(8)

 「・・・あれ、まァた壊れちまった・・・」
 男は言って、抗いの声すら全く発しなくなってしまった椿の身体を、床の上にドサリと投げ出した。
 汗と涙、そして淫らな体液にまみれた少女の裸身は、まるで人形のようにグニャリと脱力しきっている。
 目は見開かれたままだが、その瞳は霞がかかったように光沢を失っており、もはや何ものをも映していないことは明らかだった。
 人外の魔物に犯される恐怖から、精神のタガが完全に外れてしまったのであろう。惨たらしくも、今や痴呆同然の様子の椿が、それ故「女」としての反応も示さなくなってしまったことが、男にはひどく不満らしい。


 「この娘こそは、最後まで『壊れず』に、僕と添い遂げてくれると思ったんだけどなあ・・・。こうなっちゃ全く張り合いがないよ・・・」
 ブツブツと不平を言う男に、百目鬼夫人はそれ見たことかという調子で、
 「だから、ママは気に入らないと言ったでしょう?身分の卑しい者の堪え性なんて、得てしてこんなものですよ」
 「でもママ、良家の子女が、今さら納得ずくで、家に嫁してくれるワケもないじゃないか」
 「それはそうだけれど・・・」
 「いずれにしても、もうこの娘とは交わる気が起きないな。・・・他の壊れちゃった花嫁たち同様、地下室にでも押し込んでおいてよ」
 不機嫌そうに鼻を鳴らし、男は言った。
 口調からすると、これまでに拐かされた女たちも、皆精神に異常をきたすなどして、そのままここで飼い殺しにされているらしい。
 ・・・まさに底の知れない、百目鬼親子の狂気であった。さながらこの「家」そのものが、住人もろとも、闇の毒によって、人を喰らう魔物と化してしまったかのように・・・。


 「分かったわ・・・」
 椿を見下ろしながら、百目鬼夫人はやれやれという表情になった。
 「けれども、今日の契りで、この娘が子種を宿したかどうかは分からない。それこそが私たちの目的なのですからね。・・・この娘をお役ご免にするならば、次の借り腹を見繕わないと・・・」
 「また別の花嫁を連れてきてくれるのかい?」
 「他でもないあなたと、この百目鬼家のためですからね。何べんだって、骨惜しみはしませんとも」
 「それなら、僕にはアテがあるんだ・・・」
 あれだけ歯の浮くような睦言を並べておきながら、今はもう全く椿への興味を失った様子で、男は咳き込むように言った。


 「この椿ちゃんと同じ、帝劇で働いている娘なんだけどね。・・・つぼみちゃんといって、劇場内の食堂でウェイトレスをしているんだ。その娘も僕のことを好いてくれていて・・・」
 「ああ、あの娘・・・。今日、少し話をしましたよ。・・・まだほんの子供のように見えたけれど・・・」
 ・・・悪鬼たちの、邪(よこしま)な謀りごとを巡らせる声が、室内に低くくぐもって響き続ける。
 新たな生贄を狙い求めて、恐るべき闇の触手が、再びまた、その鎌首をもたげかけていた・・・・。

(おわり)


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