第一章【運命の邂逅】
(1)
様々な討議がロンバルディアの政務室で繰り広げられた。
まず会見する名目は、モンゴック市長マードックがカリウスに服従する事を確約するものであるが、真の目的は、現在モンゴックに滞在している勇者一行を誘き寄せて罠にかけ・・・・・・その上でカリウスが、パッフィー・パフリシアをレイプする事にある。
故に会見場所は人並みの少ない場所が好ましく、モンゴックの港付近にある倉庫地帯が候補として浮上した。ここならば夕刻以降から訪れる人間は少ないだろう。また、会見が予定されている建物は、非合法な取引等を考慮して完全防音処理がされてある。例えその場で大きな衝撃音が響いても、あらゆる音声が遮断される作りにしてあるからだ。
そう、聖女の絶大な悲鳴でさえ、も・・・・・・
政務室には、カルロスとガンドルフの幹部を含むロンバルディア陣営と、マードックの方から派遣されてきた部下、数名が立ち会っている。
マードック側も既にカリウスの要望・・・・・・会見の真の目的たる詳細は了承している。
部下から報告を受け、マードック自身の内心では意外に思いつつも、カリウスの好印象を得る為に協力的で、組織にも徹底させる事を確約した。
・・・・・・だが、様々な対策が講じられる中、まだ会見日だけが定まりようもなかった。
モンゴックの宿場街の一つに、めずらしい組み合わせの一行があった。彼らの素性を知らない者が見れば、確かに奇妙な四人組だろう。その半分以上が年端もいかぬ、少年少女なのだから・・・・・・
「やっぱ、活気ある街はいいなぁ〜〜」
宿泊場の一室に戻った赤毛の少年の第一声がそれであった。
彼の名はアデュー・ウォルサム・・・・・・巷で囁かれる、現在の勇者伝説にあるその人である。年齢はまだ十五歳。身長も容姿も年齢に相応のものだが、その実力と戦歴は普通の十五歳には到底及びもつかない。
「おい、アデュー! 何、呑気な事を抜かしていやがる!」
漆黒の瞳と黒髪の少年がアデューに叫ぶ。彼の名はサルトビ、年齢はアデューより二つ年長でまだアデュー同様、少年の域を脱しない容姿であるものの、その隙のない動きといい、思慮判断力といい、やはり彼も先の大戦を戦い抜いた英雄の一人だけの事はあった。
「今、俺達がどういう状況か、解っているのか! ええっぃ!?」
サスケが捲くし立てて怒鳴り続ける。
「ただでさえ一つの闇組織を潰し、闇社会が敏感になっているっていうのに、一人ノコノコ街中を出歩くとは、正気の沙汰とは思えねぇぜ!」
「な、なにを!」
このウスラバカと付け加えて、サルトビとアデューの視線が激突する。
「止さないか、二人とも・・・・・・」
一行の中の一人が仲裁する。
「だが、確かにサルトビの言うとおり、軽率な行動は慎むべきだぞ、アデュー」
物静かな口調を崩さず、それでも威厳ある言葉で諭している彼の名は、イズミ・・・・・・今年で三十五歳となる彼は、一行の最年長者にして纏め役でもある。
特にアデューとサルトビは良き好敵手でありながら、それでも激しい口論の絶える日がない、という事情から、彼に心休まる日が極めて少ない。だが、彼は知っている。二人がどのように激しく罵り合おうとも、互いが互いを認めている事実を・・・・・・
「で、それで、お前・・・・・・何処に行ってたんだ?」
「えっ、アハハハッ・・・・・・ち、ちょっとな」
その質問の直後、一瞬だったが・・・・・・アデューの表情が赤面した事実を二人は見逃さなかった。
(・・・・・・なるほど黙って出歩く訳だ)
サルトビは声を殺しきれない爆笑をし、アデューの肩を幾度もなく叩いた。イズミでさえ口元の微笑を抑える事は不可能だった。
