に人ごみが嫌いだというわけではないが、憂鬱な事に変わりはない。
響歌の強引さを心の片隅で恨む魔里亞がいた。

(ふぅ・・響歌のあれに巻き込まれると、ろくな事ないよなぁ・・)
物凄い速さで流れる風景を見るでもなく、ガラス窓に映った自分自身を見るでもなく、魔里亞はただぼーっと体をドアに預けている。
耳の奥に刷り込まれるような電車の走行音。
鉄柱が窓際を通り過ぎるたび、そこにリズムがつく。
だが、同じ感覚でやってくる鉄柱のリズムは、まるで催眠術のように、返って意識を遠ざけてゆく。

(大体、先週の『あれ』だって、元はといえば響歌が強引に誘うから・・う、ふぁぁぁ〜・・)
魔里亞はすっと口元を覆うと1つ欠伸をする。
生涯一度しかない大事な儀式を滅茶苦茶にされ、命の危険すら覚えたあの事件。
しかし、今はその衝撃すら、車輪と線路と鉄柱のもたらす眠気には勝てないようだった。
まだ、降りる駅までは時間がある。
魔里亞はそのまま眠気に身を任せることにした――


         ▽         ▽         ▽


「――!!」

不意に魔里亞の目を覚ましたのは何かのショックだ。
一瞬では戻りきらない感覚の中、魔里亞は無意識にその正体を探し始める。

まず最初に見つかったのは、夢。
今、夢を見ていた。
内容ははっきりとは覚えていないが、何やら生理的に恐怖を覚える夢だった。

次に見つかったのは、駅のアナウンス。
お決まりの旋律と共に響く『○○でございます〜』というやつだ。
だが、魔里亞がこれを聞いたのは少し前の事だ、これでもない。

そして、次に見つかったのは、とある『感覚』。
正体はこれだった。

(・・・うっ)
それは酷く異質な、『持続するショック』だ。
生理的で薄気味の悪いその感覚は、魔里亞の尻の辺りでしきりに蠢いている。
それは自分のものより大きく力強い男の手の感覚であり、また手の甲ではなく掌がしっかりと当たっている辺り、何かの間違いという事もなさそうだ。

(痴漢だ・・)
瞬間、魔里亞の顔に動揺が走る。
決して今まで、遭った事がないわけではない。
対処の方法も一応は知っている。
だが、見知らぬ他人に、しかも敵対心を持って働き掛けないといけない行為は、できればしたくはなかった。
とりあえずはぎゅうぎゅう詰めの中、幾らか体をひねって尻をかわす。

(・・・む)
しかし、嫌な感覚から解き放たれたのも、まさにつかの間だった。
しばらくすると、男の手は再び伸びて来て尻をさすり始める。
となれば、もうこれは悪質な確信犯の仕業であると決め付けるしかない。
臆病で大人しい魔里亞とはいえ、もう防御行動を実行に移すしかなかった。
魔里亞は肩越しに犯人らしき人物を探す。
同い年くらいのロン毛の学ランの男。
20代前半くらいのラフな格好をしたガタイのいい男。
30代後半くらいの細身の眼鏡のサラリーマン。
50代くらいの太った老練のサラリーマン。
70なのか80なのか、腰の曲がった老人。
近くにいて、両手がしっかり見えてないのはこの5人。
しかし、今見える視界だけでは、それ以上の特定はできない。

(ダメだ・・誰だかわからない・・・・・ふぅ、仕方ない・・)
こうなれば、もう相手の手を掴んで声を上げるしかない。
魔里亞は相手に気づかれないように、片手をするすると下ろしてゆく。
一方、もうすぐ人生を揺るがす大惨事に巻き込まれるかもしれないとも知らず、男の手は今も魔里亞の柔らかな尻の感触を楽しんでいる。
『その瞬間』を静かに覚悟する魔里亞の中には重い緊張が充満し、ゆっくりと腹部を締め付けてゆく。
そして、そこから浅い呼吸3つ――

(よし・・今だ!)

ついに、音もなく忍ばせた魔里亞の手が後ろに蠢く手首を掴もうとする――その瞬間だった。


――ドクンッ!!


