閉幕話『 希望 』



       (視点・松田宗孝)




 それは唐突な、お別れを告げられるメールだった。

(何故……)

 ここずっと野球部の練習だけに明け暮れて、瑞希を放置させ続けていたせいかもしれない。

 瑞希が体調を崩していたのに、見舞いさえ行けなかった。

 瑞希は俺の彼女なのに……

 俺なんかの彼女になってくれたのに!



 俺に至らない処が多々あるのは解かっている。絶対に改善できる、なんて言えないけど……絶対に努力はする。



 俺は一縷の望みを賭けて、瑞希の携帯をコールした。



 なんとか寄りを戻せないか……

 俺に直して欲しいとこがあれば、本当に善処する!

(……頼む、出てくれ!)

 原因が部の練習なら、野球を辞めたってもいい。

(……っ……)

 失ってから初めて解かる、俺の、瑞希への想い。

 俺にとって一番に何が大事だったのか、改めて思い知らされる出来事だったのだ。



 電話に出られなかったのかもしれない。

 ただ端末から離れていたのかも……

(そうであってくれ…!)

 だが、現実は残酷で……

 その三十分後にリコールしては、着拒されてしまった。







(………)

 機械的なガイダンスが流れ、絶望感だけに満たされる。

「ははっ……」

 乾いた笑い声。それも長くは続かない。

 俺はそこまで瑞希を失望させてしまっていたのかもしれない。これでは直接、瑞希に会いに行った処で拒絶されるだけだろう。

 未練がましく、ただ迷惑に思われるだけかもしれない。

 本当に大切な彼女なら、練習をサボってでも……高等部を退学になってでも、見舞いに、瑞希を介抱してあげるべきだったんじゃないか!?

 涙が溢れて、次第に頬を伝って落ちていく。



 なんで俺は…瑞希を第一にしてあげなかったんだ。

 なんで、俺は……

 俺は…とてつもない大馬鹿野郎だ!





 俺は……瑞希の身に起きた、一連の出来事をとうとう最後の最後まで知ることはなかった。

 その意味でも、俺は瑞希の彼氏として失格だろう。

 そう、俺は最後の最後まで、何も知らなかったんだ。

 それだけに……あれから数か月が過ぎ、二年生に進級した今でも、俺は未練を引き摺ったままだった。



 そして、高校球児にとっての本番……

 俺たちの二度目の夏が迫っていた。



「あれ、松、そのペンダント……」

「あ、信晴。これ、な……」

 未練、という言葉が身に染みる。

 瑞希の誕生日に贈ったペンダントの同一の物を、未だに身に付けていることこそ、その未練の証拠だろう。

「元、彼女の誕生日にな……贈った同一のもんなんだ」

 瑞希を思い浮かべて、まだ「元」って言葉に抵抗を憶えてしまう辺り、俺はまだまだ……本当、未練がましいよなぁ。

「あ、ああ……」

 俺は未だに瑞希の未練で感情が一杯だった。だから、信晴が顔面を蒼白させていたことにも気が付かない。気が付けない。



 俺は信晴がコーディネイターであることを知らない。

 俺は信晴と瑞希が愛し合ってしまったことも知らない。

 未だに瑞希の心だけは、俺にあったことさえも。

 本当に何も知らない。俺はただの大馬鹿野郎だった。



 もし仮に、瑞希の身に起きた出来事を知って、瑞希がまた俺の彼女に戻ってくれる、というのなら、俺はきっと許せることだろう。

(俺は瑞希の純潔…に惚れてた訳じゃないからな)

 更に信晴の子を成していたのなら、それを俺との子として受け入れるだろう。俺の血を引いていない、と知って両親は不満な顔を見せるかもしれないが、その母親が瑞希だと知れば納得もしてくれるはずだ。

(信晴には一発殴らせて貰うがな!)

 俺は信晴が居なければ、正捕手にもなれなかった二流の、いや、三流程度の男だ。そんな不甲斐ない俺を想ってくれる瑞希は、俺には超が付くほどに、勿体無い存在……本当に超絶美少女だったんだから。



(……)

 人は、知らない方が幸せ、っていう。

 確かにそれは心理だろう。

 だが、知らなかった、といって……この絶望的な思いから救われるはずも決してなかった。





 それから携帯端末に送られた情報から、今年の『ミス房総大付コンテスト』の東条学区代表に、『井伊真由』と……そして、『結城瑞希』の名が連ねられていることを、俺は遠い甲子園の……神戸の地で知った。

 東条学区代表に、瑞希の画像がある。

 俺が贈ったペンダントをした……瑞希の姿だ。

(瑞希……)

 久しく見ることが叶った、俺の……「元」彼女。

 それでも俺の大切な存在であることに変わりはない。



(お互いに、厳しい戦いになりそうだな……)



 瑞希はこれより、現在、五連覇中の『真田琴菜』を始めとする北条学区代表の『トリプルティアラ』の面々。

 南条学区代表では『安東理奈』という、圧倒的な存在。

 同じ東条学区代表には、昨年の準優勝者にして、このたび信晴の婚約者となった、『井伊真由』の存在があり……

 そして西条学区代表には、琴菜六連覇最大の障壁と目されている、旧姓『南部深雪』の存在が際立っている。

 瑞希はその面々……超絶美少女ら集う場で、唯一に一人にしか与えられない、栄冠を争うことになるのだから。



(こっちは……正直、もっと厳しいな)



 連投もあってか、正直、信晴の調子が決して良くない。

 この東条高等野球部は、良くも悪くも信晴を中心としたチームだ。それ故に状況は最悪だと言っていいだろう。

 生来のずば抜けた実力と、窮地を迎えた集中力に持ち前の強心臓を発揮して、これまで点こそ与えていないが……このままでは、いずれ相手打線に捕まってしまうだろう。



(だが、負けられない!)

 俺が甲子園で活躍すれば、彼女の耳に届くかもしれない。

(同じ東条学区だし、な……)

 だから……。

 もう一度だけ、俺を見てくれるかもしれない。

(そうだ……瑞希に手紙を書いてみよう!)

 縒りが戻ることを切に願って……

(未練がましくても…いいじゃないか!)

 読んでくれないかも知れない。

 もしかしたら、破り捨てられるかも知れないだろう。

 それなら、それでいいさ……

 迷惑に思われたら、潔く謝ろう。

 だが、未練がましく、俺はまだ瑞希だけを想っている。

 その気持ちだけでも、瑞希には伝えておきたい。



 この気持ちを伝えないことには、何も始まらないんだ!



「……よし!」

 覚悟は決まった。

 スー……っと、息を吸い込み……ミットとマスクを両手に持って高く掲げる。

「……締まっていこうぜぇ!」

 俺の気合がナインを引き締める。



 とりあえず、優勝だ!

 できれば、俺の雄姿を彼女に届けたい。

 そのためにも……

 そう、甲子園春夏連覇しかない。



 もう一度でいい。



 もう一度だけ、瑞希との未来を信じ続けて……


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