最終章・光と闇の彼方- 

 「はあッ・・・」
 荒く息をつき、モニカは自分の背中に正体無くうち伏している妹の身体を揺すり上げながら、頭上わずかに近付いてきた洞窟の入り口を眺め上げた。
 ベスマが封滅されたために、そこを覆っていた結界も消失し、すでに高く差し上りつつある日の光が、森の木々を通してチラチラと入射している。
 二人とも、未だにあられもない全裸のままであった。はぎ取られた衣服は、何故か洞窟内の何処を探しても見つからなかったからである。


 ようやく穴の出口の縁までアイーシャを担ぎ上げ、そのグニャリと脱力した裸身を地面に横たえると、モニカは自らもその傍らに腰を下ろした。
 アイーシャはその女陰から大量に出血していて、それが内股に乾いたどす黒い流れを作っていた。しかし胸の鼓動は力強く規則正しいリズムを刻んでおり、命には別状が無さそうである。
 聖なる光が、彼女の身体に宿った闇の胎児だけを直撃し、それを滅し、流し去ったのだろう。
 今ならばまだ、神術によって念入りに清めの儀式を行えば、元の光に満ちた心を取り戻せるに違いない。
 (でもそれは、私の役目ではない・・・)
 柔和さの戻った妹の寝顔を見下ろしながら、モニカは悲しみと共に心中で一人ごちた。
 我が手によって純潔を破り、神に仕える資格を失った自分には、もはや神官としての能力は行使出来ないのだから・・・。


 そう、ベスマを間違いなく封滅するためには、不死身の魔物にとっても最も無防備な瞬間・・・・身体を繋がらせてくる、まさに「その時」を狙うしかなかった。
 そのために、自分の肉体そのものを捨て身のトラップと化すことが、モニカの切り札であり、覚悟であったのだ。
 ベスマに刃物で立ち向かったのは、それで敵の虚を突こうとしたのではなく、すでに生娘でなくなっていたモニカには、それしか戦いの手段が残されていなかっただけのことであった。
 モニカとアイーシャ・・・・誇り高い若き神官だった二人は、今やその美しさ以外に取り立てて目立ったところの無い、どこにでもいる平凡な姉妹にすぎなかった。


 (しかし・・・)
 と、モニカは思う。
 (しかし、それでもいいのだわ。私たちは、まだ運が良かった・・・・)
 彼女が思いを馳せているのは、親友だったマグダレナや、他の二人の神官のことだった。
 洞窟内をくまなく探し回って、モニカは惨たらしく囚われていた彼女たちを見つけ出したのだ。
 皆生きてはいたものの、言葉を喋ることもかなわずに、完全な廃人と化していた。あれではどんなに治療に努めても、二度と元のような心と身体を回復することは出来ないだろう。
 その残酷な境遇に比べたら、残りの生涯を神官として生きられないぐらいのことが何だというのだ。


 深呼吸をしてモニカは再び立ち上がり、妹の身体を抱え直した。
 (帰ろう、エルフの里へ。私もアイーシャも、今はまず休息が必要だわ・・・)
 無惨に散った自分と妹の純潔、神の聖なる遺物を自らの血で汚したこと、生ける屍と化した友人たち・・・。それらのことを全て、モニカはこれからの一生の間、逃れられない十字架として我が身に負っていく決心であった。
 ・・・だがそれには、今少しの猶予が与えられても良いだろう。傷つき疲れた心身を休め、これまでとは違う、新たな人生に思いを馳せるための、僅かな時間が・・・。
 もはや神術を使えない自分の代わりに、エルフの里への道を押し開くため、一人孤独に待機しているであろうヘイゼルのもとへ、モニカは気力を振り絞って、重たい足を運び続けた。


→1へ戻る

→3を読む

→最低書庫のトップへ