序章【 桜の花が咲く頃に・・・ 】


 今年の厳しい冬も終わりに近づき、見渡せる景色も次第に春の到来を告げる色に満たされていく。特にこの時期、近衛邸周辺・京都御苑は四桁に及ぶ桜の木が咲き乱れて、来訪してきた観光客の心を奪う観光の名所でもある。
「・・・」
 ここ、京の主要街路でも着飾った芸子や様々な国柄の観光客らが行き交い、都会独特の雑踏が耳につく。
 水無月光一こと、俺は・・・既に何処の学校も春休みを迎えているはずなのに、無愛想な黒を基調とした中等部の制服を身に付け、周囲にはさぞ浮いているように見えることだろう。
「あぁ、光一先輩だぁ〜」
「ほ、本当だぁ」
 と、呼ばれたような気がして振り返ると、そこには鮮やかな私服を身につけた少女たちが手を降ってくる。
 さて・・・誰であろう?
 何となくではあるが見覚えがある以上、恐らく同じ中等部の生徒・・・後輩であるのだろう。だが、一学年に何百人と集う東洋学園とあっては、顔と名前を一致させることだけでも俺には一苦労だった。
「先輩、補習ですか?」
「違ぇーよ」
 俺は苦笑しつつも、そう思われても仕方がないと思った。

 水無月家の嫡子としてこの世に生を受け、物心がつく以前から剣を握り、ひたすら剣を振り続けてきた。そのことを悔やんだことは一度たりともない。だが、そんな俺でも同世代の少年少女の着飾った姿に、無縁とも思えるそんな世界を少しだけ羨ましく思えてしまうのは、十四歳という年齢上、致し方がないことであったのかもしれない。

 水無月家は京都を拠点とする退魔師家である。もっとも、俺の両親を含めて水無月家の退魔師が先の大戦、後に退魔戦争と呼ばれる戦いによって全滅してしまったため、今の水無月家はひと組の退魔師も居ないという、寂しくも厳しい窮状ではあったが・・・
 まぁ、それでも先の大戦によって、世界の脅威であった魔族軍が敗れ去り、世間一般は平和そのものであったものの、それでも魔族の生き残りや、自然発生する妖魔、怨霊などといった類のものは、いつの世にも決してなくなりはしないのだ。
 それらを撃退することを生業とするのが退魔師であり、また退魔剣士・退魔巫女たちに課せられた宿命でもあった。

 俺は名前も思い出せないまま同世代の少年少女たちと別れ、晴れ渡った上空を見上げて呟いた。
「風と水の精霊の奴が騒がしいな・・・」
 これは雷雨がやって来そうだ!
「少し、先を急ぐか・・・」

 退魔師・・・降魔や祓師とは異なり、より正確に言えば、この世界における退魔師とは、精霊使いのことである。俺も微弱ながら四大元素の精霊たちから力を借りることができるし、今日、剣士見習いとなった俺にも巫女からの支援が受けられるようになれば、より大きな力を振るうことができるだろう。
 そう、俺は今日・・・この京の都、関西地区を代表する退魔師家主催のお披露目の儀に出席し、生まれて初めての、自分だけの巫女を得ることが許されるのである。
「・・・」
 許されるのだが・・・
「できれば、可愛い子がいいなぁ・・・」
 んっ・・・いや、容姿よりも性格のほうが重要か?
 でも、これからずっと一緒に居ることになるんだぞ!?
 それを考えると・・・
「やはり、容姿も重要だよなぁ・・・」
 正直、ここ最近はこんな悩みで寝付けない日々が続いている有様であった。

 儀式によってのみ誕生する退魔巫女たちは、大抵、どの巫女も美女もしくは美少女たちである。ほとんどの時間を剣に割いてきた唐変木の俺でさえ、これまでに見てきた巫女たちに心をときめかせずにはいられなかったほどである。だが、「大抵」と言った通り・・・勿論、ハズレも存在はする。そして俺の場合の深刻な点は、自分の意思で巫女が選べなかったことであろう。
 先述でも触れたが、水無月家には今現在、退魔師が不在ということで、何処の退魔師家にも軽視されているのが現状であり、このたび退魔剣士・見習いとなった俺には、退魔師結社からの裁定によって巫女が選ばれたのである。
 この結社の裁定は退魔師にとって絶対の掟であり、決して覆ることはない。それゆえに今回の巫女の選定にも、俺には異議を唱えることはできないのであった。
 いや、今の落ち潰れた水無月家に巫女が来てくれるだけでも、結社には感謝するべきなのであろうが・・・
「せめて写真だけでも送って貰えたらなぁ・・・」
 そうすれば、どんなに最悪であっても心構えだけはできるのに、と思わなくはない。現時点において俺が解っていることと言えば・・・「中川 桜」という巫女の名前と、俺より二つ下の十二歳ということだけである。
 もし、その中川桜という巫女が(確率としては一割とされているが・・・)ブスで、性格も最悪だったとしたら・・・かつて、ある高潔だった剣士は、そのまさかの巫女を引き当てて、その翌日に自殺してしまったというが・・・
「・・・」
 決して俺も笑いごとではないぞぉぉ!!

