北畑早苗は28才。
透き通るように白い肌。
頭の後で上品にまとめられた、艶やかな黒髪。
絶妙のバランスで配された、形の良い鼻と唇。
目は日本人離れして見えるほどにパッチリと大きく、瞳は琥珀色を深くたたえている。
まさに光り輝くようなルックスと、類い希(たぐいまれ)に豊かなプロポーションとを備えた、女神をすら思わせる、美貌の家政科教師である。
と言っても、フェロモンをまき散らして歩く派手な女というイメージはない。
箱入りのお嬢様育ちである早苗は、すでに人妻となった今でも、少女のような純朴さ、愛らしさを感じさせる、天然系のキャラクターなのだ。
あまりにも世間知らずで脳天気に見えるため、教え子である蓬莱女学院の生徒たちも、彼女のことを、北畑ならぬ「花畑先生」と、親しみを込めたアダ名で呼んでいるほどだった。
その「花畑先生」が、今、瑠璃花の目の前に立っている。
よりにもよって、凶悪犯罪者たちのアジトであるこの建物の一室に、突然現れたのだ。
一体何故なのかと、瑠璃花は一瞬我が身の境遇も忘れて、もの問いたげな視線を薬師寺と井田に向けたが、
「こ、これは何事です?どういうことなんですかッ!?」
ようやくで自失状態から立ち直ったらしい早苗が、その場の異常な空気を打ち払おうとでもするかのように、金切り声を張り上げた。
「花畑」と揶揄されてはいても、早苗は歴とした現職教師だ。
教え子が素っ裸でレイプされている現場に出くわして、ノンキな顔をしていられるワケもない。
その頬は異常に紅潮し、普段はいささかタレている目尻は逆につり上がってしまっている。
瑠璃花が初めて見る、憤怒に我を忘れた早苗の表情であった。
「井田さんとおっしゃいましたわね。説明してください!」
その場にいる3人の男が、黙ってニヤニヤしているだけなのに業を煮やし、早苗はすぐ側に立っている井田に向き直ると、切り口上で言った。
「三枝さんが万引きをしたのは悪かったかもしれませんが、だからってこんな仕打ちはないでしょう?これは犯罪です!ただでは済みませんよ!」
「ははあ、今回もまた『万引き女子高生』のシナリオなのか」
早苗の言葉を聞いて、薬師寺が苦笑しながら言った。
「いや、マンネリで恐縮です」
井田は照れ臭そうに頭をかいて、
「でも学校の先生を連れ出すには、このネタがイチバン効き目がありますからねえ。教え子が不始末をしでかしたと聞けば、大抵の先生はソッコーで駆け付けてくれる。全くありがたいモンですよ」
「何の話です?私が聞きたいのは・・・・」
男たちが、自分を無視する格好で話し始めたことに苛立ち、早苗が再び抗議の声を上げかけると、
「まあまあ先生、キチンと御説明しますから、どうか興奮なさらないで・・・」
薬師寺はなだめるように手を振ると、早苗に向かい合って立った。
「北畑先生は、こちらのお嬢さんが万引きをして、私どもの店の警備員に捕まったと聞かされたんでしょう?それでお嬢さんの身元を引き受けるため、ここまでやって来られた」
「そうですわ。そちらの井田さんが、私の退勤途中に声をかけていらして、事情を説明してくださったんです」
「井田は自分のことを何者だと名乗りましたか?」
「モナミ(メガトキオ内の大手量販チェーン店)の店長さんだと・・・・詳しいことは本社の事務所で説明するからと言われて、ここまでうかがったんですが・・・」
「なるほどねえ・・・」
薬師寺はクスクス笑いを噛み殺すような声音になって言った。
「でもね先生、井田の言ったことは全部ウソっぱちなんです。アンタはダマされたんですよ」
「はあッ?」
愛らしい、花弁のような唇をポッカリと開き、早苗は虚(うろ)が来た様子で立ちすくんだ。
「それは・・・どういう?・・・」
