「フォッフォー・・・・」
独特の、空気の漏れるような笑い声を立てながら、老医師カルビン・アゲットは診察台を見下ろした。
身体の中に狂おしい高揚感がみなぎっている。今の彼にとっては、この医務室だけが、くつろぎと魂の充足を感じさせてくれる場所だった。
彼は不能者だが、生まれつきそうだったわけではない。事実、彼が若くして兵役に行った頃(まだ17才だった)、軍の仲間たちと一緒に商売女を買ったこともあるのだ。
だからアゲットは性の悦びを知らないわけではないのだが、肉体の方はそれを忘れてしまって久しい。彼が成人する前に、その感覚は彼の身体から何故か消え失せてしまった。
軍で大きな負傷をしたわけでもなければ、トラウマとなる大失恋をしたわけでもない。何のきっかけも前ぶれもなく、彼は男性としての能力から見放されてしまったのだ。
(だが、そんなことはもうどうでもいい・・・)
と、彼は思う。それに増す悦びを、今のアゲットは知っているからだ。
そう、その悦びは、クリス・宮崎と出会ったことによってもたらされたのだ。
彼が独自に作り出したバイオチップは、あくまで非合法であるため、大っぴらに他人に用いることは出来ない。そんな日陰の花のような発明に、クリスは存分に活躍する場を与えてくれたのだった。いや、裏社会の住人であるクリスにとっては、そうした忌まわしいテクノロジーこそが是非にも必要だったのだ。
四年前にチームを組んで以来、クリスとアゲットは、どちらが“主”でどちらが“従”ということはなく、対等のパートナーとして円満にやってきた。
「獲物」を商品に仕立てるのに、クリスはその「精神」を、アゲットは「肉体」を、それぞれに仕込む。お互いに代わりのきかない役割を持っているからこそ、きっと上手くやってこれたのだろう。
(そしてこれからも、それは変わらんはずじゃ。多分、ワシがくたばるまで・・・)
診察台の上に次第に低く身を屈めながら、アゲットは思った。
そう、「新世界準備会」は、この先も益々盛業のはずだ。ここでしか作れないオリジナル商品・・・身体を改造された「マーメイド」たちは大好評で、邪(よこしま)な客たちからの注文が引きも切らないのだから。
そして人魚姫を作り続けている限り、アゲットはその作業から得られる至上の満足感を享受し続けることが出来るのだ。まさに今、心から味わっている、この至福の時を・・・・。
「・・・どう、アゲット?」
彼のかけがえない相棒、クリスが、白衣を身にまとって部屋に入ってきた。
「腕の振るいようがあったでしょう?・・・私の注文通りに仕上がったかしら?」
「まあ見ておくれ。今、作品の出来を鑑賞していたんじゃ」
アゲットは、しわの寄った顔面をさらにクシャクシャに歪めて言った。
「例の新種チップをしこたま植え付けてやったよ。上手く増殖して定着すれば、見た目にもそりゃ盛大な効果が出るぞ。無論与える快楽も尋常ではない。デリケートに扱ってやらんと、ゾニアンなんぞ無しでもオツムがイカれちまうかもしれん程じゃ」
彼の眼下・・・診察台の上には、静音・ブルックスの豊かな裸身が横たえられていた。
放射状に繋ぎ留められた四肢をヒクヒクと震わせ、轡をかまされた口元から、絞るようなすすり泣きを嫋々と洩らしながら・・・・。
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