第18話 故郷


 サーナリアとの和平を成立させたエリウスたちヴェイス軍。早速第二軍をサーナリアに進軍させ、ルオドール進軍に備えさせる。さらに第二軍、第八軍を呼び寄せ、対ルオドールの陣形を整えさせる。ドクターから送られてきた新型融合人間の試作型はセツナが監督することとなった。ゼロをはじめ三体の融合人間がセツナの元、戦闘訓練に入る。彼女ならば、十二分に彼らの力を開放できるという判断だった。
 「さてと、あいつらのことはセツナに任せておけばいいだろう。で、一気にルオドールを狙うか?」
 クリフトはエリウスに尋ねる。魔天宮のバルコニーでお茶を飲みながらの作戦会議であった。といってもエリウスの後ろでは神竜の少女たちが巫女姫たちと遊びながらお茶をしている。そんな光景に加えて、兄のエリウスへの不遜な態度にフィラデラは額に青筋が立っている。
 「兄上・・・少しはエリウス様に敬意を払われては・・・?」
 「うん?払っているぞ、これでも・・・」
 当人は払っているつもりでも周りから見ればとてもそうには見えない。両足をテーブルの上に投げ出した姿勢で話をしているのだから。注意しても態度を改めようとしない兄にフィラデラが切れる。
 「兄上!少しはエリウス様に敬意を払うようになさってください!それでは下のものに示しが・・・」
 「いいじゃん。これが俺流。いまさら変える気はないよ」
 「貴方の都合などどうでもいいのです!いいですか、これはエリウス様の威厳に関わる・・・」
 怒鳴るフィラデラを無視するかのようなクリフトの発言にフィラデラは完全にお説教モードに入ってしまう。さすがにこれにはクリフトもやばいという顔をする。彼女のお説教は長く、つらいことで有名である。かの神竜たちでさえ音を上げるほどである。そんなものくらいたくはない。
 「いや、俺が悪かった。これからは改める」
 手の平を返したように妹に謝るクリフトだったが、いまさらそんなことを言っても信じてなどもらえるはずがない。フィラデラはにっこり笑うと兄の耳を思いっきり掴む。
 「そんな遠慮なさらずに。さあ、兄上。こちらへ」
 「いだだだだっ、こらフィラ、離せ!痛いって!!」
 「おほほほほ、聞こえませんわ!!」
 ずるずるとクリフトを引きずってバルコニーから出てゆくフィラデラ。その姿を見送りながらエリウスはクリフトの冥福を祈るのだった。遠くからクリフトの”そんなこと祈っているんじゃねえ!”という叫びが聞こえた気がしたが、とりあえず無視しておくことにした。
 「さてと、ゾフィス。今の内に他の国の状況を伝えてくれないか?」
 エリウスは足元の影に向かって尋ねる。すると影が伸び、膨れ上がって人型を為す。
 「畏まりました、殿下」
 実体化したゾフィスは各国に散っている自分の部下からもたらされた情報をエリウスに伝えてゆく。
 「ルオドールでは各地より腕利きお冒険者を雇い入れております。また八将が中央に集結、なにやら策を練っているようでございます」
 「こちらの動きを警戒してかい?」
 「今のところこれといった動きがありませんので判断しかねますが、ほぼ間違いないかと・・・」
 ゾフィスの言葉にエリウスは考え込んだ。八将の集結に冒険者の雇用。どう考えても自分たちとの対決姿勢を鮮明に打ち出しているようにしか見えない。しかし国境線の動きを見ると守備隊しかおらず、こちらの攻撃に備えているようには見えない。
 「はてさて、何を考えているのやら・・・」
 エリウスの中にはいくつか考えが浮かんだが、そのどれが現実に起こっても対処し、勝利できる自信があった。ただ、ルドオールは今すぐ動かない、それがエリウスの達した結論だった。ならば自分たちはこのまま動く必要はないだろう。
 「で、他の国はどうだい?」
 「今のところこれといった動きは見せておりませんが、すでに我々によって四つの国が落とされ、うち一つがシーゲランス帝国であったことは衝撃的であったのではないかと・・・」
 ゾフィスの言葉は各国が和平に動き始めている可能性も示していた。強大な軍勢に七体の神竜。そんなものを要する国に喧嘩を売ろうとする国などそうはないだろう。しかし、素直に魔族の国に降伏することも出来ない。どうしたものかと悩んでいることだろう。エリウスはそう判断した。