 この名前と年齢しか知らない巫女と、俺はほぼ一生をかけて付き合わなければならない。それが退魔剣士と退魔巫女の宿命なのであった。


 俺は退魔師家で主筋にも当たる名家・近衛一成様に到着の挨拶を済ませ、客間の一室で待機するように命じられた。今日、ここ近衛邸でのお披露目の儀は十組が予定されており、俺は八番目の来客ということになる。
 先客の・・・いずれも同格の退魔剣士見習いではあるのだが、いずれも年長者ばかりなのは、俺が落ち目とはいえ、水無月家の直系であるからだろう。
(みんな、落ち着いているなぁ・・・)
 結社からの選定によって巫女を得るのは、もしかすると俺だけなのかもしれない・・・

 この退魔剣士と退魔巫女による組み合わせは、大きく分けると二つほど存在する。一つには、所属する退魔師家同士で話し合われ、退魔師結社に予め申請しておく場合である。この場合は剣士も巫女側も相手のことを良く知る人物であり、戦闘における連携や戦い方の呼吸などに大きなメリットがあるといえるだろう。
 もう一つには、俺のように結社からの選定によって、剣士見習いの年齢に相応な年頃の巫女が選ばれる場合がそれである。

『では、剣士諸君及び巫女の全員が到着したところで、これより近衛家主催となるお披露目の儀を開始とする!』
 先ほど挨拶を交わした近衛一成様が上座に着席し、儀式の進行を任された男は、恐らくこの近衛家の師範役であろうか。道場の隅々にまで大きな声が鳴り響く。と、同時に道場には固有結界が展開されて、結界内の時の流れが僅かに穏やかになっていった。
 そう、いよいよお披露目の儀が開始されたのだ。
「くっ・・・」
 やべ・・・き、緊張してきたぁ。
『まず、名を呼ばれた剣士は前に出て、入室してきた巫女と対面して頂く。それから巫女が剣士に誓約を述べ、即座に霊線の接続を行って貰うことになる』
 霊線の接続・・・それがお披露目の儀における主目的なのである。これによって剣士は巫女から霊力の供給を受けることができ、剣士一人では成し得ない霊力を振るうことができるのである。
『巫女が霊線を接続し易くなるよう、剣士には接続されるまでの間、巫女との舌による接触が義務付けられる!』
(えっ、舌って・・・)
「それは、この場で巫女とキスをしろ、と?」
 心における俺の唖然を、隣の剣士が代弁してくれた。
『左様』
「そのための固有結界であるからにして、何の気兼ねをすることなく、巫女の唇を奪うが良いぞぉ〜!?」
 司会の返答は短く、上座に座っていた男が剣士に向けて補足する。
 巫女は原則として、精霊と友好的な関係を維持するために性交は無論のこと、性的な接触さえも厳禁とされている。が、唯一に一部の固有結界内においてのみ、例外として許されている。退魔巫女が新たな巫女を出産できる、降臨儀式がその最たる例ではあろう。
『また接続したばかりの霊線はまだ不安定なため、今夜一晩、巫女と一部屋で明かして貰うことになる。近衛様の計らいで、客間にも固有結界が敷かれることになっており、今夜一晩に限り、剣士の諸君は好きなように過ごす(楽しむ)が宜しかろう』
 それは猛獣の檻の中に、美味な餌を放り込んだようなものではないだろうか。
 が、俺は素直にそれを喜べなかった。まだ自分に与えられる巫女が解らないという不安もある。だが、それ以上に上座に座る男の(もう近衛様とは呼ばない)表情が気に入らなかったのだ。
「まぁ、間違いなく盗撮されているんだろうねぇ〜」
 その剣士の意見に俺も同感だった。
 もっともその剣士は、もう巫女との甘い一夜には非常に乗り気であるようであったが・・・

