第五夜:吸血教室



尋子に手招きされた保健医は、女子更衣室に足を運んでいた。尋子はその中学の二年生であったが、一年生と三年生にまず手下をひとりずつ作って、それから学校じゅうを支配しようとしているのであった。この時間は、一年生のあるクラスが体育の授業中だった。
尋子「先生、一年生でいちばん髪の毛が長い子といえば…。」
保健医「おほほ、あったわ。池島利枝っていう名前の書いてあるヘアブラシが、この子がそうよ。腰まであるわ。」
尋子「先生、そのヘアブラシ、使ってみる?」
保健医「うふふふ、いいわよ。」
保健医がその生徒のヘアブラシで自分の髪を念入りにとかしはじめた。
尋子「これで、この子が自分のヘアブラシを使っても先生の手下になるのよ。」
保健医「次は三年生ね。」
尋子「ふふふ。そうだわ。いい方法があるわ。」
保健医「平野さん、なにかしら。」
尋子と保健医がその更衣室を出た後、その時間の授業が終わってチャイムが鳴り、更衣室に生徒が戻ってきた。昼休み前の時間だったので、授業が終わるほうのクラスの生徒だけが戻っていた。保健医が悪魔の力をしみこませた生徒である利枝は、用具片付けの当番にあたっていてほかの生徒より少し遅れ、更衣室には五、六人で残っていた。腰まで届くポニーテールにしていた利枝が着替えてその髪をほどき、自分のヘアブラシで髪をとかすとしばらくして身体がよろめき、その場に倒れたのであった。
庸子「利枝さん、どうしたの?」
美和子「急に、はっ、すぐ起き上がったわ。きゃあ、利枝さんの顔が…。」
利枝の目が光り、まず庸子の身体に正面からとびついて髪の毛を舞い上がらせ、庸子の首をしめつけて気絶させたのであった。
貴子「利枝さん、なにをするの?あっ。」
倒れていた庸子も貴子の足をひっぱって利枝の身体にぶつかるようにまた身体を押していたのであった。利枝の髪がまた貴子の首をしめつけて同じように倒れた。逃げようとした美和子も庸子につかまってしまい、利枝の髪のえじきにされた。利枝以外の生徒はいずれも髪の毛は長くしていなかったが、利枝の長い髪にばさっと身体をかけられて気が狂いだし、利枝の思い通りに動いてしまったのである。
こうして、この時更衣室にいた一年生の生徒はみな悪魔の手先と化してしまった。教室に戻ると、そのクラスのひとりずつが利枝の髪の毛を身体にかけられ、首をしめつけられて気を失った後に目覚めると悪魔化していった。
二年生でも、尋子が同じように自慢の長い黒髪で同級生の女子生徒たちを次々に洗脳していったのである。
保健医の先生も教師たちを後ろから自分の髪の毛で首をしめつけて気絶させ、洗脳していた。尋子のいる中学校は私立の女子校で、教師もほとんど女性であったが、美術担当の非常勤による男性の講師がひとりいた。この講師も保健医に対して好意を持っている、やはり長い髪の女性が好きなのであるが、性格はいわゆるオタクっぽく、運動も不得意で顔も油脂っこかったため、20代後半で若いのに女子生徒には人気がなかった。保健医に対してももちろん片思いであるが。その美術準備室に保健医が昼休みに入ってきた。
保健医「お邪魔します。」
美術教師「あれ、保健の先生が珍しい。いったいなんでまたこちらに。」
保健医「実は、わたしもほんとうは美術家になりたいと思っていたのですが、美術の大学の試験は落ちてしまいまして、それで趣味だけにしようと思って、関心があってこちらに来たんです。」
美術教師「そうですか。それはどうぞ。」
ひととおり、準備室内にある絵や彫刻を保健医は見回した後、美術教師に向かって話し始めた。
保健医「いつも、こちらにしか先生はいらっしゃらないんですね。」
