第七章 それぞれの黄泉路・・・

 「Hu・・・」
 食べ終えたばかりの夕食のトレーを見つめたまま、恵麻里は深い溜息をついた。
 今日のメニューはターキーのクリーム煮で、味付けも実に見事だったが、俘囚の身で口に入れるものが美味しく感じられる筈がない。


 彼女が今いるのは八畳分ほどの小さな部屋で、やはり「サンクチュアリ」3Fの中央部近くにあった。
 恵麻里たちが「新世界準備会」に囚われてからすでに5日が過ぎていたが、その間ずっと、彼女はこの部屋を独房としてあてがわれていた。
 部屋には窓が無く、壁には完全な防音が施されていて、外界の情報は何一つ入ってこない。三度の食事の時間によって、また一日が過ぎたのだということが、かろうじて想像されるのだ。
 インテリアも皆無と言って良かった。
 部屋の隅には洗面台と、ウォッシュレットの付いた水洗便器があったが、その他にはベッド代わりの分厚いマットレスが一枚、床に敷いてあるだけだ。ましてテレビや本の類などは望むべくもなかった。
 (何とかして、この異次元のような牢から逃れたい!・・・)
 初めのうちはそう気ばかり焦ったが、脱出の術など全くないことが次第に理解され、今や恵麻里は完全に諦めの体(てい)だった。


 この室内ではさすがに手足の縛めは外されていたが、代わりに長い鎖の付いた首輪が巻き付けられ、尾錠でガッチリとロックされている。
 鎖は洗面台の下の金具に繋ぎ止められていて、部屋の中を歩き回るのに不自由はなかったが、鉄製のドアにだけは辿り着く長さがない。もちろんそのドアも厳重に施錠されているのだから、例え手が届いたとしても、恵麻里にはどうしようもないのである。
 何より辛いのは、衣服を一切与えられず、常に全裸でいるように強いられたことだ。
 室温は常に暖かく調節されていて、裸で寝起きをしていても寒さを覚えることはない。しかし身にまとうものがないということは、それだけで人間を、無防備で不安な心理状態にしてしまう。
 日に一、二度、クリスやアゲットが独房から恵麻里を連れ出しに訪れるたび、恵麻里は裸身をさらす羞恥心よりも、強い恐怖に捉えられて竦み上がってしまうようになっていた。


 そしてそれは、連れ出された先に、連日悪夢のような呵責が待ち受けていたからでもある。
 第一に、クリスによる容赦のない官能の調教。
 売られた先で、客の淫らな欲求に十分応えられるよう、恵麻里はあらゆる体位で男性器を迎え入れることを覚え込まされていた。
 もちろん調教に用いられるのは、クリスが身に付けたイミテーションの男根なのだが、柔軟な新素材製のそれは、恵麻里の肉体の中で本物以上に活き活きと暴れ回った。
 様々にポジションを変えて交わりながら、クリスは恵麻里に次々と指示を出して、性の手管を叩き込んでゆく。
 いかに艶めかしく身体を動かせば良いのか。いかに女体の芯を締め、緩めれば良いのか。行為のどこで男を焦らせ、どこでイカせるのか、その押し引きのリズム等々・・・。
 延々と続く痴態の狂宴の中、恵麻里は羞恥と屈辱に泣きむせび、歯を食いしばりながらも、クリスのレクチャーする性技を素直に学ばざるを得ない。飲み込みが悪かったり、教えを拒むような素振りを見せれば、その同じレッスンが果てしなく繰り返されるだけだからである。


 そして何より、恵麻里の肉体そのものが、わき起こる淫らな悦びに全く抗えなくなってきていた。
 ほんの五日前に処女を散らされたばかりの未開発な女体とはいえ、その局部は汚れた人工細胞に冒され、しかも連日のように媚薬を投与され続けている。
 全身を支配する痺れるような切なさに、ただじっと立っていることすら難しいのだから、女の性感のツボを知り抜いたクリスの責めに、たとえ数秒でも冷静さを保てるわけがなかった。
 乳首を軽く口に含まれただけで、恵麻里はあえかな悲鳴と共に身をくねらせ、易々と絶頂まで導かれてしまう。そしてその官能からは、当初覚えた恐怖や嫌悪感が次第に剥落し、純粋な快感のみに変わっていくのが否応なく自覚された。この二日間ほどでは、調教の最中に、時おり自分の身体が積極的にエクスタシーを求めて波打ち始めていることにハッと気がつくことさえあった。
 (・・・まるで、精神が少しずつ闇に染め上げられていくみたい・・・。このままでは私、本当に心底から、淫らな性の商品に造り替えられてしまう!・・・・)
 そんな恵麻里の恐れと焦りにダメを押すように、アゲットによる肉体の改造も、無情に、着々と進められていた。


