第一章「Axia・山賊団のお宝」
「火炎球(ファイアー・ボール)っ!」
人里離れた山奥に、少女の声が響く。それに続いて・・・・・・。
づごぉーーーん!
「のわあぁぁぁぁぁ!」
爆発音と、吹き飛ばされた男たちの悲鳴が木霊になって響き渡る。
黒焦げになって辺り一面に散らばっている、人相の悪い男たち。オレンジ色の髪と瞳を持つ少女が、うめき声を上げているその中の一人の頭を、容赦なくブーツで踏みつける。
その身なりは、黒マントに黒バンダナ、ショルダーガードにショートソードという典型的な旅の魔道士のものだ。
「て、てめえ、俺たちがこの峠を牛耳る山賊団『地獄のカマドウマ』だと知ってて、こんな舐めた真似をやってやがるのか?」
「知らないわよ、そんな超ローカル悪党。あたしはあんた達の親玉が持ってる魔道書に用があるだけ、判る?」
男の必死の虚勢を一蹴すると、少女はさらに、げしげし、と、男の頭を地面にめり込ませる。
「ひ、ひでぇ・・・。俺たち山賊の上前を撥ねようって言うのかよ!」
「なに言ってんの。昔から言うじゃない。悪党に人権はない、って」
その少女の言葉に、男の顔から血の気が失せ、脂汗が滝のように流れ出す。
「あ、あの、一つお伺いしますが、その、あ、あなた様はもしや、あの、リナ・インバース様では・・・」
男の言葉の最後の方は、ガチガチという歯の鳴る音にかき消され、ほとんど聞き取れなかった。
「あら、もうこの辺でも、あたしの名前、知れ渡ってるんだ・・・」
リナの返事に、辺りに転がっている山賊たちから絶望の悲鳴が上がる。
「ひっ、ひいいっ! あの『盗賊殺し(ロバーズ・キラー)』のリナぁっ!」
「もうダメだぁ! 俺たちゃ、ケツの毛まで全部ひん剥かれて、骨の髄までしゃぶられるんだ!」
「お母さん、ゴメンなさい! ボク、これから、いい子になります! だ、だから命ばかりは!」
「外野、五月蝿いわよ! 火炎球(ファイアー・ボール)!」
ちゅどぉぉぉーーん!
「のっひゃあああーーーっ!」
爆発に吹き飛ばされた男たちの悲鳴が、谷底深くに消えていく。
「さて、話の続きね。あるんでしょ、『外道の書』? 隠すと為になんないわよ!」
「へい、へい、へいぃぃっ! ございますぅ!」
頭を踏みつけられたままで首をぶんぶんと縦に振るものだから、男の頭は血塗れになって半分ぐらい地面に埋もれていく。
「その名前は聞いた事があります。で、でも、今日は、お頭が留守なんで、どれか判らないんです。その・・・俺たちは字が読めないんで・・・」
「なによ、面倒ねえ。まあ、いいわ。じゃ、お宝部屋へ案内しなさい。あるんでしょ、一応そういう物が・・・」
リナに尻を蹴飛ばされながら、男は、自分たちがねぐらにしている洞窟を奥へと進んでいく。自然の洞窟は、しばらく歩いていくうちに、その途中から、四方の壁を綺麗に整えられた、人工のものに姿を変えていった。
「これ、魔法で仕上げたもんよねぇ。ゴーレムを造ったりする術を応用したものみたいだけど・・・」
「はあ、お頭が仕上げて下さったんでさあ」
「ふうん、あんた達のお頭って、それなりに魔法使えるんだ」
「ええ。なんでも、どこかの街の魔道士協会で、長らく副議長をなさってたそうです。ところが、議長でもあった親父さんがお亡くなりになると、権力抗争の卑劣な罠によって無実の罪を着せられ、副議長の座どころか、魔道士協会からも追われる事になったそうで・・・」
「卑劣な罠ってどんな? 無実の罪って言うのも気になるわねえ・・・」
「いや、それが、その話になると、お頭、急に機嫌が悪くなるもんで、俺たちにもさっぱり・・・」
