第六夜:ヘアゴムに宿る悪魔



陽子「うう…。」
髪の香りをかがされていたために、大声も出すことができずに陽子はその場に前のめりになって、しかも吉幸の背中に抱きつくようにもたれたため、吉幸も女の子に逆の痴漢のように襲われたようで驚いてしまった。そのため、念力がゆるんで陽子の首をしめつけていた髪や手首にまきついていた三つ編みの前髪もはずれていた。
吉幸「ねえ、君、はっ。」
自分の背中にもたれかかっていた陽子の身体を起そうとして、吉幸が陽子の肩をさすると、陽子はうつろな感じで両目を見開いていた。
陽子「吉幸くん、あなたのしてほしいこと、なんでもするわよ…。」
吉幸自身も驚いたりしていた。実は自分でも本当に陽子のことを手下にしてしまったのかということにほとんど気づいていないためである。姉の雅耶が男を殺したことを一切記憶にしていないのと同じように、吉幸も自分の行動を記憶していなかったのであった。しかし、吉幸は自分が悪魔になっているということを自覚はしているようであった。陽子は、吉幸の髪の香りをかいだために吉幸の思い通りに動くようになっただけである。前夜の痴女のように嫌いな者であればそのまま殺すことも可能だったが、さすがに陽子のことを殺すのはかわいそうだからと吉幸も首をしめつける力をゆるめ、また自分のことを陽子がずっと慕っていたんだと吉幸は悟ったのであった。
吉幸「ぼくの言うことをなんでもきいてそのとおりしてくれるって?そうだ、この子を使って思い通りにできるなら…、じゃあ…。」
吉幸は、着ていた半ズボンのポケットからヘアブラシを取り出した。
吉幸「このヘアブラシでぼくの髪の毛をほどいて、とかして終わったら二本の三つ編みにまとめてくれる?」
陽子「ぜんぶまとめて二本の三つ編みにするのね。いいわよ。」
陽子はうつろに答えて、吉幸の背中にまわると両サイドに少しずつ結ってあった三つ編みの前髪からヘアゴムをはずして自分の手首にはめ、また頭の上にくくっていたヘアゴムや何本かさされてあったヘアピンもはずして自分のスカートのポケットにそれらを入れた。背中いっぱいに腰までひろがっている吉幸の黒髪を、陽子は女らしくていねいにそのヘアブラシでといて、また吉幸の頭にヘアピンを残らずさし入れてから吉幸の髪を半分に分けてまずその左半分のすべての髪をさらに三等分してきれいに三つ編みを結い始め、毛先を陽子の手首に巻いていたヘアゴムでとめた。もういっぽうの髪もまとめて同じように結い、吉幸が希望していた三つ編みのおさげの髪形になった。編み終わると吉幸は身体を一回転して陽子のほうを向き、いま編まれた両方の髪を前方に垂らした。
吉幸「どう?」
陽子「似合うわ、吉幸くん。」
吉幸「じゃあ、今度は紫藤悦子ちゃんをつれてきて。あの物置小屋に入って待っているから。」
陽子「五年生の紫藤悦子ちゃんね、わかったわ。」
物置小屋といっても、ふだん使われない捨てられた鉄屑などがたまっている、ほとんど人の来ない場所であったが、そのなかに吉幸は等身大の鏡が捨てられていたのを見つけ、全身をそれに映した。いま陽子によっておさげの姿になった自分を見ながら口に手のひらをあてて不気味に笑っていた。
吉幸「くくくく。」
女の子どうしでもやはり学年は違っても特別用事のある時ぐらいしかしゃべったことのない悦子が、陽子にいいものがあるからこっちへきて見せてあげると言われ、誘われていったいなんだろうと思いながらも、陽子に物置小屋に連れられてきてしまった。なかには、片方だけ三つ編みの髪の毛を背中にはらってその背中を向けていた吉幸が立っていた。
陽子「お待たせ。つれてきたわ。」
悦子「あっ。」
