第三夜:髪のなかの暗闇



美佐は、雅耶の様子を確かめるためにその一家の家をずっと見張っていた。
夜も9時を過ぎたあたりで家の門がまた開かれた。雅耶を含めた三人の子供たちが出て来たのである。しかも、ふたりの姉妹は昼と同じ制服姿で同じ髪形だったが、吉幸だけが一本の三つ編みに髪形を変えている。
美佐「こんな夜遅くにみんな、いったいどこへ…、しかも雅耶さんは制服着たままで…。」
もちろん、美佐も帰宅してないので着替えていない制服のままではあったが。
三人のうち、雅耶がほかの二人とは反対側の方向に歩き、尋子と吉幸のふたりもすぐ先のつきあたりでたがいに反対方向の道を選んで別れていった。
美佐「彼女を追いかけなくては…。」
美佐は雅耶のあとをつけたが、さっそく雅耶の持っていた携帯電話にまた誰かが鳴らしているようだった。
雅耶「もしもし…はい。バイクでいらしているのですね。じゃあ、カラオケボックスの看板があるとなりのホテルの駐車場にそのまま入ってください。いまからわたしもそこへ向かいます。」
美佐「あの子はやっぱり、深夜に援助交際を…。」
美佐は、雅耶の行動を止めなくてはいけないと思って、後ろから雅耶の腕をつかもうとしたが、雅耶が気がついたようですぐにまた走り出すのであった。
美佐「待って、雅耶さん…。行ってはだめ!」
雅耶「止めないで、相手の方がせっかく待っているの。」
雅耶はようやく美佐の身体より前に追い越して美佐の行く手を塞ごうとしたが、とつぜん雅耶がとびあがって足を上げ、まるでキックボクシングのような強烈な力で美佐の腹部を蹴ったのである。
美佐「ああ…。」
なんて、まるで男のような強い力だと思った美佐は、やはり雅耶は誰かにあやつられてでもいるのではないかと感じた。
美佐「雅耶さん…。」
長い三つ編みのおさげ髪をはげしく揺らせながら雅耶は走っていって美佐の倒れた場所から遠ざかり、結局、美佐は雅耶の姿を見失ってしまった。

雅耶は、事実、前日にもやはり男を殺していたのである。
雅耶「お待たせいたしました。きゃっ!」
男「ど、どうしたんですか、急に。」
雅耶「ごめんなさい、あなた、わたしの髪の毛にさわろうとしたでしょ。」
男「さわっちゃいけないんですか?」
雅耶「この髪の毛はさわると巻きついてしまうかも…いいえ。」
男「え?巻きつくってどういうことで。」
雅耶「あ、冗談ですよ。いきなり、お話もせずに女の身体にさわるなどしたら誰だってびっくりしますわ」
男「それは失礼しました。あまり、女の子と接したこともないですから。」
雅耶「女の子のこと、ほんとうに知らないようですね、失礼ですけど、童貞ですか?」
男「そうなんです。ずっと男子校で、大学も理系。就職しても女性がほとんどいない会社です。しかもけっこう田舎の工場で働いていました。いちおう、高校卒業の男の子たちを指導する立場にあったのですが、みんな意外にしっかりガール・フレンドも持っていたようで携帯電話もよくしていましたし、うらやましく思ってました。やっとこっちへ転勤してきたのですが、遊びに行ったこともないですしね。」
雅耶「じゃあ、ソープランドとかキャバクラとかいうのも知らないのですか?」
男「ぜんぜん、行ったことないです。このまえ初めて成人映画を見て興奮しました。アダルトビデオも借りてみようと思ったのですが、これといって好みの女の子がいないので。」
雅耶「どういう子がお好みなんですか?」
男「そりゃあ、あなたみたいな髪の毛が超長い子であとは興味ありませんよ。ビデオの女優さんって、どうしてかセミロングぐらいは多いけど、あんまり髪の毛長くしている子や三つ編みの女の子っていませんねえ。もっといたらそのほうが興奮するのに。」
雅耶「ふふふ。」
こうして、男をつれて雅耶はまたホテルに入っていたのである。
部屋でシャワーの後、男も雅耶も裸になっていたが、男にベッドの上で倒されていたのであった。
雅耶「あん。」
男「いひひひひ。思い切り楽しませてもらうよ。」
男は雅耶の両方の三つ編みにしている髪をそれぞれの手でわしづかみにして、性器を雅耶の口にあててどうやらフェラチオを強要したいようすであった。

