第二話『 超絶美少女 』

( 視点・柴山 和孝 )

 

 会場の照明がゆっくりと、再び光を失っていく。

 周囲は暗闇へと・・・

 それに伴って、一斉に静まり返っていく。



( ・・・・ )

 既に・・・上映開始の時間となっていた。

 だが、会場中央。球状型のスクリーンに変化はない。

( クッ・・・え、延期、か・・・? )

 会場の失望がゆっくりと広がっていくようであった。

 儂にとって永遠にも感じられた時間だった。





『prrr・・・ prrr・・・』



 暗闇の中だけに伝わる着信音。

 会員の誰かが携帯を切り忘れたのかもしれない。

( い、いいさ、もう・・・構わんよ、もう・・・ )

 本来ならば、視聴者のマナーのそれ以前に・・・

 倶楽部内では絶対に許されない、大失態だろう。

 だが、そんな暴挙も今となっては・・・



『あ、もうそっちに着いたんだぁ?』



 暗闇の中で通話が開始された。

 まるで会場全体に伝えるように・・・

( !? )

 音声の発信源は暗闇の中、その中央・・・

( それに・・・こ、この声は・・・? )

 そしてそれが儂の良く知る少女の肉声だと初めて気付く。

 先ほどに響いた着信音は、会場内の携帯ではなかった。

 少なくとも、現在の会場内で携帯端末を手にしている者は皆無であった。



『もう、・・・またかけ直すわね』

『うん。ごめん。お願い・・・』



 だが、画面はまだブラックアウトしたままだった。

 それでも何故か、音声だけは届けられてくる。

 こ、故障ではないのだろう。

( だが、何故!? )

 ・・・・。

 私は延期を恐れていた余り、失念していたのだ。

 リアルタイムによるライブ映像が、アドリブに・・・

 突発的な予想外の出来事に弱い、ということを・・・





 五分が経過する。

 いや、もっと経ったかもしれないし・・・

 まだ一分だったかもしれない。

 暗闇の中とは、人の時間を曖昧とするものらしい。



『うん・・・ごめんね〜』

 突如、通話が再会された。

 恐らくは彼女が掛け直したのであろうか。

『うん。今、着替え終わった・・・』

( ! )

 場内がざわめき、同時に儂の疑問は得心していた。

 球状型スクリーンが未だブラックアウトしたままの状態であったのは、やはり故障などではなかったのだ。止むを得ず映像には出せない理由があったのだろう。

 例えば、今回のように被写体が入浴中だったとか・・・



 会員と倶楽部との間に絶対の掟があるように・・・

 儂と実行役の男との間にも、決められた条項がある。



 前座(愛撫)で感じさせられなければ、性交はしない。

 性交で感じさせられなければ、膣内で果てない。

 絶対に女性を全裸にはさせない。(下着はokじゃ)





 球状型スクリーンはゆっくりと、等身大の彼女の姿を中心に、映像が広がって・・・拡大していく。

 会場の中央(球状型スクリーン内)に彼女のいる室内の様子が映し出されており、視聴者の目には、そこで実演によるお芝居が始まったように見える(錯覚する)と説明した方が解かり易いかもしれない。

 そして彼女がその建物にいる限り、球状型スクリーンは彼女を中心に捉え続ける仕組みとなっている。



『あぁ、そうなんだぁ・・・』

 ゆっくりと画面に語りかけている美少女が微笑む。

 真っ白な膝丈キャミワンピースを身に纏いながら、長い黒髪をヘアバンドで後ろ一つに緩く編んで、いかにも風呂上がりの何とも言えない色香を漂わせていた。

 その美少女の容姿に、会場全体そのものが唖然とさせられていた。

 彼女の容姿を良く知るはずの、儂も含めて・・・



( ・・・・ )

 室外とは違って、どうやら室内では彼女の露出は増える傾向にあるらしい。

 現在の夏という季節。そして流行に反しているわけではないし、彼女に良く似合ってもいよう。またそれで外出しようというわけでもないから、室内で彼女が何を着ていようとそれは彼女の自由ではあっただろう。

 まさか・・・室内が盗撮されている、なんて知る由もないのだから。



( し、しかし・・・ )

 肩紐で吊るす形状の袖なしのそれは、彼女の肩を露出させるだけでなく、ぴったりと彼女のラインを際立たせていた。

 歳相応の未成熟な脹らみ。それでも括れのある腰を強調しており、生地に浮かび上がったシルエットから、健康そうな大腿部、美しい脚線が描かれている。

 その十三歳にして既に完成された超絶の美少女の姿態に、審美眼に肥えているはずの観衆の誰もが息を呑んでいた。

 厳格なはずの『鑑賞倶楽部』の上層部の面々でさえも、彼女を「SSクラス」とランク付けしたほどの逸材である。立ち見の会員が三次元映像に合わせて、見る角度を変えようと露骨に動き出しているのも無理はないのだ。