大きな鼓動が胸を打つと共に、魔里亞は周りの時の流れが突然遅くなった事を認識していた。
魔里亞の意識は、先程のように瞬時にその原因を探しに行く。
だが、今回は何のデータも集まらず、すぐに結果が返ってきた。

解 析 不 能 。

こうなると、何をすればいいのかすらわからない。
『ここで間違った選択をすると、何かとてつもなく危険な事になるのではないか』という不安が、魔里亞を金縛りにするのだ。
そして、その謎の現象を解き放ったのは、更なる解析不能の現象であった。


《抵抗したら、殺すよ――》


――ガタンゴトン・・ガタンゴトン・・
不意に電車の走行音が耳に戻ってくる。
だがその直前、魔里亞は確かに聞いていた。
耳の奥、体の内側から響いてくる不気味な声を。

《テイコウシタラコロスヨ――》

それは魔里亞の夢ではないらしかった。
記憶として薄れていく事もなく、それどころか寒気と動悸を伴い、はっきりと思い出せるのだ。
正体不明の相手から命を脅かされる恐怖。
先程かかった金縛りが未だ持続する中、魔里亞の頬を脂汗が伝って落ちる。
酷い混乱が魔里亞の視界を揺さぶっていく。
くらっと気が遠くなるが、そのまま気を失う事はできない生殺し状態が続く。

多発する怪事件。
妖しげな儀式の跡。
突然豹変する人たち。
街角に潜む人ならざるものの気配。

その時。
以前、雑誌だか広告で見た一説が魔里亞の頭をよぎる。
そして、そこで彼女はやっとその『事実』を認識するに到ったのだ。

そう。
自分がこの『魔都』に魅入られてしまったという事実を――


         ▽         ▽         ▽


『次は、屠田ァ〜、屠田でございまァ〜す――』

あの謎の声が響いてから、早20分あまりが経とうとしていた。
電車は相変わらずの満員だ。
例の手は、相変わらず魔里亞の尻に張り付いているが、時の経つにつれて、その行為の深度を深めつつあった。
最初はスカートの上から触っていたが、やがてスカートの下へ、そしてついには下着の下へと入り込み、直接魔里亞の器官をまさぐるようになっていた。
手の本体が『30代後半くらいの細身の眼鏡のサラリーマン』である事は判明したが、だからといって抵抗はできない。

《テイコウシタラコロスヨ――》

恐らく、この男こそあの声の正体であろうからだ。
となれば、彼は何らかの人知を超えた『能力』を持ち主であり、下手に逆らえば、法では裁けない不可視の力により殺される可能性も高い。
降りるべき駅もとうに過ぎているが、今の魔里亞にはどうする事もできなかった。

「・・・ふっ・・・んぅぅ・・・・ン」
下着の中にもぐりこんだ男の手は、先程から執拗に魔里亞のクリトリスを刺激し続けている。
いかな恐怖による硬直状態の中といえど、これだけ延々と弄り回されては、さすがに魔里亞も『その感覚』を覚えないわけにはいかなくなってくる。
既にグッショリと濡れ、雫が内股を伝い落ちる下半身から熱を帯びて伝わってくるその感覚は、次々と喉を上っては直接口へと運ばれてゆく。
魔里亞はこれが声にならないよう、必死に殺し続けるが、これもある種の拷問だった。

「・・・はぁ・・ぁっ・・・く・・・・」
そして、この拷問はすぐに次の展開を迎える。
最も敏感な部分を弄られ続け、魔里亞の感覚は絶頂が近い事を認識し始めたのだ。
しかし、遠く狭い場所に無理に押し込んだ指先による微弱な刺激では、いつまで経っても最後の大波を迎える事ができない。
勿論、迎えてしまうと迎えてしまったでまずくはあるのだが、それが迎えられない事はそれ以上の責め苦だった。

「(・・好きなんだねぇ)」
その時、今度は耳の外から小さな男の声が聞こえた。
例の眼鏡のサラリーマンだ。
魔里亞は振り向くでも返事をするでもなく、そのまま無抵抗を通す。
「(僕もエッチなコは大好きだよ・・)」
先程『抵抗したら殺す』といっておきながら、この好きモノ扱い。
意地の悪い相手である事を魔里亞は覚悟するが、今はそれ以上に、2つの感覚から解き放たれたい一心だった。

「(次の駅で降りようか・・)」
自らの体全体を震わさんばかりに、薄ら笑いを含んだ男の声。
その指示に、魔里亞は無言で従った――


         ▽         ▽         ▽


『次はァ〜、無名里ォ〜無名里でございまァ〜す――』

「(ここだ。ここで降りよう)」
この不気味なサラリーマンの指示で魔里亞が降ろされたのは、先程降りた駅から更に各停で2つ行ったところにある薄暗い駅のホームだった。
他に比べ、酷く廃れて見えるこの駅。
ホームには全くないといっても過言ではないほど、人の姿がない。
それどころか駅員の姿すら見えない。
そこから見える駅周辺の風景も、薄汚れた使い古しの街という印象が強い。
ここは魔里亞も名前は知っていたが、降りた事は一度もない場所だった。

