第七夜:長い黒髪には魔物が棲む



美佐「雅耶さんが…、はっ。」
雅耶「うふふふふ、よくひっかかったな、わたしはずっとこの子にのりうつった時から、この子になりすまして過ごしていたんだよ。黒井美佐。いまこそ邪魔者のお前を殺してやる。」
美佐「おのれ…、悪魔め。雅耶さんにとりついてなにをする気なの?」
雅耶「この子の身体は永遠にこちらのものだ。この女の子を殺しても私は死なない。それとも、お前がこの子に殺されるようになるかだ。」
美佐「ああっ。雅耶さんの髪の分け目が…。」
雅耶の後頭部にあるおさげ髪を分けているうなじから分け目が裂けはじめていた。
雅耶「さあ、おまえもこの子の髪の毛に食べられて終わりだよ。」
美佐「ううっ。もし、もう雅耶さんが死んでいるのなら…、いちかばちか呪術を使うしか、私は生き残れない。エロイムエッサイ…。」
とうとう美佐はマジックパワーを念じながら、雅耶の動きを封印することにした。身体に電流が走り、その電流が雅耶の身体にも伝わってきた。
雅耶「ああっ、うう…。」
雅耶ものたうち回り、美佐の手首に巻きついていた三つ編みの髪の毛も離れていた。そしてばたっと倒れていた。割れていた後頭部も元のように戻っていた。
美佐「雅耶さん…。」
美佐は雅耶の胸に顔をあててみて、いちおう心臓は動いていることを確かめた。
美佐「雅耶さんを救う方法を探さなくては。しかし…。」
こうして、雅耶にときおり悪魔が乗り移ってくるのか、それともずっと乗り移ったままの悪魔がふだんの雅耶のふりをしていたのかということさえわからない美佐であった。

雅耶が眠ったまま、夕方になっていた。
雅耶の持っていた携帯電話が鳴り出した。少したって雅耶が目覚め、その電話を受けていた。
雅耶「はい。雅耶です。あっ、駅に着かれたのですね。じゃあ、その駅の改札口から正面にすぐ信号が見えます?そのつきあたりのところでお待ちしています。セーラー服着て三つ編みの髪の毛を背中におろして後ろ向いて立っていますから。」
美佐は、雅耶がすぐにまた援助交際のために出かけようとしていることを察知したため、雅耶が行くのを止めようと玄関前に立ちはだかった。
美佐「行かせないわ。雅耶さん。」
雅耶「どいて、美佐さん、相手の方が楽しみに待っているのよ。」
美佐「あなたは雅耶さんじゃないわ。雅耶さんの身体を借りている悪魔よ。」
雅耶「ふふふふ。そう思われてもいいわ。わたしね、いまの悪魔の生活が気に入っているの。嫌いな男を殺しても犯罪にはならないし、お金もたくさん入ってくるのも、悪いことだと思わずにいられるのが悪魔の生活なのよ。」
美佐「雅耶さん、目覚めて、はっ。」
玄関にたちふさがっていたと思っていた美佐だったが、その玄関の扉が開いていた。すぐに玄関に入ってきたのは、雅耶の妹である尋子と、母親の嗣美で、美佐の背中と両腕にふたりで抱きついて美佐の身体をつかまえてしまった。
美佐「ううっ。」
尋子「おねえちゃん、いまよ。」
嗣美「あとはわたしたちに任せて。」
美佐「はっ。」
嗣美と尋子の長い髪の毛がまいあがって、美佐の首や腕、また足に巻きつき始めたのである。その間に雅耶が横をすりぬけてとうとう出ていってしまっていた。
美佐「ああっ、雅耶さん。」
嗣美「くくくく。」
尋子「くくくく。」
美佐「こうなったら仕方ないわ。」
美佐は念力で電流を身体に流し込み、美佐を捕えているふたりの身体をしびれさせた。
嗣美「ぎゃーっ!」
尋子「ぎゃーっ!」
ふたりともその場に倒れた。美佐は、雅耶を部屋に招き入れた時にどうしてかぎを閉めておかなかったのかと後悔しながらいまかぎを閉めていた。
美佐「雅耶さんを止めなくては。」
走り出して探そうとしたが、とっくに雅耶の姿は見当たらなかった。
美佐「たしか、駅の近くのラブホテルといえば、そうだわ、そこに行ってみよう。」