美術教師「まあ、女性の先生ばかりいるところにはやっぱり行きづらいし、まだ非常勤で職員室に自分の机がないですから。」
保健医「じゃあ、こうしてふたりきりになれたのだから、ちょっとお相手したいわ。」
美術教師「ちょっと先生、急にまた、あっ…。」
保健医の目が赤く光りだし、正面から美術教師に抱きつきはじめたのであった。
保健医「うふふふ、ほかの先生には後ろから襲ったけど、あなたには特別正面から…。」
美術教師「いったいどうしたんですか。興奮してしまう…、あっ、ああっ。」
保健医の黒髪がばさっと美術教師の肩にかかり、髪の香りをかいだだけで美術教師はその場に倒れたのであった。
保健医「さあ、あなたもわたしの手下になるのよ。」

美術室には、午後の最初の授業で三年生のあるクラスが集まっていた。
美術教師「それでは、今日から人の絵を描く勉強をします。みな1対1になっておたがいに相手の姿をよく観察して描いてください。」
生徒A「先生、このクラスの人数は奇数だからひとり半端になるのですが。」
美術教師「ああ、そうか。わかった。じゃあ、ぼくが入ることにしよう。だれとやるのがいいかな?ぼくの絵を描きたいという人は?」
生徒B「やだー、きもーい、いるわけないでしょ。」
生徒C「まあ、失礼よ。」
教室じゅうが笑い声ばかりになった。
美術教師「よし、それならぼくが決めよう。あっ、君の絵をぼくが描くことにしよう。」
素子「えっ?わたしですか?」
美術教師の指名した女子生徒は、そのクラスで、また学年で最も髪の毛が長い小川素子だった。前髪を左右に分けて耳の上で黒いヘアゴムでとめて両方とも後ろの髪といっしょに背中におろしていた。
生徒D「ええ?素子を指名して、先生の好みだったんですか?」
また、教室内が笑い声でざわついた。
美術教師「静かに。この子はこのとおり背が高くて髪の毛も長いから、絵に描くにはいちばんむずかしいだろうと思ったからです。」
生徒E「変なの。ほかにもむずかしい子はいるじゃない?本人、びっくりして傷ついてるんじゃあ。」
素子「あの、わたしはいいです。そんな、気にしません。」
美術教師「よーし、では、さっそくみんな画用紙を配る。適当にペアを組んでまず鉛筆で下書きして観察するように。」
それぞれ、生徒たちが相手を組んだ後、美術教師と素子を教壇のところに誘って、教卓の椅子に座らせていた。
美術教師「まず、5分間ぐらい、私の姿を書きたまえ。」
素子「先生はまだわたしのこと、描かないのですか?」
美術教師「あとでゆっくり描かせてもらうよ。」
ほかの生徒が相手の顔を描くのに夢中になっている間、美術教師が立ち上がった。
美術教師「よし、そこらへんで。あ、みんなはずっと続けていい。君の絵をこれから描こう。そうだ、ちょっと描きやすいようにお願いしたいんだが。」
素子「えっ?どうするんですか。」
美術教師は素子の座っている、本来は教壇用の丸椅子の後ろに回り始めた。そして、ひそかにポケットのなかからヘアブラシをとりだしたのである。それは、保健医の使っているものであった。
美術教師「ちょっと髪の毛が乱れている感じがするから、整えようと思って。」
素子「え?先生、自分でとかします。」
美術教師「このくしを使ったほうがきれいになるんだよ。おとなしくしなさい。」
美術教師の言葉が少しいやらしげになったが、すぐにヘアブラシが素子の、まとめた前髪もいっしょにささっていた。素子はしかたなく、美術教師の言葉通りにそのまま座っていたが、少したって絵を描いている別の生徒たちも、美術教師が素子の肩もおさえつけながら髪をといていることに気付きはじめた。
生徒F「何?あれ。先生が素子の髪の毛をとかしてるよ。」
生徒G「ほんとだ。ちょっとあの先生、女の子の髪の毛をとかしてるなんてまるで女っぽい、いったいどういう趣味?あっ。」
