第一話『 運命の当日 』
( 視点・斯波 深雪 )
「う〜ん。どちらにしようかしら・・・?」
場所はコンビニ。
私が住むマンションの一階にある、チェーン店だ。
「う・・・ん」
深刻なほどに迷ってしまう。
私は二つの商品が並ぶディスプレイを見比べて、今晩の晩御飯を選定していた。
左側のディスプレイに展示されてあるのが・・・私の好きな、『三日月型アイス・いちごミルク』
一箱に二つしか入っていないが、この苺と牛乳がバランス良くミックスされている味は、まさに絶品と言っても過言ではなく、私としては朝と昼と晩の、三食にしたいほどのお気に入りの逸品。
その逸品の右側にあるのが、私が誰にでもお薦めしてしまう、『チョロルアイス・雪見餅』
とっても真っ白な球状型の小さなアイスで、一箱に十二個も入っていて、可愛くて口当たりも良く、とっても甘くてとっても美味しいの。いつも六個目辺りまで至福を憶え、残り二個ぐらいになるととても寂寥感を抱かずにはいられないほどだ。
三日月しよっか?
ううん。雪見餅も・・・捨て難い。
「・・・で、でも、ううん・・・うーん」
( あっ! )
そこでやっと私は一つの結論に至る。
どちらかを今晩の晩御飯にして、残った方を明日の・・・土曜日の朝御飯にしよう、と。ここはやはり、数の少ない三日月型を朝食用に、至福の雪見餅を晩御飯に、かな?
「そ、そうね・・・そうだわ!」
うんうん。
私は上機嫌に二つの商品を持ってレジに赴く。
と、いうのも・・・両親が遠戚の結婚式に出席するため、今日の午前中から北海道に向かって出発しており、その帰りはどんなに早くても明後日となるからだ。
( 北海道かぁ・・・ )
その娘である私が出席しても問題はないのだけれども、今日は中学校の登校日である金曜日であり、まして推薦による進学を希望していることもあって、極力欠席を避けたい諸事情もあった。
高校進学とは私立は当然、公立・都立に至ってもお金はかかってしまう。
( 少しは負担を減らしてあげないとね・・・ )
我が家は経済的に裕福とは決して言えないだから。
コンビニエンスストアを出て、すぐ隣にある中央階段に上がり、カードキーを通してメインゲートを通過する。
メインゲートを抜けて少し歩くと、扉が横に並ぶように各直通型のエレベーターがある。一基のエレベーターで各フロアにではなく、各住居にそれぞれ一基だ。
エレベーターではなく、その一つ一つの扉が各家庭の玄関口だと言い換えれば分かり易いかもしれない。
そして『801』専用とされているエレベーターが我が家のエレベーターであり、これもカードリーダーにカードキーを読み込ませることによって、「呼び出し」と「開閉」「起動」させることができる仕組みなの。
私は靴を脱いで、エレベーターに乗り込む。
エレベーター内にある靴箱(下駄箱)に靴を格納。
直通型なので行き先を指定する必要もない。
エレベーターは制動型。まさに静穏そのもの。
八階までの時間もほんの数秒・・・
たぶん。二秒もかかっていないだろう。
『 ティーン! 』
再び扉が開けば、そこはもう我が家の廊下です。
「ただいま〜♪」
私は一人娘であり、両親が遠出している今、私の帰宅を出迎えてくれる存在は当然にない。
薄ピンク色(私専用)の室内用スリッパを履き、私は早速購入したアイスを冷凍庫に保管して、ルームコンソールで室内電源を起動―(外が暗くなると自然と点灯してくれる)―して、同時に室内温度調節機が作動してくれる。
それからTV(電話対応型)をつけて、中学校の制服から室内着を選んでそれに着替える。
「今日はもう、外出する予定もないから・・・」
手に取ったのは、お気に入りの真っ白なワンピースだ。
「これでいいかな・・・?」
基本的に室外では露出を控えがちな私だが、決してお洒落に無関心であるとか、着飾ってみたくないわけじゃない。
