(7)

 「降魔」!・・・・
 その名は、まさに、知っているどころではない。
 人の怨念が生む魔物であるとも、異世界からの侵略者であるとも言われるこの異形の生物は、過去数度にわたって帝都を襲撃し、華撃団とも死闘を繰り広げた、いわば人類にとっての天敵なのである。
 男の語ろうとしている「事情」が、降魔と何らかの関係があるのだとしたら、彼は「黒鬼会」のような闇の勢力に連なる者なのだろうか?いやしかし、どこか間の抜けたその物腰からは、とてもあの猛々しい組織との繋がりを想像できないが・・・。


 「僕のパパ、すなわち百目鬼泰夫中将はね、陸軍で秘密兵器の開発に携わっていたんだ。技術的にではなくて、参謀次長として、呪殺兵器などの情報収集をしていたらしい・・・」
 「・・・・・」
 「そのパパが、生前最後に手がけていたのが、『人造降魔』の開発だった。新聞でも報道されたから、君も知っているだろう?黒鬼会事件で使用された、陸軍の生物兵器だよ・・・」
 椿は不安げに目を瞬いた。
 人造降魔計画に関わっていた以上、百目鬼中将は、やはり黒鬼会とも繋がりがあったのだろう。つまり、椿たち帝国華撃団とは敵(かたき)同士だったということになる。
 だが、「新聞で」などと言うところをみると、この息子の方は、椿が華撃団の隊員であることを知らないようだ。では何故、あえて椿に降魔の話などをして聞かせるのか?


 「僕は詳しく知らないけれど、人造降魔には、用途別に様々な種類があったらしいんだ。もちろん、大抵は戦争用のものだったのだろうけど、中には、人間を淫らに狂わせてしまう超能力を持った降魔もいた・・・」
 「・・・・」
 「元々、人の穢れた怨念から生まれた生き物なんだから、そんな力を持つ者がいたって不思議じゃないけどね。・・・でも、この類(たぐい)の降魔は、陸軍では不要とされて、開発が中止されてしまった。京極陸軍大臣は武を貴ぶ方だったから、あくまで兵器としての降魔にしか、興味がなかったのかもしれない・・・」
 男はフウと息を付き、
 「でも僕のパパは、そんな、淫ら神とでも言うべき、人造降魔の能力に魅せられたんだ。そして彼らの体液を大量に採取し、密かにこの家へ持ち帰った。その体液にこそ、人を性の狂気へと導く、未知の成分が含まれていることが分かったからだ」
 「ま、まさか・・・」
 「そう、さっき君にも味わってもらった魔法の媚薬・・・。あれこそが、淫ら神たる人造降魔の体液さ。・・・言っただろう?元々この世の物ではない薬だって・・・」
 おぞましさで、まさに全身から体温が失われてゆく思いだった。
 我が身を流れる血が、帝都を蹂躙した忌まわしい魔物の体液によって、淫らに濁らされてしまったなど!・・・


 「パパは、私的な夜のお楽しみのために、あのお薬を用いるつもりだったんだね。これも横領ってことになるのかもしれないけど、一度あの快楽を知ってしまったら、そんな気を起こしちゃうのも無理はないよ。・・・君だってそう思うだろう?・・・」
 「・・・・・」
 「実際、僕もママも、アッという間に、パパが持ち帰ったお薬の虜になってしまった。まああれに比べたら、浮き世の慰みごとなんて、どれも子供騙しみたいなものだからね。・・・でもそれだけにかえって、あのお薬の欠陥に気付くのが遅れてしまったんだ・・・」
 「欠陥?・・・」
 「・・・副作用があったんだよ、あれには・・・」
 男は気怠げに嘆息した。
 「パパが亡くなったのは、実はその副作用のためなんだ。・・・思考能力の低下と共に、全身の皮膚には壊死が起こり、最後は呼吸器不全で死に至る。・・・至上の快楽と引き替えに、人の命を確実に奪う麻薬だったのさ」
 「そ、そんな・・・」
 「いや、心配しなくてもいい。言っただろう?少なくとも、君にとっては毒ではないって・・・」


 「そう、この私を見れば分かるだろう?」
 と、百目鬼夫人が横から口を添えた。
 「要するにあの薬は、男性には致命的でも、何故か女性に対しては無害なのよ。百目鬼は身罷られたけれど、一緒に薬を用いていた私は、この通り息災でいるのだからね」
 「・・・けれども僕の方は、恐らく余命いくばくもないってワケさ・・・」
 男は言い、自嘲気味に、微かな笑い声を立てた。
 「既に身体中の皮膚が崩れ始めているし、頭の中身も日に日にボンヤリとしてくる。・・・遠からず、パパと同じ運命なんだろうな・・・」
 「あきらめてはいけませんよ、継彦さん」
 こんな息子でもやはり可愛いのか、半ば涙声で励ます百目鬼夫人に、男はどこか飄々とした口ぶりで言った。
 「いいんだよママ。医者ではどうにもならない病気だということは分かっているし、僕はもう、とっくに覚悟は出来てる。だからこそ、ママに頼んで、帝都中から僕の眼鏡にかなった花嫁を集めてもらっているんだ。僕が死ぬ前に、僕の子供・・・百目鬼の子孫をこしらえるためにね・・・」


