第20話 死王
咆哮をあげて全軍進撃を開始したヴェイス軍。死霊、悪魔を中心とした第一軍を中央に配した大群が大地を揺らしてシンドルテア領内へと進軍する。
これに対し、シンドルテア軍は騎士隊を中心に、左右に冒険者を中心とした傭兵部隊、民兵を中心とした歩兵隊を配し迎え撃つ体勢をとった。ストナケイトはファーガントと四バカに左翼より、歩兵隊のかく乱を命じた。そして自身は中央より、敵陣を目指す。傭兵部隊にはあえて手を出さずにいた。
「腕の立つものがいればいいのだが・・・」
仮面の下のストナケイトの顔が期待の笑みを浮べる。ストナケイトの号令のもと、ヴェイス軍は攻撃を開始する。悪魔騎士”エビル・ナイト”に率いられたゾンビ、グールが次々に敵騎士に襲い掛かる。喉もとに喰らいつき、麻痺の爪で切り裂く。エビル・ナイトの剣がひらめき、敵の頭部が中を舞う。
「恐れるな!ゾンビは無視してもかまわん!エビル・ナイトの攻撃に注意しろ!」
シンドルテア軍の指揮官の怒号が響き渡る。ゾンビよりもグールを先に打ち倒し、エビル・ナイトの攻撃は避けることに専念する。ゾンビの攻撃力では彼らに致命的ダメージを与えられないと踏んでの策だった。がッぷり四つに組んでの戦いになるかと思われたが、意外な伏兵が戦場を混乱に陥れる。
「魔族を討ち取れ!!」
側面より姿を現した冒険者で組織された傭兵部隊が、ヴェイス軍に襲い掛かる。この攻撃の開始に喜んだのはシンドルテア軍だった。完全に側面をつき、相手の混乱は避けられないものと一気に押し切る策に出る。ゾンビが、グールが次々に打ち倒されてゆく。
「このまま一気に押し切るぞ!!」
勢いづいたシンドルテア軍はそのまま敵本陣を落とそうと息巻く。しかし、その勢いはあっさりと止められてしまう。勢いを止めた勢力は二つあった。
一つは本陣から出てきた死霊騎士団。防御力が高いうえ、普通の武器では倒せないこの騎士たちの登場はシンドルテア軍の勢いを削いだ。この部隊を指揮したロカは一気に敵陣に攻め入り、勢いを押し返す。
もう一つは仲間であったはずの冒険者たちであった。突如として一部の冒険者が仲間の冒険者やシンドルテア軍の騎士に襲いかかったのである。仲間の裏切りはシンドルテア軍に深刻なダメージを与えた。回りの人間が信じられなくなってしまったのである。連携の取れない戦場ほど恐ろしいものはない。疑心暗鬼になり動きが止まる。そこを敵に疲れる。もはやシンドルテア軍は組織として成り立っていなかった。
「なかなかあの商人、使えるじゃないか・・・」
混乱するシンドルテア軍を見つめながらストナケイトは先日、本陣からシンドルテアに渡った商人のことを思い浮かべていた。アズルと名乗ったその青年はまだ若いがなかなかの商才を持った少年だった。自分を売り込むためにストナケイトに面会を申し込み、シンドルテアが雇った冒険者をこちらに寝返らせることを約束したのである。
「腕のほうは確かなようだ」
ストナケイトはアズルの腕の確かさに舌を巻いた。冒険者が一度雇われた相手を裏切ることは珍しいことである。信用の問題に関わるからだ。しかも今回は普段の裏切りと違う。ここでの裏切りは人の側を裏切ると思われるからだ。下手をすれば生きていく場所を失いかねない賭け。その賭けに乗せて、冒険者を裏切らせたアズルの腕前は賞賛に値するものだった。そんな彼をストナケイトは高く買う。
「さてと、このまま一気に押し切ってしまうか・・・」
ストナケイトは剣を振り、一気に押し切るよう指示を出す。そんなストナケイトの指示に従って、ヴェイス軍は押し込まれていた勢いを取り戻すのだった。死霊騎士が次々と敵騎士を討ち取ってゆく。遊撃の役目を負っていた傭兵たちは二つに分裂し争っている。そしてもう反対側から襲い掛かるはずだった歩兵部隊もファーガント率いる巨人族の攻撃に完全に沈黙してしまっていた。
「さてと・・・敵将にご挨拶しに行くとするか・・・」
こちらの勝ちがほぼ動かないとみたストナケイトは馬を走らせ、敵陣深くまで侵入する。そこではまだ激しい戦闘が続いていた。剣と剣がぶつかり合い火花を散らす。二人の騎士が数人の部下と共に死霊騎士の攻撃を受け止める。一人、また一人部下を失いながらも、二人の騎士は武器を振るい、死霊騎士を打ち倒してゆく。
「ほう、あの二人が敵将か・・・」
大剣と長剣を振るって戦う騎士たちにストナケイトは興味を示す。かなりの怪我をしながら、それでも剣を手放さず、襲い来る死霊騎士を討ち果たしてゆく。その二人の下にストナケイトは馬を走らせる。
「そなたらが、シンドルテア軍将軍か?」
剣をかざして二人の騎士に尋ねる。二人は新手の登場に少し驚いた表情を浮べたが、それが敵将ストナケイトであると分かると、気迫を取り戻すのだった。そんな二人の前にストナケイトは馬から飛び降りてくる。そんなストナケイトに二人は名乗りを上げながら襲い掛かる。
「我はシンドルテア軍が双剣、サンドルアなり!!」
大剣を振り回してサンドルアがストナケイトに襲い掛かる。ストナケイトは悠然とその一撃を受け流す。と今度はその隙間をつくように長剣がストナケイトの急所に延びてくる。ストナケイトはぎりぎりのところでそれをかわす。長剣がストナケイトの鎧にすれ、鈍い金属音が響く。
「我はシンドルテア軍が双剣、ムンドルア!!」
長剣を持った青年が名乗りを上げる。双剣を名乗った二人の戦い方は、その名にふさわしいものだった。サンドルアの大剣がストナケイトの動きを止める。その攻撃を受け止めたために動きを止めたところへ、ムンドルアの長剣は襲い掛かる。それをかわしてもまたサンドルアの攻撃が襲い掛かる。絶え間ない連続攻撃にストナケイトは反撃することが出来なかった。