『では、浅井家の剣士見習い、浅井陽一殿。二十歳。前へ・・・』
 いよいよお披露目の儀は始まり、一人の剣士が呼ばれ、名を呼ばれた巫女が固有結界の展開する道場に入室してくる。恐らくはやはり顔見知りなのであろう。極短い名乗りを果たした後に淡々とした誓約を済ませ、そして巫女の方にも説明がされてあるのか、どちらかというまでもなく唇を重ねていく。
 長い、長い唇の・・・舌の接触の時間だった。
 呼ばれた剣士の中には、明らかに巫女が霊線の接続を終わらせているのにも関わらず、巫女の口内を奪い続けている者もいた。無論、それを止めたりするような、無粋な真似をする者は皆無であった。
 俺でさえ、普段では退魔剣士と退魔巫女は性的な接触はできないのだから、と、納得していたほどである。
 ただ俺が気にし始めていたことは、九人目までの剣士が呼ばれて、その九人目までの巫女までが美しかった、ということであろう。残るは一組・・・つまり、俺と中川桜という、名前と年齢しか知らない巫女だけで・・・。
 確率の問題でいけば・・・(涙)
『では、水無月家の剣士見習い、水無月光一。十四歳。前へ・・・』
 来客の剣士の中では最年少であり、まだ中学二年でしかない俺には呼び捨てであったのだが、俺にはそんなことなどもはやどうでも良かった。
(ああ、もう自棄だ。どんなブスだろうとキスしてやればいいんだろう!)
 俺は覚悟を決めて身を乗り出す。
『では、中川家の退魔巫女見習い、中川桜、十二歳。入室するがよい』
 俺の鼓動が一際高くなる。
 さぁ・・・どんなブスが・・・凶と出るか、鬼が出てくるのか(※動揺中)
 すー、と襖が引かれて、その最後の巫女である彼女が登場した途端、道場の・・・(特に俺を含めた剣士や司会役の師範役など)周囲の男たちの空気がまるで凍りついてしまったかのようであった。



 それはお披露目の儀が行われる三日前のことでした。
 出立の準備を終えて中川の家を出ようとした私・・・中川桜は、門前で思わぬ送別を受けることになる。
『桜ちゃん!! もう、行っちゃうの!?』
 それは私にとって一つ年長の幼馴染であり、兄である佑ちゃんの退魔巫女見習いである、瑞穂琴葉ちゃんであった。
「うん」
 私は敢えて微笑んで見せた。
 本当はこのまま黙って、友達の誰にも別れを告げずに旅立つつもりであったのだが、恐らくは兄である佑ちゃん(佑樹)がみんなを集めてきてくれたのであろう。それを咎めるつもりはなかったが・・・最後の最後でまた泣き出してしまいそうで、そんな自分がとても怖かったのは事実でした。
 佑ちゃんと琴葉ちゃん以外にも、琴葉ちゃんの姉であり、私生活でも巫女修行においても大変お世話になった香菜葉さん。それに意外と言っては失礼ではあるけど、佑ちゃんの良き(?)ライバルである穂積家の伶人さんと綾香さんまでが駆けつけてくれていた。
『も、もう会えなくなるって、わけじゃないよね!?』
「・・・」
 横に頭を振る。それは私にも解らないのだから・・・
 その琴葉ちゃんの疑問に答えられる人物が居るとしたら、お披露目の儀で初めて会うことになる方・・・今の私には姓名と二つ年長である年齢だけしか知らぬ方、水無月家の水無月光一様だけなのである。

 それが退魔巫女になるということだと、退魔師結社からの通達があった際に父様は私に諭してくれるように告げた。
『いいかい、桜?』
 父様の瞳には哀愁の色が濃く浮かんでいた。
 恐らく父様も私のことを悩んでくれた上で、この通達を受け入れた・・・受け入れざるを得なかったのであろう。退魔師家にとって、退魔師結社からの裁定は絶対遵守なのであるのだから・・・
『もし・・・桜が今思い描いている退魔剣士という人種が、雅哉や佑樹のような人格と思っているようなら、まず、そんな甘い考えは捨てなさい』
 長男と次男の存在を例えにして、父様の言葉は紡いでいく。
『これまでにもね。粗悪な剣士に従うことで、涙をした巫女は決して少なくはないことだろう・・・だが、巫女とはあくまでもその剣士に与えられた所有物という扱いになる』
 所有物・・・
 そう、父様の言葉に偽りはない。あくまで退魔巫女とは、その退魔剣士に与えられた戦いの道具であり、そして自由にできる権利なのである。
『つまり・・・その剣士、いや。お前の剣士となる水無月光一が、桜をどのように扱うことになるとしても、他者には口を挟むことは許されない。それがたとえ、その退魔巫女の父親であった、としても・・・』
 だから、桜には願わくは・・・、と父様の言葉が途切れて、大粒の涙が零れ落ちていった光景を、私は決して忘れることはできないだろう。