「言ったとおりさ。このお嬢さんは万引きなんてしてないし、井田がモナミの店長だなんてのもデタラメだ。それどころか、堅気ですらないんだぜ」
薬師寺は井田を指差して言った。
「今はスーツなんか着てるから、ちょっとサラリーマン風に見えるかもしれないけど、コイツはロクでもない犯罪組織のメンバーなんだ。それにこのオレも、そこにいる笠間って男も、同じ組織の構成員さ。サマン(召喚)犯罪組織のね」
「さ、サマン犯罪って、あの、人を誘拐して売り飛ばすという?・・・・」
愕然として聞き返す早苗に、薬師寺は芝居がかった仕草で両手を広げ、
「その通り。イケてる女をさらってきては、セックス漬けにして調教し、高値で売っ払う・・・・オレたちはそんな商売をしている悪党さ。つまりここはモナミの本社事務所なんかじゃなく、サマン犯罪組織のアジトってワケだ」
「まあッ!」
頓狂な声を上げ、早苗は頬を両手ではさむと、オロオロと周囲を見渡した。
「それじゃあ、三枝さんと私は、誘拐されたんですの?」
「ようやく分かったのかい!」
男たちが一斉にドッと沸いた。
「ちったァ怪しいと気付かなかったのかよ、先生?」
笠間が小馬鹿にしたような調子で言う。
「モナミみたいなデカイ会社の本社事務所が、こんな小汚い、たった3階建てのビルに入ってるわけないだろうが?」
「それでも、大抵の先生方は、疑わずにここまで付いて来ちまうぜ」
井田も愉快そうに言った。
「だから有難いって言ってんのさ。大事な生徒さんが心配で、判断力がマヒしちまうんだろうな。この北畑先生みたいにマジメな先生ほど、むしろ簡単に引っかかるんだ」
「わ、私たちを売り飛ばすつもりなんですか?」
男たちの嘲笑に唇を噛みながら、早苗は震える声で言った。
いきなり襲いかかってきた、まるで三文小説内の出来事のような運命に、頭の中がグラグラと揺れ動いている。
無理もないことだった。
いかに犯罪多発都市で生活しているとはいえ、まさか自分がそれに巻き込まれるとは、普通なかなか想像し得ないものだ。
しかし、ここで弱気になったり、パニックを起こしたりするわけにはいかなかった。
今まさに陵辱にさらされている三枝瑠璃花を、何とか救い出さなければならない。
花畑と笑われてはいても、自分は教師なのだ。
教え子を見捨てることなど出来るわけがないではないか。
「アンタたちを最終的にどうするかは、まだ決めちゃいねェよ」
薬師寺は素っ気なく言った。
「もちろん、基本的には売り物にする予定だがね。そのためにも、お嬢ちゃんだけじゃなく、先生も的(まと)にかけたんだ。可愛い女子高生と美人教師の抱き合わせとなりゃあ、単品よりも何倍も高値が付くからな。女子高生をさらう時は、女教師もセットで見つくろうってのが、この業界じゃよくあるやり方なのさ」
「・・・・・・」
「それと、先生をさらったのには、もう一つ理由がある。つまり、アンタに力を貸して欲しいんだ。オレたちに協力して欲しいんだよ」
「協力?・・・・どういうことか分かりませんわ」
薬師寺からの意外な申し出に、早苗は面食らった様子で言った。
犯罪組織が、誘拐してきた相手に何を「協力」させようというのか。
早苗が今望むのは、瑠璃花と共にこの場から逃げ出すことだけだ。他には何もない。
「手を貸して欲しいのは、そのお嬢さんの扱いについてさ」
薬師寺は、笠間に抱え込まれたままの瑠璃花を指差して言った。
「さっきも言ったように、オレたちの仕事は女をセックス奴隷に仕立てることだ。その身体を使って男を楽しませるための『商品』にね。そういうモノに大層な需要があることは、世間知らずのアンタにだって分かるだろう?」
「・・・・・・」