陽子に背中を押されて悦子が物置小屋に入れられると、陽子は小屋の引き戸を閉めてしまった。物置小屋には古いガラス窓だけあって光は入ってくるから全く真っ暗ではないが、外のようすは見えない。陽子は扉をあけさせないようにその場に立ちながらまた手を口におさえながら不気味に笑っていた。
陽子「うふふふ。」
物置小屋のなかで、悦子は吉幸の後ろ姿を目にした。
悦子「そこにいるのは…、はっ。」
吉幸が三つ編みのおさげ髪を振りながら悦子のほうへ首を一回転させた。
吉幸「くくくく。」
悦子は吉幸の女装したような姿に大きく驚いてしまった。
悦子「あんた、六年生の髪の毛長くしていた男の子、なに?そんな女の子みたいな…やっぱりあんたは気持ち悪いわ。」
悦子にののしられて、吉幸がより興奮して悦子に近寄ろうとするのであった。
吉幸「くくくく。」
悦子「近寄らないで、来ないで。陽子さん、あけて。」
悦子は扉をあけて逃げようとしたが、陽子に扉を閉められて外に出ることができなかった。
吉幸「ふふふ。おまえは逃げられないよ。さあ、陽子ちゃんにつづいておまえもぼくの仲間になるんだよ。」
悦子「ええ?いったい、ああ…。」
吉幸の三つ編みにした両方の髪の毛が舞い上がって悦子の首をめがけていた。悦子の首とツインテールにしていた両側の髪との間に吉幸の髪の毛が入り、悦子の首に両側から巻きついて、吉幸は正面から両手でそれぞれまた悦子の髪の毛をわしづかみにして、悦子をしめつけ、気絶させたのであった。
吉幸は悦子の背中にまわり、悦子の耳元にまとめていた左右のピンク色のリボンをはずして髪の毛を広げ、悦子の髪を自分の使っているヘアブラシでとかしはじめたのであった。長い黒髪に魔力がともない、特に女の子は雅耶や尋子と同じように人食い花のような髪になってしまうという。髪をとかし終えると、吉幸はまたそのリボンを悦子の頭の左右のもとの位置にまとめたが、悦子は悪魔の身体になってしまったのである。
悦子の目がさめて吉幸のほうをうつろな目で見ていた。
吉幸「ふふふふ。これでおまえもぼくの手下だ。」
吉幸にツインテールの両方の髪をなでられ、両肩を押さえられながら、こくりと悦子がうなずいているのであった。
吉幸は、悦子の背中にまわって外に出ていた陽子もとなりに呼び寄せた。
陽子「お呼びかしら、吉幸くん。」
吉幸「この子の髪の毛を三つ編みにしてみたいんだけど、やりかた教えてくれないかなあ。」
陽子「うふふふ、いいわよ、リボンはそのままね。」
陽子が悦子のツイン・テールにしていた右側の髪を編み始めると、それを見ながら吉幸も悦子の左側の髪を編み始めていた。
吉幸は、悦子に自分の長姉である雅耶と同じような髪形をさせていた。その髪形を完成させると、吉幸は悦子に命令を下した。
吉幸「ふふふふ、おまえも仲間を作りにいくのだよ。自分のクラスで探しておいで。」
悦子「はい。わかりました。」
ツイン・テールの三つ編みの髪を振りながら、悦子が物置小屋の外に出ていくと、吉幸は陽子にまた話しかけた。
吉幸「ねえ、君。」
陽子「こんどはなにかしら?なにをすればいいの?」
吉幸「いま、尋子ねえちゃんから命令が入ったの。君のこと抱きなさいって。」
陽子「私を?いいわよ。よろこんで。」
吉幸「そう、じゃあ。」
陽子「あっ。」
吉幸は、陽子の両肩を正面から両腕で抱き始めた。
吉幸「さあ、もういちどぼくの髪の毛をなでて。」
陽子「ええ。でも、急にいったいどうしたの?」
抱き合いながら、陽子は吉幸の背中に垂れ下がっているさきほど編んだ髪の毛先をつまんだり、編み目をなではじめた。
吉幸「ほんとうに君はぼくのいうことなんでもきいてくれるから。」
陽子「そうよ、わたしは吉幸くんのためになんでもするわよ。」
吉幸「じゃあ、もうひとついいかな。」