「ふぅ・・喉が渇いたなぁ・・。おいで、何か飲み物を飲もう」
電車が走り去ると、男は押し殺していた声を解き放ち、そう言う。
無言で魔里亞が従うと、男はホームにある自動販売機に向かう。
そしてコーヒーを2つ買うと、1つを魔里亞に手渡した。

「・・・・・・」
「ん?飲まないのかい?」
「・・・・・・」
――カシュッ
冷たいコーヒーが味を感知させる事無く、魔里亞の喉を滑り落ちてゆく。
先程から男の指示に従いはしつつも、魔里亞は終始無言を通していた。
相手の意図が詳しく読みきれず、どう出ればいいのかがわからないのだ。
それに1つ気がかりな事があった。

「へぇ・・あっちは好きなわりに、内気なコなんだね・・って、えっと・・まさか、しゃべれないわけじゃないんだろ?」
「あ・・・はい・・」
「あ、そうだよね。そんなはずないよね。そういえば、さっきも可愛い声を上げていたし・・♪」
「・・・・・っ」
「あはは・・かぁ〜わいいなぁ〜♪」
そう言うと、男は殻になったコーヒーの缶をゴミ箱に投げ、徐に魔里亞の後ろに回る。
魔里亞の脇の下に手を忍ばせると、そのまま抱きしめるように胸を愛撫し始めた。
「・・・・んっ」
ミニスカートの上、尻の割れ目をなぞるように擦り付けられる硬い何かの感覚に、魔里亞は思わず小さく声を上げる。
先程、拷問のように焦らし続けられた感覚が、まだそこにベッタリと張り付いているからだ。

――カン!カン!カン!カン!カン!カン・・!

「・・おっと」
そこに不意に鳴り響く踏切の音に、男は思わず体を離す。
やがて、そこを轟音と共に急行が走り抜けてゆくが、すぐにまた深い静寂が戻ってきた。
「・・・・・・」
男の横。
徐にコーヒーを飲み干す魔里亞の中で、先程からある例の気がかりは、その存在を一層強くする。

(もしかして、この人・・さっきの声の主じゃないんじゃ・・・?)

ただ、もしそうならば、魔里亞には先程の声の意図がわからなくなる。
あれが自らの肉欲を果たすためのものでないとすれば、いったいそこにどんな意図があるのか。
魔里亞は頭をめぐらせるが、唯一可能性があるとすれば、『何らかの恨みを持った相手が、自分を貶めるためにやっているのかもしれない』という事くらい。
しかし、ここまで事なかれ主義を貫いてきた魔里亞だ。
誰かに恨まれる事をした覚えなど、全く思い出せない。

(と・・いうか・・・)

こうなると、魔里亞の内に更なるもう1つ、根本的な疑問が浮上する。
先程の声。
あれが果たして本当に『現実』であったのか、という事だ。
あの出来事からある程度時間が経った今、そこの部分の記憶はやや靄がかかり、ハッキリしないのだ。
もし、あれが転寝の続きに見た夢であったとしたら、魔里亞はあまりに愚かしい行動をとっていることになる。

(この人に・・聞いてみた方がいいのかなぁ・・話が通じない相手でもなさそうだし・・・)

「さて、じゃあ次の電車が来ちゃう前に・・こっちにおいで。用を・・足しに行こう」
「あ・・・」
『先程の声の真相を直接聞くか聞かないか』
その判断の途中に男からの指示が下り、魔里亞は反射的にそれに従ってしまう。
やってきたのは、ホームの隅にある小さな公衆便所だった。

「男の方だけど、いいよね?」
男はそう言うと魔里亞の手を取り、入り口へと向かう。
それは無論、普通に用を足すという意味での言葉ではない。
便器に尿や便を排泄するのではなく、男の肉体が女の肉体の中に精液を排泄するというのが、その意味合いだ。
となれば、魔里亞が先程の判断を踏み切るには今をおいて他はない。
ここで従ってしまえば、もう手遅れになる。

「あ・・ちょっと待って下さい・・」
「・・ん?」
かろうじて、魔里亞はその機会を確保する。
振り向く相手の男は、魔里亞の目に、そこまで悪い男には見えない。
『なんとなく、この先の事態は回避できるのではないか』
しかし。
そんな魔里亞の中の希望的観測が、次の言葉を口に出させようとしたその瞬間だった。


《――ダ〜メ》


またしてもやってくる、あの時が遅くなる感覚。
そして――声。
内側から響く声の主は、魔里亞の行動を全てお見通しのようだった。
しかも、今回の声は無表情だった先程のものと比べ、明らかに悪意が込められた響きをしている。
そして、声の主は『これが夢なのではないか』という魔里亞の妄想じみた希望のバルーンを突き破るかのように、針の一刺しを残して消えていったのだ。

