1 光をまとう聖なる巫女


 
死霊の森・・いつからかそう呼ばれる、瘴気の漂う森がある。
そして世が乱れ、国中に邪気が満ちている今、その森に異変が起きていた。
死霊の森の近隣の村々から年頃の娘たちが次々と姿を消したかと思えば、夜な夜な森から行方知れずの娘たちの声が聞こえるというのだ。その真相を確かめるべく森に入っていった男たちは誰一人として戻っては来ないのである。

この事態を人にあらざる者の仕業ではないかと見た村長たちは、名高き巫女に力を借りることにした。その巫女とは、まだ幼いが氷の精霊の力を使う少女、リムルルであった。
出立の朝・・
「じゃあ行ってくるね、ねえ様」
リムルルは姉のナコルルに挨拶をした。
「充分に気をつけるのよ。無理はしないでね・・」
ナコルルは心配そうに妹を見送った。自分が行ければ良いのだが日本各地で似たような事件が起きている今、村一番の剣士でもあるナコルルまでもが自分の村を離れるわけにはいかなかったのだ。
(どうか無事に戻ってきて・・)
だがその祈りもむなしく、ほかの娘たちと同様に、リムルルも戻ってくることはなかった。
そしてナコルルが自ら森へ入ることになった。
「これはよほどの事態じゃ・・ナコルル、そなたには聖巫女の禊を受けていってもらう・・これで邪に対する力が上がる・・そなたには万に一つもあってはならんからな・・」
長老であり自分の祖母でもある大ババ様とともに、儀式のためナコルルは一昼夜堂にこもった。そして満月の夜、堂の扉が開き、巫女の装束に身を包んだ少女が皆の前に姿を現した。



「みんな、心配しないで。私は必ず娘さんたちを連れて帰るわ!絶対に負けたりしないから・・!」

 涼やかな、それでいて父親譲りの威厳をのぞかせる凛とした美声が人々の胸に響く。毅然とした凛々しい美しき巫女を皆、尊敬の念を込め、『大自然の白き巫女』と讃えていた。
 剣士としての腕も超一流で、愛刀チチウシをふるうその姿は天女の舞と称しても差し支えないような華麗さである。
巫女としての使命を受け、決して揺るがぬ正義の心と卓越した剣技でこれまで多くの化け物を封じてきたのだ。神聖な光をまとい、清らかな輝きを放つ『神に愛されし聖なる乙女』。集まったものは皆、この少女ならばきっとこの事件を解決してくれると信じていた。

***

ナコルルは死霊の森を奥深く進んでいった。
(リムルル・・どこにいるの・・?)

妹の安否が不安で、胸を裂かれそうな思いに駆られながらも注意深く森を歩く。
そして、恐らく森の中心辺り・・瘴気の濃度が一段と濃い場所に出た。
(なんて瘴気・・ここにいるだけで胸が苦しくなってくるわ・・それに、この異様な気配は・・?)
なにかの気を感じ、刀の柄に手を掛け、あたりを見渡す。
「ククク・・また獲物がきたか・・ほぉ、これはこれは・・今までで一番の上物・・しかもとびきりの・・!」
禍禍しい声が響いたかと思うと、地面からせり出てくる人影・・2メートルはある大男、しかしその容貌は人には程遠く、鬼のような醜悪な顔。さらにその体からは、ウネウネとうごめく何本もの触手が生えている。
「私はアイヌの戦士、ナコルル!一連の事件の犯人はお前ね・・!いったい何者!?」
異形の化け物と対峙し、毅然とした態度を崩すことなく身構えるナコルル。
決意の光が宿る瞳で睨みつける。その表情には気高き聖巫女の誇りが見える。
「わしは異世界・・地獄の邪鬼様よ・・!こんな上玉がノコノコとわしの餌食になりに自ら来てくれるとは、この前の娘といい・・全く良いところだわい。グフフフ・
・!」
「なっなんですって!じゃあ妹は、リムルルは・・!」
邪鬼の言葉に色をなすナコルル。
「フン、あの娘は貴様の妹か。いかにも、なかなか旨かったぞ。ギヒヒ・・姉の味も賞味できるとは。それにその衣装は聖巫女のものか。巫女というのはまた格別の味わいだからなぁ・・!」
「おのれ!お前を許すわけにはいかない!この命に代えてもお前を倒し妹を・・みんなを救ってみせる!覚悟しろ、邪鬼め!」
ザンッ!
一陣の風となった美少女剣士の鋭い斬撃が邪鬼の横腹を深くえぐる。
「グオォッ!な、なんという速さ・・!おのれぇっ!」
だが邪鬼が次に少女の姿を見とめた時には、ナコルルはすでに間合いに入っていた。
「トドメだ!タアァッ!!」
全速力のダッシュで、相手とすれ違いざま、気合とともに刀をふるう。手に残る確かな手応えと、邪鬼の断末魔の叫びを背中で聞き、ナコルルは刀を収めた。
「ふぅ・・さあ、急いでみんなを探さないと・・!」
ナコルルが勝利を確信し、その場を去ろうとしたその瞬間・・

ズドッ!!

「きゃあああっ!」

なにかが背中にぶつかった強い衝撃。ナコルルは思わず膝をつく。振り向くと、息絶えたはずの邪鬼の体から生えている触手の数本が自分に向かって伸びている。
「あぐぅ・・っ、し、仕留めたハズなのに。なっなぜ・・」
衝撃で体を動かせず、うずくまる聖巫女をよそに、邪鬼が立ち上がった。
「グフフ・・この瘴気の中であれほど動けるとは確かに並みの腕ではないな。なるほど、これまでワシの部下達を葬ってきたのは貴様だな・・!だが、所詮ワシの敵ではないわ!」
(そ、そんな・・あれでも無傷だなんて・・)
ナコルルの表情が恐怖でわずかに曇る。その時、自分の背中に取り付いた触手から受ける感触が異様なものに変わったのを感じ、ナコルルが声を上げる。
「あぁっ!?な、何・・この感じ。まさか・ひ、皮膚と・・同化してる!?」
「ハッハッハ!その通りだ!この触手は相手の体に入りこみ、神経を侵し、その結果このワシの意のままになる操り人形と化すのだ!」
邪鬼の言葉に少女の美しいおもざしがサッと青ざめる。グジュグジュと自分の体に入りこむおぞましい感覚に気を失いそうになる。だが、ナコルルはその驚異的な精神力で邪鬼の支配に抗う。
「フン、たいした小娘だ。これでは完全な支配はできん。体の自由を奪うくらいか・・さすがは噂に名高い聖なる巫女、というわけか」
「くうぅ・・お、お前の思い通りになど、なるものか!はっ・・はぁっ・・」
ナコルルは荒い息をはきながらも、必死で自分を保とうと花びらのような可憐な唇をかみしめ、健気な抵抗を見せる。
(そ、そうよ・・ここで負けるわけにはいかない・・くくぅっ・・!リムルル・・待ってて!必ず姉さんが助けてあげるから!)
大事な妹を、行方不明の人たちを救うため、気高き心に正義の炎を灯し、『大自然の白き巫女』と謳われた清らかな乙女は、神聖な輝きを宿す瞳でキッと邪鬼を睨みつける。
だが邪鬼はニヤニヤと薄笑いを浮かべ、美しい乙女の体を舐めるように見ているだけだ。
(この状況においてなお高潔さを失わんとは・・こんな極上の獲物は滅多にない・・。存分に泣き喚いて楽しませてもらうとするか・・ククック!)
邪鬼の目がギラリと光る。聖なる乙女に襲い掛かる残酷な運命の扉が今、開かれようとしていた・・。


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