「・・・あー、そりゃ、アレだわ。親父さんが議長なのをいい事に、横領やら収賄やら、やりたい放題やってたんじゃないの? で、議長が代わって旧悪が露呈、結果、魔道士協会追放、ってとこかな。良くあるのよ、そういう話」
「ああ、なるほど!」
男は、ぽん、と手を打つと、初めて得心のいった顔になった。どうにも威厳も信用もないお頭のようである。
「で、人生の裏街道を歩むことになって、挙句に山賊団を結成することになった、と・・・」
「いや、お頭は元々、先代のお頭の片腕だったんでさ。先代ってのが、どうにも、魔道士という仕事に、憧れを持っておられましてね。で、どこからか、今のお頭をスカウトしてきて補佐役に抜擢、その挙句に、遺言で、今のお頭に団を譲るって言い遺されたもんですから・・・」
「どうにもこうにも、他人の七光りって奴に頼りきりの人生だわねえ、そりゃ。そんな奴がお頭じゃあ、あんたたちも大変ねえ」
「まあ、先代にはいろいろお世話になったもんで・・・。それなのに、今のお頭ときたら、自分はほとんど働かないで、部屋にこもって魔道書の研究ばかり。俺たちの稼ぎで、ばか高い魔道書や珍しい魔法薬を買い込んだりするもんだから、仲間も山賊の仕事に嫌気がさして、次々堅気になっちまうし・・・」
そう言うと、涙目になった男は大きく鼻をすすった。(いやいや、それはそれで、犯罪者が減って善い事なんじゃないのか?)
「あ! もしかして、今日留守にしてるのも?」
「へえ、遠くの町で古書市が立つってんで、金貨ごっそり持ち出して行っちまったんで。ああ、ここです。この扉の向こうが・・・」
男が扉を開けると、そこは思ったよりも広い空間になっていた。おそらくかつては、それなりの量のお宝が部屋を埋めていたのだろうが、今やそれに変わって壁一面を埋め尽くしているのは、古今東西の魔法書。
だが・・・。
「んー、やっぱ前言撤回。あんた達のお頭、魔道士としても二流以下だわ。何よ、このゴミの山!」
そこに並ぶ魔道書の大半は、信憑性のない写本や形だけの偽書、装丁だけは立派だが内容は初心者用の基本魔道書ばかり。
術式の勉強はともかく、彼らのお頭の、こういう物を見る鑑定眼は全く鍛えられていなかったようだ。しかし、その中に一冊だけ、やたら立派な箱に収められた年代物の写本が恭しく飾ってあった。
「これね。『外道の書』・・・」
リナはそれを慎重に箱から取り出すと、ほとんど消えかけている表紙の文字を読み解く。
間違いない。遥か古に消え去った王国の文字で書かれたその写本こそ、リナがうわさを聞きつけ捜し求めていた『外道の書』という稀書だった。
「じゃ、これ、貰ってくわね。あー、それと・・・」
リナは傍らの宝石箱も小脇に抱え込んだ。
「こいつもついでに貰ってくわ。じゃ、ね!」
「えええーっ! ついでにって、そ、そりゃないっすよ、姐さん! 魔道書だけだって言ってたじゃないっすか!」
「んー、まあ、おまけと言うか、行きがけの駄賃というか、良いじゃん、これくらい!」
「これくらい、って、俺たちにとっちゃ虎の子ですよ! さっきは同情までしてくだすったのに、あんまりでさ」
「あれはあれ、これはこれ、よ。最初に言ったでしょ、悪党に人権はない、って」
「そ、そんなあぁっ!」
三発目の火炎球(ファイアー・ボール)の爆音が洞窟に木霊する。黒い煙を吐き出す洞窟を後に、目的のお宝を手に入れたリナは、意気揚々、宿を取った、ふもとの街へ帰っていった。
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