開幕話『 告白 』
(視点・松田宗孝)
千葉県房総海域に建造された人工島。 別名『近代学園都市』と呼ばれるこの島は、五つの区画によって構成され、本土の人間にも無条件で解放された中央地区を除くと、四条学区……東西南北の学区となっている。
俺が住むのは、その四条学区の一つ東条学区だ。
現在の東条学区で有名なのは「東条のプリンス」こと、親友の『武田信晴』……そして「東海の至宝」とも呼ばれている『井伊真由』の両名であろう。
前者は日本でも五指に入る名家『名五師家』「武田家」の御曹司であり、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。 東条高等野球部が今年の夏の甲子園で、これから優勝できるのも……一年生ながら信晴の活躍があってこそ、だ。 MAX150を越える、スピンの掛かったストレート。 キレのある高速スライダーに、高速フォーク(球種としてはスプリットに近いが……球速はストレート並で、落差がフォーク級という…一種の魔球だな、これは……) (つまり……晴信の全力ストレートは、もっと速い!) 晴信の容姿と「武田家」の御曹司。それだけでも話題性は十分だったが、それ以上に実力も兼ね備えていることで、もはや……あいつの知名度は全国区だな。
後者の『井伊真由』は、今年度末の四条学区における一大イベント…『ミス房総付コンテスト』にエントリーされて、準優勝という快挙を成している、超絶美少女だ。 惜しくも優勝には届かなかったが、その優勝は、あの北条学区の『トリプルティアラ』……『真田琴菜』という、現在ミスコン五連覇中……という、圧倒的な存在だ。 それと僅差の差だった、それだけに残念ではあるが…… 向こうは二年生で、こちらは一年生だ。 いずれは……彼女の時代が来ることだろう。
もっとも、この翌年…… 西条高等部と南条高等部にそれぞれ、東北の「南部家」と「安東家」から、とんでもない美少女が入学してくるんだけどな……
「ボール行ったぞ、一年!」 グランドに木霊する上級生の怒号。 夏の本戦が始まっていたこともあって、上級生の雰囲気は常にピリピリしている。 (試合に負ければ、三年生は引退だ……当然だな) 練習は一軍と二軍の選手のみ。 俺ら新入生は、その練習のサポートや玉拾い。 この時期、練習にさえ参加が許されない。 (もう夏の本戦が目前、だからなぁ……) だが、愚痴なんて言えない…… 一年の俺たちだけでなく、三年生の最上級生であっても、この夏までに二軍に入れていなかった先輩たちは、練習もできないんだ。 その三年生が、自ら率先して練習のサポート役を担っている。そんな先輩の背中を見て、まだ一年生の俺たちが現状を嘆くわけにはいかなかった。 そんな熱い陽射しがグランドを容赦なく照らし、こうして立っているだけでも、額から玉のような汗が流れ落ちる。 それは夕方となって、陽射しの代わりに照明で照らす時間になっても変わることはなかった。 こんな光景は何処の野球部でも、きっと同じだろう。
グランド整備や道具の手入れ……片付けなどは、俺たちの仕事だ。この時間だけが俺たちにもボールやバットに触れる貴重な時間だった。 「上がりか?」 そんな中、帰宅していく一年生の姿を見つけて、俺は声を掛けた。 「ああ……」 「そっか。それじゃなぁ、信晴……」
『武田信晴』 中等部時代では俺とバッテリーを組み、高等部でも同じ野球部に所属する一年生同士だが、向こうは既にレギュラーの座を掴み、夏本戦前には、一年生ながら背番号『1』を与えられる、絶対のエースにまで登り詰めていく。 そして一方の俺は未だに仮入部扱いの五軍だ。 俺らが練習の後片付けに居残るのは当然だった。 (………) 正直、信晴が羨ましくない……と、言えば嘘になる。 だが、俺と比較することもおこがましいだろう。 容姿も学績も、家の裕福さでも、そして野球の素質でも、俺は信晴に勝るものが何一つないのだからな。
