第二章「BlackMagic・禁断の魔法」


「うっわ、何コレ! 超おゲレツじゃん! ほんと、名前に恥じない写本ね、こいつは・・・」

山賊から奪った宝石で、豪勢かつ大量の夕食を済ませると、リナは早速、部屋のベッドに寝転んで『外道の書』の読解に取り掛かった。



『外道の書』

それは遥か昔に滅び去った王国で、ある特殊な目的のために開発された魔法を記載した、貴重な写本の通り名だ。

正式な名称を「後宮女官房中魔道手本」というこの写本のオリジナルには、その名の示す通り、後宮で国王が「女性とのお楽しみ」のために用いたさまざまな魔法の術式が列記されている。

ただ、この手のいわば「裏モノ魔法」とでも呼ぶべき男性向け秘法の魔道書は、実は、どの王国、どの王室にも意外とよくある類の魔道書なので、本来はそれほど特殊なもの、貴重なものではない。

その中で、この魔道書だけが別格の扱いを受けるのは、それが編まれた時代の国王と言うのが、後世から「狂王」「背徳王」「放蕩王」などと、芳しくない異名を山ほど頂戴する事となる、甚だ問題のある人物であったからだ。

若くして玉座に就いた「狂王」は、その人生の早いうちに、凡そ、世の中のありとあらゆる愉しみを、全て経験し尽くしてしまった。

そして、通常のお愉しみに飽いてしまった「狂王」が、さらに貪欲に快楽を求めて辿り着いた先、それが禁断の技「魔法による肉体の改変」であった。

その「改変」の対象は己の肉体強化だけにとどまらず、やがては、征服した他国の姫君達からなる後宮の女たちへ、そして最後には、拉致同然の手段で無理やり後宮に上がらされることとなった市井の娘たちにまで広がっていった。

世の暴君の例に漏れず、「狂王」の周りにも、彼のご機嫌を伺うことによって、己も、その権勢の恩恵のおこぼれを享受しようとする「奸臣」の類が溢れかえっていた。

そんな心無き者たちが、飽きっぽい「狂王」の歓心を買うためだけに、人としての倫理観を投げ捨てて、ただただ目新しさ、珍奇さを求めて、新たなる「肉体改変魔法」を日々開発し続けた時代の裏モノ系魔道書の最高峰。

それが「後宮女官房中魔道手本」なのだ。

その内容は、この手の定番、己が精力の強化や増大秘法に始まり、女性の容姿容貌の改変から、次第に悪趣味な畸形的肉体改変に発展していく。

そして、それは最終的に、「女性の下半身を獣のそれに挿げ替えることにより獣姦感覚を愉しむ法」とか、「口淫で更なる快感を得るために女性の舌を何十本もの触手状に変化させる法」だとか、「女性の額に新たな女淫を設けてその脳味噌を犯す法」などと言った、非人道的な魔法のオンパレードへと繋がっていったと言う。

しかも、その全てが、単なる研究だけに止まらず、実際に女性に対して施術されたというのだから恐れ入る。

「狂王」統治の晩年、王国の現状を憂いた者たちによる内乱が発生して、「狂王」の死とその王国の滅亡により、それら非道な魔法の多くは、歴史の闇の中に消え失せたが、その幾許かは、手書きの写本として密かに後世に伝えられてきた。

その中でも、最も多くの裏モノ魔術を収め、しかも、その内容の信憑性がいちばん高いとされるのが、リナが今、手にしている写本、そのおぞましい内容から『外道の書』と呼ばれているものなのである。そして・・・・・・。

「あった! コレだ! 『女人の乳房を雌牛の其の如くに変化させる法』!!」

そう! 女性であるリナが、こんな男性向けの裏モノ魔道書を血眼で探し回っていた真の理由、それはこの秘法、俗に「うしちちの法」と呼ばれる豊胸術が『外道の書』に収められていると言う話を耳にしたからなのだ。

自らを「美少女魔道士」と称して恥じない、全身これ自信過剰の塊であるリナの唯一のコンプレックス、それが自らの「ひんぬー」っぷりであった。

本人曰く、全く無い訳ではない、現在成長中・・・。だがこの数年、その膨らみ具合に全く変化が見られないことは、誰よりもリナ本人が一番よく認識していた。

世の女性たちが常に新しい「ダイエット法」に飛びつくように、リナは「豊胸魔法」の噂を聞きつけると、それを求めては数多のトラブルに巻き込まれ、時にはそれが魔族との戦い、と言う大事に発展したこともあったのだ。(「劇場版スレイヤーズ!」第一作参照)