(・・うぐっ・・)

元に戻っていく時間の中、魔里亞は確かにチクリと刺されたような痛みを感じていた――それも左胸の奥に。
それは、一回目の声の言った言葉に重く色をつける。
目の前の男なのか、それ以外の誰かなのかは定かではないが、ともかくこの相手は一切の抵抗も許さずに魔里亞を殺す事ができるという事だ。
もう、魔里亞の周りには、一切の逃げ道がなくなっていた。

「・・・どうしたんだい?」
「・・あ、いえ・・・なんでもないんです・・・」
「あ、わかった。ここまできて恥ずかしくなっちゃったか。でも大丈夫だよ。ここにはまず、人なんかこないから・・」
『人なんかこない』
男の振り向き際のこの言葉に、魔里亞は薄ら寒い恐怖を感じる。
どうとでも取れる言葉だからこそ底が知れず、それは余計に怖い。
魔里亞は男に手を引かれるまま、男性用便所の中へと消えていった。


         ▽         ▽         ▽


寿命の切れかけた蛍光灯の灯かりが支配する世界。
ここは無人駅の片隅にある男性用公衆便所の中だ。
利用される事も、掃除される事も稀なのではないかと思われる内部は、『汚い』というよりは『古ぼけた』という印象が強い。
独特の異臭はあるが、それもそこまできつくはなかった。


――ジュッ・・ジュジュジュ・・!


「ふっ・・・ンン・・」
秘所を音を立てて吸い上げられ、魔里亞の下半身に淫靡な振動がざわめく。
目下には、膝立ちになり、下着を下ろしたミニスカートの下に顔を突っ込む男の姿。
吸い上げられるたび、魔里亞は男の頭を掴む手を強張らせる。
羞恥心から無意識に腰を引いて逃げようとする。
だが、逃げれば逃げるだけ男の頭も突っ込んでくるので、魔里亞は必然的に奇妙な前傾姿勢をとらされている。

「ハハハ・・気持ちよさそうだね?とっても可愛い顔してるよ」
「・・・・んっ・・」
呼吸の整えついでに顔を上げる男は、愉悦の笑みで魔里亞の顔を覗きこんでくる。
その口元を濡らすヌラヌラした液体は男の唾液と魔里亞の愛液。
魔里亞が真っ赤になった顔を逸らすと、肩越しに落ちた黒髪が男の鼻っ面をくすぐる。
男はその可憐さにうっとりしつつ、また魔里亞虐めを再開した。

――くちゅ・・ちゅるる・・っ

「ぷぁっ・・・・・君のオマンコ、とっても美味しいよ・・・」
「はん・・や・やぁぁっ・・・そんなに・・広げないで・・・」
「ハハハ・・好きなくせに♪」
今度は男は力任せに吸い上げるのをやめ、柔穴を両親指で広げると尖らせた舌先を奥に突き入れ始める。
綺麗なピンク色をした魔里亞の奥の果実からは、脳を麻痺させるような甘い毒気が香り立ち、そこから分泌される猛毒は男の理性を殺してゆく。

「ふああ・・・・あぁ・・あ・・・あン・・」
一方、無防備な急所をひたすら責め続けられる魔里亞は、否応無しに溢れ出す淫液が内股を伝うと小さく身を振るわせる。
羞恥心で死にそうだった。
男性便所の中、小便器が並ぶ前にある一番広い部分。
この淫らな行為はその中心で行われているのだ。
まるで、そこが自分のために用意されたステージのように思え、魔里亞は誰か『観客』が来てしまうのではないかと気が気ではない。
死にかけた蛍光灯が『カツッ』と音を立てて点滅するたびに、思わず便所の入り口を目で確認にいってしまうほどだ。
だが、そこで不意に舌の動きが止まった。

「ねぇ・・」
「・・はぃ?」
声をかけられ魔里亞は視線を落とす。
再び見上げてくる男の目を見て、魔里亞はもうそこに続く言葉を察していた。


「そろそろ・・本番、いっちゃおうか」


「・・・・はぃ」
「じゃあ、そこの壁に手をついて見てくれる?」
「・・ぇ?あ・・」
魔里亞も覚悟していた事ではある。
しかし、やはりできる事ならこのステージだけは降りたかった。
一番恥ずかしい行為をこんな広いところで行うなど、心臓がパンクしてしまいそうなのだ。
魔里亞は泣きそうな顔を男に向ける。

