第六話・魔【 出産の別離 】


  私には一人の兄と一人の弟がいた。勿論、母親が同じというだけで私と同じ父親を持つ兄弟はいなかったが、それでも仲違いすることもなく、また自分が何をし なければならないか、この魔幼界(現界よりも静かな、自然だけに恵まれた人工世界)で自意識を自覚させた私にも解かっていた。
 そう、ここは仮初の世界・・・
 まだ見ぬ母が私たちのために創ってくれた、固有結界の世界だった。
 そこは現界の世界と同様に、一日の昼夜もあれば一年の四季もある。そして生きるための術や知識など、生まれながらに母から与えられてもいた。

 そこで私たちは自らの肉体の成長と戦闘技術を向上させ、私たち一族が持つ翼を発現させなければならない。この翼は私たちのステイタスが一定値まで向上したという証であり、一族の雄である兄と弟は黒き翼。雌である私には白き翼が発現することであろう。
 兄は剣と魔術を磨き・・・弟は弓と魔術を得意とした。兄弟ほどに身体能力に恵まれなかった私は、魔術と己の指先にある爪を主武器とした。
 いずれ私たちにも訪れるであろう、『退魔師』との戦いに備えて・・・
 『退魔師』とは、近接戦闘のエキスパートである『退魔剣士』と、膨大な霊力貯蔵量によって戦闘をサポートする『退魔巫女』を一対とした名称である。

「それではサキュラ・・・先に行ってくるな」
 弟のクリフトを頼むと長兄は微笑む。
 最初に黒き翼を実現化させたのは長兄だった。そして、その翼が実現化して初めて、この母の創ってくれた結界から出ることが許されるのだ。
「アレス兄さん、ごめんなさい」
 尚も翼を得られない私と弟は、兄に心から謝罪をした。
 アレス兄さんと妹である私、そしてクリフトは兄姉弟ではあるが、ほぼ同時に生誕しており、ほぼ同じ時間の時をこの魔幼界で共有している。それだけに私だけではなく弟も、既に翼を発現させることができていた、としても不思議はない。
「いや・・・特にサキュラ、お前は完全な戦闘型ではなく・・・俺たちにはない使命も帯びている。当然だろう?」
「兄さん・・・」
 私はその使命を自覚して頷くしかなかった。
 そう、雄である兄や弟と違って、雌である私には、別に大きな使命がある。いつか子種を得て、子孫を産まなければならない・・・という使命が。無論、それ は必ずしも同種族の相手とは限らない。意のそぐわない相手(例えば腐った死体のようなグールとか、脳内筋肉のようなオーク族とか・・・)に身体を許し、子 を成さなくてはならない。
 それが唯一、雌として誕生した私の使命である。

 兄が去ってそれから間もなく、弟が黒き翼を実現化させる。弟とはいえ、やはり戦闘型なだけあって、姉である私よりも早かったのだが、もはやそれは言い訳であったかもしれない。
「サキュラ姉さん、じゃ、アレス兄さんのところで待っているね」
「う、うん・・・」
 俯きながら頷くしかなかった。
 遂にこの魔幼界には私だけが残されるという、その日が来てしまったのだ。
「その・・・姉さん、に、一つお願いを・・・してもいい?」
「なによ。もう・・・」
「そ、その向こう(現界)で、ね・・・」
「何小さい声で畏まっているのよぉ?」
 クリフト(弟)らしくもない。
 私を置いて先に現界に旅立つことになる弟である。大抵の願い事ならば叶えてあげるつもりであった私であったが・・・さすがに次のクリフトの発言には私の予想を遥かに超えていたものであった。
「向こうで・・・僕と・・・僕の子供を産んでよぉ!」
「!!」
 まさに実の弟からの求愛であった。
 魔族には・・・とりわけ私たちの一族には、近親相姦という概念はない。いやむしろ血が濃くなることで奨励されているほどである。実の娘を父親が抱いて孕ませることは、私たちの種族では常識的なことであったのだ。
「か、考えておいてぇ!!」
 弟は私の承諾(するつもりだったのにぃ〜)を聞く前に、現界へと旅立っていった。瞬間移動のように姿を消し、私は消化不良の感情を持て余しながら、虚空を眺めることだけしかできなかった。