「なかなか・・・しかし!!」
二人の連続攻撃に笑みを漏らしたストナケイトは愛用の剣を振るう。刀身が煌めき、サンドルアの腕を大剣ごと切り落としてしまう。あまりの一瞬の攻撃にあっけを取られたのか、サンドルア、ムンドルアの動きが止まる。どのように剣を振るったかも分からないような鋭い一撃だった。
「さて、どうする?」
サンドルアの腕を切り落としたストナケイトはサンゼルアたちに視線を移す。あまりに強烈な一撃に二人は何もすることが出来なかった。ただ地面に落ちた腕を見つめるだけだった。するとサンゼルアがおもむろに腰をかがめると、地面に落ちた自分の腕を掴みあげる。そしてその切り落とされた腕を自分の切り落とされた傷口に押しつける。しばしの後、手を離すと腕が元通りにくっ付いているのだった。
「いかなる攻撃も我らには効かぬ!」
「我らには司祭様の、神のご加護があるのだ!!」
そう叫ぶとサンドルアとムンドルアは再びストナケイトに襲い掛かる。その鋭い連続攻撃をかわしながら、またストナケイトは剣を閃かせる。今度はムンドルアの左腕が宙に舞う。だがムンドリアもまた、切り落とされた腕を元通りにしてしまうのだった。
「自然治癒力?いや、人間にそんな力が備わっているはずがない」
異様な二人の回復力にストナケイトは首をかしげる。サンドルアとムンドルアはストナケイトが自分たちを倒せないと信じ、また連続攻撃を仕掛けてくる。回を追うごとにその鋭さは増してくる。その攻撃を何とかかわしながらストナケイトは二人の回復力の謎を探ろうとしていた。
「出来れば殺したくなかったが・・・仕方あるまい!」
ストナケイトは剣を閃かせ、二人の首をはねる。そこですとナケイトはあることに気づく。人であればなくてはならないものがこの二人にはないのだ。確かに腕を切り落としたときもそれはなかった。生きている人間であればなければならない赤い鮮血が・・・血のない生命体、そんなもの死体でしかない。
「まさかこの私にデュラハンを差し向けるとはな・・・」
死霊、悪魔を束ねる自分にデュラハンとはなめた事をしてくれる、ストナケイトは内心そう思った。そんなストナケイトをよそにサンドルアとムンドルアは悠然と立ち上がると、跳ね飛ばされた首を小脇に抱える。目がかっと開き、薄気味悪い笑みを浮べる。
「わ、われラはしなナい・・・」
「しサいサマのごかごガあるかギり・・・」
壊れた人形のように同じ事を呟きながら、二人は武器を構えてストナケイトに襲い掛かる。これまで以上に鋭き攻撃がストナケイトに襲い掛かる。ストナケイトは回避に重きを置き、どう反撃するか考えながら回避し続ける。パワーとスピードを駆使した攻撃が徐々にストナケイトの体に迫る。
「とらエた!!」
サンドルアの剣が肩口を、ムンドルアの剣が顔当てを吹き飛ばす。ストナケイトの整った顔が外気に晒される。スッと目を開けたストナケイトがじっとサンドルアとムンドルアを睨みつける。迫力あるその眼差しに二人は一歩後ろの後退する。だが、ストナケイトを守る鎧を吹き飛ばしたことが二人に勇気を与えてくれる。無謀な勇気を・・・
「こんどハきさマのからだヲきりキザんでくれル!」
「そノよロイはやくニはたたンぞ!」
彼らは頑強な防御力を誇る鎧も吹き飛ばした自分たちの攻撃に絶対的自信を持っていた。この攻撃を受ければいかにストナケイトといえど無事ではすまない。そう思っていた。だが、ストナケイトは焦る様子もなく、逆に笑っているのだった。その笑いは二人を馬鹿に仕切っていた。そんなストナケイトの態度が二人の癇に障った。
「なにヲわらってイル!」
「キョうふでアタまがおかしクなっタか?」
激怒した二人が詰め寄るが、ストナケイトは笑うことをやめようとはしなかった。哀れなものをみる眼差しで二人を見つめながら、ただ笑っているだけだった。
「かちめガないとワカってきがフレたか?」
「違うさ。お前たちの愚かさがおかしいのだよ」
ストナケイトはくすくすと笑ったまま答える。その言葉の意味はサンドルアにもムンドルアにも分からなかった。ストナケイトはその答えを教えるかのように自分の鎧を指差す。
「この鎧はわが身を守るためのものにあらず。この鎧はわが身から吹き出す魔力で世界にいらぬダメージを与えぬための防壁よ!」
ストナケイトの言葉に二人は驚愕した。彼が身に着けた鎧はその力を押さえ込むためだけのものだったのだ。それをいくら吹き飛ばしても彼に何のダメージもないし、逆にその戒めを自分たちから解放してしまっているのだ。だが、それが本当かどうかは分からない。
「そんなコトばしんジられるカ!」
剣を構えたムンドルアがストナケイトに襲い掛かる。これまでで最高のスピードだった。絶対に交わせない自身がムンドリアにはあった。その一撃を目の当たりにしても、ストナケイトの動きは変わらなかった。
「少しだけ、力を解放してあげよう・・・」
襲い来るムンドルアを見つめたままストナケイトは自分の内に封じられた魔力を解放する。肩口と顔から吹き出した妖気、魔力が襲い掛かったムンドルアを吹き飛ばす。宙を舞ったムンドルアは何とか着地するが、なにが起こったのかまるでわからなかった。
「さあ、これが私の10%の力だ!!」
ストナケイトから吹き出す魔力は地を裂き、風を巻き起こす。攻撃をしようとするが、まるで動くことが出来ない。彼の放つ魔力に押さえつけられているような感覚だった。身動きの取れない二人にストナケイトは左手を横に凪ぐ。魔力のこもった風が二人を吹き飛ばす。
「このまマ、てをコマねいていたら、やらレるだケダ!」
「さきニたおしテくレる!!」