今の時代。貞淑であることが多数派の主流となっており、それが一般常識とされている。
『 本日未明、○○の海岸沖にて、湾岸警備隊により 』
『 少女の水死体が発見されました 』
『 発見時、鑑定不能な状態でありましたが・・・ 』
『 その少女が身に着けていた着衣などから・・・ 』
『 昨年末・・・行方不明となっていました 』
『 「藤宮財閥」の御令嬢「藤宮亜子」と推測され 』
( あ、彼女、見つかったんだ・・・。)
私は画面に映し出された生前の画像に目を奪われる。
同性の私から見ても、彼女はとっても可憐な美少女だ。
彼女の名前は『藤宮亜子』
『藤宮財閥』の御令嬢であり、昨年末、同世代の護衛と駆け落ちしたことによって世間の話題を一時的に賑わせた、私と同じ歳だった美少女である。
( あー、でも・・・やっぱり・・・ね )
私はその緊急速報と銘打ったニュースを見ながら、同時に得心する。
と、いうのも・・・今年の新年早々だった。彼女と一緒に駆け落ちしたはずの護衛の人物――確か『森崎静馬』という名前の――彼が遺体となって海上に引き上げられたのだ。それによって二人が心中したのだと、世間ではほぼ決着していたのである。
『 捜査本部はこれにより・・・ 』
・・・・。
( いいなぁ・・・ )
私は羨望の眼差しを画面の令嬢に向ける。
これまでに恋愛経験のない私だが、だからといって恋愛に興味がなかったわけじゃない。むしろ興味津々といってもいいだろう。
特定の男の子と遊びに出かけてみたり・・・
そ、その『キス』、とかだって・・・
・・・・。
それだけに同じ中学生でありながら、両親、家や全てを擲って、駆け落ちまでした彼女に、その羨ましいばかりの生き様に崇拝するような思いだった。
彼氏。かぁ・・・
( 今度はお受けしてみようかな? )
だから稀に思い切って告白してくる男子生徒たち。お付き合いを希望されて、そのたびに私はお断りをしてきた。
私たちはまだ中学生なのだから、と・・・
ソファに座り、鞄から今日出された課題(宿題)を取り出す。
今日が金曜日とあって、普段の平日よりもやや多めだ。
「・・・よし!」
課題を片付けて、残りが数学となったところで、私は冷凍庫から晩御飯用の雪見餅を取り出した。
アイス用グラスに雪見餅を落として、それをスプーンで拾って口の中に運ぶ。
「う〜ん。これ、これ!」
涙目にしてスプーンのない腕をバタバタさせる。
今日も一個目からいつも幸せな気分に満たしてくれる。
食卓の上に数学の課題を乗せて、一つ解くたびにそのご褒美として、その幸せを租借する。数学の問題より雪見餅の数の方が少しばかり多いが、そんなことは気にしない。気にしてはならない。
うん。明日のお昼も雪見餅にしよう!
最後の幸せが口の中で解けてしまっていくその中で、私はそう決意を強くした。
そうすると、ローテション的に明日の晩御飯は三日月形になってしまうのだが、そんな些細なことは気にしてはならない。もしくは明日の朝食が三日月型なのだから、昼食と晩御飯を雪見餅にする方法だってあるだろう。
「あぁ〜明日もアイス三昧・・・」
あぁ幸せ・・・
うっとりとしながらも課題を片付けて、ルームコンソールを操作してお風呂を沸かしていく。
私の入浴時間は比較的に長い・・・らしい。(母親談)
個人的には、これでも控えているつもりなんだけど。
( でも・・・今日は! )
今日は両親が外泊するということもあって、いつもよりも長湯することが可能だった。
「〜〜〜♪♪」
ぱたぱた(スリッパの音)と、脱衣所へ。
シュル、はらり・・・と細い両肩の肩紐を外して、キャミワンピース状の室内着を脱ぐ。
身に着けていた下着を洗濯籠に入れて、着替え用の下着を用意する。
脱衣所の鏡に映るのは、中学二年生(十四歳)にしてまだまだ小柄な未成熟な肢体だ。
胸を逸らせば・・・まぁ、なんとか・・・?