 「ゾフィス、シンドルテアの動きは?」
 「奇妙な動きを示しております。国境線にほぼ全軍を配置、今にもこちらに攻め入らんばかりなのですが・・・」
 そこまで言ってゾフィスが言葉を濁す。何か引っかかることがあるようだ。ただゾフィスは確実な情報以外滅多に報告はしない。そのゾフィスが掴みきれていない情報なのだ。そんな情報をエリウスの耳に入れていいものか判断がつかないのだ。そこでエリウスはゾフィスに促して報告させる。
 「王都に不穏な動きがございます。近衛騎士団以外は警備がおらず、”白の巫女”の行方もつかめません」
 エリウスはその言葉に眉をひそめる。”白の巫女”はアリスと並ぶ三大巫女の一人であり、エリウスの望む”巫女姫”の一人でもある。その彼女の行方がわからないとは聞き捨てならなかった。
 「祈りの場にも姿を見せないのか?」
 「はい。ここ一週間ほど公の場に姿を見せておりません」
 ゾフィスの報告にエリウスは考え込んでしまった。”白の巫女”の行方がわからない件はおそらく”九賢人”の仕業だろう。エリウスに渡すまいとどこかに監禁されている可能性が高い。王都の守備が薄いのはそちらに守備隊を回しているためだろう。
 「ゾフィス、”白の巫女”の行方を探ってくれ。それとストナケイト将軍にシンドルテア軍が動いたらすぐ動くように伝令を」
 「畏まりました」
 エリウスの命を受けたゾフィスはすぐさま影の中に消えてゆく。ゾフィスを見送ったエリウスは一つ溜息をつくと、お茶を一口口に含む。温かいお茶が口の中に広がってゆくのだった。

 「ほら、リューノ、ご飯だよ」
 ミルドはおかゆをスプーンで掬うとリューノの口に運ぶ。リューノは口を開け、それを口にする。アリスの治療で回復し始めたリューノは、ダークハーケン城内の療養室でそれなりに反応を示すくらいまで回復していた。ミルドもこの療養所に通い、けが人や治療を受ける者たちの介護の手伝いをしていた。
 「ふう、ようやく少しは食べられるようになったね」
 ミルドはリューノの回復具合を見て嬉しそうに笑った。ミルドがここにきたのはリンに付き合ってのことだった。けが人を回収するこの部屋に月に一度手伝いに来ていたリンに付き添ってきたミルドは、リューノと出会った。心を閉ざし、うつろなリューノに同情したミルドはその後もここに通い、彼女に付き添うようになった。
 「最初はどうなるかと思ったけど・・・」
 最初こそリューノはまるで食事を口にしなかった。半ば無理矢理流し込むことで何とか栄養を摂取することができる程度だった。それが今では自分から食事に口を出すようになるまで回復し、片言ながらしゃべるようにまで回復したのだった。そんなリューノの笑顔を見るのがミルドの楽しみだった。
 「ミルドさん、こっちの子もお願いします!」
 この部屋の介護を担当する女性に声をかけられたミルドはリューノの頭を撫でてその場を離れる。最近また二人ほど心を閉ざしてしまった少女が二人ほど連れてこられたのだ。そん二人の介護もミルドの担当だった。
 「じゃあ、今日はこの辺で・・・」
 仕事を終えたミルドは担当者に挨拶をして部屋を後にする。ここに来て以来のミルドは少しもやもやしたものを感じていた。リューノたちの世話をすることが嫌なわけではない。自分から望んでやってきたことなのだから。しかし、これまで武器を手に戦いの中に生きてきた自分がここにいる違和感を感じていた。
 「このままでいいのだろうか・・・」
 何か物足りない、何か空白のある様な感覚にミルドは溜息をつく。ちょうどそのときだった。資料室の扉が開き、中なら大量の資料を持った女性が出てくる。ぼんやりとしていたミルドと、前の見えない女性は避けきれずにぶつかってしまう。
 「す、すみません!よそ見してました!」
 お互い尻餅をつく格好になったが、ミルドのほうがいち早く立ち上がり、床に散乱した資料を拾い集める。倒れた女性のほうも資料を集めながら謝ってくる。
 「いえ、こちらこそ。前を見ていなくて・・・」