 ただの観賞用の素材としても、彼女がどれほどに優秀であったか、は推して知るべきであろう。



『久しぶりの北海道はどう?』

 両親との通話は続く。

 幸いにも、彼女の両親は遠戚の結婚式に出席するため、北海道に滞在しており、帰宅するのはどんなに早くても明日のこととなるだろう。

『うん。叔母さんによろしく、ね・・・』

 電話一体型のTV画面に、両親の温かい笑顔があった。

 両親も・・・その娘も、これが盗撮されていることに全く気付いていない、屈託のない微笑みであった。

 画面に映る、本日の日付。そして時計の針が示す、現在の時刻。これがリアルタイムのライブ映像であることは明白となろう。



『もう。お風呂は済ませた、って・・・

 もう、寝るってばぁ!』



 過保護な両親の一面に苦笑しつつ、彼女にも中学生としての、もうすぐ高校生にもなるという自覚があった。



『うん。大丈夫。

 うん。おやすみなさい』



 電話回線が途切れたことで、TVの画面もブラックアウトする。

 途端に・・・

『あぁ〜ぁ。北海道かぁ・・・』

 初めて少し砕けた彼女本来の姿を曝け出す。

 優等生、と言ってもまだまだ中学二年生。まだ十三歳なのだと改めて認識させられるものだけでしかない。

『いいなぁ〜』

 私も行きたかったなぁ〜と口を小さく尖らせる。

 無論、彼女自身が強く望めば、両親と一緒に参列することも可能だったのだろう。

 だが、夏休み前。様々な学校行事や推薦入学を強く望んでいた彼女にとって微妙な時期ともあって、都内に残された彼女は、本当に「残念」という表情を浮かべていた。

 そんな表情にもあどけなさがあって、随分と愛らしいものだ。



 自身の私室に移動してから、皺にならないようスカートを抑えて鏡台に座っていく。その清楚な仕草の一つ一つが美少女に相応しく、映像はそんな彼女を余さずに捉えていく。

 その建物内にいる限りとなるが、「3DLMD」における撮影は、被写体の対象として設定した彼女を中心とするものとなり、例え彼女がリビングから私室に移動しても、球状型のスクリーンの中心には常に彼女の姿を映し続けることになる。

『・・・・』

 編んでいたヘアバンドを外して、艶やかな長い黒髪に櫛で梳かす。腰まであるその長さの分、その手入れもきっと大変なのであろう。

『ん〜〜・・・』

 鏡台の鏡に映るのは、自身の端整の整った顔。

 数多の異性の心を奪い、告白することさえ躊躇わせるほどの圧倒的な美貌なのだが、どうやら彼女にはそれさえもお気に召さないようだ。





 『      』



 やがて室内に満たされていく、『昏睡系ガス』

 『昏睡ガス』といっても無味無臭の無色であり、人体に与える悪影響は全くない。また映像を観賞している会員たちでさえ、『絶対危険刻』一時間前、上映開始から三十分。規定時刻に迫っていたことに気が付いていなければ、解からないほど透明なものである。

 故に会員は・・・儂は、「いよいよ」だと再確認する。





『あ、あれ・・・?』

 訪れた人為的な睡魔に対し、口元を抑える。

 だが、ガスの濃度は増すばかりであり、それは彼女の私室だけに限らず、リビングまでも含めた801号室。全部屋においてである。

『んっ・・・二十一時、半・・・』

 眠り目に時計の針を確認する。

 いくら中学生でも、就寝するには少し早い時間だろう。

『・・・ん、いいか・・・』

 ベッドに横たわり、室内の照明を落とす。

 リビングにはまだ煌々と明かりがついていたが・・・

『zzz・・・』

 既に彼女は夢心地、夢路を辿る階梯にあった。



  瞬く間に昏睡状態に陥った彼女の小柄な身体は、それから五分ほどの時をおいて、慎重に室内へ侵入してきた(覆面の上からガスマスクを着用している)人物の(その体格からして男には間違いない)男の手によって、玄関口にある直通エレベーター(搭乗、下降すると本当の玄関に到達する)に運び込まれ、扉の閉ざされたエレベーターは静かに、そして速やかに・・・上昇していく。



 もし会員にこの建物の関係者がいれば、さぞ驚愕したことだろう。

 このエレベーターは見ての通り、直通型。部屋の住人を上階の住居と一階の玄関に繋げるものでしかないからだ。つまり玄関に繋がる廊下の役割を負っているのだ。

 またそのため、直通型エレベーターは基本的にそこの住人だけにしか扱えない。扱えないはずだった。それもそうだろう。関係ない第三者が簡単に扱えれば、防犯なんてものは絵に描いた餅でしかないからだ。



 まして下降していくだけしかないはずのそれが、

 ・・・上昇していった! ともなれば・・・





 昏睡した彼女が連れ込まれたのは、その建物の最上階。

 本来、その建物で存在するはずもない、十階だった。

 無論、ここに住む住民たちでさえも。



 時刻はもう夜分遅くなってきた金曜日。

 来訪者が訪れてくる可能性は極端に少なく・・・

 彼女の両親もまた遠く離れた、道北の地。



 会員が息を呑み、儂一人がほくそ笑む。



 もはや少女をそこから救える存在はない。

 男を止める術は、もはや・・・なかった。


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