序章【時の悠久】



 大いなる剣が突き立つ大地、そこはアースティア・・・・・・
 このアースティアの世界を震撼させた、魔王ウォームガルデスとの激闘は、初代勇者ラーサーの非業の死、覇王ギルツの登極を得て、勇者の遺児アデュー・ウォルサム、勇者一行の手によって幕を閉じる。
 それから早、一年の歳月が流れていた。
 かの大戦の名残を残しながらも、人々はかつての生活を取り戻しつつ、それはアースティア西部一の大都市、このモンゴックも例外ではない。いやむしろ、大戦前の繁栄を上回りそうな勢いでもあった。
 このモンゴックで手に入らないモノはない、という喩えられるように、非合法な裏物から、最新鋭機のソリッドさえも、金次第で入手するのも困難な話ではなかった。無論、入手ルートは表裏様々の曰くつきであり、それに応じて、規格外の値も張るだろうが・・・・・・

 かつては大魔導師とさえ呼ばれた男がいた。
 名前は・・・・・・カリウス。他の追従を許さない絶大な魔力を誇り、数多くの禁断魔法を編み出した彼を、時空の魔導師とさえ称えられた、伝説の魔導師であった。
 だが、カリウスのこの二つ名を覚えている者は、今や・・・・・・このモンゴックでさえいないだろう。当然だ。彼はモンゴックに身を置いてから、この十数年もの間、魔法一つさえ使っていなかったのだから・・・・・・
 だが、モンゴックでカリウスの名を知らない者はいない。むしろある意味、モンゴック一の有名人物だったかも知れない。
 彼こそ・・・・・・このモンゴックを拠点としたシンジケート、ロンバルディアの支配者であり、そして、アースティア闇社会に君臨する第一人者だったのだから・・・・・・

「カリウス様!」
 カリウスが私的な読書で暇を待て余している時、ガンドルフが私室に飛び込んできた。
「カリウス様!」
「少し静かにしてくれ」
 ガンドルフは今年で三十五歳を迎える大柄な体躯の持ち主で、それだけに性質も野太く大きい。粗野で見るからに接近戦重戦士のような男だが、ロンバルディア(カリウスの組織の名称)の重責を担うだけだけの事はあって、機転と知恵もある最古参の重鎮である。
「聞こえているよ」
 静かに読みかけの本を閉じて、ガンドルフに視線を向ける。
 スラリとした長身で、晴天のようなスカイブルーの髪に、琥珀の瞳を持つ物静かそうな男・・・・・・だが、この物静かそうな外見を持つ青年こそ、このロンバルディアの当主であり、この大都市モンゴックの陰の支配者、カリウス、その人であった。
「どうしたのだ?」
 常にカリウスの側にあって、組織においてはカリウスに次ぐNO2のカルロスが促した。
 このカリウスとカルロス・・・・・・・二人の関係は、最古参の部類に入るガンドルフさえも知らされていない。噂では双子の兄弟という説が組織内においても有力とされている。確かに穏やかな風貌といい、容姿といい、二人には共通しているところがある。
 改めて自分たちの関係を公表する事がなかった為、それはあくまで推測の域を脱しなかったが・・・・・・常に行動を供にしていながら、一度として仲違いする事もなく、意見の食い違いさえもなかった事が、その説を浮かび上がらせる要因の一つであろう。
 少なくてもガンドルフがカリウスに仕えるようなって十余年、カリウスの側には常にカルロスの姿があった。
「どうしたというのだ?」
 その腹心のカルロスが、当主に代わって促した。
 外見とは裏腹に、機転と知恵がきくはずのガンドルフが駆け込んできたのである。恐らくは第一級非常事態と見て、間違いないだろう。
「あっ〜〜アレックス達がやられた!」
「ほぉー」
 カリウスは別段驚いた様子もなく、カルロスも淡々とした姿勢を崩す事はなかった。
 アレックスとは最近になって闇社会に台頭してきた、カリウスの支配下に属さない新興勢力の一つである。
「競合相手が潰れ、まぁ、今後は統制がとれやすくなるかな・・・・・・」
 確かにアレックスは財力、人材、火器のいずれにおいても、闇社会に君臨するロンバルディアには遠く及ぶはずもないが、新興勢力だけに独特の揺るぎない勢いがあったのは、確かだ。
 だが、それでも組織の一つが壊滅する事は、決して珍しい事ではなく、驚くに値しない出来事だったはずだ。少なくても、その程度の事件でガンドルフほどの男が駆け込んでくるとは思えない。
 だが・・・・・・次のガンドルフの一言は、さすがのカリウスの驚きを禁じえなかった。
「ゆ、勇者一行が・・・・・・」
 手にしていた読みかけの本を閉じ、ギラリとカリウス、カルロス両者の瞳が鋭くなった。彼らにもそのガンドルフの言わんとしている事が即座に理解できた。