ストナケイトの気に押される感覚を押さえ込んでサンドルアとムンドルアが剣をかざして襲い掛かる。そんな二人に対してストナケイトは初めて剣を構える。拭き溢れる魔力がストナケイトの剣に絡みつき刀身を黒く染める。黒い光が覆い尽くした剣を構える。
「この我が魔力を喰らって我が剣”ヴァイス”は初めて真の力を発揮する。その力は黒き光。全てを喰らい尽くす漆黒の光」
刀身を多い尽くした黒い光がさらに黒さを増す。溢れ出さんばかりの黒い光が灯った剣をストナケイトは悠然と構える。そしてその剣をサンドルア、ムンドルアの二人目掛けて振り下ろす。
「”ブラック・レイ”!!」
刀身から放たれた黒い光がサンドルアとムンドルアに襲い掛かる。無数の黒い光の筋が二人の体を鎧ごと打ち抜いてゆく。二人を貫いた黒い光は消えずに、そのままその範囲を広げてゆく。まるでその体を喰らうかのように黒い光は二人の体を蝕んでゆく。消え行く体を見てサンドルアもムンドルアも何とかしようともがき苦しむ。どんなに武器で消そうとしても光は切れない。切れない光はどんどん体を喰らい尽くしてゆく。
「ああっ・・・ばカナ・・・」
「むてキのわれラガ・・・」
消滅してゆく自分の肉体を見ながらサンドルアもムンドルアも愕然とする。自分たちを殺すことのできる者など司祭以外、誰にも出来ない。そう思い込んでいた。だが、今自分たちの眼の前にいる男はそれを成し遂げているのである。ストナケイトは悠然と立ったまま、じっと二人を見つめている。
「消え去るがいい・・・愚かなる存在よ!!」
ストナケイトの言葉に黒い光の侵食速度が増す。あっという間に二人の体を光が飲み込み、あとには何も残っていなかった。ストナケイトは何食わぬ顔で肩当と顔当てを拾い上げると、元あった場所につけなおす。すると吹き出していた魔力の暴走が収まる。
「さらばだ、愚かなる者よ」
ストナケイトはマントを翻してその場を後にする。大将を失ったシンドルテア軍を支えるものは何もなかった。逃げ出す者、投降する者様々だった。ストナケイトは逃げ出す者は追わせず、投降する者は無碍に扱わなかった。戦闘は終わった。ヴェイス軍にも多少の被害は出たものの、大将といっていい戦果であった。
「こちらは終わったぞ、アルデラ・・・」
戦勝に沸く兵士たちをよそにストナケイトは王都の方角を見つめたまま、愛しい妻の無事を祈るのだった。
シンドルテア国王都・ガラド。この草原の王国の首都は閑散とし、人の気配、生の気配のしない都と化していた。この王都の入り口に立つ12.3歳くらいの幼い少女の姿があった。もっともそれは外見だけの話である。実年齢はその上にいっている。
「ここが、王都ガラド・・・」
アルデラは周囲を見回す。自分の身長よりも長い杓杖を手にあたりに気を配る。確かに人の気配はまるでしない。いくら戦時中とは言えありえないことであった。
「人の気配はまるでない・・・ですが・・・」
アルデラには人以外の気配が読めていた。その存在は無数で徐々にアルデラに近付いてくる。それに気づいたアルデラは杓杖を地面に突き立て、厳かに呪文の詠唱を始める。その間にも人で無き存在はあるデラを完全に囲んでしまうのだった。少しづつその姿を見せ始める。
「ぐぅぅぅぅっっ・・・・」
生臭い匂いを立ち上らせたゾンビ、グールが無数にアルデラを取り囲む。生ある者への恨みなのか、何者かに操られてのことなのかは分からない。だが、確実にアルデラを取り囲み逃げ場をなくしている。腐臭のする涎を垂らしながら、爪を立ててアルデラに迫る。
「哀れなる者に慈悲の光を・・・”セイント・クロス”!!」
アルデラの呪文が完成する。彼女を中心に十文字に光が伸びる。光は触れたゾンビ、グールを浄化してゆく。死体は崩れ落ち大地に帰ってゆく。死者送還の光がゾンビ、グールを浄化したのである。光はアルデラに襲い掛かろうとした無数の死体を一撃で浄化してゆく。
「大地に帰りなさい、不浄なる命よ!!」
光があたりを染め上げる。光が収まったころにはゾンビ、グールはその姿を消していた。あとには何も残っていない。アルデラは深き息をつく。
「王都の住民たちですか・・・まあ、逃げ遅れた方々のほんの一部のようですが・・・」
先ほどの死体の正体を分析しながらアルデラは城の中で待つ敵の正体に思いをはせた。このゾンビたちは王城にいるある男が生み出したアンデッドたちであることは間違いなかった。ここ数年その姿を現さなかった男がようやくその姿を現したのである。始末を付けるためにも、この機会を逃す気はなかった。アルデラは杓杖を持ち直すと、王城へ向けて歩を進める。決着をつけるために・・・
「しつこいですね・・・」
王城に入ったアルデラにまたしてもゾンビ、グールの群れが襲い掛かる。”セイント・クロス”を唱え浄化してゆく。ゾンビやグールではアルデラを倒せないことは分かりきっていることだった。それでもしつこく攻撃を繰り返すのは間違いなくアルデラを消耗させる意図が見え隠れしていた。
「まあ、一気に終わらせましょうか・・・」
アルデラはまるで疲れた様子も見せずに浄化を繰り返していたが、いい加減鬱陶しく感じていた。このまま彼の元まで行き着くまでに一体どれほど浄化の呪文を使わなければならないか分かったものではない。杓杖を床に突き立て呪文を唱える。その呪文に答えるように4羽の白い鳥が姿を現す。
「行きなさい!」
アルデラに促された4羽の鳥が宙に舞う。城外に出た4羽はそれぞれ四方向に散ってゆく。アルデラを中心に十字を描く方向に。目標地点に降り立って4羽は今度は白い炎の柱となる。柱と柱が繋がり、王城を取り囲む巨大な魔方陣を作り出す。魔方陣から放たれる光が王城そのものを包み込む。
「”シャイン・エクスプロージョン”!!」
