周囲は雨が降っていた。
季節は十二月。
もしかすると、雪になるかもね。
外は当然、寒くて冷たい。
でも。
でもね、後悔はしてないよ?
今はこの手を繋いでくれる存在があるから。
優しい手、温かいぬくもり。
私の大切な男の子の手。
それが私の・・・初恋。
そして私にとって・・・最後の恋。
一度は・・・失う、と思った。
もう、私を見てくれない、のだと恐れた。
少し彼の手を強く握る。
ずっと離したくない。
このまま、離さないで居て欲しい。
えへへへ。
ずっと、このまま・・・ね!?
「申し訳ありません、御嬢様・・・」
端整な顔立ちが向けられる。
その顔で何人の女生徒の心を惹きつけたことだろう。
「やはり、帰りましょう」
何でそんなことを言うの?
私は哀しくなるよ。
父様は彼に冷酷だった。
母様も彼には厳しい。
彼は私に良く尽くしてくれている。
非常に優秀な護衛者。
やはり、貴方にとって・・・
私は・・・ただの護衛対象者?
「私、後悔してないよ?」
少なくとも、自分の行動に誇りを持てる。
例え、今日、実行していなくても・・・
きっといつかは反発していたことだろう。
そして今日、戻れば・・・
確実に私の自由は失われる。
そう、私は籠の中の小鳥になってしまう。
そして、好きでもない人に・・・
私の身体は穢されるの・・・だろう。
でも、だからといって彼を巻き込む理由にはならない。
「それとも・・・迷惑?」
私は恐る恐る尋ねてみる。
彼は目を見開き、ゆっくりと頭を横に振った。
「僕は聖夜の夜に誓った」
生涯、私から離れない、と?
彼はゆっくりと肯定する。
だから、私も誓ったのだ。
生涯・・・彼だけを愛する、と。
「私も、誓ったの・・・あの夜に、ね」
私は彼の胸に頭を預けた。
「だから・・・私は後悔しない」
彼の相好がくずれた。
ね。やはり、きっと後悔なんてしないよ。
彼が一緒に居てくれるのなら・・・
二日前に父様は告げた。
お前を婚約させる、と・・・
同じく母様も告げた。
亜子に相応しい相手を選んだのよ、と。
冗談じゃない、と思った。
自分の相手ぐらい、自分で選ぶよ。
まして両親の選んだ基準は人柄じゃない。
相手の遺産目当てなのが明白よ。
昨夜、父様は彼に酷く当たった。
何でも事業の取引が失敗したらしい。
そこの何処に彼の責任があるというのか!?
彼は一日、食事を抜かれた。
昨夜、母様は彼を不当に扱った。
何でも浮気相手に逃げられたらしい。
そこの何処に彼が追うべき責務があるの!?
彼は一日、大雪の中を立たされていた。
彼は言う。
「扱いは当然です。自分は飼い犬ですから」
・・・『飼い犬』
それは当家における彼への蔑称。
彼の能力はずば抜けている。
彼の成績は完璧に過ぎる。
彼は容姿に至るまで完璧だった。
そんな彼を不当に扱うことで悦に入る、汚い大人たち。
汚い・・・
そう、かつての私のように。
私は彼のことが好きだった。
過去、彼を嘲った自分を恥じるほどに。
好きだったから、弄りたくなる。
素直になれなくて・・・
彼の気を引きたくて、そう、懸命に。
胸が苦しかった。
私の酷い仕打ちをも許容する、彼に。
だから失う、と思った。
何一つ、彼に報いていなかっただけに。
彼が奪われるって、愕然とした。
それが、こんなにも苦しいなんて。
昨年の『聖夜』
私は彼に謝罪をしようとした。
彼は笑って、不要だと言ってくれた。
恐らく、彼に気付いてくれていたのだろう。
私は彼を愛している。
それは嘘偽りのない真実だった。
私は彼を・・・静馬を独占したい。
そして許されるのなら、彼だけに独占されたい。
私にとって静馬は、神様が決めた運命の相手。
彼とのためなら、喜んで家を捨てよう。
彼とのためなら、他は何もいらない。
彼とのためなら、喜んで路頭にも迷おう。
例えこのまま凍え死ぬことになろうとも、
彼と一緒に居られるのなら・・・
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