「あの・・お願いです・・せめて、個室で・・・」
「え?・・あぁ・・」
真っ赤な顔で哀願してくる魔里亞に、男はしばし言葉を失う。
彼は今、これでもかとばかりに男心をくすぐられているのだ。
「どうか・・・お願いします・・」
「・・わ・わかった・・わかったよ」
このもてなさそうな男がこの誘惑に勝てるはずもない。
男は動揺を隠すつもりが、むしろそれをアピールするかのようなオーバーアクションで魔里亞の申し出を承諾していた。


         ▽         ▽         ▽


――カチャ

扉の閉まる音。
個室が密室へと変わる音。
そしてそれは、知的生命体としてのモラルが崩れ去る音でもある。

個室の中は外より更に薄暗く、また狭いために2人が入ると必然的に密着に近い状態になる。
便所の外を通り抜ける光と轟音ははるか遠くのものに感じられ、すぐ傍らにいる他人をこれ以上なく身近に感じるようになってゆく。
男は蓋の閉じた洋風の便器の上に座り、目の前に立つ魔里亞、これから交尾を行う牝の姿をまじまじと眺める。

「今日は僕の人生最良の日だよ。君みたいな可愛いコとセックスできるなんて、未だに夢のようだ・・」
「・・・・・っ」
「おっと、そうだそうだ・・ちょっと待っててね」
男はふと何かを思いついたのか、もしくは思い出したのか、自分のズボンのポケットの中をガサゴソとやり始める。
(・・・・・?)
もうここまできては、魔里亞は心配する事など思いつかない。
純粋に『何を取り出すつもりなのだろう?』と、男の手を視線で追う。
バイブレーターだろうか。
携帯だろうか。
カメラだろうか。
別に何を取り出されようが怖くはなかった。
だが、覚悟しすぎていたからだろうか、男がそこから取り出したものを見て、魔里亞は拍子抜けにも似た安堵を覚えていた。

「アハハ・・ちゃんと、『コレ』、装けないとね」
それは、この男の善意の象徴とも言えるもの――コンドームだった。
そう。
こんな状況下に置かれているとはいえ、魔里亞もできるなら『最悪の事態』だけは回避したいのだ。
何もかもを半ばあきらめていた魔里亞の目に、今、この男が幾らかだけでも好意的に映る。
冷え切っていたはずの胸の奥底に、少しだけ暖かさが灯る。
それは波紋を描くように全身へと伝わり、魔里亞の表情を柔らかくさせていく。


――ドクン!!


だが。
狙い済ましたようなタイミングであの感覚が戻ってくる。
最初はまず『驚愕』を覚えていたこの感覚も、3度目ともなるともう『嫌悪感』と『恐怖』しか感じない。
この次に何がくるのかも、もう魔里亞の本能にはしっかりと刻み込まれていた。


《ダメ。中に出させて。生でヤるの》


時の流れを戻すのは、小さく浅いため息だ。
『妊娠の危険に晒されろ』という陰湿極まりない指示。
だが、魔里亞は『その声』に抗う術を知らない悲しい奴隷だった。

「あの・・・」
「・・ん?」
「・・えと・・」
魔里亞は『内気』『大人しい』で通ってきた娘だ。
『淫乱』という印象からは、程遠い場所に位置してきた。
だから、頭の中で言葉自体は作れても、それを口にするのは相当な覚悟が必要だった。


「な・・中に、出してもいいですよ・・」


何とか搾り出した言葉。
魔里亞は今にも泣き出しそうな瞳を、わずかに背けさせる。
「ハァ・・ハァ・・・お・お小遣いは、期待していいからね・・♪」
男の表情に野性的なぎらつきが張り付くのを、はっきりと見てしまったからだ。


         ▽         ▽         ▽


――ガシャアアアアアア・・・・!

時折聞こえてくる電車の音も、今の魔里亞には別世界のものでしかない。
轟音が過ぎ去ったあとにやってくる静寂の中、かすかに響いている小さなメロディ。
2つの吐息。
2つの声。
肉が跳ねる音。
水っぽい摩擦音。
それだけが、この世界の音なのだ。

――ジュッジュッジュッジュッ・・
「ん・・・・っあ、くぅン・・・」
便器に座った男の上、抱きつくようなポーズで蠢く魔里亞の姿があった。
前をはだけたブラウスの中、上品なスカイブルーのブラジャーはずり上げられ、形のいい胸が露になっている。
両の乳首は何かの液体に濡れており、その周辺には甘噛みの跡がわずかに残る。
素肌を晒す男の太ももにかかるミニスカートの下では、緩やかな生殖行為が今も続けられていた。