その時はすでに遅く、素子の髪に悪魔の毒がまわって、素子の脳や全身を支配するようになり、素子の目も赤く光り始めた。
生徒H「きゃあ、素子…。」
素子が立ち上がり、髪の毛を舞い上がらせて最も近くにいた生徒にとびついて首をしめあげ始めた。
生徒I「きゃあ、やめて。」
美術教師「いひひひ。」
生徒J「せ、先生の目も…。」
美術教師はまた別の生徒もひとりずつつかまえて素子のところへ連れ、その連れていかれた生徒も素子の髪に首をまきつけられて悪魔化していくとまた美術教師の行為を手伝うようにして次々に逃げようとする生徒をつかまえては仲間に誘ってしまった。
こうして、美術の教室内がパニックになり、このクラスの女子生徒もだれひとりとして逃げることができず、全員がこうして素子の髪の毛に襲われて洗脳されていったのである。
そして、全員が悪魔の手先となると、素子が再び立ち上がった。
素子「おほほほ。みんなわたしの手下になったわね。このクラスを支配するのは今日から、このわたしよ。」
すると、美術の教室にいた女子生徒全員が拍手を始めた。
美術教師「ちょっと待て。この子をいちばん最初に髪の毛をとかして洗脳したのはぼくだぞ。」
素子「あーら、先生。あなたにはもう用はないわ。この学校は女子校だからもう女だけいればじゅうぶんなのよ。」
美術教師「どういうことだ、ふだんおとなしいはずの君がそんなおとなびた口のききかたをするなんて…。」
素子「さっき、わたしの髪の毛をとかしている時に肩を抱いたり、お尻にもさわっていたわ。そんないやらしい先生にはお仕置きが必要なの。この世界は女が中心よ。しかも髪の毛をいちばん長くしている者が女王になれるの。だからわたしのひとことですべて…うっふっふ。」
素子が不気味に笑い始めると美術教師のほうに背中を向けながら、両手で自分の髪をかきあげてまた舞い上がらせたのであった。
美術教師「あっ。」
素子は自分の両手で髪を半分に分けて先を手づかみし、すると髪の分かれ目から裂け目が現われたのであった。髪の毛が長い雅耶や尋子と同じように、素子にも魔力が備えられていたのである。
美術教師「ううっ。」
素子の髪の毛が美術教師の首に両側から巻きつき、また束ねていた両サイドの前髪も教師の手首にからみはじめた。素子の髪の分け目に美術教師の身体が小さくなりながら吸い込まれていった。
素子「おーほっほっほ、あなたのいちばん好きないちばん長い髪の毛の女の子に殺されるなら本望でしょ。」
美術教師「うわあーっ!」
素子が髪をおろすと、その下からガラガラと大量の骨が崩れ落ちていたのであった。
尋子の女子中学では、とうとう教師も生徒も全員がこうして悪魔の手先と化してしまったのである。

吉幸の小学校でも、吉幸が仲間をふやそうとしていた。
吉幸は、前夜に痴女に狙われていたように色白の美少年ではあったが、学校では必ずしも女の子にはもてているわけではなかった。おとなしくてなよなよとした感じがあるために、特にいじめられていたわけではないが、活発なほうではなく、男どうしでも近寄る友人がいないのはやはり長い髪の毛が女の子みたいなイメージがあるためで、相手にしたがられないのであろう。女の子たちにとってもやはり、女の子みたいな男の子として好まれるタイプではなかった。しかし、本人は母親に長くしてもらっている髪の毛を気に入っているために、来春の卒業まで切るつもりがなく、長髪の許される私立中学への入学を希望していることもあって遊ぶことより受験に一生懸命のような男の子であった。成績はたしかによいが、信頼感も薄いために学級委員にもならなかったし、こちらも本人にその気がなかった。