雅耶「童貞といっていた割りには、遊び方を知っているみたいね。」
男「はははは。さあ、ぼくの精液をいっぱい、口にしてみなさい。」
雅耶「う、うう…。」
だが、雅耶の目がまもなくしてまた赤く光りはじめたのであった。
男「ああっ、なんだよ。」
雅耶の二本の三つ編みの髪がへびのように不気味に動きはじめ、わしづかみにしている男の手首にそれぞれ巻きついてしまい、そのまま男の身体を宙に持ち上げてしかも男の身体が逆さになっていたのである。
雅耶「くくくくく。」
男「うわあっ、とつぜん…。」
身体を上半身だけ起こした雅耶のおさげ髪を分けている後頭部の分け目がまたかぱっと割れ始め、そのなかにまた小さくなるようにして男の身体が吸い込まれていったのである。
雅耶「うふ、うふふふ。」
男「うわあーっ!」
男が吸い込まれるとおさげ髪の分け目が閉じられ、雅耶の三つ編みの髪の毛先からは骨がまたこなごなに砕けて落ちていたのだった。

美佐はまた雅耶の家に戻って今度はそのまま雅耶の妹、尋子や弟の吉幸が行った反対方向の道を行ってみようとした。尋子の入った左側の道に入ったが、そこは薄気味悪い感じのする森が繁った公園であった。昼間は静かなデートコースのようであるが、夜は人の気配のない不気味な森である。
美佐「はっ、あれは。」
森のなかにあった薄暗い電灯に照らされていた尋子の姿を発見した。しかも背中を向けた姿でツインテールの長い髪が照らされていた。
尋子「きゃあ。」
痴漢「いひひひ。」
美佐「はっ、もしかして痴漢…。」
そのとおりで、尋子の背中からいきなり抱きついてきた痴漢だったのである。右手で尋子の口をおさえて叫ばせないようにし、左手ではまたわきの下から手をこじ入れて尋子の左胸をもみはじめたのである。
だが、そのとき急に尋子のツインテールの黒髪が左右に舞い上がりはじめ、痴漢の両腕にそれぞれ巻きつき始めたのであった。
痴漢「な、なんだ、この髪の毛は…どういう動きを、いったいなんだ?うっ、く、苦しい。」
尋子の髪の毛を巻きつけられた痴漢が急にもだえ始めた。そしてその後ろから美佐はまた驚く光景を目にしたのである。
美佐「尋子ちゃんの頭が…。」
尋子の、ツインテールの髪を分けている後頭部の筋が裂けて割れ、痴漢はその割れ目に吸い込まれていったのであった。
痴漢「う、うわあーっ!」
痴漢の身体も吸い込まれながら小さくなっていった。そして、吸い込まれた後に割れていた尋子の後頭ももとのように閉じ、ツインテールの髪の毛からはガラガラと砕かれた骨に痴漢の着ていた服や下着の切れはしまで出てきたのである。
美佐「まさか、髪の毛で人間を食べたなんて…、もしかして妖怪があの妹さんに…。じゃあ、雅耶さんも髪の毛が超長いから…。」
美佐は、きっと雅耶もラブホテルで男をやはり自慢の長いおさげ髪を使って食い殺したのだろうかと思った。そして一家揃って髪の長い者ばかりのこの家族が妖怪にでも狙われているのかもしれないと思った。
美佐はまた雅耶の家の近くに戻ろうとしたが、曲がり角にあった児童公園にまたべつの子供と大人がベンチにすわってひとりずついるのを発見した。
美佐「あの三つ編みしている子どもは…、雅耶さんの弟さんだわ。となりは…三十代ぐらいの女の人らしいわ。だれかしら。」
まさしく、雅耶の弟である吉幸が、頭頂部におだんごを作ってそのなかから一本の三つ編みにして後ろに垂らした髪の毛を母親ではない女になでられているという光景を美佐は見た。女は吉幸の、その三つ編みに結われた髪のなかほどをつまんでいるようだった。