アルデラの呪文が完成し、光の爆発が起こる。王城そのものに物理的被害はない。だが、王城内にいる全てのアンデット、特に力の弱いゾンビやグールはことごとく光の爆発に包み込まれ、焼き尽くされてしまった。光の爆発が収まると、アルデラは大きく息を吐くと杓杖を構えなおす。
「これで邪魔者はいなくなりましたね」
彼女の言葉どおり、その先彼女に襲い掛かるものは一人としていなかった。悠然と王城内を進むアルデラはついに玉座の間にたどり着く。無言のまま扉を開け放つアルデラ。そんな彼女を待っていたのは神官衣を纏った男だった。ただ、体のそこかしこに火傷を負い、床に膝をついている。
「ごきげんよう、ランバート司祭」
膝をついた男にアルデラは優雅に挨拶をする。ランバートは痛む体に眉をひそめながら、アルデラを睨みつける。
「先ほどの光の爆発は貴様が?」
「他に誰がいると?ヴァンパイア・ロード、ランバート=シュバレフ」
ランバートを冷ややかに見つめながらアルデラは彼の正体を看破する。”シャイン・エクスポロージョン”傷つくのは不浄なる生命体のみである。アンデッドの王と言われるヴァンパイア・ロードがダメージを負わない筈がなかった。案の定ランバートは体の各所に傷を負い、それを癒している最中だった。
「先ほどのアンデットたち、アレは貴方が?」
「そうだ、気づいていたのだろう?アレがなんであるか?」
「ガラドの住人たちですね?」
アルデラの冷たい一言があたりに響く。ランバートは配下のレッサー種を使ってガラドの町の住民を次々にアンデットにして言ったのである。まさかアンデットの王が自分たちの神殿にいるとは思わなかった人々は彼を頼り、次々にアンデット化されていったのである。
「それに気づいたファルぜライト国王陛下は”白の巫女”を連れて近衛兵共に王都を脱出されたというわけですか・・・貴方は”白の巫女”が捕まるまでの間私たちを足止めするために王城に残されたわけですね」
「少し違うな。私がお前らを倒すためだよ!」
ランバートは赤い瞳に光を灯す。ヴァンパイアの王の瞳に睨まれたものは体の自由が奪われる。その力を使ったのだ。アルデラの動きが止まった瞬間、ランバートは彼女の背後に移動する。そして彼女を押さえつけると、その白い肌にその牙をつきたてる。だが、血を啜ろうとしたランバートはすぐにアルデラを突き放す。
「な・・・なんだ、貴様は?血が・・・啜れないだと?」
「当たり前だ。お前ごとき紛い物が我の血を啜れるものか・・・」
アルデラがそういいながら振り向く。その瞳は先ほどまでと違い金色に染まっていた。その瞳に見つめられたランバートは心底恐怖した。ヴァンパイアの王となり、死の恐怖すら克服した彼が恐怖など感じるはずがなかった。その彼にアルデラは恐怖を与えたのである。
「なんだ・・・なんなのだ、お前は??」
「まだ分からぬか?我が父によって生み出された不浄なる紛い物よ!」
アルデラのその言葉でランバートは全てを理解した。そしてがたがたと震えだす。心の奥底から湧き出す恐怖に震えを止めることが出来なかった。喉がからからに渇く。じりじりと後退し、逃げ出そうとする。それもアルデラに睨まれて動けなくなってしまう。
「な、なぜ・・・何故貴方様がこのようなところに?」
「決まっていよう?父の残せし紛い物を始末するためだ!」
数百年前。ランバートはある男によって血を吸われ、ヴァンパイア・ロードに転身した。その男の束縛を心のどこかに感じながらランバートは生きてきた。だが、あるときその束縛がなくなるときが来た。それは自分の血をすったものが消滅したことを意味していた。
(これで我こそが・・・)
自分がアンデットの王となったと思ったランバートはシンドルテアに潜伏し、その力を蓄えてきた。そして強大な力を得た今、”白の巫女”の力を喰らい真の王となろうとたくらんだのだった。しかしその目論見の前に現れたのが彼女であった。
(浅はかであった・・・)
よくよく考えてみればよく分かることである。自分の血を吸った者を倒した者が存在することを。そのものが今自分の目の前にいるのである。自分の血を吸った男と同属の女が・・・
「真祖の姫君・・・アルデライト=ヴァレンシュタイン・・・」
ランバートは絞り出すような声でアルデラの本名を呟く。ようやくわかった彼女の正体は彼に絶望を与えるものだった。真祖、ヴァンパイア・ロードを生み出した真のヴァンパイア。生きるために血を必要とするロードに対しこの一族は血を必要としない。ただ気まぐれに血を吸いロードを生み出す一族。永遠の命を約束された父子の一族。それが真祖だった。不死といってもアンデットではないため光の呪文で傷つくことはない。
「何故ですか・・・何故このようなところに・・・」
「言ったであろう?我が父の残せし汚物を滅するためだ」
アルデラは厳かにそれだけ言うと右手を振り下ろす。ランバートの体が縦に切り裂かれる。切り裂かれたくらいならば死ぬことのないヴァンパイアが、たった一撃で塵に還ってゆく。そのランバートを見つめながらアルデラは悲しそうな顔をしながらポツリと呟く。
「これで残る汚物は三体・・・とはいえ、奴らはお前より狡猾だからな。いつその姿を見せることか・・・」
全て始末するのが自分の役目。そう思っているアルデラにとって安らぎが得られるのはまだ先のことだろう。アルデラは父の気まぐれのために人にあらざるものに変質させられた男に哀れみの眼差しを向ける。その姿のほとんどは消え去り、ほとんど残っていなかった。
「すまぬな。我が父の愚行、許せよ。せめてそなたの魂が安らかな眠りに就くことを・・・」
消え行くランバートにはその言葉はもはや聞こえていなかった。ただ最後に笑みを浮べたように見えたのは、自分たち一族の犯した罪から逃げるための幻覚だったのではとアルデラは思った。ランバートが消滅すると、アルデラは踵を返してその場を後にする。あとには何も残っていなかった。ただ一握りの塵さえも・・・
