序章


 ここ、ウルフレンドの地には、7柱の神々がいた。
 彼等は元は定命の者であったが、かつて大陸を奪おうとした闇の神との戦いに大いに功を立て、当時の神々より地位を譲られて、新たなる神々となった。
 最初のうちはとても上手く行っていた。力を合わせて闇の神を倒したことで、大いに意気上がり、皆で平和な土地を作るのに打ち込んだ。
 7柱の神々と9種の定命の種族が手を取り合い、新たなる世界を作り上げていったのだ。神々は慈悲にあふれ、定命の者達は神々を慕い、敬った。そして、慕うあまりに、特定の神に自分の種族の守護を願うに至って、問題が起こり始めた。
 神々は快く守護の任を引き受け、なにくれとなく世話を焼いてやった。だが、「自分の種族」を可愛がるあまりに、神々の間で対立が始まったのだ。ある種族に有利なことは、他の種族の不利となる。利害が重ならなければよいが、無論衝突の種はいくらでもあった。そして「自分の種族」の代弁をする神々の間でも、同じ争いが起こっていったのだ。
 だが、神々は愚かではなかった。
 このまま自分達が相争うのはまずいと悟って、ウルフレンドの大地から立ち去る決定を下したのだ。彼等は自分達の力の象徴となる宝石を創って定命の種族に託し、彼等との直接の接触を自ら禁じて、天上界へ移り住んだ。
 これにただ一人反対した神がいた。酒と農業を司るゾール神である。
 人間族の守護を務める彼は、人間達との交わりがあまりに楽しかったので、天上に昇る代わりに、供の人間を何十人か引き連れ、地下深くに篭り、地上には関わらないと約束をして、他の神々に地上に残ることを認めさせることに成功した。
 だが、神々の誰一人として知らなかった。
 かつて彼等が戦った闇の神が、滅び切ってはいなかったことを。闇の神の残滓は地下深くに沈み、機会を待っていたのだ。
 こうして、同じく地下深くに居を構えたゾール神は、長い年月の間に知らずに闇の神の働きかけを受け、自ら闇の存在と化していくことになったのだ。


 長い長い年月が流れた。
 いつしかすっかり闇の力に染まり切ったゾール神は、自分に仕える人間達に力を与え、地上を蹂躙する戦いを始めていた。邪神ゾールとその使徒、それに対抗する光の戦士達の戦いは、時と舞台を変えて何度も繰り返された。ゾール神の力は強く、地上に近い位置にいるだけにその影響力は大きかったが、何と言ってもただ一柱であるために、いつも今一歩で野望を阻まれ続けた。


 最後に光と闇の戦いがあったのは、ほんの数十年前のことだった。
 光の加護を受けて生まれた少女が光の騎士となり、光の力を秘めた剣と神々の力が込められた宝石を携え、単身地下深く潜り、そのまま還らなかった。猛威をふるっていた闇の軍団は力を失い、各国の連合軍に撃破され、追い散らされた。明らかに闇の力の加護を失ったその姿を見て、人々は光の騎士が自らの命と引き換えにゾール神を倒したのだ、と噂し合った。


 ――だが、真実はそうではなかったのだ。
 今ここに、恐怖と共に真実を知った男がいた。
 ……このままでは、数年を待たずして、世界は闇に蹂躙されることとなるだろう。
 逆転の手段を模索し続けた彼は、最後の最後に、苦渋の決断を下した。
 闇に対するに――その手を闇に染めることを。


 ……数年間に渡り泥沼の激戦を繰り広げていたアルファース王国の内乱は、過日、劇的なほど鮮やかな終焉を見た。勝利した側の総大将には確かに優れた将才があったが、圧倒的な大勝利は、一人の魔導師の助力がなければなし得ないものだったと、兵や民の間でまことしやかに囁かれた。
 だが、陰惨な戦いが終わった解放感は、そんな些細な噂を民衆に忘れさせるに充分なものだった。新王は、即位と共に租税を軽くし、荒れた国土の復興に努めることを宣言し、民を安堵させた。未来への希望を与えられた人々の間では、どうでもいいような噂などもう聞かれなくなっていた。


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