 二杯のコーヒーと一杯の紅茶が運ばれ、三人が対座した。
「勇者アデュー・ウォルサムが、このモンゴックに再び現れたのか」
 巷で囁かれる勇者伝説・・・・・・アデュー・ウォルサム。
 一年前・・・・・・アースティア全土を震撼させた魔族との激闘に、終止符を打ったアースティア全土の英雄である。
「音速のアデューか」
 その音速のアデューと時空の魔導師カリウスには接点も面識ない。個人的には特に警戒する必要はないが、裏社会に君臨する自分と、勇者としての相手とは、まさに対極の立場に位置する。
「来週に控えたマードックとの会見は、中止にしますか?」
「ふむ・・・・・・」
 ガンドルフの提案は当然のものであろう。アレックスの組織は、ロンバルディアほど大きくはないが、それでもかなりの人数と火器を所持していたはずだ。
 カリウスにしても警戒しない訳にはいかないだろう。
 だが、カリウスの意識を占めたのは、会見への危機感ではなく、恐らく勇者一向と共にあるであろう、少女の事だけだった。
 (こちらから出向く手間が省けたかな?)
 側近に鋭い視線を向けた。二人は言葉を会話にする必要はない。組織でさえ知られていなかった事実、意見さえ食い違えようはずがなかった理由でもある。
 二人は以心伝心の如く、二人は思考が直結させる事が可能なのだ。
 (そろそろ頃合でしたからね)
 (わざわざ向こうからお出まししてくれるとは・・・・・・)
 ガンドルフはその心の中の会話を知る由もなく、カリウスの決断を寡黙に待っている。
 マードックという男は、このモンゴック表社会の長であり、会見が成立すれば、それは事実上、モンゴックはカリウスの完全一致体制が組み上がる。そしてそれは、このアースティアの経済界を支配する事が約束されたような重大事だ。
 カルロスは遠視探査で勇者一行を捉えた。兄ほどではないが、カルロスもまた、優秀に分類される魔導師と言えるであろう。
 (捉えたよ、兄さん・・・・・・やはり・・・・・・)
 (そうか・・・・・・)
 カリウスは感慨めいた口調で呟く。
 魔導師パッフィー・・・・・・封印の魔女にして、パフリシア王国の姫である彼女は、アースティアの秘宝とさえ崇められている聖女だろう。
 カリウスもかつては魔導師として名を馳せた男である。同じ魔道の道を歩んだ者として、パッフィー・パフリシアの存在とその名を知らないはずがなかった。
 そして何よりも、このカリウスとカルロスには、パッフィー・パフリシアと・・・・・・正確には、カリウスとパフリシア王家には浅からぬ因縁というべき関係があったのだ。
「もう、あれから十六年も過ぎたのか・・・・・・」
 あの光景は十六年の歳月が過ぎた今でも、鮮明に色褪せる事はない。
 (では、決まりだな)
 (御意)
 二人だけの話し合いは既に終わった。

「マードックとの会見は、予定通り決行する」
「大丈夫なのですか?」
 カリウスはその懸念を右手で制した。
 もし、勇者一行に彼女の名前がなければ、カリウスも取引を延期させていただろう。確かに組織としての信頼損失と、アースティアを経済界から支配していく野望への停滞は痛いが、すぐに失脚するわけでもなく、まだこれから失地回復の余地はまだある。
 だが、彼女が・・・・・・パッフィー・パフリシアが帯同されている以上、ある程度のリスクは承知でも、カリウスには遣り遂げなければならない事情があるのだ。
「更に会見の存在をそれとなく、勇者一行に洩れるように手配してくれ」
 温厚な口調のまま、カリウスは言葉を紡ぐ。
「勇者一行を誘き寄せ、罠にしかける」
「そ、それは危険すぎるのではありませんか!」
 勇者一行の・・・・・・特に音速のアデューの強さは、アースティアの英雄と推されるだけの事はあり、それは既にアレックスの組織を壊滅させた事実から、その実力は疑う余地もない。
「俺に考えがある・・・・・・勿論、危険は承知の上だ」
 今までにカリウスの言葉に反論した事がなかったガンドルフだが、会見を決行するだけならともなく、勇者一行を呼び寄せる事だけには賛同できなかった。
 ガンドルフは腹心のカルロスに助けを求めるように視線を向けたが、どうやら彼も肯定派らしく、寡黙を貫いたままだった。
「ガンドルフ、頼む。俺を信じて、指示に従ってくれ」
「・・・・・・了解しました」
 勇者一行に対する懸念は拭い去れないが、それよりもカリウスの信頼の方が遥かに勝った。何より、組織のトップは彼であり、今までも彼の指示によって、多くの成功を収めてきたのだから。
 だが、敢えて勇者一行に拘る理由ぐらい、聞いてもいいだろう。
「・・・・・・」
 カリウスはゆっくりとコーヒーを口につけて、疑問に答えたのはカルロスだった。
「パッフィー・パフリシアを・・・・・・犯す!」
 ガンドルフは絶句した。


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