美佐は、直接ホテルに行ってみる決心をした。

ホテルに着いた美佐は、従業員の窓口にまず尋ねてみた。というより、勝手に入っていけば止められてしまう。
美佐「すみません、このホテルにすごく長い三つ編みの髪の毛をした女の子が男といっしょに入っていきませんでした?」
従業員「ええ、5階の1号室に行っていると思うわ。」
美佐「そうですか、どうもありがとうございます。」
窓口の女性従業員から返答を受けて、エレベーターでその部屋を尋ねていた。
かぎはしておらず、かんたんに入ることができてしまった。扉からは狭い通路を経てこの横にトイレとシャワー室また反対側にロッカーがあるのだが、そこを抜けて広いなかの部屋に通じるようになっていた。
美佐「まさか、もう殺してしまったのでは、あっ。」
美佐は部屋のなかを見てあぜんとした。美佐の質問に従業員が答えていたのは、同じおさげの三つ編みをした少女がいたが、実はさきほど雅耶の弟である吉幸が襲った少女、小学生の紫藤悦子だったのだ。頭の両側にピンク色のリボンをそして、その三つ編みの髪の毛先が抱き合っている男の子の首に両側から巻きついていたのである。そして、悦子の目が赤く光り出していた。相手の男の子はその悦子に好意を持っていた同級生であった。吉幸が襲って悪魔化してしまった少女がまた同級生の男の子を手下にしようとしていたのだった。
悦子「うふふふふ、あなたもわたしの思い通りに動くのよ。」
不気味な悦子の言葉に相手の男の子は、悦子の三つ編みの髪を首に巻き突けられたまま、首をたてに振って答えていた。
美佐は止めようとしたが、もう遅いとみて、雅耶を探すことにした。
美佐「たいへん、雅耶さんと同じような悪魔の仲間がふえているんだわ。」
美佐は同じフロアーのほかの部屋をひとつずつ開いてみて、だれもいないのを確かめるともうひとつ上のフロアーに上がってみることとした。
ようやく雅耶が入っていた部屋を見つけたが、時はすでに遅かった。
雅耶「くくくく。」
美佐「雅耶さん。」
雅耶はすでに三つ編みをほどいて耳もとにヘアゴムをくくったツインテールのおさげの髪形に変え、その髪を相手の男の手首にまきつけて持ち上げ、髪の分け目にある裂け目に男を吸い込んでいたのである。男が吸い込まれるとうなじの裂け目も閉じられ、二本のおさげ髪の束から骨が大量に落とされていったのであった。
美佐「人食い髪だわ。」
雅耶が美佐のほうを振り向いた。
雅耶「来たわね、美佐さん。わたしの正体がわかったのなら、あなたも生かしておけないわ。」
美佐「どうしてそんな恐ろしいことを…。」
雅耶「この男は三つ編みよりも、この髪形が好みというから、その注文どおりにして殺してあげたわ。好きな髪形の女の子に殺されれば本望なんだから、願いを叶えてあげたの。あなたはどの髪形で殺されたいかしら。」
美佐「雅耶さんの身体にのりうつった悪魔、許せないわ。」
雅耶「うふふふ、わたしはのりうつられてはいないわ。自分の意思で行動しているのよ。」
美佐「だったら、目をさまして。」
雅耶「あなたもこの男のようにこなごなにしてあげましょうか。」
美佐「あなたがほんとうに雅耶さんなら、私のことを本当に殺せるのかしら、やってみなさいよ。」
雅耶「ふふふ、覚悟を決めたようね。それなら、女に女が殺されても本望じゃないだろうから、男の子たちを呼んできてあげる。」
美佐「あっ。」
美佐の背後には、六人の中学生ぐらいと見られる男子がぞくぞくと入ってきたのであった。
雅耶「さあ、おまえたち、この女をつかまえるのよ。」
美佐「きゃあっ!」
雅耶にあやつられるまま、男の子たちは美佐の身体の、腕や足などをつかまえはじめた。
