「始めに断っておくが、私はお前の親父さんを侮辱したいわけじゃない。彼とは親友だったし、今でもそう思っている。彼・・・早坂剛は、実に優秀な、そしてあらゆる意味で画期的なS・Tだった。彼はこのビジネスに、大いなる価値の転換をもたらしたんだ」
「価値の転換?・・・」
思わず問い返した恵麻里に、祐太朗はうなずきかけ、
「そう、腕利きのS・Tだった彼は、それ故に幾多の修羅場をくぐった。そしてある日気がついたのさ。こんなことがいつまでも続くわけはないってね。今日は無事に仕事をこなせても、明日は失敗して命を落とすかもしれない。そのことは、お前も身をもって分かっているだろう、恵麻里?」
「・・・・・」
「そこで彼は考えた。危険に身をさらすことなく、この商売を続けていく妙案はないかってね。そして当然思いついたのが、敵である誘拐組織と手を結ぶことだったのさ」
「まさか!お父様がそんなことを!・・・」
「ウソじゃあない。だからこそ、彼は早死にとはいえ、畳の上で往生できたのさ。この私も、彼を見習ったおかげで未だに息をしていられるワケだ。今このメガトキオでS・Tをしている者の内、4割方はそういう業者さ。残りの6割は、遅かれ早かれ殉職の憂き目を見ることになる」
「・・・・・」
「召喚犯罪者にしたって、本当に高値で売れる獲物以外は、適当な金額で返還の交渉に応じたってかまわないわけだ。どうせ目当ては金なんだからな。親父さんは、培った人脈と経験を生かして、その調整役を買って出たんだ」
「調整・・・」
「そう、危険な仕事だということは依頼主も承知しているから、元々S・Tの報酬ってのは莫大だ。彼はそのうちの何割かを組織に渡し、裏合意の上で獲物を引き取るルールを確立したのさ。むろん実入りは減るが、これで命の心配をしなくて済むからなあ・・・」
業界の恥ずべき暗部をぶちまけながら、祐太朗はまるで悪びれる様子もない。
「そして組織が本気で見込んだ獲物・・・つまりとびきりの高値がつく上玉の誘拐は、決して邪魔をしないというルールも作った。なあに、たとえS・Tの依頼を受けても、すでに売り飛ばされていて救出不能だったと、依頼主に報告すればいいんだ。医者が『手遅れでした』と言い訳するのと同じさ。S・Tとしての評判には障りなんかない。組織は失敗を気にせず召喚に励めるし、我々も全く安全に商売を営めるワケだ。双方が共に栄えられる、そんな素晴らしい仕組みを、お前の親父さんは作ったんだよ」
「う、ウソ!ウソよそんな!・・・」
マーメイドとして生まれ変わり、再び人としての喜怒哀楽に染まることなど無いと思っていた恵麻里の精神は、今また激しく揺れ動いていた。
大きな誇りであり憧れであった父が、犯罪組織と陰で結びついていたなど、にわかには信じられるわけがない。
「私がこうやってクリスとツーカーなのが、業界の真の姿の証明じゃないか。それに親父さんの助手をしていた・・・ええと、青井とかいったかな?あの若造がS・Tをやめちまったのも、こうした内幕を知って嫌気がさしたからなんだぜ。まあ義理堅く、それを世間に暴露したりはしなかったようだがね」
「慎也さんが・・・」
最後に彼と別れたときのことを思い出し、恵麻里は胸を衝かれた。
彼は逡巡しながらも、あの時必死に何かを伝えようとしていた。それこそは、今聞いた、この業界の恐るべき暗部だったのだろう。
恩師である父をはばかって胸に秘めていたのだろうが、恵麻里との関係修復のため、全てを打ち明ける決心をしたに違いない・・・そこまで考えて、恵麻里はもう一つ重大なことに思い当たった。
「じ、じゃあ瑠璃花さんは・・・あの時叔父様は、私が瑠璃花さんを拐かしに現れたことを知っていたんですね?どうしてみすみす彼女をさらわせたりしたんですか?」
「フフン、あの時は私も困ったな」
祐太朗は愉快そうに肩を揺すって、
「いや、瑠璃花のことで気が咎めたわけじゃないよ。お前が必死に事情を言い繕う姿が可笑しくてな、吹き出しそうになるのを何とか堪えてたんだ。私もなかなかの役者だっただろう?」
「そんな、ひどすぎます!ご自分のお嬢さまなのに!・・・」
「バカだな、お前も知っているだろう?あの娘は私の実の娘じゃあない。女房の連れ子だ。可愛がって育てちゃいるが、所詮は他人だからな。是非にも守らなきゃいけない理由なんかないのさ」
「冷血」としか言いようのない言葉を、祐太朗は平然と口にした。
「それに経済事情もあってな。私はこのクリスとは長いつきあいだから、通常よりは安く商品を売ってもらえるが、それでもやはりマーメイドは高価だ。飼育するための部屋も用意しなきゃならんし、金はいくらあっても足りんのさ。そこで瑠璃花を、言ってみれば『下取り』に差し出したわけだ。なかなか良い値がついたらしくてな、おかげで無理なくお前を購入できたのさ」
「あ、あなたって人は!・・・」
思わず怒気鋭い口調になった恵麻里に、祐太朗はニンマリと笑いかけ、
「私を責められるかね?こういう裏の仕組みを作ったのはお前の親父さんなんだぜ。その仕組みのために、救出もされず、商品として闇に消えていった女は数え切れん。つまりお前は、彼の娘として、そういう者たちの無念を、生まれながらに背負わされていたわけだ。そろそろその負債を清算してもいい頃じゃないか?お前自身の肉体でな・・・」
忌むべき説明を終え、それが相手に与えただろうショックを楽しげに見極めている祐太朗に、恵麻里は憎しみに満ちた視線を向けた。
(こんな卑劣な男を、私は長年、父代わりとして慕ってきたんだわ。自分の欲望を満たすために、何の罪もない瑠璃花ちゃんまでも巻き込むなんて・・・許せない!絶対に!!・・・)
完全に忘れたと思っていた、邪な者に対する怒り、そして闘争心が、再び胸の中に燃えさかるのを、恵麻里は感じた。
愛していた父のドス黒い本性や、それにダマされていた自分にも腹は立ったが、今この瞬間は、目の前にいる祐太朗だけがひたすら憎かった。たとえこの場で殺されようとも、この男のモノにだけはなりたくなかった。
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