 (な、なんてこと・・・)
 おぞましい陵辱劇の裏事情が理解され、椿はその理不尽さ、身勝手さに、どす黒い怒りの念が沸き起こってくるのを押さえようもなかった。
 自ら望んで闇の快楽を求め、結果身を滅ぼした者たちのツケを清算するために、何故無関係な我が身が踏みにじられなければならないのか?
 しかも彼らの口調からすると、椿以外にも、この「家」の生贄として囚われた者が複数いるようだ。
 (さらってきた女性は、みんなそのまま、この家に監禁され続けているのかしら?・・・そして私も、その一人として繋ぎ飼われる運命なのだろうか?・・・ひどすぎる!この人たち、頭がどうかしているわ!・・・)
 黒鬼会残党の捕虜になるならともかく、破戒者の下卑た陰謀に、ただ巻き込まれてしまっただけの自分が、この上なく惨めであった。


 「これで分かったかい?お前はね、この家の血を後世に伝えるための、ほんの借り腹なのさ!」
 百目鬼夫人が言い、椿の肩を抱くようにして、背後から荒々しく抱き起こした。
 「あッ、イヤッ!・・・」
 「さあ継彦さん、もっと念入りに種を仕込んでおやり!今度こそ百目鬼家の新しい跡取りを授かるようにね」
 「うん、ママ・・・」
 男がうわずった声音で応じ、ネットリとした手で椿の腕をつかむ。
 「彼女の身体を見ていたら、またしたくなってきたよ。・・・さあ椿ちゃん、もっと愛し合おうね・・・」
 「イヤです!もう許して!・・・」
 すすり泣き、必死に身をもがこうとするが、脱力しきった身体は全く思うようにならない。どうやら胡座をかいているらしい男の膝の上へ、アッという間に、向かい合うような格好で抱き寄せられてしまった。


 「・・・こんな腐りかけた身体でもね、病気になる前より、かえってマシになったこともある。まず暗闇でも目が見えるようになったし、腕っぷしも、何故か以前より強くなった。・・・へへ、降魔の体液を用いたことによって、僕自身が降魔に近付いていってるのかもね・・・」
 震える椿の耳元に口を寄せ、男は囁くように言った。
 「・・・そして何より、イチモツが目立って元気になったんだ。出しても出しても、すぐにまた硬くなって、次の行為におよべる。・・・だから椿ちゃん、いくらでも気の済むまで、君を気持ち良くしてあげる。僕の種を宿してくれるまで、何度でも、その身体に精を満たしてあげるよ・・・」
 「あッ、ダメッ!・・・」
 秘唇に男の熱い身体が押し当てられたのを感じ、椿が泣き声を上げる。
 もはや生娘ではなくなった我が身だが、これ以上男を迎え入れることには、やはり嫌悪と恐怖の念しか湧かなかった。
 生理は十日以上前に終わっていて、妊娠の危険性は十分にある。闇の血で穢れた男の種を孕まされるなど、まさに死よりも恐ろしい悪夢と言えた。


 「ほぉら、入っていくよォ・・・」
 太股が下から抱え上げられ、腰の位置がずらされてゆく。抗う術もなく、再び身体の芯を貫かれて、椿の朱唇からあえかな悲鳴がほとばしった。
 「アァーッ!」
 残酷としか言いようのない、陵辱の無限地獄であった。
 男のモノは、なるほど元通り以上にそのボリュームを回復しており、大きくエラの張った先端部が、椿の子宮を突き破らんばかりに圧迫してくる。
 「やッ、止め・・・むッ!・・・」
 小刻みに揺すり上げてくる相手の腰の動きに、思わず嬌声が口をつきそうになり、椿は歯を食いしばった。
 (ま、またおかしくされちゃう!・・・うッ!・・・どうすればいいの?・・・)
 未だ媚薬に痺れ、柔らかく濡れた膣の果肉が、男の肉体をキッチリと巻くように締め付けてゆくのが分かる。破瓜を終えたばかりの未成熟な女体のはずが、そこだけはもう別の生物であるかのように、喜悦の涙をこぼしながら相手を受け入れていた。