「あ、あっ・・・」
 それから数日後のことだった。遂に私にも・・・って、あれ?
「黒いよぉ・・・私の翼・・・」
 もう一度、翼を広げて振り返る。
 うん、確かに漆黒・・・真っ黒だわ。別に白い翼に憧れていたわけじゃないけどねぇ・・・かなり納得がいかないんだけどぉ〜これぇ。
 私は脳内にある知識の宝庫から、過去の事例を検索し・・・そして目的の、該当する一例を目ざとく見つけ出した。
『有翼人族・サキュバスの例外』とあり、検索をした結果・・・私には魔王級に匹敵するほどの魔力の素質が与えられていたらしい。無論、素質であって、それを開花させなくては、ただの宝の持ち腐れではあるが・・・
「ま、魔王級・・・」
 胸が一際高鳴る。やはり魔族として・・・力の象徴でもある自分の魔力の素質が認められたようで、この上なく嬉しかった。そして私は意気揚々として、心の中で開いた扉・・・現界への世界を押し開いていく。
 すぐにまだ見ぬ母に褒められ、甘えたかった。兄や弟に自慢したかった。私にも黒き翼・・・それも特別な黒き翼を得られたのだと。
 そう何も知らない私は、意気揚々として・・・


「・・・ここは、何処?」
 後に解かったことであるが、私が現界して降り立ったのは四国の湾岸地帯であった。
 魔幼界から現界に移動するにあたって、出現地はそれぞれ異なる。正確な理由はまだ明白となっていたが、恐らく時間の流れが大きく異なる異世界ということもあって、魔幼界を創った母にも、現界の扉を開いた私でさえも、出現地は実際に降り立ってみなければ解からない。
「これが・・・現界・・・」
 感慨深く、私は大きく息を吸い込んだ。
 が、そんな私の心境などに関わりなくこの地のすぐ傍で、強力な魔力の発生と・・・恐らくこれが『霊力』なのであろう、互いの力が拮抗するような力場を発生させていた。
 そう、母や父が存在する、そして兄や弟が先に降り立った現界では、既に人間による『退魔師』との退魔戦争が勃発しており、ほぼ全ての『退魔師』と『魔族』とが激戦を繰り広げている、その真っ最中だったのだ。
 すぐに脳波にて父と母に連絡を付けようとして・・・私は愕然とした。
 いや、父や母だけでない・・・アレス兄さんまで!!
 そう。魔幼界による時間の流れと現界による時間の流れは異なり、あっちの世界での数日が、こっちの世界での数か月にも該当してしまうのだ。
 私は慌てて、唯一に生存している弟に呼びかける。念話は私たち一族の得意分野であり、血縁関係ならば距離にも左右されない特殊技能だ。
 だが、弟はこちらの呼びかけに応じようとはしない。いや、私からの念話を遮断しているようでもあった。
 何故・・・!?
 繋がらない念話にしびれを切らし、私は弟の所在地を確認して飛翔する。
「場所は・・・近畿・大阪・・・」
 念話が繋がらない理由を考えたくはなかった。弟に嫌われてしまったとか、現界では繋がりにくいとか、そんなところだろう・・・と、勝手に決めつけていた。
 だが・・・

 確かに弟は生きていた・・・いや、生かされていた、というべきか。もっと正確に言うなら・・・まだ死んでいない、というだけであった。
 ・・・辛うじて。

 退魔師との戦いに敗れ、戦う術を失った弟は、その退魔師が所属していた退魔師家まで連行され、数多の見習いや門下生らの練習台として、嬲りものにされていたのだ。
 クリフトは・・・もう、永くはないだろう。結界によって弱体化させられており、両腕を奪われ、両目を潰されていた。その治療もされずに連日のように、数十、数百人の退魔師見習いや門下生らに痛めつけ続けられてきたのだ。
「・・・」
 そんな姿を弟は、私に見られたくなかったのに違いない。
 途端に私は逆上していた。瞬く間に数十人の見習い、門下生を血祭りに上げていく。如何に結界の中とはいえ、見習い・門下生程度に後れをとるような私ではない。
 これが私の・・・
 そう、私の退魔戦争の始まりであった。