まだブラなんて不要、とも思える胸の脹らみ。
「・・・・」
でも、ほとんど揺れることはない。
ぺったんこ、ってほどではないけど・・・客観的に見てもまだまだ物足りないのは事実だった。
私の母親も人並にはあるから、娘の私もあれぐらいは成長できる・・・と思うのだけど。
もみもみ。
一応、脹らんでいるよ? って、ぐらいの自己主張。
「・・・・」
男の人に揉んで貰ったら、大きくなるのかしら?
科学的根拠を一切持たない、だが、世間一般的な風評であり、それは特定の彼氏を作ったことがない私には、とても非現実的な発想でもあったのだけれども。
肩からお湯をかけて、最初に髪を洗う。シャンプーとリンス、トリートメントをそれぞれシャワーで洗い流してから、洗顔。ボディソープで全身をくまなく丁寧に洗っていく。
濡れた長い髪を一つに纏めて、ヘアタオルで結い上げる。
肩から湯船のお湯をかけて、
ゆっくりと湯船の中に浸かっていく。
( ほぅ )
温度は適温から、少し温め。
身体がそれに慣れてくると、少しだけ設定温度を上げた。
湯に身を委ねながら、私は目を瞑った。
それはここ最近、良く夢想してしまう光景だった。
( ・・・・ )
そこは何処かの企業の、何かの会社だった。
私は高校生になっていて、そこではアルバイト。
相手は上司の・・・かなり年配の男性。
たぶん、四十歳ぐらいだろうか。
そんな人物に見初められて・・・
そして強引に、求められてしまって・・・
わ、私は思い切って・・・き、キスを・・・
( っ・・・ )
妄想とはいえ、羞恥に顔が赤面してしまった。
まだ恋愛の一つも体験していない私には、まだ刺激が強すぎたのかもしれない。
・・・でも。
( キス、かぁ・・・ )
唇に指を当て、未知の感触を確かめる。
経験がないだけに、それは想像するしかない。
知識だって、そう。曖昧だ。
( たぶん、しちゃう・・・のかな? )
想像の世界ではいつも二人きり、だった。
それだけに雰囲気的にもそれだけで終わりそうにない。
( っ、で、でも・・・レイプ、って・・・ )
どきどき。意識して鼓動が高鳴る。
でも、不思議と・・・嫌じゃなかった。
夢想の世界での私は、いつも初めてだった。
処女は結婚して、その初夜に捧げるもの。
これが今の常識であり、少なくともそれが私の人生観。
やっぱり初めては、その・・・自分にとって特別となってくれる人に捧げたいもの。
( ・・・・ )
でも、この人ならいい・・・って。
夢想しているその上司って人がどんな顔立ちをしているのか、どんな性格の人なのかなんて、私には解からない。
でも、素敵な人なんだろうなぁ・・・
「って、私・・・何、想像しているんだろう」
( /////////////// )
『かぁ〜〜』と赤面。
それは決して長湯しただけのせいではあるまい。
だが、それが大胆なまでの夢想を終えて、現実に戻ってくる常日頃の私の習慣となっていた。
『prrr・・・ prrr・・・』
( あっ、電話ぁ! )
その電話の着信によって、私は入浴してから既に一時間半が経過していたことを知った。
私はバスタオルを巻いた姿でリビングに戻り、コンソールから音声モードだけで着信を受ける。
さすがにこんなはしたない姿恰好で、TV電話の画面に出られるほど破廉恥な真似は出来ない。
「あ、もうそっちに着いたんだぁ?」
電話は北海道に到着した両親からだった。
両親は音声モードだけに訝しみ、
私は入浴中だったことを告げる。
今の時代。映像有りのTV電話が普通だ。
正式名称は『電影通話機』
それは携帯(スマホやファブレット)電話も同様であり、庶民の中でも経済的に余裕のない我が家にまで普及されているほど、現代の常識である。
『もう、・・・またかけ直すわね』
「うん。ごめん。お願い・・・」
私は再び脱衣所に戻って、室内着のキャミワンピースに替えの下着を身に付ける。
ブラは迷ったが、これから外出する予定もなく、またこのお気に入りのワンピースは、しっかりと胸を固定してくれる
(カップ付きの)タイプである。
最後に歯を磨いてから、脱衣所を後にした。
リビングに戻り、両親の携帯にかけ直す。
あう。
開口一番、私の長湯を非難されてしまった。
「うん・・・ごめん」
常日頃から指摘されているだけに、私も謝罪を口にした。
「うん。今、着替え終わった・・・」
テーブルに備えられたコンソールで通話のみの状態から、画像ありのTV電話へと移行する。
両親との他愛のない会話が再開された。
「もう。お風呂は済ませた、って・・・
もう、寝るってばぁ!」
余りに過保護な両親の様子に、私は苦笑する。
離れているからだろうか、いつもよりも顕著だ。
ん〜。
私だって、もうすぐ高校生なんだからね!?