 ミルドはその声を聞いて首をかしげる。どこかで聞いたことのある声だったからだ。それも二年前、ハルバットに拾われる前に聞いた声だった。あわてて相手の女性の顔を確認する。その顔は間違いなく見覚えのある女性だった。
 「ジェミニ・・・」
 「おねえ・・ちゃ・・・ん?」
 二年前のエロル族襲撃の日以後離れ離れになっていた妹との再会だった。ミルドはそっと妹の方を抱きしめる。生きていてくれたことが嬉しかったのだ。だが、ジェミニはスッとミルドから視線をそらす。
 「お姉ちゃん、無事だったんだ・・・」
 「あの時、逃げる途中川に落ちて、流された私をハルバット将軍が拾ってくださったの。その後は彼の副官として戦ってきたわ・・・」
 「シーゲランス軍の?あんな奴らの味方になったの?」 
 ミルドにはジェミニのいっている言葉の意味がわからなかった。確かにあの時は問答無用で村を襲われ、焼き払われた。その後のことはミルドは知らなかった。最後まで反抗した村人は皆自害し、村は絶滅したとハルバットからは聞かされていた。
 「一体何があったの、あのあと!教えて、ジェミニ!」
 「・・・あのあと、捕まった人たちはみんなひどい仕打ちを受けたわ・・・私もリゲルの目の前で男たちに・・・私だけじゃない。サーナもイルハもみんな愛しい人の眼の前で辱めを・・・」
 ジェミニの言葉にミルドは絶句した。それはハルバットが厳禁にしていた行為だった。たとえいかなる罪があろうともそれを理由にその人を無下にしてはならない、そんな彼の信念を踏みにじるものだった。そしてジェミニは驚くミルドに更なる告白をする。
 「犯されリゲルたちに助けを求めるあたしたちの眼の前で今度はリゲルたちが・・・」
 殺されたというのだ。それも相当むごい殺され方で・・・ミルドは怒りに肩を震わせてちた。恩あるハルバットの名を汚した愚か者に、そして今までそんなことがあった事を知らなかった自分に怒りを覚えていた。
 「だれ・・・なの・・・そんなことをしたのは・・・」
 「シーゲランス軍特務部隊、隊長はセリアとファティナ。それを裏から指揮していたのはフィリップ男爵・・・」
 ジェミニの言葉をミルドは黙ったまま聞いていた。セリアは自分の眼の前でヒルデに捕まっている。ファティナは終戦後行方知れずという話を聞いている。そしてフィリップはすでにエリウスによって討ち果たされている。つまりミルドは怒りの持ってゆく先がなくなっていたのだ。
 「お姉ちゃん、悔しい?、ならエリウス様の手伝いをしてよ・・・」
 「エリウス様の?」
 「そう。世界を変える手伝いを!!」
 ジェミニの言葉がミルドの心にずんと来る。世界を変える。それを成し遂げるために自分は生きているのかもしれない。そしてそれはハルバットの生きた証を残せるかもしれないことだった。しかし今の自分では力不足もいいところだ。前線に出ても一兵卒程度の力しか発揮できないだろう。どうせやるなら思い切りやりたいとミルドは願う。
 「お姉ちゃん、エロルの村に戻ってみたら・・・まだ秘術に関する何かが残っているかも・・・」
 そんなミルドの心の中を見透かしたかのようにジェミニが助け舟を出してくれる。確かにミルドはエロル族の生まれだったが、その秘術をほとんど習っていない。そのおかげでフィリップに見つからなかったのだが・・・エロル族の秘術を習得できれば前線でも活躍することが出来るだろう。
 「ありがとう、ジェミニ・・・それと・・・これからは・・・」
 「わるいけど、私はもうお姉ちゃんと一緒には暮らせないよ・・・」
 一緒に暮らそうと切り出そうとしたミルドにジェミニは悲しそうな顔で答える。その言葉の意味をミルドは図りかねた。するとジェミニは服を脱ぎ、胸元を露にする。そこには醜い傷が大きく刻まれていた。それを見たミルドは絶句する。
 「あのとき・・・あいつらに犯されたあと、最後に胸と腹を切り裂かれたの。もう死ぬものと思っていたわ。でも以外に私、しぶとかったみたい・・・」
 目に涙を浮べたジェミニの言葉にミルドは何もいえなかった。本当なら愛しい人と一緒に死ねていたはずが、生きながらえてしまったのだ。それが逆に彼女に長い苦しみを与えることとなったのだ。それを思うとミルドは何も言えなかった。ただ妹を抱きしめるだけだった。ジェミニはさらに言葉を続ける。