 無論、長居はできない。退魔師家の結界とは、侵入するだけでも膨大な魔力を奪い上げ、体力を削っていく。直線的に標的へと飛翔した。その間にも逃げそびれた未来の退魔剣士の生命を切り裂いた。
(すまない・・・)
 まだ年端もいかぬ少年たちだろうと、私の中に躊躇いはなかった。弟を無残にもいたぶった下衆であり、そしていずれは同族を仇なす退魔剣士なのだ。
 私は可能な限りに両の爪を閃かせ、赤い鮮血を迸らせた。
(すまない・・・)
 だが、私は心の中で何度も詫びていた。
 生まれたときから、結界の中で一緒に過ごしてきた弟・・・
 私を抱きたい・・・一緒に子を成したいと言ってくれた、初めての異性。
 そして私は標的へと辿り着くと・・・自らの爪を胸元に突き刺した。
 実の弟の肉を抉る衝撃が爪から腕へと伝わってくる。
 救出は不可能だ・・・いや、例え弟を連れて退魔師家から逃げ遂せた、としても弟の生命は数日と持たないだろう。例え治癒術を施しても、もうクリフトには治癒するだけの生命力がなかったのだ。
(すまない・・・)
 私は敢えて無表情を貫いた。何も知らさずに逝かせてやる・・・それが弟への、せめてもの情けだと思った。
 だが・・・
「あ、ありがとう・・・ね、姉さん・・・」
「!!」
 なっ・・・
 途端に私は弟の血を新たに染めた爪を抜き去る。
 退魔師家からの退却を開始しながら、尚も結界による呪縛を受けつつも、私は自然と流れ落ちる雫を留めることはできなかった。決して泣くまい、と心に誓ったのにも関わらず・・・私は。

 それが後に言う、退魔戦争が終焉する・・・最大の激戦地であった東北において、魔王様が敗れた・・・数年前の出来事であった。



「私らしくないわねぇ・・・昔を思い出すなんて」
 私は出産した長男のスティールを右に、長女のクレアを左腕に抱きながら、深い溜息を漏らした。初めての出産だったということもあって、自身の記憶を呼び起こしてしまったのだろう。
「・・・」
 私は右腕に抱く長男、スティールに頬ずりをする。
 私の一族は出産の際に、ある程度の能力値や特性を調整することができる一族である。アレス兄さんやクリフトが近接戦闘型であり、私が万能支援型だったように、それぞれを任意に産み分けることが可能だ。
 例えば、切望する(マスターも私もどちらかといえば距離を置いて戦うタイプのため)近接戦闘型を出産しようと思えば、ガチガチの筋肉タイプから、俊敏性を売りとする技巧派のように設定することができる。

 まず、長男のスティールには、主に前衛も後衛も無難にこなせるであろう、万能的なステイタスを与えた。ただ万能型といっても、ただの器用貧乏ではない。 (マスターの遺伝子と私の遺伝子の相性・・・何より共に素質だけは非の打ちどころがない組み合わせ故に)無事に成長すれば、いずれも一流と呼んで差し替え ないほどの強者であり、男である分だけ、戦闘面では私よりもマスターのお役に立てることであろう。

 次に長女となったクレアには、長男と比較すれば近接よりだが・・・魔法も決して不得手としない万能型に調整をした。また容姿も退魔巫女と比較して遜色が なく、人間の言葉でいう「才色兼備」を意識したつもりである。特にクレアには戦闘だけでなく、子孫を設ける役目も負って貰わなければならない。
 うん、成長すれば・・・かなりの美少女だ。
 これならきっとマスターも満足してくれることだろう。

「そうね、やはり近接タイプの子供も欲しいところね・・・」
 こうして次男となる『アーク』を誕生させる。
 私が口にしていたように、完全な近接タイプのファイターであり、魔法の素質は全くないものの、その分だけ俊敏性に優れ、近接攻撃力を底上げさせておくことにした。時間と経験を積ませていけば、きっと良き前衛となって貰えることであろう。


 私はベッドの上に生まれたばかりのスティール、クレア、そしてアークを並べるように寝そべらせて、震えている右手を突き出した。やはり自分が産んだ生命ということもあって、すぐに手放さなければならないことに躊躇いがなかった、といえば嘘になろう。
 だが、このまま手元に・・・現界に置いておけば、明日の作戦に支障をきたす恐れもある。何より母と同様に魔幼界に送り出すことこそ、子供たちにとって一番の身の安全ではあるのだ。
「さぁ、貴方たち。早く成長した姿を私に見せなさいよ・・・」
 ただ私は母の固有結界・魔幼界と少し異なり、結界の特性に少し調整をしておく。子供たちには私のような後悔極まる過去を味あわせたくはない。故に私は、『結界内の子供たち全員が翼を得るまで、現界の扉を出現させない』ことにしたのだ。
 これならば現界する時も、場所も離ればなれになることはあるまい。
「・・・では、お行きなさい・・・」
 私は子供たちへの想いを・・・躊躇いを振り払うか、ように固有結界を発動させる。私だけが創り出した魔幼界だけに、外部からの侵入や干渉はなく、危険も 少ない。また時間の流れも現界ほどに緩やかではない。その母の創った大地で子供たちは成長を遂げて、自分たちの実力によって現界へと戻ってこなければなら ないのだ。
 そこで初めて、私は子供たちに「母」と名乗ることができるのだ。
 スティール。
 クレア。
 アーク。
 それぞれの名前に、戦いや世界の理などに必要な知識は生まれた時点で与えてある。結界内の危険は少なく、これが今生の別れというわけではない。いつか必ず会えると解かっていても・・・
「・・・」