雅耶「うふふふ、この男の子たちはね、わたしの長い髪の毛を見てわたしに好意を持った子よ。だから、わたしの思いどおりに動かすことができるの。子どもを殺すのはかわいそうだけど、あやつって生かせることならできるわ。わたしは幼稚園の時から男の子たちにはブスと言われていじめられてきたけど、こうして髪の毛を長くすればわたしに好意を持ってくれる男の子たちも多いことがわかったし、男の子を好きなようにあやつることができるの、快感なの。だから、わたしはこのままもとの人間に戻らずに好きなようにさせてもらうわ。」
美佐「雅耶さん、いいかげんに目覚めて。あっ。」
部屋にはまた、クラスメートである矢島圭子、田村英美、そして三浦江里も入ってきた。
美佐「あなたたち、雅耶さんのことをとめて…はっ。」
圭子たちも手を幽霊のようにぶらりんとさせながらまた不気味に笑うのであった。
江里「くくくく。」
圭子「うふふふ。」
英美「くくくく。」
美佐「どういうこと、あなたたちまで…。」
雅耶「おほほほ、みんなわたしの下僕になったのよ。ここにいる男の子たちを使ってね。」
美佐「やめて、あなたたち。」
雅耶は、ツイン・テールにしていた髪をそのままで再び両方とも三つ編みに結いはじめた。
雅耶「みんな、この世界に入ったから、男の子でも髪の毛を切らずにわたしのような髪にすることができるようになるのよ。」
圭子「さあ、美佐。」
英美「雅耶の生贄になるのよ。」
江里「うふふふ。」
美佐「こうなってはしかたないわ。」
ついに、美佐は両手をさしだして呪文を唱え始めた。
美佐「エコエコアザラク、エコエコザメラク、いまこそ悪魔の行動を封じ込めよ…。」
雷雨が突然起り、ホテルの周囲にも煙がたちこめるようになった。美佐と悪魔との勝負が展開されようとしていた。
だが、悪魔の力も決して弱くはなかった。ギャーという悲鳴が、悪魔にあやつられていた少年少女たちの間で起こり、煙に巻かれて見えなくなっていった。
両手を握ったままの美佐はその場に倒れ込んでいた。悪魔との闘いに全力を尽くして、しばらくたって目覚めると部屋のなかには誰もいなくなっていた。
美佐「いったい、みんなは…、どこへ行ったのかしら。」
美佐は、さきほど小学生の少女が同級生の男子を襲っていた部屋にも行ってみたが、そこもすでにがらんとしていた。
ホテルに残っていても仕方がないと思った美佐は、外に出ていて雅耶たちの行方を探したが、全く手がかりのつかみようもなかった。

美佐「もう疲れた、わたしも家に帰ろう…。」
一日の終わりが近くなったその時、美佐は高速道路のインターチェンジにあるいちばん下の地下歩道を歩いていた。
美佐「あ、あれは…。」
地下道の最も真ん中の、ちょうど道路が交差しているところの真下で誰かがうずくまっているのを見つけた。制服を着てツイン・テールの長い三つ編みの髪を道床にはわせていた、ひとめで雅耶とわかる少女だった。
美佐「雅耶さん、もしかして雅耶さんなの?」
美佐は、雅耶のうずくまっているその場所にかけよったが、美佐に背中を向けたまま呼びかけに応じようとしなかった。
美佐「ねえ、おうちに帰りましょう。はっ。」
美佐の背後には別の者も現われていた。雅耶の妹、尋子だった。髪の毛はほどいて長い黒髪を前後に垂らしていた。
尋子「もう、この地球にわたしたちの家はないわ。わたしたち一家は、悪魔の王室に招かれているの。しばらくそこで暮らして、またようすをうかがって行動するのよ。」
美佐「あなたは、いったいどういうことなの?」
尋子「この世を支配しようとしたけれど、あんたのような邪魔者が出て来たから作戦を検討し直さなければと思ってね。べつに、わたしたちはおねえちゃんと同じように、悪魔でいることを気に入ったから好きでついていくんだから、あんたはわたしたちのこと心配しなくていいのよ。ほかの子はほとんどいったん返したわ。だから、明日はあんたの学校ではおねえちゃんがいなくなってるだけよ。」
美佐「雅耶さん、ほんとなの?」