ところが、ひとりだけ吉幸のことを心配している女子児童の同級生がいた。薗田陽子といっていちおう学級委員をやっていた。丸顔のアイドルに似た比較的かわいいというイメージのある女の子ではあったが、小学生の場合だとあまり異性への好意というのがそれほどピンと来ないような子供たちが多かったこともあって、男の子たちの間に人気があるという言い方も語弊があり、特別な意識も持たれていなかったのである。またセミロングの髪の毛だったので、やはり女の子は長い髪の子が好きであるという吉幸にとっては好意の対象ではないので、陽子の片思いということになりそうである。吉幸の好きな女の子はもちろん、一学年下であるが学校内ではいちばん髪の毛を長くしている紫藤悦子で、すぐ上の姉の尋子と同じようにツインテールか後頭部で一本にまとめたポニーテールにすることが多かったが、尋子の髪の束ね方が耳よりやや高い位置でヘアゴムをまとめていたのに対して悦子の場合はほとんど耳の真横にピンク色のリボンでとめていて犬の耳のように髪が垂れ下がっているという感じだった。悦子は吉幸に対してはやはり女の子みたいで気持ち悪いという思いでほとんどしゃべろうともせ ず、これもやはり吉幸の一方的な片思いだった。
尋子によって悪魔化し、前夜に痴女に襲われていた吉幸は、いつも一本に束ねていた髪を背中に広げ、しかも両サイドの前髪を各々耳のところでヘアピンでとめてそこから三つ編みまでして肩のあたりで黒いヘアゴムでまとめて後ろの髪といっしょに背中へおろしていたため、みなますます女の子みたいと思って笑うなどしていたが、悪魔化している本人にはいっこうに気にとめることもなかった。ひそかに彼を慕っている陽子にとっても驚きでいっぱいだったが、吉幸が好意を持つ相手の悦子は全く気にしているようすはなかった。
昼休みの校庭にみんなが出ている時、陽子はさすがに気になってきたようで、嫌われるのも殴られるのも承知の上で吉幸に近づき、手を引いて校舎の裏側につれていった。幸いにして、陽子たちを注目する者がいなかった。
吉幸「ちょっと、なあに?」
陽子「ねえ、ずっと気になっていたんだけど…。」
吉幸「また、ぼくになんの用?」
陽子「わたし、長い髪の男の子は嫌いじゃないけど、なんかその髪の毛女っぽすぎて、女の子たちみんな気持ち悪いって言ってるわ。なんとも思わないの?」
吉幸「好きだからしているのだから、べつにだれがなんといおうと関係ないよ。君も気持ち悪いとぼくのこと思っているの?」
逆に聞き返されて陽子はちょっと焦り出した。
陽子「ううん?なんか女の子みたいにきれいだと思うけど。」
吉幸「じゃあ、なでてくれる?女の子にさわらせてみたかったんだ。あ、うしろへ回ってみるといいよ。」
陽子「いいの?わたしがあなたの髪の毛をなでても。」
吉幸「どうぞ。」
陽子は、吉幸の言われたように背中にまわって彼の長い髪をなではじめた。
陽子「きれいだわ、ほんとうに。」
頭の上から腰まである毛先までなで続けたあと、三つ編みをしている前髪をもつまみはじめた。
陽子「はっ。」
吉幸「うふふふ。」
吉幸が口の上を片手でおさえながら不気味に笑い始めた。陽子のさわった吉幸の三つ編みにまとめていた右側の前髪がへびのようにうねりだして陽子の右手首にまきついたのである。そしてもうかたほうの左側の三つ編みの前髪も陽子の左手首にまきつき、それから背中におろしていた後ろの髪も舞い上がって陽子の首に両側からまきつき、陽子の首をしめつけ始めた。
陽子「ああっ。」
吉幸「くくくく。」
恐ろしい悪魔は少年の長い髪にも宿ってまた別の少女を毒牙に…。


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