王都ガラドから遠く離れた山中。この山中に建造された城に国王・ファルぜライトは”白の巫女”イシュタルを連れて逃げ込んでいた。そんな彼らを無数のゴーレムが取り囲み、すでに逃げ場を失っていた。狙いは唯一つ。イシュタルの確保であった。すでに応戦に出た多くの近衛騎士たちが犠牲になっている。
「陛下、巫女様、お下がり下さい!!」
近衛騎士隊長ファンゼルが剣を構えて二人の身を守ろうと立ちふさがる。城内に入り込んできたゴーレムたちによって生き残った騎士たちもそのほとんどが息絶えていた。
「もうよいのです、ファンゼル。わたくしが彼のものの下へ・・・」
「なりませぬぞ、巫女様。それだけは・・・」
目前に迫ったゴーレムの大群を前にイシュタルは自らが犠牲になることを申し出る。彼らの狙いが自分であることはここに逃げ込んできたときからわかっていた。だから自分が犠牲になることで、皆が生き残れると考えたのだ。しかし、騎士たちはそれを拒絶し、巫女と王を守るために一人、また一人その命を落としてゆくのだった。
「もうやめてください・・・これ以上人が死ぬところを見たくないのに・・・」
はらはらと涙をこぼして懇願するイシュタルだったが、ファンゼルたち騎士たちは決して引くことはなかった。王を、巫女を守ることこそ自分たちの使命であり、誇りであった。そのために命を投げ出すことは彼らにとって怖いことではなかった。そんな彼らを止められない自分にイシュタルは涙するしかなかった。
「巫女様も仰るとおり降伏した方が楽ですぞ?」
ゴーレムに守られた男が謁見の間に入ってくる。その顔を見たフィルゼライトは眉をひそめる。
「まさかそなたが我らに仇なすものであったとはな、ゴルゾール・・・」
謁見の間に入ってきた男はニヤニヤと笑みを浮べたまま顎鬚を擦っている。フィルゼライトにとって腹心の部下であったこの宰相の裏切りは信じがたいものであった。しかし今自分の眼の前でにやにやしているこの男は間違いなく宰相であったゴルゾールである。
「くっくっくっ、ヴェイス軍が動かなければこれまでどおり貴方にお仕えする振りを続けたのですが、事情が変わりましてね。”白の巫女”様が必要になったのですよ」
「わたくしが必要でしたら、わたくしだけ狙えばよろしかったでしょう!”九賢人”ゴルゾール!」
きっとゴルゾールを睨みつけるイシュタル。その瞳を見つめながらゴルゾールは下品な笑みを浮べて答える。
「もしや、王都のゾンビ大量発生のことを責めていらっしゃるのですかな?あれは、ランバートがやったこと。私は一切与り知りませんよ」
「ランバート司祭が?どういうことだ?」
生き残った近衛騎士がゴルゾールに問い詰める。ゴルゾールは少し不快そうな顔をしたがすぐに説明し始める。
「ランバートはヴァンパイアですよ。気づきませんでしたか?ああ見えてもすでに数百年以上生きている化け物ですよ、あれは」
今の今までランバートの正体に誰も気づかなかったことがおかしいのかゴルゾールはげたげたと笑い出す。フィルゼライトや近衛騎士たちはその話に愕然とし、イシュタルだけがやはりという表情を浮べる。
「何かを条件に彼に協力を迫ったのでしょう?」
「ええ、もちろん。貴方様を捕まえること。あれは貴方様の血を吸うことで真祖の力が得られると勘違いしておりましたが・・・」
イシュタルの問いにゴルゾールはまだ笑いを堪えることが出来ない。げたげたと笑ってランバートのおろかさを笑っていた。”白の巫女”の血を吸っても真祖には成れない。多少力が増すかもしれないが、魔神と並ぶ真性の魔物であるあの種族になれるはずがなかった。だが、ゴルゾールはそういった情報をランバートに流すことで彼の協力を取り付けたのである。
「まあ、私の目論見どおり、あれはゾンビを大量に生み出し、”白の巫女”捕獲作戦を展開してくれましたよ。私はそのことを国王に伝えここに逃げ込むように仕向ければよかった。あの愚か者の始末は真祖の姫がやってくださいますからな」
ゴルゾールは声を出して笑う。彼の目論見どおり”白の巫女”はこの城に逃げ込み、ランバートはアルデラによって討ち取られた。あとはイシュタルの身柄を拘束すればすべてが計画通りは込んだことになる。
「何故、この城に逃げ込まなければ成らなかったのだ?」
「この城には結界が張り巡らされていますからね。あれに見つかる危険がなかったんですよ。今頃あれはあなた方を探して大慌てでしょう」
あれとはもちろんエリウスのことである。結界の中にイシュタルを匿うことでその存在をエリウスに感知されないようにしていたのである。ランバートの魔の手から逃れようとするあまり、その先に罠を張られていたのである。
「さて、貴方様には我がゴーレムのコアとなっていただきましょう。そうすればあれは手が出せなくなる。ついに私があれを超えることが出来るのです!」
ゴルゾールは喜びに満ちた顔でそう言うとイシュタルに自分のもとに来るように促す。選択権のないイシュタルは苦やしそうにゴルゾールに歩み寄る。近衛騎士たちがとどめようとするが傷ついた体ではどうすることも出来なかった。ゴルゾールは歓喜の笑みを浮べてイシュタルを迎える。イシュタルの手がゴルゾールに触れようとした瞬間、イシュタルの姿がその場から消えうせる。
「君ごときが僕を超える?お笑いだね」
それまでここにいなかった声が謁見の間に響き渡る。ゴルゾールはあわてて視線を移す。そこには近衛騎士たちの姿も、フィルゼライトの姿も見当たらなかった。代わりに黒髪の青年が玉座に座りゴルゾールに冷ややかな眼差しを向けている。その顔を見たゴルゾールの表情が凍りつく。