「その娘・・・瑠璃花ちゃんだっけか・・・も、そうした性の商品にするために、ここへ連れてきてすぐにバージンを破いてやった。セックスの手練手管を教え込むのに、処女じゃ話にならないからな。あとはひたすら性調教を繰り返して、イヤらしいことしか考えられない、ピンク色のオツムにしてやれば良いわけだが・・・・」
薬師寺は瑠璃花の側へ歩み寄ると、ガックリとうなだれたままの頭をグイと鷲掴みにし、早苗の方へ向けさせた。
「ふううーッ!」
ボールギャグで塞がれた口元からしぼるような泣き声が噴き出し、涙とヨダレがポトポトと胸元へこぼれ落ちる。
「この通り、瑠璃花お嬢ちゃんときたら、メソメソ泣いたりわめいたりばかりで、さっぱりセックスの妙味ってモノを覚えようとしねェんだ。これじゃあ当分、売り物にはならねェ。恥じらいや貞操観念を無くしちまうのは困るが、あんまりノリが悪くっちゃあ、男の方はポテンツが下がっちまうからな」
「無理やり拐かされて、乱暴されて、それじゃあ泣くのが当たり前でしょう!」
あまりに身勝手な薬師寺の物言いに、早苗は激情を抑えかねた口調で言った。
「大体、セックスがどうのって、無茶を言わないで下さい!三枝さんはまだ16才なんですよ!」
「さあそこだよ、先生に協力して欲しいってのはさ」
気取って指を立てながら、薬師寺は早苗の身体に舐めるような粘い視線を送った。 「アンタは人妻だっていうし、それだけのスゲぇグラマーだ。当然セックスの楽しさは味わい尽くしてるだろう?それをこのお嬢ちゃんに教えてやって、素直にセックス奴隷になるよう、言い聞かせて欲しいんだ。要するに、サバけた大人の女にしてやって欲しいのさ。子供を導くのは教師の仕事だもんな」
「そッ、そんなこと、出来るわけがありませんわッ!」
羞恥と屈辱で頬を紅潮させ、早苗ははねつけるような激しい調子で言った。
「大体何ですの、『セックスの楽しさ』って。性交は子供をもうけるための神聖な営みです。楽しむなんてモノではありませんわッ!」
「オイ先生、ここまできて、そんなカマトトぶりが通るとでも思ってんのか?」
薬師寺の隣に立っている井田が、イライラした様子でスゴみ始めた。
「どうせダンナと毎晩、アヘアヘ交尾(さか)ってんだろうが。そのノリでこの娘に、実践で性教育をしてやりゃあ良いんだよ」
「出来ないと申し上げましたでしょ?」
早苗は怯むことなく、さらに強い調子で言い返す。
「よくもそんな下劣なことばかり並べ立てられるものですわね。あなた方は最低ですわッ!」
「ほほう、よほど度胸があるのか、それともバカなのか知らないが、なかなか面白ェ先生だな」
いきり立つ井田を手で制して、薬師寺はニヤニヤ笑いのまま言った。
そういう余裕タップリの物腰は、なるほど組織のリーダーらしい貫禄と映らないでもない。
「なあ先生、アンタがセックスの快楽なんか取るに足らねェと言い張るのならそれでもイイさ。だけどな、オレたちは女をセックス漬けにして狂わせるプロなんだ。それでメシを食っている、プロとしてのプライドってモンがあるんだよ」
「・・・・・・」
「だからな、アンタがあくまでも意地を張るなら、オレたちのプライドをペシャンコに出来るってことを、自分で証明してみせたらどうだい?要はこのオレと『勝負』をしてみないかってことさ」
「しょ、勝負ですって?・・・」
不可解な申し出をしてきた薬師寺に、早苗は戸惑った視線を向ける。
自称「プロの犯罪者」が、さらってきた獲物を相手に、一体何の「勝負」をするというのか?
早苗に唯一分かっているのは、男の真意が何であれ、瑠璃花を置いて、自分1人だけがここから逃げ出すわけにはいかないということだけであった・・・・・
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