いっぽう、雅耶はまたいつものホテルに行くために走っていた。前の日までとちがってこの夜は電車を使わないで来るというので、駅の近くまでは行かずにすぐに玄関が見えるところまで直接来ていた。すると、そのホテルの敷地にある駐車場には、雅耶がそこで待っているよう指示していて、携帯電話をかけてきたらしいバイクを運転していた男の姿がすでに現われていた。雅耶はすぐに近づいていった。
雅耶「あの、お電話していただいたのは、もしかしてあなたですか?」
声をかけられてふり向いた男は、ヘルメットを頭にかぶってサングラスをしたままだったが、雅耶に向かってすぐに首をたてに振っていた。
雅耶「やっぱり、そうなんですね。あの、ヘルメットとサングラスを…はっ。」
バイクの男は一言もしゃべらず、手でなにか合図をしているようであった。
雅耶「もしかして、中に入ってからおぬぎになりたいということですね。いいですわ。いきましょう、あっ。」
雅耶は男の腕を引こうとしたが、なぜかその男は雅耶の行為を拒否するようなしぐさをするのだった。しかも、また手で合図をして、先に入っていろとでも言っているようだった。
雅耶「ごいっしょするの、恥ずかしいんですか?」
そのようにきくと、男はまた首をたてにふるのだった。もしかすると、自分の姿を初めて見て男はがっかりしたのではないかと雅耶は思った。前の日までの男がいずれも中年男で自分と並んで歩いたりまた腕を組んだりすることによろこんで応じていたのに対し、逆に若いと思われるこの男は雅耶とそのようなことをするのはいやなのだろうかと感じた。
雅耶「それだったら、よろしいですわ。少し間をおいて後を追って歩いてくださいな。」
男がまたその言葉をきいて首をたてに振った。雅耶はそれでOKというのなら、ホテルの建物に先に入って予約した部屋に向かっていったのだった。
ホテルの部屋に入って雅耶が灯りをつけると、程なくして男が入ってきた。
雅耶「あ、あっ、お部屋のかぎをしめておきますわね。」
雅耶は部屋の玄関にかぎをするため、男とすれちがっていった。かぎをかけた後で雅耶はまた男のほうを振り向いたが、男は早くも黒い革手袋の上に十枚くらいはあると見られる一万円札をさしだしていた。思わず、口もとに手をかけて雅耶は笑った。
雅耶「まあ、あの、そんなに出さなくてもよろしいんですのよ。帰りがけのホテル代だけ別にフロントで払っていただくほかは、わたしには三万円だけでけっこうですの。それに、ずっとご年配の方ばかりで、今日初めてあなたのような若いお方がいらしたので、特別サービスをしてさしあげますわ。」
すると、男はまたたてに首を振っていた。
雅耶「それでは、さっそく着ているものをぬいでシャワーをあびに行ってください。わたしもはだかになって待ってますわ。それからなにをやりたいかお話しましょ…はっ。」
男の行動はまたすばやく、その場ですぐに着ているものからぬぎはじめた。ところが、サングラスとヘルメットはずっと身につけっぱなしのままであった。下着もすべてぬいでしまうと早々とふろ場に行ってしまい、その扉に入る時に初めてヘルメットをはずしたのであるが後ろに投げ捨てていた。そしてまたサングラスもはずしたかと思うとすぐに投げ捨ててまたバタンとふろ場の扉を閉めてしまったのである。
雅耶「まあ、なんていうか、そっけないというか、やっぱりわたしのことをあまり好みじゃないと思ってるのかしら…。」
その場にぬぎ捨てられていた革ジャンの服や手袋、また下着にサングラスとヘルメットを拾って、雅耶はテーブルの上にたたんで整理しようと思った。男のシャワーが終るまで、自分もセーラー服や下着をぬいで整理し、同じテーブルにさきほど置いた男の衣類やヘルメットなどの隣に置いた。ようやくシャワーの音が鳴り止んだようであった。
雅耶「彼、長いわね。ずいぶん念入りに自分の身体をタオルでふいているのね。はっ。」
床の上に、男の黒い財布が開いて落ちているのが見えた。雅耶は男があわてて服をぬいだために落したのだろうと思ったが、それをひっくりかえして雅耶は驚いた。
雅耶「きゃあ、こ、これは…。」
実は、財布についているビニールケースに男のバイクの免許証が入れられており、その男の顔写真とともに名前や住所もわかってしまったのであるが、その男というのが実は、雅耶が中学の時に同級生でしかも自分のことをブスだとののしってみんなでいじめていたグループの番長だった須田昌彦だったのである。卒業してからは一度も会ったことはなく、昌彦がどこの高校に行っていたのかも知らなかったが、結局中退していたのであった。
雅耶「あの須田昌彦くん…、どうしよう。あっ。」
雅耶は逃げたいと思ったがすでに自分もはだかになっていては着ているうちに逃げることができないと思ってとまどっているうち、昌彦はふろ場からはだかのまま現われたのである。
昌彦「ふふふふ、ひさしぶりだな。けがらわしい女め。」
雅耶にとって、もっとも相手をしたくなかった男をホテルで迎えてしまうとは…。


→進む

→戻る

人食いおさげ髪のトップへ