「ヴェイク・・・サス・・・神・・・エリウス・・・」
「誰が僕を超えるって?ゴルゾール?」
冷や汗を浮べて震えるゴルゾールにエリウスはもう一度尋ねてみる。答えられないことが分かっていながらわざと聞きなおしてみる。案の定ゴルゾールは震えるだけで何も答えられなかった。
「どうやって・・・この結界の中にいれば見つけることは出来ないはずなのに・・・」
「ああ、見つけられなかったよ。でも、お前のゴーレムたちの魔力がここを教えてくれたよ」
のどの奥から声を搾り出して呻くゴルゾールにエリウスは平然と答える。その答えを聞いたゴルゾールは愕然とした。自分が展開したゴーレム軍がこの場所をエリウスに教えてしまっていたのだ。自分の愚かさにゴルゾールはただ呆然とするだけだった。
「さてと、フィルゼライト国王もイシュタルも身柄を確保できたし、あとはお前だけだね・・・」
冷ややかな眼差しでゴルゾールを見つめる。ゴルゾールはあわてて身を守るゴーレムに攻撃を命じる。命じられたゴーレムは次々にエリウスに襲い掛かる。エリウスは玉座から立ち上がると、”アトミック・ブレイク”を唱え、襲い掛かってきたゴーレムを次々に打ち砕いてゆこうとする。
「なにっ!!?」
その瞬間だった。エリウスの眼の前のゴーレムが爆発し、その破片が炸裂する。思いもしなかったことにエリウスは思わず直撃を食らってしまう。膝をつくエリウスに今度は炎の魔法が襲い掛かる。間一髪障壁で防いだエリウスだったが、先ほどのダメージは思いのほか深かった。
「くっ・・・」
口に端から血を滴らせたエリウスは思わず膝をつく。その様子を見ていたゴルゾールは愉快そうにげたげたと笑い出す。膝をついたエリウスの周りをゴーレムたちが取り囲んでゆく。
「どうですか、私の作り出した”ボム・ゴーレム”の力は。なかなかのお味でしょう?」
思いもかけない攻撃をしてくるゴーレムにエリウスは完全に不意をつかれていた。そこへさらに一体ゴーレムが爆発する。とっさに障壁を張って破片を防ぐが、その隙を尽きて別のゴーレムが殴りかかってくる。さすがに避けきれず、その拳を受けて数メートル吹き飛ばされてしまう。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ、ヴェイクサス神もこの”ボム・ゴーレム”の攻撃に果ても足も出ないようですな」
ゴルゾールはさもおかしいといわんばかりに大声で笑い出す。さすがに爆発したゴーレムの破片を防ぐには障壁を一点に集中していなければならない。その隙を他のゴーレムに疲れて攻撃されてはさすがにかわすことは難しかった。エリウスはスッと立ち上がると口の端の血を拭う。
「なるほど・・・なかなかいいゴーレムだ・・・」
感心したように呟くと、しばし考え込んでしまう。ハイネンスのゴーレムのように”アトミック・ブレイク”で破壊することは難しいようだ。そうなると他の方法を考えなければならない。しばし考え込んでいたエリウスは、ぽんと手を叩く。
「そうだ、こういう手もあるんだった」
エリウスはそう言うと、指先についた血を地面に擦り付ける。その姿勢のまま呪文を唱えると、床が盛り上がり人型を為してゆく。エリウスは即席のゴーレムを作り出すと自分の前面にそれを立てる。
「そんな貧弱なゴーレムなど作り出して一体何をなさるおつもりで?」
「何をするも何も、こうするんだよ!」
エリウスはゴーレムの後ろに隠れたまま呪文の詠唱を始める。これまでの瞬時に終わる呪文ではなくかなり詠唱時間が長いものだった。詠唱時間が長いということはそれだけ強力な呪文である。そんなもの唱えさせるわけには行かない。ゴルゾールは”ボム・ゴーレム”の一体を爆発させる。だが、今度はその破片は即席のゴーレムに阻まれエリウスの呪文の詠唱を妨げるには到っていない。
「くっ、絶え間なく攻撃なさい!!」
ゴーレムに連続して攻撃させ呪文の詠唱を阻止しようとさせる。しかし即席のゴーレムはそのこと如くを防いで、その役目を終えるのだった。足跡のゴーレムが崩れる中、エリウスの呪文が完成する。
「混沌の獣よ、ここに来たりて我が敵を喰らいつくせ!”ケイオス・ビースト”!」
エリウスの呪文が完成し、漆黒の獣が召喚される。目のないこの獣は次々に”ボム・ゴーレム”に食いつきそれを飲み込んでゆく。口元で爆発しても一切のダメージを受けている様子はなかった。ただひたすらに”ボムゴーレム”を喰らいつくしてゆく。
「なんなのですか、それは?!」
「”ケイオス・ビースト”、混沌の獣だよ。食欲旺盛でね。何でもくらい尽くしてしまうんだよ」
エリウスの言葉どおりその場にいた全ての”ボム・ゴーレム”を喰らい尽くしてしまう。”ケイオス・ビースト”は今度はゴルゾールに狙いを定める。にじり寄る漆黒の獣に、ゴルゾールは呪文で抵抗する。しかしそのこと如くが”ケイオスビースト”には通じていなかった。
「ひゃぁぁっ、くるな、くるなぁ!!」
それがゴルゾールの最後の言葉だった。頭から漆黒の獣に飲み込まれる。肉に引きちぎれる音、骨の噛み砕かれる音が響く中、エリウスは怪我をした箇所を押さえ込む。ダメージ自体はさして深くはないようだ。ホッとすると足元の陰のほうに声をかける。
「ゾフィス、もういいよ」
ゴルゾールが完全に無に帰したことを確認したエリウスは足元の影に戦いの終了を告げる。すると影が伸び、そこからイシュタルをはじめ、姿を消していたものたちが姿を現す。騎士たちはゴルゾールが消え、代わりにほかの男が立っていることに気づき、あわてて武器を構える。
「おやめなさい、この方は敵ではありません」
イシュタルはそう言って騎士たちを制止すると、エリウスの前に進み出て膝を折って挨拶をする。