「君の中、とっても暖かいよ・・ずっとこうしていたい・・」
「・・・・・っ」
それは、まるで恋人同士の甘い行為のようにも見える。
魔里亞は決してこの男に特別な感情など持っていないが、だからといって要求を拒絶する権利も、また持ってはいない。
この場合、拒絶しないという事は即ち受容の意ととれるので、そう見えてしまうのだ。
また、この行為は魔里亞にとってはまだ3度目だが、既に股間の痛みはなく、正常にその刺激を快楽として捉えられるようになっている事もそれを手伝っている。

「こんなに大人しいのに、こんなにエッチだなんて・・君は本当に・・」
そこで、ふと男の動きが止まる。
何かを思いついたようだった。
「そうだ。ねえ、名前なんていうのかな?」
「・・ぇ?」
「イク時に、君の名前を呼びたいんだ」
「ぁ・・・ぇと・・魔里亞・・・・真壁魔里亞です・・・」
人に名を教える時、魔里亞は決まって小声になる。
生まれた時に決められたものなので仕方なく名乗ってはいるが、魔里亞は自分の名前が大嫌いだった。

「へぇ・・マリアちゃんか。清純そうでいい名前だね」
「いえ・・全然そんな事ありませんよ・・」
「・・ん?」
「・・だって、マリアの『マ』って、漢字だと悪魔の『魔』って書くんです・・」
「う・・嘘だぁ〜??」
毎回、相手は最初、皆同じ反応をする。
だから、魔里亞の対処も毎回同じだった。

「・・・・・・」

胸ポケットから取り出された魔里亞の生徒手帳を見て、さすがの男も唖然としていた。
『どこの世界に、可愛い我が子に『魔』と名づける親がいるのか?』
それは身近にそんな親を持つ魔里亞にとってですら、未だ永遠の謎なのだ。
何度か、両親にそれを問い質そうとした事もあるが、返って来る返答はいつも支離滅裂な答えだけだった。

「ま、まぁさ・・でも僕はどうあれ、魔里亞ちゃんが大好きだよ」
「・・・・・・」
とどめに、相手がフォローを入れ、魔里亞がそれに微妙な笑顔で返すのも毎回同じだ。
男は止めていた腰を再び動かし始める。
体位的に下からはほとんど動く事ができないが、それでもすぐ目の前にいる魔里亞の可憐な姿を見ているだけで、男は至高の娼姫を抱いているようなうっとりとした気分になれるのだ。
だが、この微弱な官能は、魔里亞にとっては逆に焦らしそのものだった。
魔里亞は電車の中から延々と責め続けられてはいるものの、まだ一度もイッていないのだ。
今、酷く敏感になった女の肉体は、間違いなく『それ』を求めている。

「・・・ん・・・・ん・・・・っ」
下半身からは、脳へ向けてひっきりなしに要求の信号が送られる。
だが、それを口に出す事ができないのが魔里亞だった。
つい先程、それ以上に恥ずかしい事を口にしていたが、それは『命の危険を回避するため』という必然性が存在したから。
魔里亞は、必然性がないと行動に踏み切れない自分の性格を恨めしく思うのだった。

「あれ?」
「・・・?」
「もしかして、もうそろそろイキたいのかな?」
「・・・っ!」
自分の胸の内を見透かしたような男の発言に、魔里亞はドキリとする。
だが、実際は何の事もない。
限りない欲求が、魔里亞の表情に無意識に出ていただけだ。

「・・ハハ・・そうなんだろう?」
「・・・・・・」
逃げられない至近からの追求。
魔里亞に与えられたのは数秒の猶予のみ。
そこに続く答えは1つしかなかった。
結局、魔里亞はゆっくりと目を逸らすと、やがて小さく頷く。

「じゃあ、この便器の蓋の上に上半身を乗せて、お尻を上げてごらん?」
「・・・・・・」
おずおずとそれに従う魔里亞だが、本心ではもう待ちきれなかった。
全主導権を男に許し、めちゃめちゃに突きまくって欲しかった。
無言を通す事すら今の魔里亞には苦しみだった。
だが、男はまたもそれを見透かしたかのように続ける。

「そして、次はその可愛いお尻を振り振りしながらこう言うんだ。『魔里亞をイカせて下さい』ってね♪」
まるで催眠術の暗示のよう。
その言葉に魔里亞の胸のドキドキは一気に勢いを増してゆく。
これこそ魔里亞の求めるもの、『必然性』なのだ。

「・・・・・・」
(そうよ・・これは自分の意思じゃない・・この人に要求されたからよ・・)
思うが早いか、魔里亞は妖しく腰をくねらせると秘めた想いを口にしていた。

「ま、魔里亞をイカせて下さい・・」

「フフフ・・よーし、よく言えたね。じゃあ、さっそ・・」
魔里亞から要求通りの言葉を引き出せて、男はすっかりいい気分。
早速、行為に入ろうとするが、魔里亞の言葉にはまだ続きがあった。
ここまで不満と欲求を溜めに溜めてきた理性の堤防。
そこに先程の男の言葉がひびを入れた。
ギシギシと悲鳴を上げていたところに亀裂が入れば、もう決壊は火を見るより明らかであった。

