ズーン大陸の辺境に位置する魔法都市国家・ヴワル。
清らかな聖水湛える湖畔に建設された巨大図書館には大陸中の書物と叡智が集い、王宮でもある図書館を中心に城下町が広がる。
図書館内の受付室(大国の王宮広場より広い)には司書(この国の大臣・行政官でもある)や学問好きな民衆まで数百人もの人々が、館長の登場を待ちわびている。
今日はヴワル大魔法図書館の館長にして王女、パチェルート姫15歳の誕生祭であった。

見渡す限り積まれた書物の中心に、美少女が静かに歩み佇む。
ざわめきが静寂に変わり…ふたたびささめきが広がる。
メイド妖精A「ざわざわ…おおパチェルート様…しばし見ぬ間にますますお美しくなられて」
メイド妖精B「ひそひそ…普段書庫の奥に籠っておられて滅多にお目にかかれぬからな」
メイド妖精C「どよどよ…姫様、ああ…なんとお美しい…」

知識と本と魔法を好む、この国の民全てと大陸中に、書物よりも愛されている美少女。
腰まで届く、清らかに流れる紫紺の長髪。穢れなきアメジストのように澄んだ知性の瞳。
『本と知識と日陰の姫』と讃えられる可憐さ。
『動かない大図書館』の称号を持つ稀代の魔術師であり、深き智慧と大陸の平和を願う慈愛、知識の護り手としての責任感。
一見病弱で儚げな美貌には、そんな内面の強き意志と気高さがあり、国民からの絶大な人気の所以であろう。
極上の魔法生地を用い妖精職人が編みあげたネグリジェのようなドレスが、月明かりのように白い肌を包む。
ナイトキャップのような帽子に三日月をあしらった髪飾りが愛らしい。
王女でありながら華美な装飾は一切無いが、無垢な美少女には不要であろう。
清らかな身をゆったりと包むドレスの上からでも僅かに膨らみが見てとれるプロポーションは、まだ幼さを残すとはいえ魅力に溢れていた。
膨大な本を背に、可憐な美少女が民衆に語りかける。

「今日は私を祝ってくださり、とても嬉しく思います。これからも国の繁栄と知識の発展のため、そして大陸の平和を願い、尽力してゆきます。
まだ至らぬ館長ですが…皆、私に大切な知識を博愛を分けてください!
私パチェルートは本と知識と平和そして皆様の幸せを、心より願っております」

知性と慈愛溢れる、凛とした美声。その余韻に民たちの時が止まる。本のページをめくる音が聞こえそうな刹那の静謐、そして…
「うおぉおぉぉぉパチェルート王女、ばんざーーーい!!!」
「我らが魔法図書館館長に本と知識と幸あれ!!!」
「うおおーー姫様オレだーーー結婚してく…ウボァー!?(ピチューン)」
鳴りやまぬ歓声と称賛と拍手(一部ヘンなのも居るが)に国中の本が震える。
パチェルートは本と世界の平和を守ろうと、かたく心に誓うのだった。

――大魔法図書館最深部、パチェルート姫の部屋。
「ふぅ…人の前に出るのは苦手なのよね。疲れたわ」
「お疲れ様です。そしておめでとうございます。お見事でしたよ、館長」
溜息をつくパチェルートを優しく気遣う少女。
「ありがとう、ココア。ふふ、二人きりの時は、館長でなくても良いわよ?」
「はい。そうでしたね…パチェ様」
王女に絶対の忠誠を示しつつも親しみと敬愛を抱く美少女、ココア。
スレンダーな身体に腰まで伸ばした赤い長髪、深紅の瞳。
年はパチェルートより1つ下でありながら、姫に次ぐ魔力と知識を持ち、筆頭司書を任される、ヴワルきっての才女。
パチェルートにとって無二の親友であり、最も頼れる補佐官であり、妹のように可愛い存在であった。
ココアの前でなら、本音を言える。
「私は今日、皆に繁栄と平和を誓ったわ。でも…あの男のせいで…」
慈愛と思慮に溢れる瞳が憂いで曇る。

「パチェ様。御心労の原因は、魔王、ですね?」
静かに頷く、パチェルート。
魔王ミストレイン。邪悪な野望と強大な魔力と火力を有し、近年ズーン大陸中に侵略の魔の手を伸ばしつつある、悪の魔術師。
既に宗教国家セイレーンや軍事国家モーリヤ帝国、聖徳公国ら列強の一部が魔王の軍門に下り、その脅威はヴワル魔法図書館にも迫っていた。