 「生き延びた私はこの国のドクターに出会ったわ。そのとき尋ねられたの、生きて復讐をなしたいか、それともこのまま死にたいかって。私は生きる道を選んだ」
 「・・・・・」
 「だって死んでしまったらリゲルたちの仇が討てないじゃない」
 ジェミニはそれだけいうと笑みを浮べる。
 「だから私はドクターの融合人間の実験体になることを選んだ。おかげで私は今も生きている。でもこの城から離れることは一生できない。一日10時間ごとに特殊な培養液の中に浸かっていないといけないから・・・」
 ジェミニの告白はミルドにとって衝撃的なものだった。この城を離れ静かに暮らすことはジェミニは出来ないということである。そんな事実を突きつけられ、ミルドは絶句するしかなかった。
 「だからエロル族のジェミニはあの時死んだの。今ここにいるのは、ドクターの助手ジェニーよ」
 「ジェミニ・・・」
 「だからお姉ちゃん、私の代わりにエリウス様のお手伝いをして・・・」
 妹の願いをミルドは涙ながらに頷くしかなかった。そして心に誓うのだった。妹の、一族の、そしてハルバットのために平和な世界を作ることを。それが嵐の騎士、ミルドの復活のときだった。

 ヴェイス皇国最大の山、シュバルト山。この山の中で修行に明け暮れるものがいた。銀狼のダン。己の力を制御する術を身に着けるべく、この山で修行を行っていた。そんな彼に肉体的、精神的修行を課しているのが、ヴェイス軍最高武術師範・ブシンであった。
 「よいか、ダン。己の内にある力に流されるな。それを己の内に取り込むのだ」
 ブシンはそう言ってダンに様々な修行を課してきた。最初こそダンはその銀狼の力に振り回され、ブシンに叩きのめされていた。何度も繰り返し、徐々にその力を制御していったのである。そして修行開始からおよそ一ヶ月、ようやくその力を制御できるまでに至っていた。
 「己の手足を武器とせよ!」
 同時にブシンはダンに無手の武術を教え込んでいた。獣人の力を最大限に生かせる武術を習得することで、その力をフルに生かせる道を開かせたのだ。これまでのような力任せの戦い方ではない、新しい戦い方にダンは喜びを感じていた。肉体を鍛え、精神を鍛え上げたダンは、常に銀狼の状態のまま戦えるまでになっていた。
 「そろそろ修行も仕上げじゃな・・・」
 ブシンはそう言うとダンに最後の試練を課す。それは自分の身長よりも巨大な石を砕くというものだった。それも零距離からの一撃で。それを為すことで奥義を習得できるというのだ。だが、以外に零距離では力が伝わらず、いっこうに岩を砕くことは出来なかった。
 「力で砕こうとするな。拳に気を込めよ!」
 ブシンの言葉に耳を傾けながらダンはそのこつを掴んで行く。二度、三度試すうちに岩の表面が欠け始める。ダンの力が伝わり岩を砕き始めている証拠だった。ダンは大きく息を吐くと拳に意識を集中する。拳に気が集まり、オーラに包まれる。その瞬間ダンは拳を突き出す。
 「せい!!」
 気合の篭った言葉と共に拳を突き出す。拳は岩に減り込み、亀裂を生じさせてゆく。亀裂の入った岩は瓦解し、ダンの修行は終了するのだった。
 「お師匠様、ありがとうございました!」
 ダンはブシンに深々と頭を下げる。そんなダンにブシンは優しく言葉をかける。
 「よくつらい修行に耐えてきたな。その力殿下のために生かしてくれよ」
 「はい、必ず!!」
 エリウスやクリフトの剣の師でありながら、もはや前線に立とうとしないブシンに代わり、ダンは己がエリウスのために働こうと心に誓っていた。それはリンに悲しい思いをさせてしまうかもしれない。それでもザンの望んだ世界を作り出すためにやってやろうと思うのだった。
 山を降りたダンはまず獣人の村に戻る。リンに少しでも早く無事な姿を見せたかったからである。そんな彼を持っていたのはおめでたい話だった。
 「ほんとうなのか・・・リン?」
 半信半疑のダンはリンに尋ねる。リンは恥ずかしそうにこくりと頷く。リンの妊娠の事実にダンは大いに喜んだ。陵辱されたリンだったが、時期的にそいつらの子供でなく、ダンの子供であることは間違いなかった。嬉しそうにはにかむリンをダンは思い切り抱きしめる。