 「へへ、きつく吸い付いてくるよ。・・・君も気持ちがいいんだね?僕の身体をグイグイ手繰り込むみたいだ・・・」
 「う、ウソです!そんな・・・あうッ!・・・」
 「君と僕とは身体の相性もピッタリだ。・・・僕が病気に冒されているためなのか、これまでの花嫁とは、一度も子作りが成功しなかった。・・・だけど君ならば、今度こそ上手く、僕の子種を宿してくれるような気がするな・・・」
 「イヤですッ!許して・・どうか、どうかァ・・・」
 今や身も世もなく泣きじゃくりながら哀訴する椿の頬を、背後から、百目鬼夫人のものらしいすべすべした手が、包むように挟み込んできた。


 「どこまで往生際の悪い娘だろうね。・・・ねえ継彦さん、もうそろそろ、この目隠しを取ってやってもいいんじゃないかしら?立場ってモノを、完全にわきまえさせるためにも・・・」
 「そうだね、ママ・・・」
 荒く息をつきながら、男は応じた。
 「病みやつれた僕の姿で驚かせちゃいけないと思って目隠しをしたけど、僕らはもう契った仲・・・夫婦なんだものね。昔の貴族じゃあるまいし、互いの顔が御簾内(みすうち)なんて興ざめだ・・・」
 「分かったわ。じゃあ・・・」
 目隠しの結び目がキビキビと解かれ、涙で重く湿った布が眼前から取り除けられてゆく。濡れた頬に、室内の空気がヒヤリと感じられた。
 「さあ、自分が誰の『持ち物』になったのか、その目でよぉく思い知るといいわ・・・」
 嘲るような調子で促され、椿は目を瞬く。最初はおぼろげに、だが次第にハッキリと、周囲の様子が知覚されてきた。


 そこは屋根裏のように窓のない小部屋で、天井の電気照明と、壁に掛けられた燭台とが、辺りを柔らかく照らしている。
 素っ気のない板張りの床、さらにインテリアが皆無なこともあって、室内は、ここが大邸宅内の一部であるとは思えないほど殺風景な印象だった。
 そして・・・。
 「キャアアアアアアーッ!」
 目の前の人物を一目見て、椿は魂消るような悲鳴を張り上げた。


 ・・・くすんだ紫色に変わり、そちこちで醜く溶け崩れている、全身の皮膚。
 目蓋は眼窩をすっかり塞ぐように肥大しており、これでは暗闇どころか、陽の光の下でも視覚を得られるのかどうか怪しいものだ。
 口唇は大きくまくれあがってコーラルピンクの歯茎がむき出しになり、異様に長大化した糸切り歯が不潔な獣脂色に輝いている。
 「継彦」という名らしいこの家の嫡男は、本人の言うとおり、まさに降魔そのもののようなおぞましい姿になり果てていたのだ!
 「い、イヤッ、イヤァーッ!」
 目を恐怖に見開き、椿は自由にならない身体を必死に身もがこうとした。
 もはや怪物としか言いようのない、醜悪な男の異形・・・そしてその怪物に、今まさに自分が犯されているのだという恐ろしい現実が、さしも気丈な彼女をも、完全なパニック状態に陥れていたのである。


 「やっぱりビックリしたかな?病気のせいで、ちょっと男前とは言いづらい風情になってるからね・・・」
 醜くまくれあがった唇をモグモグと動かして、男は言った。彼の一種異様な発声は、極端に変形してしまった、この顔面のためだったのだ。
 「だけど顔形なんてものは、夫婦の間では大した問題じゃないだろう?僕は君を愛しているし、君だって僕を愛しているんだから。・・・さあ、僕の愛の証を存分に受け止めておくれ・・・」
 「イヤよッ!離してッ!・・・誰か、誰か助けてェエエエーッ!・・・」
 奈落に堕とされかけた亡者さながらの表情になり、椿は凄絶な悲鳴を絞り出し続ける。
 華撃団風組隊員としての意地など、ここに至っては、発揮の余地があろうはずもなかった。
 ほんの数刻前まで自慰すら知らなかった我が身が、今や闇の快楽に為すすべなく翻弄され、恐るべき物の怪の児を孕まされかけているとは!・・・


 「夫婦の契りの間(ま)を、誰も邪魔するワケがないさ。・・・へへ、そろそろまたイクよォ・・・」
 「だ、ダメッ、うッ!・・・」
 男が一瞬身体を硬直させ、熱い情欲の澱を吐き出すのと、椿が幾度めかの絶頂へと、まるで追い立てられるように達するのとが、ほとんど同時だった。
 「ぃギゃァアアアアアアーッッ!!」 
 血を吐くような絶叫が、屋敷内のしじまを引き裂くように響き渡る。
 ・・・いつも愛らしい笑顔を絶やさない、帝劇売店の可憐な天使・・・。その無垢な翼が、今度こそ完全に千切りもがれてしまった、断末魔の声であった。
 (・・・お・・がみ・・・さ・・・)
 心の中の何か・・・「魂」のようなものが、闇によって握り砕かれる哀しい音を、椿はその最後の瞬間に、微かに聞いた気がした・・・。


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