『では、これを期に・・・』
 暫くの時をおいて、平静を取り戻した父様は私に告げる。
『この日、この時をもって。お前と私、お前と中川家とは何の関わりもない赤の他人となることとする』
「ち、父様・・・」
 私は俯いたまま、頷くことができなかった。
『ほら、桜。もう・・・私のことを父と、呼んではいけないのだよ?』
 辛うじて「そんな・・・」という言葉を私は飲み込んだ。
 そう、私が退魔巫女である以上、そして水無月家の退魔巫女となると決まった以上は、そういうことなのである。それでも掟というものを頭や理屈だけで理解できていたとしても、すぐに感情を納得できるはずもなく・・・
 私が生まれてすぐのこと。退魔巫女であった母は、先の大戦によってこの世を去っており、それからの私は、父様の愛情によって大切に育てられてきたのである。
 それだけに、すぐに受け入れられるはずがなかった。
『出立するその日まで、自分の好きなように時間を費やしなさい』
 私は懸命に頭を横に振って、父様にしがみつく。
『やれやれ・・・もう、泣くことさえもダメなのに・・・なぁ・・・』


「本当は明後日の琴葉ちゃんの誕生日までは、こっちに居たかったけど・・・父様が遅れることがないよう、時間的に余裕をもって行きなさい、って」
『そんなぁ・・・』
 本当の姉妹のように育ってきた、いつも明るい元気な琴葉ちゃん。それだけにこのままでは私まで貰い泣きしてしまいそうだった。
 ・・・仕方がない。
 私は纏めてあった荷物の中から、包装された箱を琴葉ちゃんに手渡す。本当は向こうで、郵送で贈る手筈だったはずの誕生日プレゼントである。
「佑ちゃんはね、琴葉ちゃんがたまにしている、ニーハイが特に気になっているみたいなの」
『こ、こら、桜!! 琴葉に変なことを吹き込むなぁぁ!』
「この前も・・・佑ちゃん、すごく意識していて・・・露出は少なく、絶妙なラインがポイントらしいよ」
 私はその琴葉ちゃんの表情を盗み見て・・・およそ普段と変わらない彼女の微笑みに安堵する。
 やはり琴葉ちゃんはこうでなきゃ。
『桜ちゃん。不慣れな土地で、見知らぬ剣士の退魔巫女になるってことは、すごく大変なことだと思うけど・・・その、とにかく頑張りなさい』
「香菜葉さん。ありがとうございます」
『その水無月の光一だったっけ? 桜ちゃんの退魔剣士・・・ふざけたことを抜かすようなことがあったら、私にこっそりと教えなさい。こっちから出向いて、きっちりと再教育してあげるから・・・』
 素晴らしい笑顔で恐ろしいことを口にする香菜葉さん。
 でも、本当に実行しそうで・・・その光景が容易に想像できるところが、香菜葉さんの実力と性格を物語っているともいえるだろう。
『餞別だ。持っていけ』
「えっ?」
 私は伶人さんから受け取った石を眺める。
「せ、精霊石・・・?」
 精霊石は精霊が現世に留まったままで結晶化した、非常に貴重な石であり、この化石それ自体にも霊力が宿っている。
 その貴重ともいえる石を手渡すと、伶人さんは踵を返して立ち去っていく。
 普段から寡黙で、特に接点のなかった先輩でもあっただけに、私は唖然とせざるをえない。
『義兄は以前から、貴女を気にかけていらしたからね』
 それは穂積家の養女であり、伶人さんの巫女でもある綾香ちゃんが、寡黙な義兄の気持ちを代弁してくれていた。
『そ、そうだったの!?』
 彩香ちゃんを除く全員が驚きを禁じ得ないでいた。伶人先輩とは良き好敵手としてあるはずの佑ちゃんは無論、大胆不敵な香菜葉さんでさえも。
 わ、私を・・・あの伶人先輩が・・・?
『ふん。置いていくぞ、綾香』
 その振り返った頬には僅かな赤みが差しており、常にクールで冷静沈着、異性の同級生や下級生から圧倒的な人気を誇る伶人先輩の意外な一面が、その最後に見られたようであった。
『それじゃ、桜さん。お元気で・・・』

