第一章 悪意のるつぼ・メガトキオ-3

 「久しぶりのS・T依頼らしいですね・・・」
 一通りの事情を説明して男が帰ると、通路脇のコンピュータールームからパートナーの静音・ブルックスが顔を出して恵麻里に声をかけた。


 彼女も恵麻里と同じ年頃で、下がり気味の大きな目に縁なしの眼鏡をかけた、物静かな、草花のような印象の美少女である。そしてその印象通り、人間よりもデジタル機器と向き合って、それを駆使することの方を得意としていた。


 「そうね、ここ三ヶ月はありきたりの身上調査ばっかりだったものね」
 と恵麻里は応じながらソファの上で身体を伸ばし、
 「これ以上間が空くと腕がなまっちゃうから、ちょうど良かったわ。それにS・Tは、報酬だって格別だしね」
 「さらわれたのは、さっきの男性の娘さんなんですか?」
 「そうらしいわ。16才だって言ってたから、ちょうど『さらわれ頃』ね」


 ・・・そう、救出業務とは、主に女性・・・それも若い女性を、囚われている犯罪組織から救い出す仕事のことなのだ。
 人々の下卑た欲望に歯止めの効かなくなったメガトキオでは、犯罪者達のやり口も非道を極めていたが、中でもここ十年ほどで急速に増加した犯罪に、犯罪者達が自ら戯れに「サマン(召喚)」と呼んでいる誘拐行為がある。
 若い女性(男性も稀に被害に遭うが)を無理矢理拐かして、会員制の地下風俗店や不道徳な個人依頼主に売り飛ばす、乱暴な商売のことだ。
 前世紀のこの国にも全く無かったとは言えない犯罪だが、それが組織的、しかも日常的に行われていることが、現メガトキオの病の根深さを示していた。


 そしてこの卑劣な犯罪に対し、公の治安維持装置・・・すなわち警察は、全く無力、というよりは、見て見ぬふりを決め込んでいた。
 2030年から運営が民間に委託され、PPO(治安機構)と名を変えた警察は、志気やモラルの低下が著しく、特にこのメガトキオでは犯罪組織と根深く癒着して、街に無法をはびこらせてきたのだ。
 市民たちは、いざ犯罪に巻き込まれても警察の助けを期待できず、といって素人が独力で犯罪組織に抵抗できるわけがない。だからこそ、恵麻里たち民間の救出業者に多くの需要があるのであった。


 「さらわれたのはこの娘よ。昨日の夕方から行方が分からないらしいわ・・・」
 静音と共にコンピュータールームへ入り、依頼主の男から受け取った情報カードをスロットに押し込みながら、恵麻里は言った。
 机の上に据えられた平たいデジタル情報端末が自動的に起動して、その上の空間に緑色に光る表示用の立方体を形成する。
 その中に、高校の制服らしいベージュのブレザーを着た短髪の少女が3D画像で浮かび、二人に向かって軽く会釈をして見せた。


 「とても可愛らしい娘ですね・・・」
 と静音は立体像に軽くふれ、同時に現れた、少女に対する各種の情報に素早く目を走らせる。
 「遠山深雪(みゆき)ちゃん、か・・・。高校一年生にしてはスタイルも素晴らしいわ。狙われたのも無理はないですね」
 「あのお父様が、何とか取り戻したい気持ちも良く分かるわ。きっと溺愛してるのね」
 恵麻里は狼狽えきった男の様子を思い出しながら言ったが、ふと気がついた顔になって、
 「・・・この制服は、三枝(さえぐさ)のおじさまのところの瑠璃花(るりか)ちゃんと同じだわ。・・・そうか、蓬莱女学院の生徒だったのね・・・」


 三枝とは、病死した恵麻里の父の友人だった同業者で、現在の恵麻里にとっては後見人とも頼る恩人である。その一人娘、瑠璃花が通う蓬莱女学院は、徹底した淑女教育で知られる名門校であり、深雪という娘もどうやらそこに通学しているらしい。


 「でも、どうしてさらわれたことが分かったんですか?行方不明といっても、単なる家出かもしれないのに・・・」
 怪訝そうに言う静音に、恵麻里は苦笑して手を振って見せ、
 「まあ、いつものパターンよ。心配性の父親は、この娘に緊急用のSOSコール装置を携帯させていて、彼女はそれで助けを求めてきたの。もっとも発信は一度きりで、すぐに切れてしまったから、囚われた場所の特定も出来なかったらしいけど。・・・恐らく誘拐犯たちに装置を取り上げられたんじゃないかしら」
 「それじゃあ手がかりは・・・」
 「もちろん皆無じゃないわ。失踪した当日の足どりは大体つかめているし・・・・ああそうそう、情報バンクでこの組織の事を検索してちょうだい」
 恵麻里は事件の要点をメモっておいたデジタルボードを取り出して静音に示し、そこに書かれている、とある組織名を、自ら確認するように読み上げた。


 「新世界準備会・サンクチュアリ・・・」
 失踪した少女が、最後に其処に行くと言い残して出かけたらしい場所・・・・そのいかにも怪しげで大仰な組織名に、恵麻里はかすかに聞き覚えがあった。
 (・・・だけど犯罪組織としてではないわ・・・どこで聞いたのだっけ?・・・・いずれにしても、彼女の失踪との関連を調べる必要があるわね・・・)
 思案するときのクセで、唇の下のほくろを撫で回す恵麻里の横で、静音は手際よく検索作業を続ける。緑色のキューブの中が、みるみる「新世界準備会」なる組織の情報で埋め尽くされていった・・・。


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