 マスターとの間で設けられた受精卵は、あと三つを残す。
 更に出産を強行することもできたが、それではかなりの体力と魔力を喪失してしまい、明日の作戦に差し支える可能性があった。

 明日の作戦・・・それは。
 ―――約二時間ばかり時を遡る。

 マスターが望む巫女を・・・水無月光一の退魔巫女(見習い)中川桜を、マスターに捧げることに協力する、という契約が成立して、白雪奈々は同じく解放された荒川裕二に伴われて退室していった。
 読心術からでも、二人が裏切ることはない。特に白雪奈々の方は、中川桜をレイプするためのその予行練習・・・あくまで練習台として扱われたのだと知ってプライドはズタズタ・・・『あの娘も、めちゃくちゃにしてよぉぉ・・・』と逆に、マスターに嘆願したほどのものである。
 歪んではいるものの、彼女が親友である桜もレイプして欲しいと願った気持ちは、魔族とはいえ一人の雌である私にも理解できなくはない。幼少の頃から想いを寄せていた異性を取られ、そして自分は意も望まぬ相手に、その練習台としてレイプされてしまった、とあっては・・・
 現在の奈々にとって中川桜とは、もはや心の知れた親友などではなく、これ以上にないほどの憎悪の対象でしかなかった。
 だが、人間の感情はすぐに変わってしまう・・・変節してしまう恐れがある。例えどんなに激しい怒りや憎しみでも、些細な出来事や謝辞などで薄れたり、堪えたりするのが人間という生き物であり、また美点の一つでもあろう。
 そのため、私は内心でマスターの許可を得て、奈々の現在の感情を暫くフリーズさせておくことにした。奈々の「桜もレイプしてぇ」とまで嘆願した激情は、尚も暫くの間は持続する。
 また協力を違えた場合にも備えて、それぞれに最悪ともいうべき強迫観念を植え付けてもおく。よもや裏切られる心配ないだろう。

 私の肉親の全てを奪った『退魔師』とは、『退魔剣士』と『退魔巫女』を一対とした名称であり、主に退魔剣士は武器具現化による近接戦闘のエキスパートであり、それに退魔巫女が膨大な霊力貯蔵量によってサポートする。
 退魔剣士と戦う場合には、如何に間合いを維持できるか。
 逆に退魔巫女と相対した場合には、どれだけ接近戦に持ち込めるか、に限るだろう。これは見習いである水無月光一、中川桜ペアの二人には、特に有効な戦術だと思われる。
「その性格も相まって、ね・・・」
 桜は明日、親友である白雪奈々によって呼び出される手筈となっている。その直後に以後は侵入不可となる結界を張り、分断させることによって水無月光一を無力化させる。
 一応、私がその間、足止めの任を帯びることになるが、巫女の身柄さえ確保してしまえば、剣士の武装解除と投降は容易なものであろう。
 その上で光一の助命と解放を条件に、桜を脅迫し・・・それを拒むのなら、マスターに力づくで・・・レイプによってモノにして頂く。
 ふふっ、と唇を綻ばせる。それこそマスターがまさに望む展開ではあろう。
 そう、マスターには『性魔術・聖魔淫行』がある。
 この独自魔術でもある聖魔淫行は、それまでに魔王様だけが扱えた特殊な性魔術であり、誰にも扱える術式ではない。恐らく現存する魔族・魔物を含めた闇夜の眷属の中でも、使い手はマスターのみであろう。
 この術式を発動させた上で性交を行えば、巫女はもはや術者・・・マスターだけを唯一の異性として肉体的に認め、お互いの肉体的相性が抜群となり、それ以 降からはマスターとの性交を拒むことはできなくなる。しかも術式の解除はマスターにのみ可能であり、その効果は巫女が死去するまで継続する。また自決も許 されず、傷などを負えば術者から供給される魔力によって補われる。まさに術式に捉われた巫女は、マスターが望み続ける限り、生涯永遠の精処理としての末路 を負わされるのだ。