 「よくやった、リン。ありがとう!!」
 「だからいったでしょう?幸せな家庭をつくろうって・・・」
 あのときの約束をリンは守ってくれたのである。そんなリンにダンは自分の意思を伝える。エリウスのために己の拳を使いたいと。皆が平和に、幸せに暮らせる世界を作り上げたいと。そんなダンの願いをリンは快く認める。
 「自分の決めた道でしょう?自信を持って進みなさいな!!」
 ダンのお尻を叩いて笑顔で彼を送り出す。自分はここで赤ん坊を育てて彼の帰りを待つ。それが自分の闘いとリンは思っていた。そんなリンに見送られてダンは一歩を踏み出すのだった。
 「そういえば、ガンの奴がいないみたいだけど?」
 「ガンなら、ミルドに付き合って3日くらい前に出かけていったわよ?」
 「ミルド?」
 初めて聞く名前にダンは首を傾げた。そういえばミルドが自分たちの下に来たのはダンが修行に入ってからである。彼が知らないのも無理はなかった。リンは彼女の素性を簡潔に説明する。
 「シーゲランス軍の・・・ねぇ・・・」
 ダンは納得したように何度か頷く。その彼女に付き合ってガンはどこかに出かけているというのだ。その彼女との中を勘繰りたくもなる。
 「で、その子とガンの仲は?」
 「五、六歳ほど年が離れすぎているせいかしら、彼女の方はお姉さんみたいな感覚ね。でもガンは結構気にしているみたいね。彼女の方は今は心に誰かがいるみたいだけど・・・」
 それがリンの見立てだった。やや勝ち目の薄い戦いに挑んでいる弟を哀れみながらダンはリンの出してくれたお茶を啜るのだった。

 「本当にこっちでいいのかよ?」
 シーゲランス帝国南部ファラウト山山中。ミルドとガンはエロル族の村を目指して歩いていた。急な坂道に飽きたガンが不平を口にし始める。ミルドはそんなガンを無視してさっさと一人上って行ってしまう。ガンは無視されてむすっとした顔をするが、置いていかれるのも腹が立つので、仕方なくあとに続く。
 ミルドがエロル族の村を目指すと言い出したのは3日前のことだった。もちろん秘術を習得するためである。リンがそれを認めてくれたのでここまでやってきたのである。また一人では危険だと、ガンを護衛につけてくれた。
 二人は”テレポート”のマジックアイテムをドクターから借り受け(借りる際にガンが実験台にされた)、ファラウト山の麓まで転移してきたわけである。本来なら村まで転移できただろうが、どうしてもうまくイメージが出来ず、結局麓から村まで登ってゆくこととなったのである。
 「山登りがこんなに苦しいなんて・・・」
 ミルドには訛った感覚はない。だが、体力的に落ちていることは明らかだった。そんな弱くなった自分を奮い立たせながらミルドは目的地を目指す。そんなミルドにガンは溜息交じりについてゆくのだった。
 「ここが・・・村?」
 村についたミルドは自分の目を疑った。あの平和だった村が跡形もなく焼き尽くされていたのだ。自分が川に落ち助かったあともこの村でどれほどの惨劇が繰り広げられたことだろうか。ジェミニの言葉を思い返せばその光景が見えてくるようだった。
 「ごめんね、みんな・・・苦しかったよね・・・」
 自分だけ苦しみから逃れ、幸せの中にいたことがミルドに後悔と罪の意識となって彼女を苛んだ。目に涙を浮べながらミルドは村の祭壇のある洞窟へと向かう。もし、エロル族の秘術が記されたものがあるとすればそこしか考えられなかった。洞窟に入ったミルドは祭壇の前に膝をつく。
 「我らが偉大なる祖先よ、もしおられるなら、私に力を・・・一族の秘術を我に授けたまえ・・・」
 胸の前で手を組み一心に祈る。すると祭壇から白い靄が立ち上りミルドを包み込む。靄はミルドに絡みつくように全身を覆い尽くしてゆく。
 ”良くぞ戻った、ミルドよ”
 祈るミルドの脳裏に声が響く。それは間違いなく村長の声だった。
 ”村長、私は・・・”
 ”何も言わずともよい。お前の為したいようにするがいい”
 村長の言葉にミルドは力強く頷く。そして彼に懇願する。
 ”それを為すために我が一族に伝わる術をお教え願えないでしょうか?”
 ”知って何を為す?”