 私は父様の手配してくれた車に乗り込み、生まれ育った中川の屋敷を出た。その大きな中川の屋敷が見えなくなるまで、琴葉ちゃんたちは誰一人立ち去ることもなく、追い越していった伶人先輩は無言のまま、隣の綾香さんは手を振って見送り続けてくれていた。
 いつまでも・・・
 いつまでも・・・完全に見えなくなるところまで・・・



『では、中川家の退魔巫女見習い、中川桜、十二歳。入室するがよい』
 その彼女の登場に、俺は思わず硬直したかのように茫然としてしまった。
 これまでに登場した九人の巫女・・・い、いや、俺の知りうる限りでも、彼女ほどに可憐な美少女は存在しなかったのだ。
 それは列席した剣士たちにも同感であったようで・・・
「中川家の、桜、と申します・・・よろしく、お願いします」
 背中で一つに結ばれた艶やかな長い髪。肌は雪のように白く、顔立ちは誰もが息を飲むほどに整われ、小柄な身体に反してすらりと伸びる四肢は、まさに芸術品といっても過言ではなかった。

 俺の知らなかったことではあるが、この儀式の後に近衛様(動揺して、再び様付け・・・)から教わったことであるが、桜は東北の退魔師界が誇る至宝の一人に挙げられ、琴葉と綾香という絶世の美少女の三人で舞った、昨年の東北聖誕祭は、後世に長く語り継がれることになるほどの盛況さであったという。

『コホン』
「あ、・・・水無月家の光一です。よ、よろしく・・・」
 俺は指南役に促されて、ようやくにして辛うじてだが我に返ることができた。
『では、中川桜。汝は水無月家の退魔剣士見習い・水無月光一の巫女として仕えることに相違ないし、異存はないな?』
「はい」
 途端に背後の剣士たちの落胆が聞こえてくるようであったが、俺には彼らに優越感に浸るだけの余裕はおろか、先程までの懸念が取り越し苦労であった安堵感さえもなく・・・
『よし。では汝の剣士に向け、誓約の言葉を・・・』
「はい。私、中川桜は、水無月光一様の巫女として仕えることを、ここに誓約を致します」
『水無月光一にも、相違、異存はないな?』
「は、はい・・・」
 あ、あるわけがない・・・だろう。
 あくまでも淡々とお披露目の儀は進行していき、未だに完全には立ち直れていない俺はここにきてようやく、更なる事態の深刻さに迫られていた。
『では早速、霊線の結束を行って貰おう』
 その司会の言葉に桜は俯いたまま俺の方に歩み寄り、瞳を閉じた息を飲むほどの可憐な表情が向けられる。
(うっ・・・)
 はっきり言う。幼少の頃から剣だけに明け暮れてきた俺も一応は男である。そりゃ、こんな美少女とのキスを夢見ていたことは一度ならずともあった。だが、実際にそんな局面を迎えることになって、それがこんなにも冷や汗な出来事であったとは・・・
 こんな美少女に、俺なんかが・・・本当に、キスしていいのだろうか?
 鼓動は激しく、まさに爆発寸前のようであった。敢えて平静を装って視界を閉じたところで、桜の爽やかな匂いが彼女の存在を強く強調していた。
 俺は恐る恐る、彼女の・・・桜との唇と重ねていく。そして徐に舌を突き出すと彼女の口はそれを受け入れ、彼女の口内で小さな舌と触れ合う。
 それから時間にして、僅かに数秒のこと・・・
(あっ・・・)
 何かがつながった、と思ったその瞬間、俺は思わず目を見開いて、確かな手応えを実感していた。と、同時に再び瞳を閉じたままの美少女を・・・桜を強く認識してしまうことなり、途端に俺の体は固まったまま、尚も桜の口内を貪り続けてしまうのであったが・・・
(これが・・・桜の霊力・・・)
 普段の俺では決して持ち得ないほどの膨大な霊力が注ぎ込まれている。
 これだけの霊力があれば・・・俺一人の霊力だけでは至難な、あの技もきっと・・・

 俺は彼女の唇を解放すると、ゆっくりと優しく桜の身体を抱きしめる。
「ありがとう、桜・・・これから、よろしく頼むよ」

 京の都、近衛邸の桜の花が満開するその季節。
 俺の包容の中で、桜は無言のまま頷いた。
 この瞬間に巫女の中でも絶世の美少女の一人、中川桜は、本当に俺だけの巫女となったのである。
 そう、俺だけの・・・巫女に。


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