「うん。大丈夫。
うん。おやすみなさい」
両親との通話が途切れて、TVの画面もブラックアウトする。
さて・・・と。
これといって見たい番組があったわけでもなく、室内用スリッパを履き直して、私は自分の部屋に向かった。
ぱたぱた(スリッパ)
「あぁ〜ぁ。北海道かぁ・・・」
結婚式が行われる遠戚は北海道にあり、特に夏の暑い季節には国内でも一番に憧れる地名であろう。
パタン! と(部屋の扉を)閉じる。
「いいなぁ〜
私も行きたかったなぁ〜」
・・・・。
ただ私には結婚式に参列できない理由があった。
推薦進学を希望しているために学校を欠席したくなかったのも、その理由の一つだが、それ以上に留守番を志願したのには、他にも理由があった。
北海道の遠戚・・・それは、母方の実家。
その母方の親戚の一人、(叔父の一人にあたる人物なのだけれども・・・)私と会うたびに不快な視線を向けてくるのだ。異性から見られることには慣れている。でも、その叔父の視線は余りにも露骨だった。
しかも・・・
去年も泊まりがけの行事があった際、「いくら出すから、どうだ?」と中学生になったばかりの私に性交渉を持ちかけてきたり・・・怪しい薬やお酒を飲ませて、危うく悪戯されそうにもなったのだ。
「・・・・」
挙句には家族の荷物の中から、私の下着だけが消失し(恐らく盗難され)たりすることさえあった。
確証こそないけれど・・・その叔父の仕業であろう。
・・・・。
結い上げていたヘアバンドを外して、髪を櫛で梳かす。
「ん〜〜・・・」
叔父のことを思い出したからか、かなり気分が悪い。
私は鏡台の鏡に映った姿に、意図的に溜息を吐く。
気分直しに・・・
( す、少しだけ・・・ )
・・・また少しだけ、妄想。
もし理想の人物に逢えるのなら・・・
私の身体は気に入って貰えるだろうか?
私は背が低く、胸も・・・小さい。顔も童顔だ。
ん・・・
思わず、その鏡に映る唇を意識してしまう。
( キス・・・して、みたいなぁ・・・ )
・・・妄想の世界。
あのような人物と・・・
うん。課長・・・と。
役職なんて不明だけれども、私は何故か・・・
その人物を『課長』と呼ぶ。
何故か・・・。
『 』
この時、実は室内を満たしていた空気が一変していたのだが、私は全く気付いていなかった。
私の部屋だけではなく、リビングも含めて。
我が家の全体に・・・
それは無色の透明で、それに匂いもない。
当然、違和感なんて皆無である。
「あ、あれ・・・?」
次第に私は睡魔を感じて、口元を抑える。
欠伸をするなんて、はしたないな・・・
「んっ・・・二十一時、半・・・」
眠り目に時計の針を確認する。
就寝するにはまだ早い気がした。
が、今日出された課題(宿題)は片付けてあるし、見たい番組が特にあったわけでもない。
部屋着のキャミワンピースとパジャマとして愛用しているネグリジェは別なのだけれども・・・
「・・・ん、いいか・・・」
誰かに見られるわけでもないし・・・
ベッドに横たわり、室内の照明を落とす。
リビングにはまだ煌々と明かりもついていたのだが、朝方には・・・明るくなれば、自然と消灯するだろう。
だから、私はすぐに意識を手離した。
これが作為的な睡魔であることも知らずに・・・
そして、私の身体が無垢なものでもなくなる、
その前触れであったことを知る由もなく・・・
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