 故に中川桜さえ呼び出すことができれば、明日の作戦に(多少の誤差は調整する必要があるだろうが)抜かりはない。そしてそれを容易に可能としてくれる鍵が・・・彼女の親友であるはずの、白雪奈々の協力であった。



 僕が目的地であるコンビニに到着したときには、もう完全に日が落ちていたこともあり、昼間の旅行客による雑踏との差がなんとも顕著であった。それでも仕 事帰りと思われる一般人や、ホテルへと帰路につく旅行客、主要道路でもある表通りには、無数のテールランプが街並みに彩りを加えていた。
「もう、こんな時間だったのか・・・」
 僕は時間の感覚に違和感を憶えずにはいられなかった。つい先日までなら、美少女ゲーム(18禁)をセーブし、就寝していた時間帯であっただろう。
 が、それも無理からぬことであったかもしれない。

 つい先ほどまで、在学中には忌々しい限りの存在であった荒川裕二を拘束して、その目の前で彼女を・・・学園でも指折りの美少女であろう、あの白雪奈々の処女を散らし、排卵されたばかりのその膣内に『妊娠確定』ともなる、己の精を解き放っていたのだから。
 それも三度に渡って・・・
 痛快だった。
 奈々の破瓜された僕との結合部・・・決して視野に収めることは許されなかったのにも関わらず、夥しいばかりの精液が注ぎ込まれたのだと認識して、まざまざと見せつけられた荒川の表情は、復讐者にとって、これ以上にないほどに至福の瞬間であっただろう。

 その三人の間で一つの契約が成立し、解放された白雪奈々は、本来、その純潔を捧げるはずであったはずの荒川に支えられるように帰路についたが、僕の解き放った精は確実に排卵された卵子まで到達しており、奈々は初めての生理を迎えるその前に、妊娠することになろう。
 彼女たちはその事実を知る由もなかったし、そして無論、僕が教えてやる義理もなかった。また早期に受胎が発覚できたとしても、彼女には出産を意識づけるように刷り込ませてもある。
 そう、白雪奈々の妊娠・・・出産は、もはや確定事項なのだ。
 ならば是非とも、彼女には僕との子供を順調に出産して貰いたいものである。


 コンビニのATM。荒川から譲り受けたキャッシュカードから現金を引き出し、とりあえず当座の生活費を得ることができた。
 クックク・・・今度から、荒川クンには感謝しなきゃなぁ。
 つい先日まで普通の一学生に過ぎなかった自分には、サキュラの出産のためでもあるラブホテルの宿泊代も厳しかったのが現状であった。まして、日頃の罪滅 ぼしとはいえ、自分の彼女の処女を僕に差し出し、種付けまで許してくれて、その後は彼女が出産した僕との子供を養ってくれるのだから。
 まさに荒川クン様々である。

「と、今日はあれの発売日か・・・」
 僕は店内に書棚から、いくつかある退魔師関連の雑誌から、特に退魔巫女を取り扱っている『月刊巫女』を手に取った。巫女であるだけで、一般人よりも遥か に容姿が優れているという今日では、巷の芸能写真集なんかよりも売り上げが盛況なのは当然の流れではあろう。勿論、そんな巫女が裸体(ヌード)を晒してい るわけでもなく(中にはかなり際どく、想像を駆り立ててくれるような写真はあるけど)購入対象者に制限がないのも、好調な売り上げの原因の一つではあろ う。
 現に今日が『月刊巫女』の発売日であるのにも関わらず、積み重ねられていた形跡があるはずの平棚には、もう二冊しか残っていない状態だった。
 危ない、危ない。
 会計を済ませてサキュラの待つホテルの部屋へ戻るがてら、購入したばかりの『月刊巫女』を開封する。人気雑誌なだけあって袋綴じ。立ち読み不可対策なのは仕方がないところだ。
 表紙を飾っていた退魔巫女も、巻頭にきた退魔巫女も、確かに巫女の中でも容姿に優れていたと思わせるが、僕が知る巫女見習い・・・中川桜には、到底に及ばないものだ。
「なはぁっ」
 僕は思わず唇を歪ませた。
 世間が認める美少女巫女よりも、もっと可憐で更に可愛い人物を知っているというだけで、直接的には僕に関係ないものの、人間とはそこに優越感を憶えてしまうものであるらしい。
 だが、僕はその最高の美少女を、明日・・・犯すのだ。
 そして未来永劫、桜ちゃんの身体を自分だけのモノに・・・