「・・だって、さっきからずっと焦らされるんだもんっ・・私、もう気が変になりそうなんです・・お願いです・・早く、早くめちゃめちゃにして下さい・・っっ!」

魔里亞の口を突いて出たのは、とても先週まで処女だったとは思えない言葉。
まるでそれは虐めに耐えかねた時のよう。
感情が爆発し、声が震え、涙が溢れ出す。

「ごめんよ、魔里亞ちゃん・・今すぐ気持ちよくしてあげるからね・・!」
牡を求めて涙を流す魔里亞の姿に、男の本能もすぐに誘爆を起こす。
もう、あとは雪崩れ込むだけだった。


――――ガシャアアアアアア・・・


――パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!!
何かが遠くを通り過ぎる音も、すぐに肉の爆ぜる音に呑まれて逃げてゆく。

隔離空間と化したこの密室の中には、ムァッとするような男と女の匂いが立ち込め、それがまた元の便所の匂いとも混ざり、何ともいえない淫靡な空気を作り出していた。

「はっ・・ん・あんっあんっあんっあぁンっ・・!」
股間から流れ込んでくる官能の塊は、くぃっと反らした背筋を伝い、魔里亞の全身を振るわせる。
強張った手で必死に便器にしがみつき、男の腰を健気なまでに一生懸命受け止める。
涙で歪む視界に映る壁の落書き。
そこに描かれた下品な男性器と女性器のイラストは、何故か魔里亞に優越感にも似た悦びを与える。
先週も味合わされた、自分の中の全てが壊れていく感覚。
しかし、今は何故かそれが心地よく、魔里亞は声を上げて喘ぐ。

「ハァ・・ハァ・・・うぉぉっ・・魔里亞ちゃんのオマンコすごいよ・・ヌルヌルして、深くて・・全身を呑み込まれているようだ・・っ」
「・・はンっ!・・もっと、気持ちよくなって・・下さい・・・もっと、気持ちよくして・・くだ・・さい・・・っ」
激しい行為を続ける魔里亞と男。
そこには通い合う愛こそないが、2人が同じものを求めているという事だけは確かだ。
それは一方的なレイプでも、愛のあるセックスでも、生殖目的の交尾でもなく、ただただ純粋な男女の愉悦のダンスだった。

「・・っま・・魔里亞・・ちゃん・・・・!」
男が腹の奥底から絞り出したその一言に、魔里亞はとうとう射精が近づいている事を知る。
じわりと汗をかいた尻はギリリと掻き分けられ、無防備となった女肉に男の肉が吸い寄せられる。
男と女の歓喜が交差する場所は、微妙にその摩擦音を変え、衝突のたびに透明な雫を散らしている。

――パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!!
「はっ・はっ・はっ・はっ・・・」
熱い吐息が魔里亞の意識を焦がす。
意識はショートし始め、上も下も、制御が利かなくなった口から涎を溢れさせている。
肩越しに男を見上げる魔里亞は、流し目気味の眼差しで、全てを受容する事を改めて伝えた。

「よし・・・イクよ・・・魔里亞ちゃんの中に、熱い一発をキメてあげるからね・・っ!」
「はっ・・・・・はぃ・・・はぃ・・っ!!」
魔里亞の頭の中では、まるでビデオが早送りされているかのように、全ての思考が高速で流れている。
そして、早送りされ続けたビデオテープがやがてそうなるかのように・・


――ものすごい勢いで、終焉を迎える。


「くっ!でぇ、出るぅ・・・・・・ま・魔里亞ちゃぁぁん・・ッ!」

――ビュッ!ビュクッ!ビュクビュクッッ!!

「くはっ・・・や・・やぁッ・・・イ、イク・・・・イクぅぅぅぅぅぅぅ――ッッ!!」


魔里亞は激しい絶頂を向かえ、全身を小さく痙攣させる。
そして、やがて耳に戻ってくる電車の音を聞きながら、しばし官能の余韻に浸るのだった――


         ▽         ▽         ▽


――ガタンゴトン・・

電車の走行音はやはり同じリズムを刻んでいる。
無名里での行為を終えて2度目の帰途についた魔里亞は、人もまばらな中、シートに腰掛けて静かに電車に揺られていた。
力なくうなだれた彼女の右腕の時計は、既に午後11時半になっていた。

