(2)早乙女優美ちゃん気を付けて

 
 翌日の午前中・・・


 
 早乙女優美は体育の授業を受けるため、クラスメートと一緒に更衣室で着替えをしていた。
 そのテンションは、昨日の夕方からレッドゾーンに突入したままであり、やたら鼻息を荒くして独り言を言っている。
 「う〜、何か燃えるよ〜!優美は正義の味方になったんだもん!少女探偵になったんだもんね!」
 なっちゃいねーよという作者のツッコミをよそに、興奮の収まらない優美は、いきなり更衣室の窓を開け放って大声を張り上げた。
 「早く出てこい、悪いヤツっ!優美が捕まえてやるーッ!」
 「キャッ!」
 「ちょっと優美、何そんなとこ開けてんの!」
 周りで着替えをしていたクラスメートたちが、仰天して黄色い声を上げる。
 更衣室は校庭の隅にある平屋のプレハブであり、窓を開放すれば通りから中が丸見えになってしまうのだ。
 「あ、エヘヘ、ゴメンゴメン・・・」
 さすがに我に返った優美は、照れ笑いをしつつ窓を元通りに閉めようとしたが、
 「あーッ!!」
 通りの方に目をやって、再び素っ頓狂な大声を出す。
 すぐそこに停車している車の中に、昨日見たあの男、金巻ハジメが座っていることに気が付いたのだ。
 ゆかりのことをストーカーでもするために現れたのだろうか?・・・



 「さっそく出たなァー!」
 優美は叫ぶと、
 「少女探偵団、出動ー!!」
 1人で気合いを入れて、更衣室を飛び出した。
 「ちょっと優美、どこ行くのよ?」
 クラスメートの呆気に取られたような声が追いすがってくる。
 「体育サボリ〜!先生には、優美は休みだって伝えておいて〜!」
 大声で叫び返し、優美は通りへ向かって突っ走る。
 授業をサボってまでやるべきことなのかはともかく、今の彼女には、あの男をこのまま逃がしてはならないという使命感だけが燃えさかっていた。
 偶然とは言え、目指す「悪いヤツ」をせっかく発見したのだ。今度はいつ出くわせるどうかも分からないではないか。



 「あ、あれッ?」
 通りに走り出た優美はキョロキョロと辺りを見回したが、さっきまで停まっていた車はいなくなっていた。場所を移動してしまったらしい。
 「優美が怖くて逃げたのかなァ?・・・」
 ブツブツ独りごちながら付近を探して回る。
 と、駅方面への抜け道の途中に、例のランクルが停車しているのを発見した。
 金巻ハジメは車を降りてその側に立ち、ピコピコと無心に携帯メールを打っている。



 「見つけたぞォ〜、悪人〜ッ!」
 大声を上げ、優美はダッシュした。
 「行くよ〜、優美ボンバーッ!!」
 「ん?・・・わあッ!」
 不穏な気配に気が付いて顔を上げ、猛然と突進してくる体操服姿の少女に仰天したハジメは、頓狂な声を上げて横へ飛び退き、優美の繰り出したラリアットを間一髪のところでスリ抜けた。
 「またよけたわね卑怯者っ!優美の必殺技を正々堂々と受けなさい!」
 「い、一体何が・・・あッ!」
 突然の異常事態に目を白黒させながら、しかしハジメは、優美の顔を間近に見て、昨日のことを思い出したらしい。
 「キミは昨日もオレのジャマをした女の子じゃないか。一体オレに何の恨みがあるんだい?」
 「何よ、悪人のクセにエラソウなこと言わないで!」
 「お、オレが悪人?何の話だよ?」
 「トボケてもムダよ!全部分かってるんだから!」
 優美は肩をそびやかせて言った。
 「あなたは昨日、古式センパイをユーカイしようとしたんでしょ!そしてセンパイをお嫁さんにしようとしているのね!」
 「ええッ!」
 ハジメはギョッとなって身を強張らせた。
 「お嫁さん」云々は何のことだか分からないが、古式ゆかりをさらって手込めにしようと企んでいたのは事実だったからだ。
 この優美と名乗る少女、大ボケなのかそれともスルドイのか、彼の頭は混乱する一方だった。



 「でもね、あなたにそんなことは出来ないのよ」
 優美はフフンと鼻を鳴らして、
 「古式センパイには、もうとっくに婚約者がいるんですからね!(作者注・いませんよ)それにセンパイは優美が守るんだモン!優美は正義の味方なんだよ!少女探偵なんだよ!」
 「はァ?探偵がどうしたって?」
 ますます意味不明になる会話にハジメが呆れていると、優美は再び「優美ボンバー(本人命名)」を喰らわそうと向かってきた。
 「ええい、もう面倒だ!」
 ハジメは焦れた声を上げて身をかわすと、体を入れ替えるようにして優美を羽交い締めにした。
 「あッ、何すんの!乱暴しないでよ!」
 「こっちのセリフだよ。ったく、こんな予定じゃなかったけど、この際仕方がねェや」
 ブツブツ言いながら、ハジメはポケットからハンカチを取り出し、優美の口元に強く押し当てる。
 「んんーッ!!」
 異様な臭いを感じ、優美は激しく身をもがいたが、すぐにトロリと目の焦点を失い、男の腕の中で全身を弛緩させた。
 ハンカチに染み込ませてあった麻酔薬が、彼女の意識を瞬時にして奪ったのだ。



 「くそ、とんだ厄介だぜ」
 ハジメは苛立った声で言った。
 今日こそは古式ゆかりをさらって、気の済むまで弄ぶ・・・そう企んで用意してきた麻酔薬なのに、思いもかけないところで使ってしまったのだ。
 しかしこの状況では、それもやむを得なかっただろう。
 幸い周囲に人影は見あたらないが、あの調子で優美に大声を上げ続けられては、すぐに何事かとヤジ馬が集まってきたのに違いないからだ。
 「この女、ここに放っておくわけにもいかないしな・・・まあイイや、どうせだから連れて帰っちまえ!・・・」
 ヤケクソな調子で言うと、男は優美をランクルの後部座席に押し込み、その場で荒々しくUターンをする。そして駅とは反対方向へ走り始めながら、みるみるその速度を増していった。


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