信晴の実家は、関東の『名五師家』「武田家」だ。 信晴はその「武田家」の御曹司であり、現代の男子生徒の中では、随一の存在だと言って過言はないだろう。 信晴にタメを張れる学生なんて……せいぜい、北条高等部の二年……『上杉朋香』(上杉家)と、来年……西条高等部に入学してくる東北の超中学生『南部深雪』(南部家)ぐらい、だろう。 (…そのどちらにしても、女生徒だ……) つまり、男子に限定すると信晴は圧倒的なんだ。 西条の『本多祐樹』もサッカーで名を馳せて、家も名家に数えられているが、その彼にしても、信晴との差……武田と本多の家では、歴然たる差があると言えよう。
正直、信晴と一緒に居ると卑屈な思いを……貧富の格差を見せつけられるのだが、こればかりは仕方ない。 この世の中は競争社会にして、現実は残酷なんだ。 持っている者とは持っていない者。 ある某アニメの作風で言えば『コーディネイター』と『ナチュラル』(信晴がそのコーディネイターなんだが、そんなことを外見だけで解かるはずもない) ……そうだな。 信晴と俺は、その作品における『キラ』と『トール』(もしくはカズイかな?)なんだろう。 「………」
俺は信晴と違って、きっと名も無き一高校生として、東条高等部を卒業して、大学に進学するなり就職するのだろう。
俺の名前は『松田宗孝』 東条高等部の一年生。これといって特技はない。 ……その意味では、西条学区の『佐竹義久』よりも平凡、凡才だと言っていいだろう。 (勿論、彼とは会ったことも、話したこともないけどな…)
そんな折だった。 近所の降車ポイントに降り立つと、 「あ、宗ちゃん!」 と駆け寄ってくる超絶美少女の姿があった。
彼女の名前は『結城瑞希』 四つ年下の、中等部一年生。はっきり言って超可愛い。 (たぶん瑞希の容姿なら……あの真田琴菜にも勝てるかも知れない……容姿だけなら、来年に入学してくる、あの南部深雪にだって負けてはいないだろう……) そんな魅力が確かに彼女にはあった。 御近所の家の一人娘。俺とは幼馴染であり、小さい頃は良く一緒に遊んだものだった。 (俺が中等部になると、当然、疎遠にもなったが……) もしかすると、こうして瑞希と話すのは、互いに初等部のあの時が最後だったかもしれない。 俺が高等部に、そして瑞希が中等部に進学した今でも、彼女は「宗ちゃん」と言って懐いてくれていた。
「瑞希は買い物か?」 「うん、お母さんに御遣い頼まれちゃって……そしたら、宗ちゃんの姿が見えたから」 俺はもう一度、瑞希の中等部の制服を見る。 肩で整えられた髪。非常に可憐な顔立ち。 以前から可愛い、超可愛くなると思っていたが、まさかこれほどの美少女に成長するとは思わなかった。背と胸がもう少し大きくなれば、まさに『完璧美少女』という処だろう。 「宗ちゃんは今、帰り?」 「ああ、高校生で普通に部活してれば、これぐらいの時間になるんだよ」 「そうかぁ……そうだよね…」 途端に瑞希が萎れる。 「どうした?」 「ん…私が宗ちゃんと同じ歳なら、毎日、こうやって一緒に帰れたのになぁ……って」 「……は?」 「せめて、私がもう一つ年齢が……」
そう、俺が高等部一年、瑞希が中等部の一年だ。 俺と瑞希の年齢差は四つ……つまり、瑞希が中等部に入学した時には、俺は中等部を卒業している、って訳だ。
「こんなに近くまで寄られると、彼氏に誤解されるぞ?」 練習帰りで、正直、汗臭い…しな。 「えっ?」 瑞希は意外って顔を見せて愕然としていた。 さっきのアピールがまるで届いていない、そんな表情だ。 「私、彼氏なんていないもん!」 頬を膨らませる瑞希。 そんな表情さえ、とても可愛い。 瑞希はそんなに可愛いんだから、きっとこの先、彼氏なんて選び放題だろう。 「それに(ちらっちらっ)……」 「ん?」 「……そういう宗ちゃん、には、か、彼女いるの?」 「居る訳ねーだろう!?」 居たら、こんな寂しい青春送っていないわ! 「え? い、居ないの!?」 (グサッ!)と、瑞希の言葉が胸に痛い。 「…当たり前だろうがぁ……」
現在の東条高等部には「東条のプリンス」と呼ばれている存在……『武田信晴』がいて、高等部の女生徒のほとんどが信晴に熱中である。 そんな状況下で、誰が好きこのんで、こんな凡才を相手にしてくれるものか……