 ”平和な世を作りとうございます”
 村長の問いかけにミルドはきっぱりと迷うことなく答える。
 ”ならば受け取るがいい。しかし、体得できねば、汝には死が待っているぞ?それでもよいか?”
 ”はい!”
 ミルドはもう一度きっぱりと答える。その瞳には微塵も迷いはなかった。この試練を乗り越えて必ず術を習得するという決意に満ち溢れていた。そして試練は始まった。
 「はぐっ!!うう、ぐあああっ!!」
 全身を引き裂かんばかりの激痛が襲ってくる。体中の筋肉がうねり、破裂しそうなほど躍動しているのが分かる。懸命に押さえ込もうとするが、まるで押さえ込めない。筋肉の躍動はさらに激しさを増し、骨が軋みをあげる。ミルドの口から悲鳴が漏れる。その悲鳴すら上がっているか分からない。
 (押さえ・・・込まなければ・・・)
 押さえ込もう押さえ込もうとする度に躍動は増し、激痛が心を砕いてゆく。朦朧とした意識の中ミルドは懸命に耐え抜こうとしていた。
 (ハルバット・・・将軍・・・)
 愛しい人の名前を呟きその幻影に縋りつく。縋ったその幻影はミルドを自分の元に連れて行こうとするように包み込み、引き上げてゆく。もうその人のところにいきたいそんな思いが、痛みが和らぎ、心が軽くする。ミルドは目を閉じる。そんなミルドを背後から誰かが抱きしめる。
 「てめぇ!何勝手に負けてやがる!!」
 体を締め付ける力がミルドを現実に引き戻す。全身はまだ引き裂くような痛みが続いている。その痛みに負け、心を、命を閉ざそうとしていたミルドを現実に引き戻したのは、ガンだった。背後からミルドを抱きしめ、力いっぱい彼女を支えている。力尽き倒れそうになった彼女を支えてくれているのだ。
 (そうだ、私はこんなところで・・・負けられない!!)
 ミルドの心にまた強い意志の光が宿る。自分を支えてくれるのもの存在がミルドに新たな力を与えてくれる。そしてそれは試練に打ち勝つ力になる。徐々に痛みは治まり、筋肉の躍動も押さえ込まれてゆく。ミルドは自分を支えてくれるガンの手に自分の手を重ねたまま、必死になって戦った。
 ”見事なり!汝は試練に打ち勝った。我が一族の秘術、肉体操作の方は汝のものなり”
 村長の声が脳裏に響く。エロル族の秘術。それは自分の肉体を自由に操作して怪力や俊足の能力を得る術であった。それを体得できるだけの肉体と精神力を持っていなければ、逆に押しつぶされてしまい、肉体が崩壊してしまうか、力が暴走してしまう。試練はそれに打ち勝てるものを見極めるものだったのだ。
 (私一人では打ち勝てなかった・・・)
 ミルドはそっと呟くようにガンに話しかける。
 「ありがとう・・・ガン・・・貴方がいなかったら、私・・・挫けていた・・・」
 そっと呟くようにミルドはガンに告白する。そん挫けそうになった瞬間助けてくれたのがほかならぬガンだったのだ。そんなミルドの言葉をガンは顔を赤くして聞いていた。
 「あ、あんたにはこれからも生きてもらわないとな。ザンの兄貴の分まで・・・」
 「・・・うん、そうだね・・・」
 ミルドもガンもあの戦いで大切な人を失っている。そして今、その二人がお互いの心の隙間を埋めあっているのだ。自分を支えてくれる少年の腕がとても温かく、頼もしくミルドには感じられた。ミルドはふと空を見上げる。
 (貴方との事は忘れません。でも、これからの幸せを祈ってくださいますよね・・・閣下・・・)
 ミルドは心の中で愛しい人に別れを告げる。自分を支えてくれる若い力がとても頼もしくこれからを生きるのに必要だったからだ。ミルドはギュッとガンの手を握り締める。しばらく二人はそのままの姿勢でお互いのぬくもりを確かめあっていた。不意にミルドがガンの手の中なら逃れ向き直る。
 「ありがとう、ガン・・・」
 それだけ言うとミルドはガンの顔に自分の顔を近づける。ガンの唇に自分の唇を重ねる。突然のことにガンは驚いた顔をしていたが、そのまま黙ったまま、ミルドの為すがままになっていた。

 「うあっ・・・ミルド・・・」