 そのために必要な段取りは整えてある。
 男の荒川の奴より、桜ちゃんと交友関係にあったはずの奈々がかなり積極的に協力を申し出てくれたのは意外な限りであったが、それだけに失敗する心配はなく、またそのための保険もかけてある。
 きっと明日は、僕にとっても忘れられない一日となろう・・・

 ふと昨年の東北生誕祭の特集に目が留まった。
 こ、これ・・・桜ちゃん!?
 確かに彼女は、今年の春まで東北の方だったし・・・
 特集の記事の紹介には、東北が誇る巫女見習いの三名とだけしかなく、姓名はどこにも記されていなかった。が、三人のうちの一人は・・・僕が見間違えるはずがない。この赤い鮮やかな振袖の美少女は桜ちゃんだ。
(振袖の桜ちゃんも、これはこれで中々・・・)
 戦国時代のお姫様が着用していたような着物姿が何とも新鮮であり、どんな着衣でも可憐と思わせるのは、彼女自身が類を見ないほどに美少女であるが所以でもあろう。
 うっ、この写真だけで・・・勃起しそうだぁ!
「う〜ん、なんとか映像で手に入らないものかな・・・」
 東北生誕祭ほどの規模の催しならば、映像で撮影されている可能性はある。なんとか手に入らないものだろうか・・・と思った瞬間のことだった。

「んっ、こ、これは・・・」
 気が付けば、周囲から人影が全くなくなっていた。

「人払いの術式・・・結界?」
 僕は思わず緊張を強いられた。
 術式が霊術らしいだけに、術式の細部までは読み取れようはずがなかった。が、それ以上に僕への干渉力はなさそうであったが、油断は禁物であった。
 警戒しつつ周囲に気を配っていると、そんな僕の正面から一人の男・・・大柄な筋肉質の大男が歩み寄ってきた。
「こ、この結界は・・・お前の仕業か?」
「ほぉう、魔力を帯びた人間か」
 珍しいな、と男は呟く。
 相手は僕の質問に答えることもなく、無造作なまでに間合いを詰めてくる。それだけでも僕には、強力なまでの圧力を憶えずにはいられなかった。戦慄が全身に纏わりつくように、恐怖という名の畏怖が僕の心臓を鷲掴みする。
 くっ・・・
 まずい、と思った。敵対してはいけない、こいつには絶対に勝てない・・・今の僕の力では到底に立ち向かえる相手ではない、ということを本能的に悟ってしまう。
 そう、まさに格が違う・・・とは、このことを指すのだろう。
 男は振り下ろしていた手に、いつの間にか大剣が握られていた。
 やはり、退魔剣士!
 『魔力』という力を得た際に忠告されたサキュラの言葉が甦る。
 この世に魔を祓う存在・・・『退魔師』が実在していることは教えられていたが、闇夜の眷属でもあるサキュラたち魔族とは対極に位置するものであり、そしてそれは魔力に目覚めた僕の立ち位置も、おのずと定まってしまっていたのだ。

 ど、どうする・・・逃げるか!?
 今ならまだ瞬間移動(ただし移動範囲は目に見える範囲内のみ)で一旦距離を置き、疑似透明化で姿を晦ませば、あるいはこの相手をやり過ごせる可能性もあろう。
 だが、この相手は僕の力を魔力と探知したことからも・・・