「ココア、私は…争いは嫌だわ。だから何度も彼を説得しようと書状を送った。でも、甘かったのかしら?」
「パチェ様…いいえ。姫様の優しさと気高き想いは決して間違ってはおりません!」
「ココア…ありがとう。でも、私は…責任を放棄していただけかも知れない。全てをあの方に任せて、私は何をしていたの?」
「パチェ様…姫、いや館長には館長の為すべき事がございます。魔王討伐は、勇者様のお仕事なのでしょう?」
責任感の強い主を庇う、ココア。そんなココアそして勇者の存在が、パチェルートに希望を与えた。
「勇者…ええ、そうね。レミィなら、彼ならば、きっと…」
勇者を語るパチェルートの頬はほんのりと紅潮し、恋する乙女の瞳に少女らしい愛らしさが宿る。
「はい姫様!勇者様…レミリオ様がおられますよ!あのお方なら魔王なんてやっつけちゃいますよ!」
「ええ、そうね。ふふっ…」
子どもっぽく興奮する妹分を微笑ましく思いつつ、名君パチェルートの聡い知性は今後の対応を模索するのだった。

――魔法都市国家ヴワルの同盟国・スカーレット王国の王子レミリオが勇者として魔王ミストレイン討伐に旅立ち数ヶ月。
パチェルートは相変わらず図書館に籠り、国政と外交を完璧に采配しつつ、魔術結界の強化や魔導符術スペルカードの開発など、魔術師として魔王に抵抗する準備を進めていた。
「パチェ様、あまり根を詰められては、お体にさわります…」
「ありがとうココア。私は平気です。もう、時が無いの…私が、この世界を守らないと…」
「パチェ様…」


そして運命の日…

恋符「魔星素破悪(マスタースパーク)!!!」
キィィィンドゴゴゴゴォォン!!!

魔法都市を護る守護結界が、禍々しい魔力の奔流に切り裂かれる。
魔王の放った超極太レーザーの圧倒的な火力に湖が二つに割れ、結界で減衰されて尚、街を破壊し人々は恐怖に逃げ惑うのみ。
武装司書(メイド妖精D〜G)「てっ、敵襲ーーっ!まっ魔王ミストレイン、侵攻…ウボァー!」
ピチューンピチューンピチュューン。兵たちは応戦するもあえなく瞬殺され、アッという間に壊滅してしまった。

「ぜーっぜっぜっぜっ!(笑い声です)名高き魔法図書館も俺様にかかれば脆いんだぜ!
さあ闇の軍勢よ、全ての本とマジックアイテムと女どもを奪い尽くすんだぜぇぇ!」
魔王の号令で、万を超える悪の軍団が千人に満たない小国を蹂躙する。

「魔王…ミストレイン!なんて酷い事を…っ」
遠見の魔法で水晶球に映し出された惨状に、心優しき王女の瞳から、つ…と涙が零れる。
「姫様…どうか、お逃げください!」
震えながらも主君を逃がそうとするココアだったが。
「ココア…私は、逃げない」
「姫様!?」

「私はこの世界の平和を、本を愛しているわ。
だから魔法図書館館長として、王女として、私は世界を守らねばならないの」
「姫様…」
「私は皆を…貴女を…守りたい…いいえ!きっと、守ってみせる!」
穢れなき紫紺の瞳に、強き決意。
「パチェ様…わかりました。私も、私も微力ですが、パチェ様のお力になりたいです!
私は筆頭司書として、民たちを無事に逃がしましょう」
「…ありがとう、嬉しいわ、ココア」
「パチェ様…どうか…どうか…御無事で…っ」
抱き合う美少女たちを見守るは、永きに集う膨大な蔵書のみであった。


――燃えさかる街。
魔王の軍勢に蹂躙される人々。
「ぜーっぜっぜっぜっ!燃えろ燃えろォォ全て破壊し尽くすのぜ!
…おっと、王女パチェルートだけは生け捕って俺様の前に連れて来るんだぜぇぇ!
もう逃げてるかぁ?面倒だ、見つけるまでゴミ共は全殺しだぜ?ぜーっぜっぜっぜっ!」


「そこまでよ!!!」


「ぜぜっ!?」
凛とした美声に魔王とその配下どもが振り向く。
「魔王ミストレイン!何故、本と平和を愛する罪なき人々を苦しめるのです!
ヴワル大魔法図書館館長・パチェルートの名に於いて命ずる!ただちに蛮行を止めよ!」
小国を蹂躙する圧倒的な闇の軍勢全てが、可憐な美少女一人に、気圧されていた。
吹けば消し飛びそうな王女の全身から正義の怒りと膨大な魔力が迸る。
本と知識の守護者。
『動かない大図書館』の異名を取る大賢者は今、悲壮な決意を込めて、魔王と対峙するのだった。

つづく!


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