「宗ちゃん…彼女、欲しいって思う?」 「んなもん、いつでも欲しいに決まっているだろうがぁ……鬼か、悪魔か! お前は……」 俺を出血多量で殺す気か、この幼馴染は…… 可愛い顔して、とんでもない小悪魔だな、こいつは。 「じ、じゃあ……」 どんな酷いことを言われるのか、俺は思わず身構える。 「私じゃ、だめかな……?」 (瑞希の何処が、何がダメなんだよ!?) 「……え?」 だから、その瑞希の言葉には唖然とさせられていた。 「そ、それって……? えっ?」 「わ、私…私ね、ずっと……ずうと、宗ちゃんが好きだったの。ち、小さい頃からね、ずっと……」 「………」 う、嘘だろう…… (これは……夢じゃないのか?) 今までにも瑞希に想われているかも、って思う機会は確かにあったよ。でも、それは初等部の少女が年上の上級生によく憧れる、っていう、そんな他愛もない現象だと思った。 もしくは……俺の自惚れだって、自分に都合の良い、甘い妄想だって思っていた。 (仕方ないんだよ……) だって瑞希は現代のアイドル並に可愛くて、こんなに美少女に成長してしまっていて……今さっきだって、もう彼氏ぐらい居るんだろうなぁ、って誤解していたほどだ。 だからそんな瑞希に告白されるなんて、まさに夢のような心地だった。
「………」 「ん、どうした?」 「へ、返事……やっぱり、私みたいな中学生は…だめ?」 「えっ、あ、いや……」 瑞希の心痛な表情に、俺は慌てた。 俺の返事なんて聞くまでもないことなのに。それだけに俺は、既に返事をしていたつもりになってしまっていたのだ。 もし仮にこの瑞希からの告白を受け流してしまっていたとしたら、俺は一生、絶対に間違いなく、この日を後悔し続けることに違いない。そう断言できる。 「俺も……瑞希は可愛いなって、ずっと思っていた……」 「…えっ?」 瑞樹の瞳が驚きによって見開かれる。 どんだけこいつの中では、俺の評価は過大化されているんだよ、って怖くなるぞ。 「ほ、ほんと? 本当に?」 「ああ、本当だ…嘘じゃない」 「ほ、本当に私と付き合ってくれる…の?」
確かに瑞希は去年まで、ランドセルを背負っていた初等部だ。そこに抵抗が全くない、って言えば嘘になるか。 でも、中等部になって、こんなに美少女に成長した瑞希と付き合えるのなら、俺はロリコンという称号を甘んじて受け入れよう。 そして、これだけは確信を持って言える。 この瑞希ほどの美少女からの告白で、俺の女運は全て使い切った。使い切ってしまった、と思えるぐらいだ。
「うれしい……夢みたいだよぉ!」 「夢じゃないって……」 しかもそれは俺の言うべき台詞だし。 「本当に……夢じゃないよね?」 「夢だったら、俺、泣くぞぉ!」 いや、まじで!
こうして俺たちは交際を開始した。
高等部と中等部では、区画が駅を挟んで正反対だ。だから登下校を一緒にすることはできない。せいぜい早朝、東条駅までの自走車を一緒に乗って、短い時間を共有するぐらい。 そんな短い時間だけでも、俺は満足していた。
部活の練習が終わった週末とか、休校日の休日とか、東条駅で待ち合わせてデートしたり、夜、寝る前には携帯端末で連絡したりもする。 キスとか、正直、したいと思ったりもする。 が、瑞希はまだ中等部……中学生だ。 (あんまりがっついて、嫌われたりでもしたら……洒落にもならん)
勿論、中等部の一年生と付き合っている、なんて、両親にも友達にだって、まだ言えない。 対外試合にも出れない補欠…… 俺はまだ五軍の選手の分際だ。 (そんな俺に、彼女?) 茶化されるだろうし、馬鹿にもされるだろう。 (瑞希の可憐さを見れば、納得するだろうが……その後の反応がとてつもなく怖いな……)
……五軍の奴の彼女。そう言われて、瑞希にも嫌な思いをさせるかもしれない。
だから、一軍(現在の県予選は、二十五人枠…)とは言わない。せめて対外試合のある二軍(百人)……に入る。捕手というポジションでは一軍を入れても、十枠もないだろう。厳しい目標には変わりはない。 二軍に昇格できたら……堂々と瑞希を彼女と、瑞希の彼氏だと公言するようにしよう。 今年の、夏の甲子園で優勝した東条高等部。 俺はその東条高等野球部の控え捕手、もしくは二軍の選手で終わるかもしれない。打撃はボロボロだし、捕手としては決して肩も強くはない。 そんな俺でも、やるしかない!
その東条の選手の彼女だと、瑞希が胸を張れるように。
→
進む
→
戻る
→カノオカ外伝のトップへ
|