「・・・・・・」
今の魔里亞は、焦点の合わない目をゆっくりと泳がせるだけの存在だった。
頭の中には様々な困惑が、ゆらゆらと波打ちながら流れている。
しかも、それはどれも真面目に向き合いたくないものばかり。
魔里亞はぼーっとする他なかった。

(あぁ・・・さっきのセックス・・気持ちよかったな・・・)
もしいつもの半分でも理性があるなら、絶対に出てこない無言の呟き。
結局、先程の眼鏡のサラリーマンとは3回戦をこなした。
魔里亞はその全てを直接子宮で受け止め、まるで発情した牝猫のように鳴き狂った。
妊娠の恐怖はあったが、それに逆らう術がない以上、男と一緒になって楽しむしかなかったのだ。

(・・このお金、どうしよう・・・)
魔里亞のブラウスの胸ポケットには、1万円札が10枚ほど突っ込まれていた。
行為のあと、男がお小遣いという名目で魔里亞に手渡したものだ。
これは一応、肉体労働で稼いだお金・・といえなくもない。
だが、それは魔里亞にとって、決して気持ちのいいものではなかった。
これは完全な売春行為だからだ。

(・・・もう私、最悪だ・・・)
グチャグチャに混ざり合った感情は、やがて涙を呼び寄せる。
それが何によるものなのかすら認識できないまま、魔里亞はしばし泣いた。
そして、そのままうとうとと眠気に誘われていくのだった――


         ▽         ▽         ▽


魔里亞は暗い世界の中にいた。
取り巻く空気は硬くて重く、まるで何かの液体の中にいるような感じもある。
ここが夢の中だという事は認識していたが、それ以上にこの夢が気になっていた。
いや、この夢の中にいるであろう存在こそ、今の魔里亞が最も気になる相手なのだ。

「・・いるんでしょう?」

呼ぶ。
『姿は見えずとも、相手は近くにいる』
魔里亞の直感が、そう告げているのだ。

《――うん》

返事はすぐに戻ってきた。
周り全てから収束して聞こえてくるような声は、その主の位置を魔里亞に悟らせない。

《うふふ、お疲れ様。さっきのセックス、とってもよかったわよ》
(・・・えっ?)

相手の言葉遣いに違和感。
明らかな女言葉だ。
それにいつもより鮮明に聞こえるここでは、確かにその声は女性――いや、もっと小さい女の子のものだと認識できる。

「女の子・・・なの?」
《うん》
「いや・・それより、貴方は・・誰なの?」
《うふふ――クリスよ》
「名前じゃなくって・・その、貴方の存在っていうか・・」
《――知りたい?》
「うん・・・・知りたい」
《じゃあ、そこで今すぐオナニーしてくれたら教えてあげる》
「・・・えっ」
《あはは・・うそうそっ☆それでセックスの回数減らしちゃったら、こっちは死活問題だもの》
相手を掌の上でコロコロと思うままに転がし、楽しんでいるようなその話術。
クリスと名乗る幼き嘲笑者は、一向に姿を見せようとはしない。
だが、最後の言葉だけは魔里亞にも妙に気がかりだった。

「どういう意味?」
《ん?クリスはね。男の精液を食べて育っているの》
「そ・・それもどういう意味よっ?」
《ん?そうだなぁ〜・・じゃあ・・ここが、どこだかわかる?》
「え・・・・わ、わからないわっ、どこなのよっ?!」
《ん〜・・全部それぇ?もう少し頭使おうよ・・》
クリスは一向に核心に触れないまま、悪戯な言葉で魔里亞を翻弄する。
しかし正直なところ、魔里亞の中には、ここまでの会話から、既に1つの推測は浮かんでいたのだ。

・魔里亞がオナニーしてセックスの回数が減ったら、クリスは死活問題。
・クリスは男の精液を食べて『育って』いる。
・クリスは『ここ』にいる。
・そして、先程のセックスの際、クリスは男に膣内射精を促すように魔里亞に指示をした。

ヒントは十分すぎるほど揃っている。
ここから導き出される答えは1つだった。

「・・・ま、まさか、貴方・・・」

《クスクス・・・きゃははははははっ☆》
とうとう感情が抑えきれなくなったのか、クリスはけたたましく笑い始める。
そして、それと共に夢から覚めていく感覚が、魔里亞とクリスの距離をすごい早さで広げていった。

「ちょ・・ちょっと待って!」
《うふふ・・これからもクリスのために、いろんな男といっぱいいっぱいセックスしてもらうからね――》

否応なしに、魔里亞は闇の空間から光の空間へと引き戻されてゆく。
そして、ちょうどその狭間。
意識の果てで、魔里亞は確かにクリスがこう言ったのを聞いていた。


《――マ・マ☆》


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