 一日に一回、恵麻里は決まって彼の医療室へと引き立てられ、手術台の上に無様に張り付けにされた。
 仰向けの時もあれば四つん這いに固定されることもあったが、アゲットの目的はいつもただ一つ、新たなバイオチップの移植手術である。恵麻里の肉体は、日に一カ所ずつ、まるで聖痕が刻まれるように、毒を含んだ細胞に置き換えられていった。
 手術中はその部位に局所麻酔が施されたが、最初の手術の時と違って、恵麻里の意識はクリアーに保たれる。それが恵麻里にとってはかえって残酷だった。
 自分の身体が造り替えられてゆく過程を、逐一つぶさに味合わなくてはならないのだ。まさにまな板の上で生きながら切り刻まれ、調理されてゆく魚さながらであった。
 泣き叫び、どんなに許しを乞うても、アゲットは全く耳を貸さなかった。それどころか、異常な歓喜の色で目をギラギラさせながら、ますますその作業の手を早めてゆくのだ。
 両の乳首、尿道口の周辺と、手術は容赦なく進められ、そして今やアヌスと直腸の終端部までもが、惨たらしくバイオチップに乗っ取られていた。
 恵麻里はただ座って身体をよじるだけでも辛く、また用を足すたびに突き上げるようなエクスタシーにとらわれて、便座の上で失神しかけることすらある。
 眠っていても、乳首がマットレスに擦れるたび、電撃のような官能に全身を貫かれ、我知らずに嬌声を上げて跳ね起きることもしばしばだった。
 たったの五日間で、恵麻里の肉体は、強烈な官能の奴隷と言える状態にまで、徹底的に改造されてしまったのだ。


 (・・・あとどれだけ、私は自分自身の精神状態を正常に保てるだろう?・・・いいえ、身体と一緒に、心もすでに狂い始めているのかも。これ以上この地獄が続いたら、一片の理性すら取り戻せなくなる瞬間がやって来るのでは・・・・)
 口元のほくろに手を当て、トレーの上に目を落としたまま、恵麻里は「死」が眼前に迫ってきたかのような恐怖に身を震わせた。
 これまでのS・T稼業の中で、性の快楽の虜となって精神を病んでしまった哀れな少女たちを、恵麻里は幾たびも目撃している。
 例え救出してもまともな社会復帰がままならない、いわゆる「手遅れ」となってしまった犠牲者たち・・・。淫らな歓喜だけを顔面にみなぎらせた獣のようなその様子が、まざまざと脳裏に蘇ってきた。
 (・・・私もじきに、あんな浅ましい姿に変えられてしまうのかしら・・・・)
 いつの間にか目の縁いっぱいに盛り上がってきた涙が、トレーの上にポトリとこぼれ落ちた。
 打ちひしがれたその様子は、五日前、自信満々でこの「サンクチュアリ」に乗り込んできた時の恵麻里と、とても同一人物とは思えない。
 散々に犯され、汚され、苛まれて、あらゆる抵抗の手段も封じられた今、S・Tとしての彼女はすでに殺されてしまったも同然だった。


 と・・・。
 「!・・・」
 鉄の軋む音に、恵麻里はハッとなって顔を上げた。
 部屋のドアがゆっくりと開かれ、美しいプラチナブロンドの頭がヒョイと突き出される。
 忌むべき魔女、クリス・宮崎だった。
 「食事は済んだ?恵麻里ちゃん」
 黒のワンピースを着たクリスは、相変わらずの嘲るような笑顔で、マットレスの上の恵麻里を見下ろした。
 「ゆっくり食休みをしたいだろうけど、今からちょっと付き合ってもらわなきゃならないわ。フフフフ、2人で良い所へお出かけしましょう・・・・」


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