第五章「Extra・おまけ、あるいは、付け足りの項」
収穫祭を祝う賑やかな音楽が響く中、それに輪をかけて派手な風体の女が一人、祭りの喧騒の中を闊歩している。
長いマントにスパイクの生えたゴツい肩パッド、首からは、禍々しい髑髏のネックレスを下げたその女は、少し癖のついたロングヘアーをたなびかせて大股で歩いていく。
そして、他の女たちより頭一つ分は高い巨躯と、そのメリハリの利いた豊満な肉体を、ほとんど下着同然の僅かな布切れが覆っている。
他でもない。リナ・インバースの宿敵にして腐れ縁の名コンビ。そして、最大のライバル(自称)でもある「白蛇(サーペント)のナーガ」その人だ。
彼女は今、旅の途中で立ち寄った田舎町で、たまたま収穫祭が開かれていたために、有って無い様な予定を変更し、祭りを満喫中なのだ。
だが、その風体が災いしてか、あちこちで男たちから、「よう、ネエちゃん、どこの店の娘?」とか、あるいはもっと露骨に「一晩幾らだ?」などという声を掛けられまくってしまう。
いいかげん、そんな奴らをぶん殴って黙らせるのも面倒くさくなってきたナーガは、屋台で、川魚の串焼きやら骨付きチキンの炙りやらを大量に買い込むと、少し静かな場所を求めて、人ごみを離れて行った。
「ふぁご、ほごふぐげご、ほっごうふむ、ふむうふごうっ!」
口一杯に物を頬張りながら喋るので、もはや何語で喋っているのかさえ判らない独り言(おそらく「あら、この魚、けっこういけるじゃない!」と言う意味と思われる)を呟きながら町外れの辺りまでやってきた彼女の前に、怪しげな雰囲気を漂わせた建物が現れた。
いや、「建物」と言うのは正確ではない。
何故ならそれは、テントや簡単な板塀を組み合わせただけの造りの、仮設の掘っ立て小屋のような代物なのだから。
どうやらこれも、この祭りに合わせて、何処からかやって来た香具師たちがこしらえた、サーカスや芝居の会場のようだ。
でも、どうしてこんな寂しい場所に? という、ナーガの疑問は、判りにくくひっそりと作られた木戸の上に掲げられた看板によって、氷解する。
そこには「世界の驚異と神秘の館」と書かれていた。小難しい字が並んではいるが、要するに、ここは、大人専用の怪しげな見世物小屋なのだ。
ナーガのような魔道士などとは違い、常に大地と共に有る農夫たちは、下手をすると一生、その生地から他所に出ることが無い。
そんな彼らの為に、その土地では見ることの出来ない生き物やその剥製などを持ち込んで、いささか大げさに喧伝して客を集め、木戸銭を稼ぐのが、こんな移動式の見世物小屋だ。
もちろん、その看板に謳う通りの、まっとうな見世物ならば、何も、こんな所でこそこそと、隠れるように興行をうつ必要はない。
実の所は、とても子供には見せられないような刺激の強い(性的な意味でw)展示物が飾られ、酷い物では、矮人や双頭などの畸形の娼婦を雇っている所さえあると言う。
つまり、この見世物小屋は、町の良識ある人々から、町中での興行などとても認められぬ、と、こんな町外れに追いやられてしまっているのだ。
もっとも、その「良識ある人々」こそが、彼らの一番のお得意様であり、多くの人に、いわば「祭りの必要悪」として認められているから、こんな町外れとは言え、役人に追い立てられることも無く、ある意味、堂々と営業できているのだが・・・。
だが、リナと関わる事によって、おそらく普通の旅の魔道士以上に「世界の驚異と神秘」に触れてきたナーガにとって、こんな見世物小屋に並べられたインチキ臭い展示物など、屁ほどの値打ちも感じられない。(いや、考えようによっては、ナーガ自身が、「世界の驚異と神秘」そのものと言えなくもないのだが・・・・・・)
彼女は、特に眺めるでもなく、ズラリと掲げられた怪しげな「展示品」の看板に目を通していく。と・・・・・・。
「ぶふうっ!」
思わず、口一杯に頬張った炙りチキンを豪快に噴き散らかすナーガ。
それは、畸形たちを扱った一角、「全身ウロコの蛇女」や「象男・ヨセフ」などという看板に並んで、「うしちち女・リナ」と言う看板を発見したからだ。
言葉通り、首輪と鼻輪を付けられ、四つんばいになった女の胸から、まさに「雌牛の其れの如き」巨大な乳房が垂れている稚拙な絵が、そこには描かれていた。
彼女、ナーガにとっての「リナ」と言えば、もちろん最大のライバル(但し自称)「リナ・インバース」に他ならない。
そして、そのリナの貧乳ぶりをも良く知る彼女にとって、同じリナと言う名の「うしちち女」が存在していることが可笑しくて堪らない。
これは是非、その「うしちち」ぶりをこの眼で確かめて、次にリナに出会った時に、彼女の「無い乳」への、からかいの種としてやろう。
そう言えば、あの娘、最近見かけないわねえ・・・などとぼんやり考えながら、見世物小屋の木戸に近づいていくナーガ・・・・・・。
と、その時。
「お待ちかね、今年のワインの試飲会だよー! 御代はご無用、しかも呑み放題!」
祭りの次なるイベントの開催を告げる大声に、彼女は、回れ右で町の方へと足早に戻り始めた。
収穫祭はまだまだ続くし、その間は、見世物小屋もずっとあそこに残っているはず。また今度来ればいいわ。
もはや、無料(ただ)酒の事で頭が一杯のナーガ。案の定、散々ワインをかっ喰らった彼女は、「うしちち女・リナ」の看板の事などすっかり忘れてしまっていた。
数日後、収穫祭の終わった町を、何か心残りがあるものの、それが一体なんだったかどうしても思い出せず、小首を傾げながら次の町へと旅立っていく「白蛇のナーガ」。
一方、町の反対側、あの見世物小屋のあった所では、香具師の親方が、仕事の遅い部下たちを怒鳴りつけていた。
「急げよ、てめえら! 収穫祭のシーズンは短いんだ。一番の稼ぎ時に、そんなにのたのたしやがって、昼までに町を出られなきゃ、お前ら全員、晩飯抜きだぞ、全く!」
「あの、こいつの飯はどうします、親方・・・」
すこぶる機嫌の悪い親方に、一人の男が恐る恐る声をかける。
男が指差すオリをちらりと一瞥した親方は、吐き捨てるように言い放つ。
「うしちちリナか? こいつも最初はそこそこ客を取れて稼げたんだが、今じゃ、前も後ろもユルユル・ガバガバ。おまけに、最近はおつむもすっかり弱っちまって、とても客の相手はさせられん。そのくせ、飯だけは人の倍以上喰らいやがる!」
言葉に合わせて、鉄格子をガンガンと蹴りまくる親方の剣幕を恐れて、オリの中でオレンジ色の髪の少女は身を小さくして震えている。
「残飯に藁を混ぜて食わせてやれ。それでも足らんようなら、そいつのクソにそこら辺の草を混ぜて喰らわせろ。うし女のこいつにはそれで十分だ!」
テントの解体にてこずる部下たちを叱責するために、足早にオリから離れていく親方を、少女のオレンジ色の濁った瞳が悲しそうに見つめる。
本物の雌牛の様に、首輪と鼻輪を付けられ、ご丁寧に、尻に焼印まで押された、藁まみれ、垢まみれの、牛の乳房と乳首を持つ畸形の娘。
彼女の正体を知る者は、ここにはいない・・・・・・。
(終)
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