雅耶「幼稚園、小学校の時からずっとブスでのろまだからと特に男の子たちにわたしは言われ続けてきた。女の子にも。だから、回りを見る目がまともでなくなっていることはたしかよ。わたしは事実、大人の男性をホテルに誘って何人か殺してしまった。だから、人間としてはもう生きる資格のない犯罪者なのよ。のりうつられたんじゃない。わたしの意志で男に恨みを持っていたからなの。ただ、恨みが強すぎたのよ。」
美佐「それだったら、人間としてまともにやり直すようにしたらいいじゃない。」
尋子「おほほほほ、もう取り返しはつかないわ。おねえちゃんもママも、それに弟も、ほかにもいっしょに行きたがっている子もいるわ。わたしたちは悪魔の世界に行ったほうが幸せなの。ほら、空からお迎えが…。」
美佐「ああっ、あれは。」
インターチェンジの上空から怪しげな光が美佐たちのいる場所を目がけて落ちてきた。光を受けると、雅耶の二本の長い三つ編みに結ったツイン・テールの髪がさかだって上のほうに舞い上がり、その髪の毛が何者かによってわしづかみにされているかのように上へと引っぱられて雅耶の身体も浮き上がっていった。尋子も同じように、長い髪が大きくさかだってやはり空から毛先をひとづかみにしてひきずられているように尋子の身体も飛び上がっていった。美佐は、雅耶の足につかまろうとしたが、雅耶に力強く振り落とされてしまった。
美佐「ああ…、痛い。雅耶さん、ふたりとも…。」
コンクリートの地面に尻餅をついてたたきつけられた美佐はしばらく顔を上げることもできず、気づいた時にはやはり雅耶と尋子の姿は見えなくなっていた。
美佐「雅耶さんを連れていった悪魔というのも、雅耶さんの心の中から生み出されていたんだわ。」
翌日、学校では平野雅耶は突然引っ越しで転出していなくなったと簡単に説明された。

一年後、美佐は別の女子高校に転校していた。そして学年が変わって新入生を迎えていた。その高校は、中学校も同じ場所のとなりに併設されていた。
美佐は、やってくる新しい中学生の顔触れにも目を向けていた。そのなかで、非常に仲の良さそうなふたりの生徒の姿を見かけた。
美佐「ひとりはどこかで見たような、はっ、雅耶さんに似てるわ。髪形が彼女のよくしていたものと全く同じだし。ああっ、もしかして髪の毛を女の子みたいに長くしていた弟さんでは。」
事実、髪をふたつに分けて耳の上のほうで黒いゴムで束ねたツイン・テールの髪を、それぞれ三つ編みにして背中に垂らし、毛先をまた黒いゴムで束ねた位置がはいているスカートのお尻のところにあり、さらに毛先がスカートの下裾をはみでるほど長くしていた。姉の雅耶と同じように、一年前まではまだ腰ぐらいまでだった長さの髪を、ずっと切らずに伸ばし続けていた平野吉幸が女装してこの女子中学に通っていたのだ。そして、いっしょに仲良く歩いていたのは、吉幸に片思いをしていた同じ小学校にいた薗田陽子で、やはり髪を伸ばして頭から直接二本の三つ編みにまとめた髪を、肩のあたりで黒いゴムでそれぞれ結んでいた。
吉幸「うふふふ、初めて見た君の三つ編み、とても似合うよ。」
陽子「ありがとう、あなたも女学生らしくなってるわ。」
吉幸「ふふふ、この学校の女子生徒たちをこれからみんな、手下にしてやるんだよ。」
陽子「おほほほ。こうしてあなたが相手してくれるのも、悪魔になったおかげね。」
互いに編まれている髪の毛をなでたりつまんだりして、二人は校舎のなかに入っていった。
傍らでは、美佐は二人のむつまじい姿を見てほほえましく思う反面、恐ろしいことがまた起ころうとしているのだと気を引き締めずにいられなかった。しかし、いまの美佐の力では彼等に対抗するのは難しいとも感じていた。
美佐「ああ、どうすればいいのかしら。」
再び、恐怖がそこに近づいてくるのであった。
(終わり)


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