「御初に御目にかかります、エリウス殿下。シンドルテア国”白の巫女”イシュタル=グレイブにございます」
イシュタルの言葉でようやく相手の正体が分かった騎士たちは武器を構えたまま、どうしたものかと悩んでいた。そんな騎士たちに武器を下ろすように命じると、フィルゼライトのエリウスに挨拶をする。さすがに王と巫女が頭を下げている相手に剣を突きつけているわけにも行かず、騎士たちはあわてて剣を下ろすのだった。
「エリウス卿、此度はこの身の危機を救っていただき感謝の言葉も御座らん」
「いえ。もっと早くゴルゾールとランバートの企みに気づいていれば多くの市民を助けられましたものを・・・」
例の言葉を述べるフィルゼライトにエリウスは残念そうに答える。エリウスたちがランバートのことを知ったときにはすでに王都の住民の6割がゾンビにされた後だった。ゾンビはアルデラによって浄化され、ランバートも浄化されている。生き残った人々も、今はヴェイス軍の配給を受けてようやく平静を取り戻しつつある。
「しかし、6割の住民が失われたことは・・・」
「まったくもって遺憾という以外の言葉は見つかりません・・・」
エリウスはそう言うと首を垂れた。今回の一件は自分の命を狙った”九賢人”のひとりとバンパイアロードによって引き起こされたもの。自分にもその罪はあるとエリウスは感じていた。しかし、フィルゼライトは首を振ってそれを否定する。
「貴方の責ではありますまい。あのような者たちの正体に気づかずにいたわしの責任でしょう。何より、国民たちを苦しみから解き放っていただいたこと、感謝いたしますぞ」
そう言って力なく首を垂れる。側近の騎士たちも何もいえなかった。ランバートの、ゴルゾールの正体に気づかなかったのは自分たちも同じだから。そしてその始末を他国の王子、しかも魔族と忌み嫌ってきたものにゆだねてしまったことを大いに恥じていた。本来ならば自分たちが国王に代わってそれを為さなければならなかったはずなのに。
「いえ、僕は自分の目的のためにそれをしただけの話。礼には及びませぬ」
エリウスはそう言うとイシュタルの方に向き直る。イシュタルはエリウスにじっと見つめられ顔を赤くして俯いてしまう。エリウスはそんな彼女の手をそっと握り締める。そのまま呪文を唱えると、うっすらと”冠”の紋章が浮かび上がるのだった。
「やはり貴方が12”巫女姫”の一人でしたか・・・」
エリウスはそう言って優しく微笑む。”巫女姫”の名前を知らない騎士たちは不思議そうな顔をしていたが、イシュタルは小さく頷くのだった。巫女となったときから漠然とではあったが自分に何か他の人と違う力があるような気がしていた。その力の正体が”巫女姫”の能力であると気づいたのはごく最近になってからだった。
「この力、エリウス様と共に・・・」
イシュタルは厳かに宣言する。そんな彼女の意思を騎士たちは無下には出来なかった。剣を掲げ彼女を見送る。フィルゼライトも少し寂しそうな顔をしたが、最後には笑顔でイシュタルを見送るのであった。
「では、フィルゼライト様。復興に関しましてはストナケイト将軍に一任してあります。必要なものがありましたら遠慮なく仰ってください」
「かたじけない。それと・・・」
「アルセルムに関しましてはすでに軍を展開済みであります。かの国は容易にこの国に侵攻は出来ないでしょう」
この混乱に乗じて隣国が攻め入ってくることを気にしていたフィルゼライトだったが、彼が求めようとしたことはすでにエリウスが手を打ったあとだった。重ねて感謝の意を述べるフィルゼライトに別れを告げ、エリウスはイシュタルを連れ魔天宮へと戻ってゆくのだった。後に残されたフィルゼライトと近衛騎士たちは今後のことに思いをはせるのだった。
「んっ・・・あふっ・・・」
暗がりの中甘い嬌声が響き渡る。エリウスの唇がイシュタルの滑らかな白い肌を啜りながら動き回る。その肌は”白の巫女”の名に恥じない白い肌であった。その肌に赤いマークを残すようにエリウスは強く、優しくキスを繰り返す。そのキスの連続にイシュタルは甘い声を上げる。
「エリウス・・・さ・・・ま・・・」
悶えながらもイシュタルは必死にエリウスから逃れようとする。初めて感じる快感の連続。それが恐ろしく感じられ、自分が自分でなくなってゆくような感覚に恐れていた。だから必死に両手を張るようにしてエリウスから逃れようとする。そんなイシュタルの抵抗を無視してエリウスがキスの嵐を降らし続ける。
「だめです・・・こんなの・・・こんなの・・・」
涙目になって抗うイシュタルはエリウスの隙をついては逃げ出そうとし、その度に引き戻されていた。イシュタルを自分の手元に引き寄せ、その豊かな胸を弄り、愛液の滴り始めた秘裂を指先で撫で上げる。初めてのことにイシュタルは恐れ、逃げ出そうとする。
「こんなこと・・・いけません・・・」
これまで巫女として処女性を重んじてきただけにセックスが封印を解く鍵と聞かされあわてだしたのだ。だが、エリウスはそんなイシュタルを逃さず、衣服を全て剥ぎ取ると、その白い肌を思う存分堪能するのだった。”巫女姫”の封印を解く作業ではあるが、同時にエリウスにとっては女性を抱く最良の時間でもあるのだ。
「まったく、そんなに抵抗して・・・そう言ういけない子には、こうだ!」
エリウスはあくまで抵抗するイシュタルの腕をとると、後ろ手に縛り上げてしまう。抵抗する術を失ったイシュタルは悲鳴を上げるが、エリウスはそれを無視してイシュタルの足を掴み、お尻を高々と上げさせて秘所を覗き込む。ピンク色に染まった花園がエリウスの眼前に開かれる。
「いやぁ、ダメです。そんな・・・そんなにのぞき込まないで下さい!!