かつてサルトビとアデューは、確かに好敵手でありながら、また恋敵同士でもあったのだが・・・・・・先の大戦の最中、彼は退いたのである。祖国にある幼馴染の存在も理由の一つではあったが・・・・・・それ以上に、対象の想いがどちらに向いているか、そしてその彼女の想いの強さに・・・・・・
そして何よりも、アデューの存在を認めた事が大きな理由であろう。
「何か楽しそうですわね?」
噂をすれば、というべきか・・・・・・一人の可憐な少女が部屋の扉を開いて姿を現した。恐らく一人の個室では退屈であり、また夕食の時間も近い事から、こちらの方に足を運んだのだろう。
ライトグリーンの、普段は一つに束ねている長い髪に、濃蒼色の美しい瞳を持つ彼女の名を、パッフィー・パフリシア。パフリシア王国の王女にして、【封印の魔女】と称される彼女の存在は、このアースティアの至宝と呼ばれるように可憐で清楚な少女である。十五歳の年齢に相応しく、可憐さと清楚さを兼ね備えた彼女は、確かに聖女と呼ばれるに相応しい存在だろう。
「んじゃ、俺は先に食堂に行くから・・・・・・まぁ、音速バカの健闘を祈ってやるぜぇ」
「うおぉほん!・・・・・・それでは私も・・・・・・」
イズミとサルトビが応援とからかいを混ぜた口調で、思わぬ気遣いに赤面する少年の背を叩き、二人は一対の少年少女を残して退出していった。
だが、想い合う二人がその場に残されても・・・・・・暫く二人とも何も口にする事はできなかった。
パッフィー・パフリシアが正確にアデュー・ウォルサムを意識し始めたのは、先の大戦の最中、彼が一時とはいえ、生死さえ不明の状態に陥った時からである。
その時になって彼女はようやく、お調子者だが、揺るぎない心強さと、どんな悪にも決して屈しない正義感に燃える彼に惹かれていた事を知る。そして、意識し初めてからは、日が経過していくごとに想いは強く成長させて、それだけに彼への想いを募らせていった。
逆にアデュー・ウォルサムはどうであっただろう・・・・・・
彼はかつて、後の覇王と呼ばれるギルツに師事し、袂を発ってから真の騎士の道を模索した最中、魔王軍に狙われる彼女に出会った。その当時から、彼女を可憐な少女と認識してはいたものの、そこに特別的な想いはなく、ただ護ってあげたい、また騎士たる自分が護らなければ、という騎士道精神の範疇から出ないものであった。
時には魔族の仕業に自身が疑われ、様々な誤解や行き違いもあった。
正確にアデューがパッフィーという彼女に惹かれたのは、あの覇王ギルツとの交戦の最中、明白なほどの実力差を前に、一矢報いる事で致命傷を負った自分に対し、彼女は自身の背負った運命と存在を呪った、あの時から芽生えさせていく。
覇王ギルツとの対立、魔王ウォームガルデスとの激闘・・・・・・
それから一年の月日の中で、彼が一度として自身の想いを打ち明けられなかったのには、いくつか理由があるが、その中でもやはり・・・・・・彼女は滅びたとはいえ、由緒正しきパフリシア王国の王女なのである。そして今に至っても、アースティアの至宝と呼ばれ、【聖女】とも崇められた彼女に対し、一介の騎士に過ぎない自分には、やはり気後れを憶えてしまうのだった。
またこの告白が実らず・・・・・・そればかりか、これによって二人の関係が気まずくなり・・・・・・一行が瓦解するのを恐れた事も、理由の一つである。
故に彼と彼女はこの今日に至るまで、胸のうちに秘めた想いを打ち明ける事なく、微妙な関係のまま過ごしてきたのであった。
思わぬ急展開により、アデューは小さな箱をパッフィーに手渡すだけで硬直したように動けなくなった。また小さな箱を受け取り、中に秘められた指輪を確認した彼女もまた、長い間待ち望んでいた雰囲気に、言葉一つ口にする事ができなかった。