 ガンが呻く。そんなガンの前にしゃがみこんだミルドはガンのペニスを開放し、一心にしゃぶりついていた。硬くなったペニスに舌を這わせ、舐めまわす。口に含み、舌を絡める。女性と経験を持ったことのないガンにとってそれは初めての快感だった。
 「んんっ、んんんっ・・・んちゅっ、んんんあっ」
 唾液を絡めつけてピチャピチャと一心にガンのペニスを舐める。そんなミルドの舌使いにガンの我慢の限界はあっという間に超えてしまう。
 「うあっ、出る!!」
 ガンの言葉と同時にガンのペニスは大きく震え、熱い粘液を吐き出す。それを口で受け止め、コクコクと喉を鳴らして飲み下してゆく。口に収まらなかった精液がミルドの口の端から滴り落ちる。それを指ですくうと口に運んでゆく。そんなミルドの仕草がいやらしく、ガンはまたペニスを大きくしてしまうのだった。
 「うふ、もうそんなに大きくして・・・じゃあ、今度はこういうのはどう?」
 そう言うとミルドは自分の服を脱ぎ、胸を露にする。戒めを解かれた胸がプルンと揺れる。ガンはごくりとつばを飲み込む。こんなに女性の裸を目の前で見るのは初めてだった。ミルドの胸から視線をそらすことが出来ない。そんなガンの視線を感じながらミルドは顔を赤く染める。
 「そんなに珍しい?」
 「え?あ・・・い・・・いや、その・・・きれいだなって・・・」
 しどろもどろになって答えるガンにミルドはくすっと笑う。そしてもう一度硬くなったペニスに軽くキスをする。
 「ありがとう。じゃあ、お礼にもっといい事してあげる」
 そう言うと胸の間にガンのペニスを挟みこむ。柔らかな肉圧が熱く硬くなったペニスを包み込む。その柔らかな感触にガンの口から気持ち良さそうな声が漏れる。それを聞きながらミルドは優しくペニスを挟み込んだ胸で扱き上げる。手では味わえない感覚にガンの声が大きくなる。
 「うくっ・・・気持ちいい・・・」
 パイズリの快感にペニスの先端からはまた先走りの液が滴ってくる。ミルドはそこに舌を伸ばすとペロペロトそれを舐め取ってゆく。乳房に包み込まれた感触と、先端を舐められる快感。その二つのガンに今まで味わったことのない快感を味合わせるのだった。
 「すごい・・・気持ちよすぎて・・・あああっ!!」
 腰を震わせて悶えるガンの姿を見ながらミルドもまた脚をモジモジとさせていた。ガンの逞しいペニスとそこから香る匂いがミルドの気持ちを高ぶらせていた。胸の間でピクピクと震えるペニスが放つ男性臭。もはや嗅ぐ事などないだろうと思っていたその匂いがミルドの気分を高揚させるのだった。
 「すごい・・・こんなにピクピクして・・・先っちょからもこんなに・・・」
 先走りの液体をコンコンと沸き立たせながら、ガンのペニスはミルドの胸の谷間でひくついている。そんなペニスを胸で、舌先で、鼻で感じ、ミルドは割れ目の奥からとめどなく愛液を滴らせていた。モジモジと動くたびに服がヴァギナに擦れ、皮の剥けたクリトリスを刺激する。
 「あふっ・・・すごい・・・もっと熱く、逞しくなって・・・」
 胸ですりあげながらミルドはガンにそう懇願する。ガンのほうは絶え間なく襲い繰る快感に抗うのが精一杯で、ミルドの言葉に答えている余裕はなかった。その間に見ミルドの胸がガンのペニスを刺激し、絶頂へと導いてゆく。そしてミルドもまた、己の限界が近いことを感じていた。
 「ああっ!もう・・・もうだめだ!!」
 ガンの我慢が限界を超え、ペニスが大きく震える。また大量の精液が先端から迸り、ミルドの顔を白く染め上げる。限界を超えたガンは気だるそうな声を上げてそのままミルドにもたれかかるのだった。その熱いものを受け止めた瞬間、ミルドも限界を超えるのだった。
 「もう、私も・・・」
 ブルッと震えると絶頂を迎える。奥から迸る液が下着をぬらしてゆくのを感じながら、ミルドは顔についた精液を指ですくい取り、口に運ぶ。熱く粘っこい液体が舌に絡みつく。それをおいしそうに舐めとりながらミルドは自分の胸の中で荒い息をするガンを見下ろし、笑みを浮べるのだった。

 「ええ?これでおしまい?」
 パイズリを終えたミルドはさっさと胸を隠してしまい山を降りることを宣言する。その言葉にガンは不平を漏らす。そんなガンの顔を見ながらミルドはにこりと笑う。