 更に相手が歩み寄ってきたことで、僕は思わず手を突き出して、牽制の魔弾を放とうとしていた。戦闘経験が圧倒的に劣っていた事実もある。だが、それ以上に相手の尋常ならぬ圧力を前に僕は冷静な判断力を奪われていた。
「うああああぁぁぁ・・・」
 一度に五つの魔弾を解き放ち、続いて本命である魔貫砲を放つ。従来の魔弾を凝縮させ、破壊力と貫通力を向上させた攻撃魔術であり、その攻撃力は魔族であるサキュラのお墨付きだ。
 だが、男は魔弾の五つのうちの二つを大剣で打ち落とし、本命であった魔貫砲・・・亜光速の閃光には身を屈め、難なく回避。その体勢から瞬く間に僕との間合いを詰めてきた。
「くっ!!」
 踏み込まれたぁ!
 バックステップすると同時に硬化による防御を試みようとして、即座に瞬間移動の術式に切り替える。
 その一瞬の判断は、僕の一命を救った。
「ほぉ。懸命な判断だ・・・」
 大剣を振り下ろした大男の視線が即座に僕の姿を捉えて嘯く。
 もし部分硬化の術式で防ごうものなら、僕の腕は両腕ごと切断されていたことだろう。それだけ大男の膂力は凄まじく、鋭く研ぎ澄まされた斬撃は、剣術などに心得がない僕にも理解せずには居られなかった。
「なるほど・・・決め手の破壊力も伺えた。が、余りにも直線的・・・」
「・・・」
 この僅かな攻防だけで、相手には僕の未熟さを指摘するほどに精神的な余裕があり、また同時に僕がこの男に勝てない、その絶対的理由も浮き彫りとなっていた。
 僕が相手を打倒することができる術があるとすれば、それは唯一に魔貫砲を直撃させる以外にない。が、相手はそれだけを唯一に警戒すればいい。まして魔貫砲は指先から放たれる直線的な閃光であり、現在の僕の実力では速射することも、当然に連射することも不可能だ。
 次の放つ魔貫砲を避けられたら・・・
 先ほどは瞬間移動によって緊急回避することができたが、この魔術はやたらと長い詠唱を必要とする。それだけに僕には、もはや大剣の斬撃から逃れるだけの術がない。
 くっ、ど、どうする・・・
 勝機もなく、僕は逡巡せずには居られない。
 だが、大男は手にしていた大剣を消失させ、戦闘態勢を解除する。途端に圧倒するような圧力も霧散した。
 まるで周囲の空気が一変したかのような錯覚を憶えずには居られない。
「名を聞いておこうか?」
 名前・・・?
 思わず相手の意図が読めず、僕は唖然とするしかない。
 それに迂闊に本名を名乗っていいものだろうか・・・
「あ、あんたの目的は何なんだ?」
 人払いの陣を張った上での出来事とはいえ、いきなり街中で襲撃されたのである。僕の言い分ももっともなものであろう。
「なるほど。やはり人間なのだな・・・」
「・・・」
 確かに闇夜の眷属・・・とりわけ魔族と呼ばれる種族の中には、限りなく人間の姿と変わらない種族は存在する。サキュラからしてそうだ。背中の黒き翼を消失化させてしまえば、外見はもう妙齢な美女でしかない。
「魔力の存在を探知したのでな・・・」
 男は自らを宍戸誠人と名乗り、元・退魔剣士であることも打ち明けた。
 元、と前付けされてあるが、別に退魔剣士そのものを引退したというわけではなく、何処の退魔師家にも所属していないということだった。
「で、我の目的か・・・」
 僕はその返答に唖然とする。

 宍戸誠人には明確な目的はなかった。
 敢えて言うなら、強さ・・・だろうか。
 対人、対魔に関わらず、一度として負けたことがない歴戦の猛者である宍戸には、自らを断罪する猛者の出現、もしくはその戦いそのものにしか興味を示さない。
 ・・・つまり、今の僕の実力は、早々の落第点を与えられたのだろう。
 でなければ、既に僕の身体は大剣で引き裂かれていたに違いない。

「・・・」
 僕はこの目の前の剣豪を仲間に引き込めないか・・・もしくは、護衛として雇えないものかと考慮する。
 以前にサキュラが言っていた、前衛・近接型の必要性を僕は今になって痛感する。如何に強力な魔術が扱えるようになったからといって、魔術師に過ぎない僕には間合いを詰められたら、もはや無力でしかない。

 明日、水無月クンから桜ちゃんを奪う。そうなれば退魔師家である水無月家を完全に敵に回すことになるだろう。もしかすれば、友好関係にある退魔師家にも追われることになる。
 また、それでなくても・・・サキュラや、彼女との子供たちは魔族であり、僕たちはそう遠くないうちに退魔師家と敵対する運命でしかない。

 故に一人でも戦力が欲しかった。
 手に入れる桜ちゃんと、サキュラと・・・子供たちを護るためにも・・・
 僕は切実に願う。
 もっと、力が欲しい、と・・・


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