食堂のテーブルに着いたサルトビが、店主に四人分の料理と二つのグラスを注文した。祝杯と呼ぶには少し早過ぎる気もしなくはないが、当事者の二人にはともかく、供に旅してきた二人には、結果は明白である。
「あの音速バカも遂に、なけなしの勇気を総動員したか」
テーブルの上に運ばれてきたグラスを、お互いに重ねて、小気味よい音が二人の心に染み込む。
「アデューも、姫も・・・・・・お互いを想いつつも、二人とも不器用でしたからな・・・・・・」
ようやく、という思いが、語り合う二人に共通した。
「まぁ、アデューも鈍感だが、パッフィーも相当な天然だからな」
「だが、これで・・・・・・我々の旅も終わる」
イズミは感慨深く、グラスを傾けた。
先の大戦から一年・・・・・・アデューの懸念に関係なく、この旅もいよいよ終わるだろう。あの大戦の後に、尚もこの四人が一緒に旅していた理由こそ、彼女の想いが発露であるのだから・・・・・・
沈黙と停滞に満たされた一室に、久しく扉をノックする音が響く。
「んっ、誰か来たようだな・・・・・・」
同室のサルトビやイズミならば、まずノックはしないだろう。まぁ、今の二人の状況から、その可能性も少なくはないが、その後のリアクションがない以上、間違いなく別の人物であろう。
彼女に背を向け、申し訳ないような思いを禁じえない。
「パッフィー、悪りぃ。この話はまた後日な・・・・・・もう少し、自分の気持ちを落ち着かせてから、改めて・・・・・・な」
「う、うん・・・・・・」
その彼の申し出に、パッフィーは了承した。
「えっ、市長が・・・・・・?」
物静かな様相をした使者が肯定するように頷く。
市長の使者として訪れた人物は、スカイブルーの蒼い髪に、やや赤茶色がかかった琥珀の瞳を有した、物静かな青年であった。年齢は三十代前半から後半であろうか。丁重な口調と穏やかな声質からでも、一つ一つに品位を感じさせる。
「はい。モンゴック市長は、この度のアレックス・・・・・・まだ新興組織ではありましたが、闇組織の一つを壊滅できた勇者様達の功績をいたく考慮され、また、それによってモンゴックの治安維持に多大に貢献された事に、街を代表する者として、お礼を申し上げたい、と・・・・・・」
「わたくし達は謝礼を目的に討伐した訳では・・・・・・」
物静かな容貌した使者は、返答する少女に視線を向けた。
「それは勿論、十分に・・・・・・」
結局、アデュー達は市長の好意を受けた。強く固辞しては相手に失礼であるし、功績あった者を褒賞しなければ、市長の器量を問われてしまう、と言われては、断る理由もなかった。
「まぁ、悪い気はしないしな・・・・・・」
受諾の返答を受けて、市長の使者として訪れた・・・・・・カリウスの側近、カルロスは一礼しながら、心の中で嘲笑した。
市長の使者を装うカルロスに伴われ、勇者一行の四人は、豪華ではないが立派な馬車まで導かれた。
市長の屋敷に向かう最中、カルロスは他愛もない会話をしながら、誰にも悟られる事がないよう注意深く、パッフィー・パフリシアを観察した。会話こそ聞こえないだろうが、この光景は兄も眺めているだろうし、カルロスの感じた思いは、報告となって伝わっていく。
身長は154そこそこ・・・・・・十四、五歳の少女に相応しい小柄な身体であろう。か細い身体でありながら女性らしく、発育の良さが感じられる。清楚なライトグリーンの髪があどけない幼さを残した顔立ちを囲い、上品な仕草といい、まさに可憐な少女。
会話の最中だけに詳しい観察こそ不可能だが、その外見・容姿には兄もきっと満足させてくれるだろう。
パッフィーの姿を一目見たカルロスには、その確信に揺るぎない自信で断言する事ができた。
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