そして数多のダイエット法にチャレンジする女性たちと同様、リナの努力はまったく実を結んでいない。

ところで「ダイエット」といえば、巷によくある「○○を食べて痩せるダイエット法」と言う本は、まず信用してはいけない。

その手のダイエット本で痩せる事が出来るのは、焼肉やピザやケーキが食べたくなっても、ぐっ、と我慢して、リンゴやトマト等々で腹を膨らませることの出来る「意志の強い」人間だけなのだ。

「何か」を食べることが重要ではなく、それによって自らの食事量を常に意識させ、過食を辛抱することが重要であり、「何か」を食べている事をあたかも免罪符のようにして、自らの食生活を改めない者にとっては、それは単にカロリー摂取量の増加を招くだけのものなのだ。こんちくしょう! 金返せ!
 
あ、いや、失礼、余談でした。・・・・・・本編に戻ります。



お目当ての箇所が見つかり、魔道書を読解してゆくリナの表情も真剣そのものになる。

己の知識を総動員し、予め手控えておいた幾つかの参考文献などを頼りに、失われた過去の叡智を甦らせて行く。

が、その一方で、リナは過剰な期待を抱かぬように、己の逸る心を抑えることも忘れてはいなかった。

だいたいが、古文書に記された魔法というのは、往々にして、滅んで久しい珍獣の生き血だとか、とうの昔に絶滅した花の蜜とか、現在では到底入手困難なものを、平然と使用していたりする。

また、「写本」という物が、基本的に、数世代、数百年をかけて行われてきた「伝言ゲーム」であるため、何処かで誰かが一部を書き間違えて伝えた為に、結果として、強力な攻撃呪文が、意味の無い戯言の羅列に転じてしまった、などと言う事もざらである。

いやそも、そこに書かれている魔法がそのとおりの効果を発揮するかどうかの、はっきりした保障もないのだ。

中にはタチの悪い魔道書もあって、リナがかつて、今回同様に豊胸のための秘薬作りのレシピを入手した時の話であるが、散々苦労して指定されたレアな材料を揃えて、いざ魔法薬作りに取り掛かったところ、最後の最後に虱の糞ほども無いくらい小さな小さな文字で「・・・以上の材料を壷に入れ、土中にて百五十年間熟成させれば完成します」などという落ちが付いていた事があった。

ちなみにこの時は、烈火の如く大激怒したリナの八つ当たりによって、その地より周囲三十キロ四方の盗賊、山賊、海賊の類が、ことごとく全滅の憂き目に会っている。

さて、では、今回の『外道の書』に記された「うしちちの法」は、どのようなものだったのか?

「むーっ、意外とシンプル、かつ、ありきたりな材料を使ってるわね、この薬・・・。これならこの街で全部用意できそうだわ」

リナが読み解いた限りでは、この「うしちちの法」は、予め作っておいた秘薬を、呪文を唱えながら対象者の乳房に擦りこむように塗っていく、というだけの極めてシンプルな物のようだ。

秘薬に用いられている材料も、その多くは普通の店で安価に手に入れる事の出来るものばかり。

肝心の術式も、リナ自身にはあまり馴染みの無いものであったが、しかし、「力」の流れや「上位者」との使役従属の関係等々に不明不完全な箇所はなく、自身の経験に照らして、呪文に誤りが無いことはまず間違いなかった。

と、なれば、後は実行あるのみ!



翌朝、宿屋の台所に残っていた食料をあらかた食い尽くすという「軽めの朝食」を済ませると、リナは精力的に秘薬の材料集めに奔走した。

街の雑貨商や薬屋、市場などで手に入らなかった物は、近郊の農家や森林へ一っ飛びして自分自身でゲットするなど、一切の苦労を厭わないリナ。

そう! 全ては豊かなバストの為に!

その努力の甲斐あって、昼前に全ての材料入手を成し遂げ、宿屋の亭主が夕食分も含めて仕入れてきたばかりの大量の食料品全てを「素敵なランチ」として平らげると、リナは、いよいよ魔法薬作りに取り掛かった。


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