陽子「どうぞ。」
吉幸「君も、ぼくみたいに髪の毛を伸ばして。三つ編みできるようになったら互いに結びたいから。」
陽子「わたしが髪の毛を長くするの?いいわよ。」
どうやら、吉幸も好意を陽子に向けるようになったらしい。

いっぽう、吉幸の長姉である平野雅耶は黒井美佐の家に連れられて、そのなかの窓のない部屋でしばらく待っていることになった。
美佐がいつも寝ているベッドに雅耶は腰掛けさせられていた。後ろに垂らしている二本の三つ編みの髪の毛は、立っている時でもスカートの裾をこえるほどあるから、座れば毛先はべっとり床についてしまう。となりに座った美佐が、雅耶の片方のその髪を自分のてのひらになかほどからつまみあげていた。
美佐「雅耶さん、この髪の毛、このままずっと切らないでいるつもりなの?」
雅耶「ええ、切る気ないわ。」
美佐「そしたら、立ってももう地面に届くようになるけど。」
雅耶「そうなるのが楽しみなのよ。生きがいなの。」
美佐「でも、まあ、私は髪の毛長くしたいと思う人はいくらでも自由だと日頃から思っていたけど、あなたたちの場合はちょっとなんというのか…。」
雅耶「変って言いたいんでしょ、でも、いいのよ。」
美佐「べつに変だとは思ってないけど、弟さんもたしか腰までとどくくらい髪の毛長くしてるし、一連の事件があなたたちのその、なにか長い髪の毛が原因のような気がしてならないのよ。」
雅耶「事件ですって?」
美佐「そうよ。ラブホテルで死んだ男の人たちには、共通して長い髪の女が好きという情報が週刊誌にも書いてあったし。」
雅耶「また、わたしがラブホテルでも男を誘って殺したとでも言うの?」
美佐「そうは言ってないわ。でも、気になったのよ。」
雅耶「ううっ…。」
突然泣き出した雅耶に、美佐もどうしていいか戸惑いを隠せなかった。
美佐「わかったわ。もう、髪の毛のことは言わないことにするわ。」
雅耶「美佐さん、おねがいがあるの。」
美佐「どうしたの?」
雅耶「わたしのこと、抱いて。」
美佐「えっ?いいわよ。」
美佐は、雅耶を正面から抱きしめて、さらに雅耶の長い三つ編みの髪の毛もなでていた。お尻をこえていくつにも交差して編まれている雅耶の長いおさげ髪を下までなでようとして、美佐の気持ちもどこかぼおーっとなるのであった。
雅耶「あったかいわ。美佐さんの身体って、もし、わたしが男だったらすごくうれしく思うでしょうね。」
美佐「まあ、なにを言ってるの?あなたはりっぱな女の子なのに。私が男だったらあなたのことこうしてやさしく抱いてあげるわよ。」
雅耶「ほんとう?本当に美佐さんのような性格の恋人がほしくなってきたわ。」
美佐「ふふふ。」
雅耶「美佐さんのこと、離したくない。」
ところが、その次の瞬間に恐ろしいことが起ったのである。
雅耶の両方にある三つ編みの髪の毛を同時になでていた美佐の手首に、雅耶の髪の毛先がひとりでに動き出して蛇のようにとぐろを巻き始め、美佐の手首に巻きつきはじめたのである。もうかたほうの髪も同じように巻きついたのであった。美佐は巻きつかれた手首に痛みを感じていた。
美佐「ううっ。なに?ああっ。」
美佐が少し姿勢を正して、正面から抱きついていた雅耶の首を起してみると、雅耶の目が赤く光っていたのである。
雅耶「くくくく。おまえを本当に恋人だと思って離さないよ。」
美佐「ま、雅耶さん、いったいどうしたの?」
雅耶「うふふふ、もうすぐおまえもこの髪の毛に食べられるんだよ。」
雅耶の目が恐ろしくつりあがった顔になっていた。悪魔にとりつかれた雅耶が、ついに美佐を襲おうとして…。


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