イシュタルは頭を振って拒絶するが、エリウスはかまわず顔を近付けそこをぺろりと舐め上げる。イシュタルは声もなく震え上がる。さらにエリウスはそこを左右に開くと奥を覗き込む。愛液をたたえた秘部がヒクヒクと震えてエリウスを出迎える。
「んっ、きれいだ。イシュタル・・・」
エリウスはそういいながら膣口に舌を差し込んでみる。あふれ出す愛液が舌先を濡らしてくる。さらに舌を奥に差し込むと、とめどなく愛液が溢れ出してくるのだった。そんなエリウスの攻めにイシュタルは腰をくねらせて嫌がり、逃れようとする。
「だめ・・・そんなことしないで・・・いやぁ・・・」
がっちりと固定されて逃げ出せない状況でも必死に腰をくねらせて逃れようとする。その行為が逆にエリウスを燃え立たせ、さらに動きを激しくさせるだけだった。何度も舐めるうちに愛液でそこは潤い、準備万端の状態になっていた。エリウスは舌を離すと、大きく勃起し、顔をのぞかせているクリトリスをそっと指先で撫でてやる。
「そろそろいいみたいだね・・・」
クリトリスを撫でられたイシュタルはその感触にびくりと震えるが、エリウスの言葉にさらに大きく震える。頭を振って必死にエリウスの手の中から逃げようとする。
「だめ!それだけはっ!いやぁ!!」
「困った子だなぁ・・・封印を解かなければならないというのに・・・」
「こんなことで解く封印でしたらいっそ解かない方が!!」
ぽろぽろと涙を流して嫌がるイシュタルであったが、エリウスは首を横に振る。
「それこそ出来ないね。無理矢理というのは好みでないんだけど・・・仕方がない」
そうぼやくとエリウスはイシュタルを前に押し出す。前のめりに倒れたイシュタルはエリウスの前にお尻を高くした格好になる。大事な場所がエリウスの目の前に広げられる。あわてて逃げようとするが、その腰を押さえ込まれ逃げられなくなってしまう。
「ダメです、エリウス様!それだけは、それだけは!!」
「何故、そんなに嫌がるんだい?」
イシュタルの嫌がりように疑問を持ったエリウスが尋ねてみる。イシュタルは少し俯き加減のまま説明を始める。
「私の持つ癒しの力を維持するためです・・・その力で多くに人の傷を癒すのが私の役目・・・」
そのためには処女性を失うわけには行かない。そう信じ込んでいるのだ。おそらくそれを教え込んだのはゴルゾールだろう。おそらくこのまま説明してもそれを信じはしないだろう。エリウスは溜息をつくと、首を横に振る。
「これ以上なにを言っても信じまい、君は?ならば全てを受け入れることだ」
エリウスはそれだけ言うとイシュタルの言葉を聞きもせずにイシュタルの秘部を割り開き、ペニスを無理矢理進入させる。イシュタルは悲鳴を上げて逃げようとするがエリウスはそれを許さない。愛液に潤った膣とはいえまだ男を知らない膣は初めて通る男にメチメチと悲鳴を上げる。その激痛にイシュタルもまた悲鳴を上げる。
「あぐっ、だめなのに・・・力が・・・みんなを救う力が・・・」
むせび泣くイシュタルをよそにエリウスのペニスが彼女の最後の砦に到達する。エリウスはそこを一切の容赦なく突き貫く。体を引き裂くような激痛にイシュタルは悲鳴を上げる。砦を瓦解させたペニスはあとはすんなりとおくまで到達するのだった。
「ああっ・・・痛い・・・いた・・・い・・・」
イシュタルはがくがくと震えて痛みを訴えるエリウスの方もその強烈な締め付けに顔をしかめる。男を知らなかった膣道はエリウスのペニスをぎゅうぎゅうと締め付けてくる。少しでも気を抜けば果ててしまいそうな締め付けだった。そんな締め付けを堪能しながらエリウスは慎重に腰を動かし始める。
「あぐっ・・・ううっ!はぁはぁ・・・」
苦しそうに息継ぎをするイシュタルを苦しませないよう気遣いながら、ゆっくりと腰を動かしてゆく。最初は痛み足か訴えていなかったイシュタルの口から徐々に甘い声が漏れ始める。
「ああっ・・うぐっ!い・・・だめ・・・ダメなのに・・・ああんっ!」
その声につられるようにエリウスの動きも激しさを増す。イシュタルの最奥にペニスを叩きつけ最果てを目指す。イシュタルもまた高まっていく気分に抗えずにいた。
「だめ・・・くる、きちゃう!ああんっ、これ以上きたら、本当に・・・」
「いいんだ、イこう。一緒にどこまでも・・・」
最後の抵抗を見せるイシュタルだったがエリウスのその言葉が最後の抵抗を押しつぶす。エリウスのペニスを最奥に受け入れた瞬間、イシュタルは大きく戦慄き絶頂を迎える。同時に強烈な締め付けに耐え切れなかったエリウスもまた己の全てをイシュタルの膣内に解き放つのだった。
「もう・・・わたくしは・・・」
力が消失したものと思っているイシュタルは、行為が終わったベッドの中でエリウスに縋ってぽろぽろと涙をこぼすのだった。そんな彼女に大丈夫だと慰めても、信じてはくれず、ただなくだけだった。エリスはそんなイシュタルに溜息をつくと、短剣を取り出し己の手の甲に突き立てる。噴出した鮮血がベッドを染めてゆく。
「エ、エリウス様!なにを!!」
イシュタルはあわててエリウスの手を取る。深々と突き刺さって短剣からは血が滴り落ち、短剣を引き抜いても止まりはしなかった。その傷を見つめていたイシュタルはどうしたものかと迷うが、すぐに意を決して祈りを捧げる。その祈りに答えるようにエリウスの傷は見る見るうちにふさがってゆくのだった。
「まだ・・・力が使える?それに・・・前より力が増している・・・」
ふさがった傷口を見つめたイシュタルは驚きの声を上げる。エリウスの言葉に嘘はなかったのだ。それどころか治癒の力は前よりも増しているのがよく分かった。これがエリウスと結ばれることの意味、”巫女姫”たる者の力、それをイシュタルはよく理解するのだった。
「どうだい、これで分かってくれたかい?」
「はい、よく分かりました。ですが・・・」
イシュタルはそこまで言うと黙り込んでしまう。そんな彼女を訝しげにエリウスは見つめる。すると彼女はきっとエリウスを睨みつけてくる。
「わたくしが嫌がることをいっぱいしました!こんな傷をご自分でつけられました!」
イシュタルは睨みつけたまま、そう言うとエリウスの両頬を思い切りつねり上げる。痛がるエリウスを無視してさらに言葉を続ける。
「二度とこんなことなさらないで下さい、いいですね!!」
「ふぁい、わかりまひた・・・」
エリウスはイシュタルに従うしかなかった。もう二度とこんなことをすることはないだろう。六人目に”巫女姫”はかわいらしくそして怒りっぽい少女であることを実感するエリウスだった。
漆黒の闇の中。三本目の鎖が弾け飛び、六つ目の燭台に火が灯る。その光景を見て男は狂喜乱舞していた。だがいつものような馬鹿笑いは聞こえない。水をうったような静寂の中、男は小躍りして喜んでいる。ただ時折顎に手をやり気にしている。どうもまだ外れた顎が気になって笑えないらしい。
「・・・・・♪♪♯♪!!」
不気味な小躍りを暗がりの中で続ける男。声もなく踊り続ける男の姿は間抜け以外の何ものでもなかった。
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