 「これからエリウス様のために戦うことになるのよ?そんな暇ないでしょう?」
 その言葉にガンはふてくされた態度を示す。せっかくの筆おろしの機会を、しかも気に止めていた女性との機会を失ったのだ。仕方がないといえば仕方がない。ミルドのほうもガンの気持ちは分かっていた。だからガンの耳元に顔を寄せると、そっと小声で囁く。
 「もし貴方が敵を百人撃破出来たら、今日の続きしてあげる・・・」
 ミルドのその言葉にガンは顔を赤くしてミルドをじっと見つめる。ミルドはじっとガンを見つめたまま、にこりと微笑むのだった。完全にミルドに弄ばれているガンであったが、これが二人の良好な関係なのかもしれない。ガンはそのことをしっかりと約束すると喜び勇んで山を降りるのだった。
 山を降りた二人はすぐさまエリウスに謁見を申し入れる。すぐにエリウスの元に通された二人はヴェイス軍への参戦を申し入れる。エリウスはそれを認め、第一軍への出向を命じるのだった。
 「シンドルテア軍の動きが活発になってきている。近いうちに大きな戦闘が始まるはずだ。二人には期待している。大いに暴れてもらいたい」
 エリウスの言葉に二人は敬礼して答える。早くも戦いの機会を得たガンは喜び、ミルドは新たな戦いの始まりに緊張していた。そんな謁見の場にけたたましい声を上げてティムが飛び込んでくる。
 「エリウス様〜、助けてくださいです〜」
 エリウスの頭の後ろに隠れると、彼に助けを求める。何事かと思っていると、そのあとからエン、ライ、チイの三人が飛び込んでくる。部屋の中をきょろきょろと探し回り、ティムを見つける。
 「あ、いた!!ティム!遊んであげるって言っているんだからこっち来なさいよ」
 「やです〜。エンさんたちわたしの羽根をおもちゃにするんですもん〜」
 「優しくしてあげるから!!」 
 「やです〜!!」
 エリウスの頭に隠れるティムを捕まえようとするエンたちであったが、その首根っこをエリウスがツいっと捕まえる。三人が猫よろしく、宙ずりの状態になる。
 「エリウスー!離してよ!!」
 「三人とも、人の嫌がることはしちゃいけないって教えなかったかい?」
 いつも以上に静かなエリウスの口調にいつも元気な三人の動きが止まる。恐る恐る彼の顔を覗き込む。笑顔である。ただし、その額には青筋が立っている。さすがの三人も顔を青くする。
 「え、エリウス。わたしは悪くないよ!ティムをいじめたのはエンだから!」
 「そうそう。わたしたちはエンをとめようと思って・・・」
 「ああ!!卑怯者!!」
 エンに全ての罪を着せて無罪放免を狙ったライとチイだったが、それを素直に許すほどエンもおとなしくない。三人はエリウスに首根っこを押さえ込まれたまま、喧嘩を始める。そんな三人にエリウスは大きく一つ溜息をつく。
 「三人とも、嘘をつくのもいけないことだって教えたよね。さあ、久しぶりにお仕置きしなくちゃね」
 ニコニコ笑ってエリウスは三人を連れて部屋を出てゆこうとする。エンたちは涙目になった許しを請うが、もはや遅かった。部屋を出てゆく前にエリウスはティムの方に向き直る。
 「ああ、そうだ。ティム、きみもそこの二人と一緒にシンドルテア攻略戦に参戦してくれ。君の伝達能力は戦場において大きな意味を持つ」 
 「分かりました〜」 
 エリウスの言葉にティムは大げさに敬礼する。それを見届けると、エリウスはガンたちに頑張るように言うと部屋をあとにする。魔天宮中にエンたちの泣き叫ぶ声が響き渡ったが、誰もそれをとめるものはいなかった。それがエンたちの自業自得の結果だと知っていたし、わざわざ自分たちまで怒られる必要性を感じなかったから・・・

 フライゼルトxシンドルテア国境線。その国境線にガン、ミルド、ティムの三人がついたのはそれから二日後のことだった。先に第一軍に配属されていたダンとの再会を喜ぶと、そのまま軍議に参加する。その軍議の最中だった。シンドルテア軍進軍の報が届いたのは・・・


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